第67話

「……そろそろですね。サウディとバクーダは、二人で連携しながら、離れずにゴブリンを倒してください‼」

「はいっ!」

「分かりました‼」


 サウディとバクーダは、ラスティアの指示通りにゴブリンを倒し始めた。


「コファイ。あなたは光属性の魔法が役に立たないから、自分も役立たずだと思っていませんか?」

「いえ……そんなことは……」

「光属性魔法について、あなたはどれだけ知っていますか?」

「どれだけ……って……」

「それが答えです。あなたは光属性魔法の可能性について、調べたことがありますか?」


 ラスティアの問いに、コファイは答えられないでいた。

 自分自身さえも嫌気がさしていた光属性魔法――。

 使用できる魔法など、たかが知れている。

 結局、それ以上でもそれ以下でもない。


 魔法を習得できる魔法書にも種類がある。

 属性は魔法書の色で分かる。ランクは表紙の文字で区別がつく。

 ランクが分かるのは、長年の研究の結果だ。

 魔法書一冊で、覚えることができる魔法は一つだ。

 よって、魔法書は何種類もある。

 初級の魔法書でも希少性に高いものは、中級の魔法書よりも高値になることもある。

 ただし、その魔法に対して適性があるかは分からないので、魔法書を取り扱う店は、魔法の効果までは保証をしていない。

 魔法書との契約を正常に終えることができれば、店としては問題無いからだ。

 もちろん、契約時に不具合があれば、購入した通貨は返却もしくは、別の魔法書と交換が可能だ。

 魔術師は魔法の種類を増やそうとすると、必然的に魔法書の購入が必要になる。

 それだけの財力がないと、魔術師として成功するのは一般的に難しいとされている所以だ。


「……今から独り言を言います」


 ラスティアはアルベルトの方を見ながら話し始めた。


「私の嫌いなスケベで大酒呑みの老人の話です。彼は変わり者で、役に立たないと言われる光魔法を研究して、予想もつかないような使用方法で私たちの補助をしてくれています」


 コファイは黙って、ラスティアの言葉に耳を傾ける。


「補助魔法の一つ【フラッシュ】は、広範囲の目くらましに使用することが一般的だけど、そのスケベで大酒呑みの老人は、すぐに発動させないどころか、手のひらサイズの薄っすらとした光にして何かにぶつかった時に発動するように【フラッシュ】という魔法を改変したのです」


 魔法の改変は、魔術師の力量による。

 同じ魔法でも魔術師により、威力や形が違い個性がある。


「現状から逃げることは簡単ですわ。逃げずに自分と向き合えることができる人こそ、他人よりも成長ができるのだと私は思っています」

 

 コファイは、ラスティアの話を聞き、恥ずかしい気持ちになっていた。

 光属性魔法を受け入れたのは自分だが、全てを他人のせいにしていた。

 故郷に帰ることもできずに、目標もなく冒険者を続けていた……。

 アルベルトから声を掛けられたとき、驚きの感情とともに「必要とされている」という喜びの感情があったことをコファイは感じていた。

 もちろん、それ以上に不安な気持ちが大きかった。


 コファイは、自分に言い訳ばかりせずに、自分自身と向き合おうと思う。



「ラスティアさん……ありがとうございます」

「なにがでしょうか? 私は独り言を言っていただけですよ」


 ラスティアはコファイを視線を合わすことなく、淡々と言葉を返した。



「これで最後!!」


 バクーダの剣がゴブリンの体を貫いた。


「アルベルトさんは!」


 バクーダは、アルベルトの方に顔を向ける。


「あれは……ゴブリンナイト⁉」


 冒険者から奪ったであろう防具を体に身に着け、手には剣を握っている。

 そのゴブリンナイトが二匹、アルベルトの正面から攻撃の機会を伺っている。


 一歩、また一歩とアルベルトはゴブリンナイトとの距離を縮める。

 七メートルほどまで近づくと、ゴブリンナイトは雄叫びか叫び声のようなものをあげながら、アルベルトに突進をしてきた。


「ぐぎゃぁぁぁ‼」


 アルベルトが剣を振りかざすと、ゴブリンナイトの体は上半身と下半身が分かれて、地面に転がった。

 残ったゴブリンナイトは、自分では敵わないと思ったのか、少しずつ後退していた。

 しかし、アルベルトも足を前に進める。


 逃げられないと覚悟を決めたのか、ゴブリンナイトはアルベルトに攻撃を仕掛けてきた。

 ……と、思ったのだが急に、進行方向を変える。

 ゴブリンナイトの攻撃対象は、アルベルトでなく後ろにいたバクーダだった。


 突進してくるゴブリンナイトに、恐怖のあまり体が硬直したのか、動けないバクーダ。

 この瞬間、バクーダは目を瞑って死を覚悟する――。


 大きな音がして、数秒後――バクーダが目を開けると、視線の先で首を切られたゴブリンが、倒れていた。


「大丈夫だったかな?」


 ゴブリンの血がついた剣を振り払う動作を終えた、アルベルトがバクーダに話し掛ける。


「……はっ、はい」


 バクーダは、なんとか返事をする。


「アルベルト!!」


 ラスティアが、アルベルトの名を呼びながら、凄い形相でアルベルトに近付く。


「わざとゴブリンナイトを、自分の横を通させましたね‼」

「うん、そうだけど?」


 アルベルトの返した言葉に、ラスティアは大きなため息をつく。


「バクーダに、なにかあったらどうするつもりだんのですか⁉」

「ん~、ゴブリンとの戦闘を見て、バクーダの実力だったらゴブリンナイトを倒せると思ったんだけど?」

「……銀翼のメンバーだと思わないで下さい‼」


 ラスティアは、かなり怒っていた。

 アルベルトは、銀翼のメンバーで魔物と戦うときに時折、こういった行動をする。

 ラスティアのいう銀翼のメンバーだが、銀翼の中でもアルベルトやクウガたち主力に、実力が追い付いていないメンバーたちのことを言っていた。


 銀翼のメンバーは、リーダーのアルベルトに、サブリーダーのアリスを主軸として、全員で十人で構成されるクランだ。

 クウガにラスティア、ローガンにミランと、ササジール。

 このメンバー以外に三人いる。

 因みに、クウガがサブリーダーをしないのは「向いていない」という理由で、サブリーダーを断った。

 クラン全員が、「面倒だから、辞退した……」と思っていた。

 しかし、クウガよりもアリスの方が絶対にいいと分かっていたので、反対する者はいなかった。


 実力不足のメンバーを試すようにアルベルトは時々、このようなことをする。

 もちろん、アルベルトから見て実力的には倒せる相手の場合のみだし、直前で無理だと判断した場合は、今回のようにアルベルトが対応している。

 これを何回も繰り返すことで、次第に恐怖心に打ち勝つことができる。

 逃げることが許されない状況で、実力以上の力を発揮できるというのが、アルベルトの考えだった。

 この考えには、アリスやクウガも同意している。

 銀翼を立ち上げた初期メンバー三人は、自覚をしていないがスパルタ気質があると、ラスティアは思っていた。


「でも、経験は大事だよね?」


 悪びれることなく話をするアルベルトに、ラスティアは再度、ため息をついた。


「ごめんなさい、バクーダ。アルベルトは、あなたであればゴブリンナイトを倒せると思ったの」

「俺がですか?」


 驚くバクーダ。


「戦い方を見せてもらったけど、君ならゴブリンナイトを倒す力は十分にあると思う。サウディ、君もだよ」

「えっ!」


 バクーダとサウディは、アルベルトの言葉に少しだけ嬉しくなる。

 A級冒険者からのお墨付きをもらったからだ。


「君たちに不足しているのは、経験だけだ。無茶なクエストをしろとは言わないが、少しだけ自分を追い込める状況であれば、君たちはもっと強くなるよ」

「アルベルト‼」


 ラスティアは、アルベルトの話を遮る。


「勝手なことを言わないで下さい。この二人に何かあっても、私たちは責任を取れないのですよ」

「分かっているよ。だけど、強くなりたいと思っている冒険者に助言をするのも、僕たちに役目だよね?」

「たしかに、そうですが――」


 ラスティアは口籠る。


 バクーダとサウディは、同じことを思っていた。

 アルベルトの言う通り、無難なクエストばかり受注していた。

 強くなりたいと思うよりも、安全で楽に稼げるほうを選んでいた。

 それが普通になり、強くなりたいと思う気持ちを置き去りにしていたと感じていた。

 冒険者になった時に、思っていた気持ちをアルベルトは思い出させてくれたのだ。


「アルベルトさん、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 アルベルトに礼を言うバクーダとサウディの顔は、自信に満ちていた。

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