第70話

 冒険者たちは、倒れたホブゴブリンとアルベルトを眺めていた。

 誰も言葉を発することなく、数秒の静寂な時間が続く――。


「お見事です‼」


 ニコラスが最初に声を掛けた。

 すると、クエスト達成を実感した冒険者たちが、一気に喜びの声を上げた。

 冒険者のなかには、涙を流している者もいた。

 嬉し涙なのか、緊張から解き放たれた安堵の涙など様々だろう。


「まだ、終わっていませんよ」


 喜んでいる冒険者たちに水を差すように、ラスティアの声が響く。


「まだ、隠れているゴブリンがいるかもしれません。喜ぶのは全てを確認してからにしましょう」

「ラスティアの言うとおりだね」


 ホブゴブリンの体から剣を抜いたアルベルトは、血振りをしながらラスティアの言葉に同調する。

 たしかにアルベルトは、ホブゴブリンを倒した。

 しかし、ホブゴブリンがリーダーだという確証はない。

 あくまでも、アルベルトの推測だ。

 自分たちの勝手な思い込みで、窮地に陥ることだってある。

 冒険者たるもの、慎重に行動しなければ、いつでも死が目の前にあるのだ。

 生死の境を彷徨った冒険者であれば、理解できる。

 オーリスの冒険者たちの「死にそうになった!」と、アルベルトたちが経験した死とでは雲泥の差がある。

 こればっかりは、口で説明しても分からないことだ。


 アルベルトは、ニコラスとともに、周囲の捜索を指示する。

 何かあってもいいようにと、一部隊の人数は多めにしてある。


 アルベルトにラスティア、それにニコラスの三人は、まだ発見されていない場所があると分かっていた。

 その部屋を見つけた冒険者たちの気持ちを考えながらも、探すしかなかったのだった。


「アルベルトさん‼ ギルマス‼」


 冒険者の一人が大声をあげながら走ってきた。

 アルベルトとニコラスは、表情を崩すことなく冷静に走ってきた冒険者の方を向く。


「……その、……この奥に隠し洞窟というか、部屋のようなものが四つありました――」


 冒険者はそこから、話を続けようとしなかった。


「生存者はいましたか?」


 アルベルトは、冒険者が何を見たのか分かっていたかのように質問をする。


「――いえ、全員死んでいました」


 アルベルトとニコラスは、顔を見合わせる。

 言葉を交わさず、ニコラスが頷く。

 そして、ニコラスは周囲の捜索が終わったことを確認すると、冒険者たちを分け始めた。

 経験豊富な冒険者を残して、残りは洞窟から出るように指示を出す。


「ラスティア。悪いけど、君は残ってくれるかな?」

「そうですね。その方がいいでしょう」


 少ない言葉で、ラスティアはアルベルトの考えが分かった。

 ここに自分が残る意味――。


 アルベルトは、ミランたちと合流してオーリスに戻るため、洞窟を先に出る。


「また、後で」

「はい」


 アルベルトはニコラスに言葉をかけると、冒険者たちを引き連れて洞窟を後にした。


 アルベルトたちを見送る残った者たち――。

 姿が見えなくなるのを確認すると、分かっていたかのように出口に背を向ける。


「……残念な結果でしたね」

「そうですね。覚悟はしていましたが……」


 ニコラスは悔しそうな表情で、ラスティア答えた。

 残った冒険者たちも、この後に何をするのか分かっているようだった。


「では、行きましょう」


 ニコラスは重い足取りで、ホブゴブリンの横を通り過ぎて、奥へと進んでいった。



 報告の通り、穴を隠すかのように岩で塞いでいた痕があった。

 その部屋は、いろいろな臭いが混ざった異臭が漂っていた――。

 奥には、人らしきものが二体倒れていた。

 衣類などは着ておらず、顔は辛うじて分かる程度だが、体中は痣だらけで股間の辺りには――。


「面識のあるかたですか?」


 ラスティアはニコラスたちに尋ねる。


「……いいえ」


 ニコラスが答えると、他の冒険者たちも同じ答えだった。


「さらわれた村の人でしょうか……」


 ラスティアは、遺体の前で膝をつく。

 そして、遺体に向けて祈りを捧げていた。

 ラスティアの姿を真似るように、ニコラスたちも祈りを捧げる。


 ラスティアが祈りを捧げたところで、何かが変わる訳では無い。

 あくまで儀式的なことだ。

 本来であれば、教会所属の聖職者と呼ばれる者たちの仕事だ。

 しかし、冒険者がクエスト先で命を落とすことがあれば、回復魔術師が代理をすることもある。

 これは、回復魔法は、神から授かった魔法だという認識があるためだ。

 アルベルトは、この役の適任者がラスティアだと思い、ラスティアに頼んだ。

 ラスティアも、以前に同じようなことをしたので、アルベルトの考えが分かっていた。

 祈るだけしかできない自分を悔しく思いながらも、ラスティアは祈りを続ける。


 祈りを終えると、次の部屋へと移動する。

 そして、同じようにニコラスたちに顔見知りかの確認をするが、先程の部屋の人物同様に、面識はなかった。

 ラスティアたちは、同じように死者に対して祈りを捧げる。


 そして、三つ目の部屋に入ると、ニコラスたち冒険者の顔色が変わる。

 目の前に倒れている遺体――それは、暴風団のラレルとメニーラだった。

 腕に着けていた装飾品や、腫れた顔の面影――ラレルとメニーラだと分かるには十分だった。

 そして、部屋の片隅には、原形が殆ど無い死体が――。


「――タバッタ」


 防具を着たまま、弄ぶように殺されたのだろう。

 防具の下の衣類も、そのままで四肢を切断され、頭部も切り落とされて無造作に転がっていた。

 その頭部でさえ蹴ったのか殴ったのか分からないが、腫れていたり陥没していた。


 つい、この間まで笑いながら会話を交わしていた。

 それが、今は――。


 ラスティアは無言で、悲痛な表情のニコラスや、オーリスの冒険者たちの気持ちが落ち着くのを待っていた。

 数分――いや、十数分は経ったころに、ニコラスがラスティアに声を掛けた。


「……お願いします」

「分かりました」


 ラスティアは、今迄同様に祈りを捧げた。

 後ろにいる冒険者たちからは、先程までとは違う雰囲気を感じていた。


「ありがとうございました」


 ニコラスが礼を言うと、後ろの冒険者たちも軽く頭を下げた。

 それに対して、ラスティアも頭を下げて応えた。

 そしてラスティアたちは、最後の部屋に向かう。


 少し離れた場所にある四つ目の部屋。

 足を進めるたびに、異臭が強くなる。


「死体部屋ですか……」

「多分そうでそうでしょうね」


 死体部屋。それは、人を食さずに、子孫繁栄の本能が強いゴブリンは、女性をさらっては子供を産ませる。

 しかし、女性の体にも限界がある。

 何人もゴブリンの子供を出産することで、自分も命を落とすことも多い。

 それよりも、何度もゴブリンに犯されることで、精神を破壊されてしまうことのほうが多く、自分が死んだことも分からない女性も多い。

 こういった習性をもつのは、ゴブリンだけではない。

 ほかにもオークなども、同じような習性をもっている。

 ゴブリンにオーク。

 この種族は、繁栄力が高いうえに、進化する種族のため、常に人の脅威となっていた。


「お願いできますか?」

「はい……」


 ニコラスは、他の冒険者に指示を出して、死者がいる部屋に火を着ける。

 このまま、死体を放置すると、疫病などが発生する可能性があるからだ。

 ラスティアは、死体部屋にあった多くの死体が燃えるのを見ながら、「送り火だ……」と思っていた。


 最後にホブゴブリンや、洞窟内で倒したゴブリンにも火を放ちながら、洞窟から出る。

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