第82話
クリスティーナが一旦、退室した。
部屋にはリゼと、ニコラスの二人だけになる。
「そういえば、ゴブリンアーチャーや、ゴブリンナイトのことを、フリクシンたちに伝えてくれたそうだね」
「はい。私に出来るのは、あれくらいしかなかったので――」
「リゼのおかげで、余計な犠牲者を出さずにすんだ。ギルマスとして感謝します」
「そ、そんな、たいしたことをしたつもりはありませんので、頭を上げて下さい‼」
立ち上がって頭を下げて、リゼへの感謝を口にするニコラスを見て、リゼは慌てて立ち上がった。
ニコラスが頭を上げると、部屋の扉を叩く音がして扉が開く。
クリスティーナの後ろにはアルベルトが立っていた。
「まぁ、紹介するまでもないよね。銀翼のアルベルトが、リゼに話があるということで、場を設けさせてもらった」
ニコラスが話し終わると、クリスティーナとアルベルトが入室すると、アルベルトとリゼの目が合う。
「リゼ。今回の件、本当に申し訳無かった」
アルベルトが謝罪を始めた。
「アルベルトさんには関係のないことですので、気にしないで下さい」
予想通りの展開だったので、リゼは冷静に対応する。
「しかし……」
「とりあえず、座りましょうか」
リゼの態度に戸惑い気味のアルベルトに着席を促すクリスティーナ。
「リゼの巻き込まれた事件は、たしかにアルベルト絡みだったが、アルベルトに非がある訳では無い。それはリゼも分かっている」
「はい、ギルマスの言う通りです」
「しかし、アルベルトの気持ちも分からないでもない。リゼも理解して欲しい」
「はい」
リゼは淡々と受け答えをする。
「その怪我の後遺症とかは――」
「大丈夫です」
アルベルトが話し終える前に、リゼは答える。
「今回の件は、ランクCの私がランクAいえ、有名な銀翼の皆さんと身分も考えずにいたために起きてしまったことです。原因があるとすれば、私にあります」
リゼの極端な思想にアルベルトはもちろん、ニコラスやクリスティーナも驚く。
「私が迂闊に着いてしまったために起きたことです。たまたま、アルベルトさんの名前が出ただけです」
「いや、しかし……」
「私自身、冒険者として、もう少し注意深く行動していれば、未然に防ぐことが出来たと思っています」
リゼの「あくまでも自分の責任」と主張する発言に、アルベルトは返す言葉が無かった。
それだけリゼの目は真剣に訴えかけていたからだ。
「もし、アルベルトさんが私に負い目を感じているのでしたら、そのような負い目を感じる必要はありません」
「……のようだよ、アルベルト」
少し苦笑いするようにニコラスが、アルベルトに問い掛けた。
「リゼの思いは分かった。それでも、私としてはリゼに何かしらのことをしたいと思っている」
「……いえ、先程も言いましたが、アルベルトさんが負い目を感じる必要がありません」
リゼとアルベルトの会話を聞いていたクリスティーナは、リゼが頑固で自分の意思を曲げることが無い子なのだと、改めて感じていた。
それはニコラスも同じような印象だった。
「アルベルト、当事者のリゼがこう言っているんだ。もう、何を言っても無駄だよ」
「……しかし」
「リゼも冒険者だってことだよ」
ニコラスがリゼを見ると、リゼは大きく頷いていた。
冒険者は何が起きても自己責任。
言わなくても、この部屋にいた四人には通じていた。
「分かった。これ以上は、私の我を通すことになる」
「ありがとうございます」
リゼは内心、ホッとしていた。
もし、アルベルトから通貨を出されたら断る自信が無かったからだ。
アルベルトも一度、出した通貨を引っ込めることをしないと思っていたので、通貨や保証の話が出る前に話を終えたかった。
一方のアルベルトも、自分たちより前にオーリス入りしたクウガがいろいろと調べてくれていたので、事件の詳細な内容を聞いていた。
当たり前だが、リゼに非が無いことは分かっていた。
どちらかと言えば、自分に関わったことが原因だ。
リゼから会いに来たわけではない。
クウガからリゼに接触をして、その流れで自分いや、銀翼との接点が出来た。
だからこそ、アルベルトはリゼに対して、出来る限りの援助を考えていた。
新しい武器や、防具が欲しいと言われれば、その要望に応えるつもりでいた。
しかし、目の前のリゼはミルキーチーターの皮を使用した防具に身を包んでいた。
ランクCで購入出来るような代物ではない。
どういった経緯で手にしたかは分からないが、苦労して手に入れた物なのだろうと、アルベルトは思っていた。
リゼの目は自分を拒絶しているようにも感じていた。
これは必要以上に自分たちと関わると、似たようなことが起きると考えているのであれば……。
昔、亡くしてしまったノアの面影を持つリゼとの繋がりを、このまま断つことはアルベルトとしても避けたかった。
それは自分もそうだが、クウガも同じだと思っている。
「リゼ。一つ聞いてもいいかい?」
「はい、なんでしょうか?」
「私は今回の事件については、気にする必要がないということで……いいのかな?」
「はい」
「それは事件の前と同じように、私たちと接してくれるということだね」
「……それは」
リゼは言葉に詰まる。
「リゼ。聞いて欲しいんだが、私いや、銀翼のメンバーはリゼに対して好意的な印象を持っている。今回のことで、せっかくの縁を切るようなことはして欲しくない」
「……」
アルベルトの言葉に、リゼは何も返せなかった。
「私に負い目を感じる必要がないのであれば、それはリゼも私に負い目を感じないと、この場で約束をして欲しい」
「……」
自分で言った言葉が、自分に返ってくるとは思っていなかったリゼは、困惑していた。
相手に自分の要求するだけして、自分も同じ要求をされたからと言って拒否することは出来ない。
そんなことをすれば、自分は自分の一番嫌う人間と同じになってしまう。
そう、答えは決まっている――。
「分かりました」
「ありがとう」
「いえ……」
「この前、会った時の約束を覚えているかい?」
「約束です……か?」
リゼはアルベルトと約束を交わした記憶はない。
記憶を必死で呼び起こす。
約束を忘れていました! と失礼なことは言えない。
そして、アルベルトとの会話を思い出して、会話の中から、それらしい約束を思い出した。
たしか――。
「食事のことですか?」
「うん、覚えてくれていたんだね」
「しかし――私は、まだランクBに昇格していません」
「それは聞いているが、リゼは次に会う機会があった時とも言っていたよ」
「そう……ですか?」
アルベルトが嘘をつくとは思っていないが、自分の記憶もあやふやだった。
「それで、どうだろう。この後、銀翼のメンバーと食事でもどうかな?」
「食事ですか……」
「もちろん、料金は私が持たせてもらうよ。それくらいは、させてくれるかな」
リゼが断れない状況を、アルベルトが作った! ニコラスとクリスティーナは同時に同じことを思っていた。
ランクAの冒険者は話術も長けているのだと、二人は感じていた。
立場は違えど、ニコラスとクリスティーナも、それぞれ立場が上の役職になる。
羨ましいという感情を抱くが、アルベルトは自然とそうなっただけで、意図的にしていたわけではない。
しかし、ランクAの冒険者そして、有名クランである銀翼のリーダーという補正が掛かり、ニコラスとクリスティーナはアルベルトを見ていた。
アルベルトの提案に正直、空腹ではないリゼだったが、何度も誘いを断ることが失礼にあたると知っている。
「分かりました。御馳走になります」
「ありがとう」
上手く誘導された……最初から、アルベルトの手の上で踊らされていたのだろうか? と、リゼはニコラスやクリスティーナと同じようなことを考える。
もし、そうだったとしても不思議と、アルベルトに対して嫌な気持ちなどはなかった。
交渉術がいかに大事かを、身をもって知ったほうが大きい。
口下手な自分でも今後、こういった場面に遭遇することもあるので、冒険者としては必要な能力だと感じていたが、どのようにして交渉術を学べるかも分からない。
自分の意図と違うことが伝わり、問題になることがあることを知っていた。
父親がそのことで使用人を怒っていたのを何度も見ていた。
だからリゼは、あまり多く話をしないようにしていた。
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