第62話
ゴブリンたちは、少人数で少しだけ攻撃しては撤退するという行為を繰り返す。
苛立ちを隠せない冒険者たちもいる。
攻撃にも余計な力が入るため、疲労も増していく。
特に若い冒険者たちは、こういった状況に慣れていなく、感情的になりやすい。
「ここら辺で一度、休憩します。交代で見張りを立ててください」
ニコラスは冒険者の様子から、休憩をする選択肢をした。
(思っていた以上に、疲労が激しいですね……)
ニコラスはゴブリンの作戦通りに事が運んでいるかと感じていた。
これほどの作戦を立てることが出来る知能を持った魔物が、ゴブリンたちの中にいるということだろう。
ましてや、ゴブリンたちの根城も把握できていない。
不安要素だけが多くなっていく――。
「暗い顔をしているな」
「フリクシンですか――あまり、顔に出さないようにしていたつもりなのですがね」
「何年の付き合いだと思っているんだ」
「そうですね……」
「ゴブリンたちの意図は何だと思う?」
「私たちを疲れさせることではしょう」
「やはり、そうか――俺もそう感じていた。昨日、毒を受けた奴等は、そろそろ体力の限界だろうな」
「だからと言って、この場に残すことも、できません」
「あぁ、その通りだな。思っていた以上に、厳しい戦いだな……」
ニコラスとフリクシンの間に、重い空気が流れる。
「指揮を取る私たちが、このような表情をしていては駄目ですね」
「確かに、そうだな」
フリクシンは、自分を鼓舞するように両手で顔を叩く。
「怪我人や、体調に異変がある者は、気にせずに申告してくれ‼」
フリクシンの声に反応するように、数人が手を上げる。
戦闘の邪魔になり、仲間を危険に晒したくないからこそ、正直に名乗り出たのだろう。
名乗り出なかった者も、あと何回かの戦闘を繰り返せば、動けなくなる者がいるだろうと、フリクシンは感じた。
格上の魔物討伐を経験する者たちが少なかった――。
危険度が低い魔物の討伐ばかりしていると、慣れから緊張をしなくなる。
その慢心が別の危険を生むと、若い冒険者たちに忠告したこともある。
魔物討伐のクエストは、常に緊張していなければ簡単に命を落とすとも――。
勿論、初めての大人数でのクエストのため、緊張している冒険者がいる。
多くの人が集まれば、それだけ予測が難しい状況になる。
ニコラスが判断を間違えれば――。
フリクシンは不吉なことを考えてしまったことを、すぐに後悔して頭から消した。
それはニコラスも同様だった。
回復薬の数にも限りがある。決して、準備を怠ったわけではない。
良く言えば、過剰に誰もが準備をして、今回の討伐に挑んだ。
相手を侮っていた――いや、想定外に相手に知恵があり、強かった。
ギルマスとしての判断を間違えたのか?
もしかしたら、ランクBのクエストでも限りなくランクAに近かったのでは――。
ニコラスは自問自答を繰り返していた。
ニコラスとフリクシンの不安が伝染したかのように、冒険者たちも不安を感じ始める。
「なに、しけた面してるんですか!」
シトルが場の空気に似つかわしくない態度で、ニコラスやフリクシンに話し掛ける。
「ギルマスやフリクシンが、そんな面だと勝てる相手でも、勝てやしませんぜ!」
「何を言っている‼ この俺が弱気になるはずがないだろう⁉」
「本当か、フリクシン! 泣きそうな顔をしていたぞ」
ふざけた仕草のシトルに答えるフリクシン。
その様子を見ていた冒険者たちの顔に、少しだけ笑顔が戻る。
ニコラスはシトルの様子を見ながら、良くも悪くも場の空気を読まずに行動するシトルに感謝をする。
「シトルの奴に助けられたな」
「えぇ、そうですね」
ニコラスとフリクシンは笑う。
分かってはいたが、仲間の些細な異変に気付く者もいる。
指揮する立場の自分たちが、弱気になっていては駄目だと、改めて気付かされた。
シトルのおかげで活気を取り戻した冒険者たちは、足を進める。
五分程、進むと又もゴブリンたちからの攻撃を受ける。
ただし、いままでと違うのは、ゴブリンアーチャーがいない。
もしかしたら、前回までの戦闘でゴブリンアーチャーを全て討伐したのかも知れないと、冒険者たちは感じていた。
実際、前回の戦いで唯一生存していたゴブリンアーチャーも、深手を負い死亡していた。
大事な戦力を失ってしまったゴブリンたち――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ぐあぁぁぁぁ!!」
ゴブリンよりも、二回りほど体の大きい魔物が叫び、暴れていた。
ホブゴブリン! ゴブリンたちを指揮していた。
ゴブリンよりも知能が高く、戦闘能力もゴブリンの三倍以上だとされている。
苛立つホブゴブリンの近くにいたゴブリンは、暴れた巻き添えにあう。
このゴブリンの集落は、自分の支配下だ!
思い通りにならないこと腹を立てる。
ホブゴブリンは、ひととおり暴れると、落ち着きを取り戻す。
自分専用に用意させた椅子に座り、考え込んだ――。
配下のゴブリンたちの話だと、襲った村の人間とは違い、戦いに慣れている。
武器や防具も装備している――冒険者!
ホブゴブリンは、冒険者だと判断する。
知能の低いゴブリンでは判断できなかったのだろう。
ゴブリンアーチャーたちとは、あまり仲が良くない。
それはゴブリンナイトも同じだった。
同じゴブリンからの進化種。
力で押さえつけているだけなので、反発もある。
ホブゴブリンは、ゴブリンたちに戦っている人間たちが、どこまで進んでいるかを聞いた。
ゴブリンたちの答えを聞いたホブゴブリンは、険しい顔になる。
すぐ、そこまで冒険者たちが来ていることを知ったからだ。
ホブゴブリンは、この場所で待ち構えて、全戦力で挑むことを決断する。
そして、戦いの準備をするように、ゴブリンたちに指示を出した‼
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ゴブリンたちの住処へと進むニコラスたち。
「ギルマス‼」
最後尾にいる冒険者の叫ぶ声がした。
ゴブリンからの攻撃かと思い、誰もが臨戦態勢を取る。
いったん、足を止めたニコラスたちだったが、静かになると馬の足音が聞こえる。
それも一頭ではない。
……二頭いや、三頭か?
ゴブリンの進化系に『ゴブリンライダー』が存在している。
ゴブリンライダー自体が珍しいため、遭遇する確率は高くない。
犬や狼、猪などにまたがり、機動力を生かした攻撃をする。
背が低いゴブリンだからこそ、可能なのだ。
ニコラスは背筋が寒くなる。
もしかして……ゴブリンライダーが馬を操ることも出来るのか!
いや、もしかしたらゴブリンライダーでなく、もっと背の高いホブゴブリンなどでは――。
ホブゴブリンがゴブリンライダーのように、動物の背に乗って攻撃を仕掛けてくることなど聞いた事がない。
それは自分たちが知らないだけか、新たな進化種が出現したと考えてもおかしくない。
徐々に馬の足音が大きくなってる。
間違いなく、こちらに向かって来ている。
しかし、なぜ背後からなのだ!
草むらにゴブリンが隠れているのか?
もしかして、取り囲まれたのか!
ニコラスは最悪な状況を思い浮かべる。
冒険者たちの集中力もあがり、周囲の警戒を怠ることはなかった――。
「援軍だ!」
馬に乗るのが人間だと、そして冒険者だと分かった冒険者が叫ぶ!
「……援軍?」
ニコラスは眉をひそめる。
一番近い、隣町からでも、こんなに早く到着することはないからだ!
しかし、ニコラスは馬に操る者たちを見て、すぐに考えを変える。
それは、ニコラスだけでなかった。
疲れ切った冒険者たちにも、希望の光が差した瞬間だった。
遠目でも分かったのだ。
馬に乗っていたのは、誰もが知っている有名な冒険者たちだと‼
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