第94話
リゼは焦っていた。
今回、リゼが受注したクエストは『スライムの討伐(二十匹以上)』だ。
しかし、クエスト討伐数である二十匹の討伐は終えていなかった。
それ以上に問題なのが、スキルのクエスト『スライムの討伐(三十匹以上)』だった。
ランクCの時にも、同様のクエストは受注したことがあるので、スライムが生息する場所を知っていたし、簡単に討伐出来ると思っていた。
しかし、今回はスライムが見当たらなく討伐に時間を要してしまっている。
(もう、残り時間が――)
リゼは目の前に現れる数字を見ながら、必死でスライムを探す。
そして、目の前の数字が一から零へと変わった――。
同時に『クエスト未達成』『罰則:特定能力値半減(半年)』と表示された。
その表示を見て、リゼは絶望する。
すぐさま、ステータスを開く。
魔力、力、防御、魔法力、魔法耐性の五つの能力値が半分になっていた。
(力と防御が半分……)
リゼは魔力や魔法力、魔法耐性が罰則の能力値になっていたことに、少しだけ安心する。
しかし、力と防御は討伐する上で上げておきたい能力値だった。
この能力値が半分ということは、一回で致命傷を与えることが出来た相手に、二回攻撃しなくてはいけない。
そして、二度耐えられていた攻撃には、一度しか耐えられないということになる。
今回のクエスト報酬だった『万能能力値:五増加』は魅力だったし、クエスト内容も難しくないと判断したのだったが――。
日も暮れ始めてきた。
落ち込んでばかりいられない……とリゼは、安全な場所で野営の準備を始めた。
落ちている木の枝などを集めて、火を起こす。
力の弱い魔物や獣は、火を恐れるので近寄って来ない。
この火を絶やさなければ、襲われる危険は少ない。
パーティーを組んでいれば、交代で火の管理や、周囲の見張りをすることが出来る。
リゼは早めの食事をとる。
食事といっても、干し肉一枚を時間を掛けて食べるだけだ。
日が完全に沈みそうになると、向こうから近付いて来る人影をリゼは発見する。
リゼは警戒するように、すぐさま戦闘態勢を取る。
「誰かと思ったら、リゼか‼」
人影の正体は、サルディだった。
バクーダと、コファイもいる。
リゼは立ち上がり、三人に挨拶をする。
「こんばんは、星天の誓の皆さん」
三人は『星天の誓』というクランを立ち上げた。
「リゼはスライム討伐か?」
「はい。スライムが、なかなか見当たらなくて――」
「ん~、この時期に、生息地域を変えるスライムもいるからな」
「そうなんですか?」
リゼは驚く。
サルディはバクーダと、コファイのほうを向くと二人とも頷く。
「リゼ。俺たちも、この場所で野営してもいいか?」
「……はい、構いません」
リゼは、この状況で断ることが出来なかった。
三人は野営の準備を始める。
サルディがアイテムバッグを所持しているので、バクーダとサルディの分もアイテムバッグに保管していた。
「サルディさんも、アイテムバッグを持っているんですね」
「あぁ、高い買い物だが、長く冒険者を続けていくのなら、必須品だしな」
「俺も、このクエストが終了したら、買えるだけの通貨が貯まる予定だから、買うつもりだ」
バクーダが嬉しそうに話す。
「僕は、まだまだ先かな」
恥ずかしそうにコファイが話す。
「俺の場合は、装備や武器を頻繁に買い替える必要が無かったから、二人よりも貯まりやすかっただけだ。コファイはブック購入に通貨を回した方がいいから、気にせずに俺のアイテムバッグを使ってくれ」
「サルディ。そう言ってくれると助かるよ」
申し訳なさそうにするコファイだったが、三人の絆のようなものをリゼは感じていた。
「……ところで、バクーダさんがアイテムバッグを購入するのは、どこの道具屋さんですか?」
「あぁ、グッダイ道具店だが?」
「……そうですか」
リゼは、目を付けていたミルキーチーター製のアイテムバッグを、バクーダが購入するのだと思った。
残念そうな表情を浮かべたリゼを見て、三人が笑う。
「リゼ。お前は俺が飾ってあるミルキーチーターのアイテムバッグを買うと、思っているだろう?」
「違うんですか?」
「この装備に、ミルキーチーターのアイテムバッグは合わないだろう?」
バクーダに言われてリゼは、バクーダの装備を見る。
防具は深い青色で統一されている。
たしかに、この装備にミルキーチーターのアイテムバッグは似合わない。
しかし、グッダイ道具店に置いてあったアイテムバッグは、ミルキーチーターのアイテムバッグしかなかったはずだ。
リゼは、そのことをバクーダに聞いてみる。
「あぁ、俺は随分前から、この装備に合うアイテムバッグを探してもらっていたんだよ。店主が、デザイン的に気に入ったものを手に入れてくれたので今、取り置きして貰っている」
「そうそう。だから、店頭には並んでいないんだよ」
バクーダの説明に、コファイも捕捉してくれた。
「取り置きなんて出来るんですか?」
「……出来るぞ。リゼは知らなかったのか?」
「はい……」
取り置きをする条件として、最低でも購入金額の半分を手付金として支払う。
その後、店側と購入期間を決める。
購入期間内に購入出来なかった場合、店側に支払った金額から一割引かれた分が戻ってくる。
この一割は店側の手数料となる。
「そうなんですか」
リゼはミルキーチーターのアイテムバッグを取り置きしてもらうことを考えていた。
しかし、購入期間内に支払えることが出来るのかとも考えていた。
「リゼも、グッダイ道具店を利用しているのか?」
「はい。ランクBになった時に、行きつけ店に決めました」
「そうか。ありがとうな」
サルディが何故、自分に礼を言うのかがリゼには分からずに、首を傾げる。
「……もしかして、サルディがグッダイさんの子供って、知らなかった?」
「えっ、そうなんですか‼」
コファイの言葉に驚くリゼ。
そのリゼを見て、サルディたちも驚いていた。
「オーリスでは誰もが知っていると、思っていたんだけどな」
サルディは頭を掻きながら、照れくさそうに仕草をする。
「あっ、でも家族だからって、割引とかは無いんだぞ」
「グッダイさんは、身内贔屓しないからな」
「それは、母さんも同じだ」
「たしかに、ミサージュさんは厳しいな」
リゼ以外の三人は笑っていた。
その後、リゼは冒険者の先輩であるサルディたちから、いろいろな話を聞く。
サルディたちも、後輩であるリゼに教えることが当たり前だと思っているので、親切に説明をしてくれていた。
リゼにとっては、とても有意義な時間となる。
次第に話題は、体力回復薬と魔力回復薬の名称変更と、購入価格の値上がりの話になった。
冒険者としては、頭の痛い問題だったからだ。
サルディとバクーダは、貴族同士の利権争いに、冒険者が巻き込まれていると思っているのか、かなり熱くなっていた。
「まぁ、供給量が増えれば、価格も下がると思いたいよな」
「そうだな。冒険者は貧乏人が多いからな」
「そうですね。そうならないように、僕たちも銀翼のような有名なクランになりましょう」
リゼはコファイが言った言葉で思い出した。
この三人はアルベルトに選ばれて、ゴブリン討伐の中核を担った冒険者だったことを‼
「あの……ゴブリン討伐の時のことを教えてもらっても、いいですか?」
「おぉ、リゼ‼ 俺の武勇伝が聞きたいのか‼」
サルディが立ち上がり、嬉しそうな表情でリゼを見る。
「それを言うなら、俺たちだろう!」
バクーダも立ち上がり、サルディ同様に嬉しそうな表情を浮かべていた。
三人の口から、アルベルトへの尊敬が感じられる。
そのアルベルトに選んでもらったことが、今の三人の自信に繋がっているのだろう。
進むべき道、目標が同じ仲間だからこその一体感がある。
銀翼のような雲の上のクランでなく、身近な冒険者たちのクランを肌で感じたリゼは、少しだけだが仲間への考え方が変わる。
自分と同じ考え方――。
リゼは、自分に問い掛けた内容に一人しか思い浮かばなかった。
その一人とは、もう会うことが出来ないであろう使用人であり、友人の彼女だった。
「リゼも後輩が出来る時期だしな」
「後輩?」
バクーダが、話をしている途中で不思議なことを呟いた。
しかし、リゼが知らないだけで、学習院の卒業時期になっているので、卒業生の何人かが、オーリスのギルドに冒険者として登録する。
学習院を卒業しているので、ランクBとして登録されるが、ギルド登録としてはリゼの後輩となる。
「今年は何人登録するんだろうな?」
「せいぜい、一人か二人だろう」
「そうだよな。生意気な奴なら、俺が教育してやる!」
「いやいや、バクーダがギルドに登録した時、かなりの問題児だったんじゃなかった?」
「それは……若気の至りってやつだ」
過去の汚点をコファイに指摘されたバクーダは、とても気まずそうだった。
リゼは学習院卒業の、新しい冒険者には興味はなかった。
学習院に通っている元兄たちが冒険者として、オーリスに残ることはないし、知り合いもいないからだ。
それよりも、スキルのクエストにより罰則で、能力値を下げられたリゼにとって、今後のクエストへの影響と、学習院を卒業したばかりの冒険者に、自分のクエストを奪われないかのほうが心配だった。
星天の誓の三人の話は尽きることなく、夜中まで続いたのだった――。
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