第83話

 リゼはアルベルトに言われた場所に到着する。

 今から、約束していた銀翼のメンバーとの食事会に参加するためだ。

 リゼは勝手に、豪華な飲食店での食事だと思っていた。

 なぜなら、アルベルトが「料金は自分が払う」と言っていたからだ。

 リゼは建物を見ながら、別の意味で期待を裏切られたと感じていた。

 ――その場所とは領主カプラスの屋敷だったからだ。


「なんで、こんなことに――」


 リゼは憂鬱な気持ちで、領主の屋敷を見上げていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ゴブリン討伐の報酬をアルベルトたちは話し合いの結果、受け取りを拒否した。

 自分たちが報酬を貰えば、報酬額を頭数で割っていた場合に、冒険者が受け取る報酬が減ることを懸念していたからだ。

 なによりも勝手に参加したのだから、正規の報酬を貰うつもりなどは最初から考えていなかった。


 カプラスも領主としての立場があった。

 ニコラスより、合流した銀翼のメンバーたちは正規にクエストを受注したわけでは無いので、報酬を受け取る資格がないと報告を受けていた。

 従来のルールで言えば、その通りだ。

 しかし――有名クランでもある銀翼を、無報酬で討伐クエストをさせたとすれば、悪しき前例を作ったことになり、無報酬での魔物討伐を依頼する領主が出てくることも考えられる。

 そうなれば、銀翼に迷惑を掛けることになる。

 そこで、ニコラスはゴブリン討伐に参加してくれた銀翼のメンバーたちへ、礼と心ばかりの報酬を授ける場を設けることにした。

 その後、たいした報酬も支払うことが出来ないので、食事会を予定する。

 表向きには、この場で他の冒険者同様に報酬を支払ったことにことになる。

 なにより、功績を考えれば報酬以上のことをしたと捉えられて、銀翼に迷惑を掛けることもない。

 それに、これを機に銀翼との縁を深いものに出来れば……という思惑もあった。


 カプラスはギルドを通して、銀翼に連絡を入れる。

 ギルマスであるニコラスは、その事をアルベルトに伝えた。

 しかし、その時は既にリゼと食事の話を終えた後だった。

 リゼには店は後で伝えると言っていたので、問題はなかったのだが――。

 領主の誘いを無下に断ることも出来ない。


「私からカプラス様にお伝えてしておきますから、リゼさんの約束を優先させてください」


 ニコラスは、悩むアルベルトを助ける。

 リゼのことを話せば、カプラスも分かってくれると考えていた。

 なにより、リゼのことで罪悪感を感じているのは、このアルベルトだとニコラスもカプラスも分かっていた。

 ニコラスは銀翼のメンバーは謝礼は不要だとは聞いていたが、領主であれるカプラスからの話であれば、事情が変わってくる――。


 銀翼の意向をニコラスはカプラスに伝えため、カプラスの元を訪れる。

 ニコラスからの返答を聞いたカプラスは驚くが、領主である自分の誘いを無下に断るようなアルベルトではないと、カプラスは知っていた。


「なにか、用事……いや、早々に出立しなくては、いけないような理由でもあるのか?」


 カプラスはニコラスに、アルベルトいや、銀翼が自分の招待を断った理由を聞いた。

 ニコラスは正直に、リゼとの約束があること。

 そして、自分がリゼとの約束を優先させたことを、カプラスに詫びながら話した。


「そういうことか――」


 アルベルトの気持ちも分かる。

 だが……。


「一つ提案なんだが――」

「はい、何でしょうか?」


 カプラスはニコラスに、リゼと銀翼のメンバーとの食事する場所を提供すると言った。

 もちろん、料理もカプラスの料理をしている者たちが用意をする。

 カプラスとすれば、銀翼のメンバーが領主の屋敷に入った時点で、領主である自分から何かしらの報酬を貰った! と勘違いをする多くの者たちがいる。

 それが領主の屋敷での料理であれば、討伐に参加した冒険者も文句は言わないはずし、カプラスの顔も立つ。


「もちろん、私は礼だけ述べさせてもらえれば退席する」

「そうですか――」


 ニコラスはカプラスの提案を聞いて、妙案だと感じた。

 アルベルトたち銀翼のメンバーたちは納得することは想像できた。

 しかし、リゼに対して、どのように説明をすべきかを悩んだ。


「リゼへの説明が思いつかないのか?」


 悩んでいるニコラスの表情を見ながら、悩んでいる理由が想像できた。


「はい、その通りです」

「とくに理由を述べなくても良い。他の場所だと、ゆっくりと食事が楽しめないだろうから、食事ができる場を提供しただけだ。私も、すぐに居なくなるので遠慮することもないだろう」

「分かりました」


 ニコラスは頷いた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「すいません」

「はい」


 声に反応して振り向くニコル。

 振り向いた先……声の主を見て、少し驚く。

 リゼの宿泊している『兎の宿』の看板娘でも、冒険者ギルドの受付長クリスティーナの顔は知っていたからだ。


「リゼさんですね!」


 クリスティーナが用件を言う前に、ニコルは察したのかリゼの名を口にした。


「はい。御手数ですが、リゼさんをお呼びいただけますでしょうか?」

「分かりました。お母さん‼」


 ニコルは大声で母親のヴェロニカを呼んだ。


「大声出して、一体――」


 面倒臭そうに奥から出てきたヴェロニカだったが、クリスティーナの顔を見て、口に押していた言葉を止めた。


「受付長自らとはね」

「他の者たちも忙しいですので」

「相変わらずだね。用事の相手はリゼだね。ニコル呼んできな‼」

「はいっ!」


 ヴェロニカに返事をすると、ニコルは走ってリゼを呼びに行った。


「まぁ、座りな」

「ありがとうございます」


 ヴェロニカに促されて、クリスティーナは椅子を引き座った。


「なにか飲むかい?」

「いえ、まだ仕事中ですので……」

「おいおい、なんで飲み物がエール前提なんだい。大のエール好きは変わっていないようだな」

「ちょっ‼」


 クリスティーナは顔を赤らめながら周囲を見渡した。


「今の時間は誰もいないから大丈夫だって」

「誰もエールを飲むとは言っていません‼」

「本当にか?」


 ヴェロニカはクリスティーナの態度を見ながら笑みを浮かべていた。


「ったく、変わっていませんね……本当に」

「それはお互い様だろう」


 ヴェロニカとクリスティーナは、旧知の仲だった。

 それはヴェロニカが独身時代、飲み屋で何度も顔を合わせ、知らない間に仲が良くなっていた。

 豪快なヴェロニカにも負けずと劣らぬ、飲みっぷりだが態度が変わらない。

 クリスティーナの酒豪を知っているのは、この町でも数人程度だ。


「なにかと大変そうだな」

「通常通りです。それよりも、貴女の方こそ経営は成り立っているのですか?」

「おぉ、受付長が心配してくれるとは、ありがたいね‼」

「貴女はすぐに、そうやって茶化しますね」

「クリスティーナが固すぎるんだよ。だから、今でも――」


 ヴェロニカは自分が爆弾発言をすることに気付く。

 もちろん、言葉が途中で止まったがクリスティーナはヴェロニカが何を言おうとしていたのか分かったので、鬼のような形相でヴェロニカを睨んでいた。


「私は出来ないのでなくて、しないだけです」

「そう、そうだったよな。悪い、悪い」


 ヴェロニカは、苦笑いしながら誤魔化した。


「その辺にしておけ」


 ヴェロニカの夫のハンネルが、ヴェロニカとクリスティーナの飲み物をテーブルに置く。


「エールじゃなくて悪いな‼」

「ハンネル、貴方まで!」


 恨めしそうにハンネルを睨むクリスティーナ。


「そのうち、三人で昔のように飲もうな‼」

「そうですね」


 懐かしそうな目で去っていくハンネルを見る。

 飲み仲間だった三人。

 その二人が、まさか結婚するとはクリスティーナは思っていなかった。

 ましてや、二人で宿屋を開業するとは……。


「幸せそうですね」

「まぁ、それなりにね」


 クリスティーナとヴェロニカは笑う。

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