第50話
「おい! 誰か、手を貸してくれ」
夕方、リゼがクエストを終えて宿に戻ろうとすると、ギルド会館に冒険者が大声を上げて入って来た。
肩には負傷をした冒険者を抱えていた。
一瞬、時が止まる――。
しかし、すぐに冒険者や受付嬢たちが駆け寄る。
「治療院には別の奴が呼びに行っている。とりあえず、横になれる場所だ」
「何があったんだ!」
「俺の良く分からない。クエストに向かう途中で倒れていた――とりあえず、回復薬は飲ませたが、この状態だ」
一気にギルド会館内に緊張が走る。
慌ただしく人が動く。
負傷した冒険者を治療出来ないかと、何人かがギルド会館内を見渡して、回復魔術師を探す。
中級職である回復魔術師は、オーリスの冒険者でも数名しかいない。
しかし今、このギルド会館にはいなかった。
リゼは何か手伝えることは無いかと思い、近くの冒険者に声を掛けようとした。
しかし、忙しそうに動く人たちの迷惑になると思い躊躇い、ただ立ちすくむだけだった。
「此処に寝かせろ!」
クエストボードの横に簡易的なベッドを用意して、負傷した冒険者を寝かす。
「おい、大丈夫か!」
「おい‼」
何人かが負傷した
「応援を――仲間を……助けて――くれ」
それだけ言うと、負傷した冒険者は気を失う。
ギルド会館に着いたこと、言いたいことが伝えられたからか、なんとか支えていた気力がなくなったのだろう。
(あれ?)
リゼは負傷した冒険者に見覚えがあった。
スライム討伐のコツを教えてくれた冒険者のパーティーの一人だったからだ。
(たしか、魔術師のポンセルさん)
一人で戻って来たということは……。
他の冒険者は……。
リゼの頭の中は、最悪のことしか思い浮かばなかった。
「暴風団の皆さんが受注したクエストは、ゴブリン討伐です」
「ゴブリン討伐……そんなに難易度が高くはないだろう?」
「はい。ランクBのクエストです。西の草原で発見されたゴブリンの討伐になります
」
「不測の事態が起きたってことか?」
「……分かりません。近くの村の情報では、数匹とだけ聞いております。集落のことは聞いていません」
「はぐれゴブリンの討伐ってことか……」
「はい。もしかしたらですが、村の情報が間違っていたかもしれません」
「成功報酬が上がるから、敢えて本当の情報を伝えなかったということか?」
「そこまでは、分かりません」
依頼者は西にある村になる。
ゴブリンを発見したらしいので、討伐して欲しいということだ。
領主からの補助金に加えて、依頼者である村からも成功報酬を支払う必要がある。
ゴブリンを討伐して欲しいが、もし集落を発見していた場合、それを伝えれば成功報酬がかなり高くなる。
はぐれゴブリンを討伐中に、ゴブリンの集落を発見した場合は冒険者がギルドに報告をして、領地に危険があると判断した領主は冒険者ギルドに依頼をする。
成功報酬を渋る辺境の村が意図的に、自分達に不利な情報を隠蔽することも多い。
しかし、情報が不足していた状況で討伐に向かった場合、クエストを受注した冒険者の生死に関わる。
だからこそ、冒険者ギルドは細心の注意を払っている。
「くそっ!」
冒険者が悔しそうに怒りの声をあげて、拳を床に叩きつける。
怒りの声よりも、拳を叩きつけた音が建物内に響く。
自己責任とはいえ、仲間が苦しんでいる姿や、死んでいくのを黙ってみているのは辛い。
冒険者である彼らなりの仲間意識があるからだ。
寝たまま意識を失っているポンセルの呼吸は荒く、今にも途切れそうだ。
誰もが早く医師の到着を待っていた。
――誰も言葉を発することなく、時間だけが経過していた。
「連れて来たぞ!」
建物内の重い雰囲気を壊すように、冒険者が叫びながらギルド会館に現れた。
後ろには、治療院の医師もいる。
「こっちだ!」
「早く、診てくれ‼」
ポンセルの周りにいた冒険者たちが広がり、道を作り医師が足早にポンセルの元へと駆け寄った。
真剣な表情で、ポンセルを診察する。
医師という名称だが、回復魔術師だ。
街で治療院を営む者は医師と名乗ることが多い。
冒険者との区別をつける目的もある。
回復魔術師といっても、治療や回復などは個人の実力による。
当然、何でも治せる訳でもないし、一度で完治出来るわけではない。
しかし、医師はランクB程度の冒険者同等か、治療に関してはそれ以上の腕はある。
回復や治療に特化している専門職として、毎日何人もの患者と接しているからだ。
攻撃や補助魔法などの冒険者に同行する回復魔術師とは、根本的に異なる。
「……」
医師は険しい顔をしていた。
とりあえず、命を繋ぎとめる処置を施すのが最優先だろう。
無言の時間が続く――。
「とりあえず、治療はしましたが……予断を許さない状況です。病状が落ち着くまでは暫くは、このままで御願いします。どなたか治療院に、この紙を届けて頂けますか?」
「俺が行こう」
シトルが立候補する。
「よろしくお願いします」
「任せておけ!」
シトルは紙を受け取ると走って、ギルド会館から出て行った。
「意識が戻ったら、安静に出来る場所へ移動したいのですが――」
「部屋を用意致しますので、そちらに御願い致します」
冒険者たちの後ろから、受付長のクリスティーナの声が聞こえる。
その声に反応して、冒険者たちはクリスティーナの方に顔を向けた。
「一刻を争う事態ですので、簡潔に申します。緊急クエストを発動。クエスト内容は、クラン暴風団の救出。出発は今より三十分後、正門に集合。以上‼」
クリスティーナの言葉が終わると同時に、冒険者たちは急いでギルド会館を出て行った。
達成報酬は口にしていない。
当然、無報酬ではない。
報酬でなく、冒険者の善意に訴えかけたクエストになる。
冒険者たちも仲間を助けることが最優先だと分かっているので、クエストの準備をする為にギルド会館より出て行ったのだろう。
クエストを奪い合う冒険者であるが、生死を共にした冒険者の絆は強い。
だからこそ、冒険者の間で信用や信頼が無い者は、誰も助けてはくれない。
「ありがとうございました」
冒険者の一人が医師に礼を言う。
「私は自分の仕事をしただけです」
医師は少し微笑むように答える。
「……俺も自分の出来ることをするか」
ギルド会館から、冒険者の数が徐々に減っていった。
去っていく冒険者の後ろ姿を見ながら、リゼは取り残されながらも次の行動に移ることが出来ないでいた。
ランクBの冒険者救出のクエストなので、ランクCの自分に参加資格が無いことは理解している。
リゼは、横になるポンセルと医師の後ろで立つしかなかった――。
分かっていたことだが、冒険者が危険な職業だと実感する。
いつか、自分も――。そんな考えが頭に浮かぶ。
ふと手を見ると、小刻みに振るえていたが、自分で気づいていなかった。
初めて、『死』というものに直面して考えていたからかも知れない。
「大丈夫よ」
アイリが後ろから、優しくでリゼに声を掛ける。
「その……よくあるのですか?」
自分でも曖昧な質問内容だと分かっていた。
「そうね。情報間違いによるクエスト発注はあるわよ。この世界に絶対は無いからね」
困惑しながらも言葉を選ぶように、アイリは答えた。
「暴風団の人たちは、助かるんでしょうか?」
リゼが続けてした質問に、アイリは何も答えず表情を変えなかった。
多勢のゴブリンと冒険者四人であれば、よほどの者でなければゴブリンに倒される。
魔物の中で連携を取ることが出来る数少ない種族だからだ。
だからこそ、ゴブリンの集落を発見した場合は、冒険者ギルドとしても慎重に対応をする。
「アイリ、行ってきます。後のことはレベッカに任せていますので、サポートの方をお願いいたします」
「はい、分かりました」
アイリはクリスティーナに話し掛けられた。
クリスティーナの横には、ギルドマスターのニコラスがいた。
今回の件、領主に報告する必要がある為、領主の元へと出向くのだ。
「じゃあね、リゼちゃん」
アイリはリゼに挨拶をすると、受付へと戻って行った。
リゼは、横になっているポンセルの回復を願いながら、医師の後ろで見ていた。
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