第81話

 リゼはレベッカに、ギルド会館に用意された部屋に案内される。

 レベッカは扉を叩いて、リゼを連れてきたことを報告してから扉を開けた。

 部屋にはギルドマスターのニコラスと、受付長のクリスティーナがいた。

 二人しかいないことに、リゼは少しだけ安心をする。


「わざわざ、悪かったね」

「いえ……ギルマスこと、ゴブリン討伐お疲れさまでした」


 ニコラスと会話を交わすリゼだったが、その顔は緊張して強張っていた。


「リゼさん。こちらにどうぞ。レベッカもご苦労様でした」

「失礼します」


 クリスティーナが話すと、レベッカはお辞儀をして退室した。

 リゼはレベッカが部屋の扉を閉めたのを見てから、クリスティーナに言われた場所に座る。


「体調はどうですか?」

「はい、怪我も治りましたし、特に問題ありません」

「そうですか。それは良かったです」


 ニコラスは、優しく微笑むと横目でクリスティーナを一瞬見る。

 クリスティーナはニコラスの視線に気づくと、後ろを向き置いてあったトレーを手に持ち振り返った。

 そのまま、トレーを机の上に置く。

 トレーには通貨が、それぞれ種類別に積まれていた。


「遅くなりましたが、これは事件の被害者であるリゼさんの保証になります」

「……保証?」


 リゼはニコラスの言っている意味が分からなかった。


「私から説明しましょう」


 クリスティーナがリゼに説明を始めた。

 狂信的なアルベルトのファンが起こした事件の加害者の処分が決まり、その加害者が持っていた財産を処分して、被害者などの保証に当てられた。

 リゼが連れ込まれた建物も、加害者の男性が不法に住んでいたようだった。

 男性も他の町で犯罪を犯して、オーリスに逃げてきたそうだ。

 どうやって、オーリスに侵入したかを聞かれると、商人を脅して荷物に隠れて侵入したと口を割る。

 加害者の女性の方は娼婦だった。

 一応、女性には固定客もあり、それなりに人気もあったため、勤めていた娼館では自分の部屋を割り当てられていた。

 その部屋に、それなりの財産があったそうだ。

 本人曰く、いずれアルベルトと一緒になる時のために、貯めていたそうだ。

 男性とは、娼館で娼婦と客の関係だったそうだ。

 男性には、たいして財産が無かった。

 娼館への通貨も、窃盗や強盗紛いのことをして、その日暮らしをしていたようだ。

 今回のことは、女性から話を提案されて、報酬も魅力だったので引き受けたそうだ。

 加害者二人は財産没収されて、他の都市に移送される。

 移送先は罪人が多く集まる都市のようで、人並み以下の生活しか出来ない。

 もう今後、リゼの目の前に現れることは無いと教えてくれた。


 保証については、脱出の際にリゼが割った窓ガラスの建物の修繕費なども保証の対象になる。

 リゼの怪我の具合や、事件の大きさなどを加味したうえでの保障になる。

 もちろん、この保証についてリゼが納得出来るかは関係ない。


 机の上に置かれたトレーをリゼは、まじまじと見る。

 銀貨が五枚、金貨が八枚、そして白金貨が三枚だった。

 リゼが生きて来たなかで、初めて手にする額の通貨になる。

 大きく胸が躍っていたのか、鼓動が早くなる。

 この保証も通常よりも多めになっていた。

 領主であるカプラスからの指示だった。

 前科の犯罪者を管理出来ていなかった場合は、通常よりも多めに保証が支払われることもあるが、今回は相手がリゼだったこともあり、没収した財産から少しだけ多めにリゼの保証に当てていた。


 リゼはトレーに積まれた通貨を見ているだけで、何も喋らなかった。


「リゼさん?」

「はい!」


 ニコラスの言葉で、リゼは我に返った。


「リゼさんは、まだランクCですよね?」

「……はい」

「クリスティーナの報告では、あと数回クエストを達成すれば、ランクBに昇格します」

「本当ですか‼ あっ……」


 リゼは思わず大きな声をあげて、すぐに恥ずかしくなる。


「これだけの通貨を持ち歩くことは危険ですので、ギルドで預からせていただいても宜しいですか?」

「……その、ギルドで預かるというのは?」


 不安そうに質問をするリゼを見ながら、ニコラスはクリスティーナに視線を移す。

 クリスティーナは、小さく頭を左右に振った。


「そうか。まだ、ギルドの仕組みを教えていなかったようだね」


 ランクBの冒険者になると、冒険者の証であるプレートがランクCやDと違い、大きく変わる。

 プレートに新しい機能が追加される。

 その機能とはギルドに通貨を預けられることだ。

 預けられる通貨に上限はない。

 何時でも引き出すことが可能だ。

 しかし、預けた町のギルドでしか引き出すことが出来ない。

 これは、プレートが本人の物だと確認できる受付嬢必要だからだ。

 又、プレートを紛失しても本人だと確認出来れば、プレートの再発行も可能だ。

 預かっている通貨の管理はギルドでもしているので、不慮の場合でも対応できる。

 本人確認は不正にプレートを入手して、勝手に引き出すような犯罪を抑止するために取られている措置になる。

 アイテムバッグを所持している冒険者は、ギルドに預けることは無い。

 あくまで、アイテムバッグを購入出来ない冒険者のための制度になる。

 活動する場所を一ヶ所にしている冒険者は、アイテムバッグを購入する必要がないので、全てギルドに預ける。

 逆を言えば、拠点を変更する冒険者にとってアイテムバッグ購入は必須になる。


「リゼさんが良ければ、仮のプレートを用意します。もちろん、ランクBに昇格すれば正式なプレートに変更します」


 リゼはランクCなので、その機能が付いたプレートではない。

 ニコラスの言った仮のプレートは、ランクBのプレートとは形状なども別の物なのだろう。


「その……銀貨と銅貨だけ今、持って帰ることは出来ますか?」

「はい、構いません。どうぞ」

「ありがとうございます」


 リゼはトレーから、銀貨と銅貨を手に取り、腰に掛けていた袋に詰めた。


「こちらがプレートになります」

「あっ、ありがとうございます」


 ニコラスからプレートを受け取ると、そのまま首からプレートを着ける。


「あの……質問いいでしょうか?」

「はい、何でしょうか?」

「先程、あと数回でランクBに昇格できるとお聞きしましたが、正確には何回でしょうか?」


 リゼはニコラスとクリスティーナを見ながら、申し訳なさそうに質問をする。


「そうですね。討伐クエストを二回と、その他のクエストを一回です」

「あっ、ありがとうございます‼」 


 リゼは顔がほころぶ。

 その表情を見て、ニコラスも自然と笑顔になっていた。


「困った事とかはありませんか?」

「いえ、特には……」


 いきなりの質問に、リゼは答えられなかった。

 困っていることは、たくさんあるのだが……ニコラスいや、他人に話すようなことではない。


「そうですか。リゼさんがランクBに昇格したら”リゼ”と呼ばせていただいてもいいですか?」

「はい……その、ランクBに昇格しなくてもリゼで結構です」

「分かりました、リゼ」


 ニコラスは順応に対応する。


「では、次の話に移ってもいいですか?」

「次の話……ですか?」


 リゼは、これで話が終わったと思っていた。

 しかしアルベルトが、このオーリスにいるのに会わない訳がない。


「銀翼のアルベルトが、リゼに会いたがっているんですが、宜しいですよね」


 ニコラスの言葉にリゼに断るという選択肢はない。

 もちろん、ニコラスも分かっていて話している。


「……はい」


 リゼは、どのような気持ちでアルベルトに会えばいいのか、分からないでいた。

 だからこそ、あまり気乗りしなかった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る