第66話
「コファイ! 後方に安全だと知らせてくれますか!」
「はっ、はい‼」
アルベルトがコファイに指示を出す。
洞窟もかなり奥まで進んできている。
「サウディにバクーダ。疲れているかと思いますが、頑張ってください」
ラスティアが、サウディとバクーダに労いの言葉をかけた。
「疲れているなんて、言っていられません。ほとんどのゴブリンは、アルベルトさんが倒していますので……」
「そうです。俺やサウディが、役に立っているのか……」
「……何を言っているのですか、あなたたちは?」
ラスティアは不機嫌そうに喋った。
「アルベルトが取り逃がしたゴブリンを、きちんと倒していたのに、役に立っていないというのですか?」
「それは、本当に数匹だけの話で……」
サウディの言葉を聞いたラスティアは、不機嫌でなく怒った表情を浮かべた。
「アルベルトは言いましたよね。自分の攻撃を回避したゴブリンの対応を頼むと!」
「……はい」
「あなたたちは、自分の役割をこなしているのですよ」
サウディとバクーダは顔を見合わせる。
「倒した数の問題ではありません。パーティーにはそれぞれの役割があるのですよ。もっと、自信を持って下さい」
先程の表情とは一変して、最後は笑顔で話し掛ける。
「コファイ。あなたもですよ」
「はっ、はい!」
ラスティアは、この三人に自信をつけさせることで、戦況が有利になるとアルベルトが考えているのだと思っていた。
とくにコファイは、自分に自信がなさすぎる。
ラスティアは今迄も、コファイと同じような冒険者を見たことがある。
自信のなさは、技や魔法にも影響する。
一瞬の躊躇いが生死を左右する状況が、冒険者では頻繁におとずれる。
冒険者の仲間が死ぬのは、出来る限り見たくはない。
そんな思いで、コファイたちに接していた。
もちろん、過剰な自信も問題だ。
どちらかといえば、そちらの方が厄介だ。
大抵、そういう場合は仲間の意見を聞かずに、一人で暴走するか、仲間を巻き込むかだ……。
自信過剰な冒険者は、他の冒険者の言葉に耳を貸す者は少ない。
自分に絶対の自信を持っているので、格下の冒険者を馬鹿にするし、格上の冒険者には、実力では負けていなはずだから偉そうにするなという表情をする。
そういう冒険者が銀翼に向かってくる時は、いつもミランやローガンが相手をして、完膚なきまで叩きのめしていた。
「一皮剥ければ、見える世界が変わるんでしょうけどね……」
ラスティアは、誰にも聞こえないような小声で呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アルベルトたちは、順調に奥へと進んでいく。
明らかにゴブリンの数が多くなっているので、ゴブリン側もこれ以上、奥へは進ませないつもりなのだと、アルベルトとラスティアは思っていた。
気になっていたのは、進化種であるゴブリンナイトや、ゴブリンアーチャーにゴブリンメイジの姿がないことだ。
つまり、ゴブリン側は戦力を温存している――。
自分たちの状況を確認する必要がある。
「ラスティア。どうだ?」
「まだ、大丈夫ですわ」
アルベルトはラスティアだけが分かる、銀翼のメンバーしか分からない話し方をする。
ラスティアの体力や魔力などが、どれほど残っているかだった。
アルベルトに答えた「まだ、大丈夫」は、半分ほど残っているということだ。
「……ここからが、本番か!」
アルベルトの視線は、ゴブリンのたちの奥にいるゴブリンナイトの姿を捉えていた。
しかも、洞窟が少し広くなっている場所で待機している。
広い場所だと、四方から襲われる。
サウディたちには負担が大きいかもしれない。
「とりあえず、私一人で数を減らします。サウディたちは、この付近で戦って下さい。奥へ進むと危険ですから……ラスティア、頼みますよ」
「えぇ、分かりましたわ。私が指揮を取らせていただきます」
アルベルトは安心した顔でラスティアを見る。
右手に持っていた剣で地面を軽く叩くと、ラスティアたちの体が薄っすらと光った。
「これで、防御力は上がったはずです。では、行ってきます」
なにが起きたのか分かっていないサウディたち三人。
アルベルトは一人で、ゴブリンの群れへと歩き出す。
「アルベルトさん、大丈夫ですか?」
心配そうにコファイが話す。
「まぁ、見ていれば分かりますわ。ランクAの冒険者の実力が――そして、この世界に数人しかいない聖騎士の戦いを――」
聖騎士は、戦士職の上位職になる。
しかし、戦闘補助スキルが習得できるので、事前にスキルをかけて仲間を守ることもできる。
アルベルトが使用したのは、聖騎士のスキル【聖なる加護】だった。
【聖なる加護】は、ステータスの防御や、魔法耐性を一時的に向上させることができる。
光属性の魔法でも似たようなものはある。
銀翼だと、ササジールが光属性の魔法を習得しているので、補助系魔法は主にササジールの担当だが、状況に応じてアルベルトも使用する。
補助系魔法は、強い相手と戦う時には必要な魔法である。
しかし、他にも使用できる魔法がないと冒険者として、それ以上を望めない。
今のコファイがそうだ。
ゴブリンの攻撃範囲に入ったアルベルトへ、ゴブリンたちが一斉に攻撃を仕掛けた。
――アルベルトの戦いは凄かった。
目で捉えることができないくらいの早さで剣を振り回して、ゴブリンたちをどんどんと倒して行く。
四方からの攻撃を気にすることなく、ゴブリンたちを切り刻んでいった。
「す、すごい……」
アルベルトの戦いに目を奪られるサルディとバクーダ、コファイ三人。
「あれが私たち銀翼のリーダーですわ」
ラスティアが誇らしげに話した。
興奮したバクーダが、無意識に足を進めようとした。
「いけません。あなたたちの出番は、もう少し後です‼」
ラスティアはバクーダを抑止する。
「アルベルトも、昔はあなたたたちと同じようにランクBの冒険者だったのですよ」
「でも……才能が違います」
サルディが、諦めるように話した。
「才能ですか……才能であれば、銀翼のメンバーは才能がない冒険者の集まりですね」
「そんな、皆さん才能があるじゃないですか……」
「才能って、なんだと思っていますか?」
「それは――」
言葉に詰まるサルディ。
「私たちは、あなたたちが思っている以上に、強くなる努力をしています。それこそ、死にもの狂いで努力している者もいます。その努力をすることが才能と言うのであれば、あなたのいう才能を持っていることは間違いありませんね」
ラスティアは、全て才能がないと諦めるサルディに憤慨していた。
なんでも運命だと諦めるのは簡単だからだ。
なにより、昔の自分を見ているようだったからだ――。
ラスティアの本名は、エルダという。
学習院時代のエルダは、平均的な成績しか残せない生徒だった。
しかし、その容姿のせいか異性からのアプローチが多かった。
それを面白く思わない女子生徒もいるため、いやがらせをうけることもあった。
家柄による貴族同士の派閥争い……エルダは本当に嫌だったが、親の顔もあるため、仮面を被ったように学生生活を送っていた。
卒業間際になり、両親が事故で死亡をすると状況が一変した。
叔父が家督を継ぐと、エルダは邪魔な存在になり卒業後、権力のある貴族との婚約を迫られる。
両親が守ってきた家のためだと我慢をすることにしたが、実家に戻った時、従兄が口を滑らせて、両親の事故は叔父によって企てられたことを知る。
そのことを叔父に話すと、叔父はエルダを殺そうとしたのだ。
使用人の一人が、そのことを知りエルダを事前に逃がしてくれたが、すぐに追手に向かわせる。
そして、エルダは追手に殺されそうになっているところを、アルベルトとクウガ、アリスの三人に助けられた。
盗賊からエルダを救ったと思っていた三人だったが、エルダから事情を聞くと、追手にエルダの着ていた衣装の一部を渡す。
「これで、この子は崖から落ちたことにしなければ、今すぐにお前を殺す‼」
クウガが脅しをかけると、追手はそのまま逃げ帰って行った。
追手もエルダを取り逃がしたと報告すれば、自分の立場が悪くなる。
崖から落ちたと言えば、エルダが死んでいようが自分たちは関与していないので、問題無い。
咄嗟にクウガの機転で、難を逃れることができたエルダ。
この時、過去との決別をするため、両親が自分が生まれた時に悩んでいたと言っていたもう一つの名前『ラスティア』と名乗ることにした。
その後、アルベルトたちと行動を共にして、身近で三人の強さへの執念に感化されて、ラスティア自身も努力を重ねた――。
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