第51話

 ――オーリスの正門前に、冒険者が集まっていた。

 街の人たちも、何が起きたか分かっていた。

 特に暴風団と親交のあった人たちからは、言葉を掛けられていた。

 集まった冒険者は、全部で十八人。

 オーリスにいる冒険者の半分以下の人数になる。

 既にクエストで街に居ないから、今回のことを知らない者もいる。

 家族のことを思い、自分の気持ちを押し殺して参加しなかった冒険者もいる。

 冒険者と言っても事情は異なるし、無理強いをするような強制力があるクエストでもない。

 逆に、これだけの人数の冒険者が集まってくれたことが、暴風団に所属していた冒険者たちが、他の仲間たちから好かれていたかが分かる。



「そろそろ、時間ですね」


 ギルドマスターのニコラスが冒険者の前に立つ。

 ニコラスは、オーリス領主のカプラスに状況を説明する為に訪れた。

 しかし、先客があった為、受付長のクリスティーナに任せて、正門へと戻って来たのだ。



「よく集まってくれた。仲間を思う諸君をギルマスとして、とても喜ばしく思う」


 ニコラスは、善意で集まった冒険者全員に向けて、言葉を掛ける。

 本当であれば、ニコラスが今回のリーダーとして任命した冒険者の挨拶だけで良いが、仲間思いの冒険者たちに一言、激励したいと思っていた。


「本隊のリーダーは、フリクシンに任せるので彼に従うように。フリクシン、挨拶をお願いします」

「おぅ」


 ニコラスに促されて、フリクシンがニコラスの横に移動した。

 フリクシンは、オーリスを拠点としている一番大きなクラン『緑風』のリーダーで、ランクBの剣士だ。

 ランクBの中でも上位になる冒険者で、オーリスにいる冒険者の中でも、リーダー的存在だ。


「今更、名乗るのも変だが、フリクシンだ。仲間を思う気持ちは俺も同じだ。集まってくれたことに感謝する」


 リーダーとして、仲間である冒険者に礼の言葉を口にした。

 目的と作戦。それに、ゴブリンの集落を発見した場合の対処方法などを、きちんと説明した。


「最後に、今の説明を聞いて辞退したい者がいれば、辞退して貰っても構わない」


 フリクシンが集まった冒険者を見ながら、最後の選択を与えた。

 しかし、誰一人動くことなく、フリクシンの目を見ていた。


「よし、行くぞ‼」


 フリクシンの言葉に、冒険者たちは声を揃えて叫んだ。


「気を付けて」

「あぁ」


 ニコラスはフリクシンに声を掛けて、門を出ていく仲間思いで勇敢な冒険者たちを見送った。



「さて――」


 ニコラスは、フリクシンたちの姿が見えなくなると、反転して領主の元へと再び向かった。

 ニコラスの頭の中は、カプラスが本当に知らなかったのかという疑惑が拭えなかった。

 何故なら、カプラスがギルマスになる前の冒険者時代、報酬を支払いたくない領主を何人か知っていたからだ。

 カプラスは今迄も同じようなことがあった場合、きちんと対処はしてくれていたが、何かの拍子で人間の気持ちなど簡単に変わってしまう。

 もしかしたら……。

 一抹の不安を抱きながら、足早にカプラスの元へと急いだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「んっ、んんん――」


 寝ていたポンセルの意識が戻った。

 状況を整理するように周りを確認する。


「あっ!」


 すぐに、自分の状況が分かったのか、起き上がろうとするポンセルを医師は、手で押さえつける。


「まだ、寝ていなさい」

「し、しかし、仲間たちが‼」

「冒険者のお仲間たちが、あなたの仲間を助ける為に向かいました」

「それは、本当ですか‼」

「はい」


 医師はポンセルを安心させるように、優しい言葉で話す。


「何人向かった! ギルマスに話がある‼」


 ポンセルが安心するかと思った医師は、焦るように早口で話すポンセルに驚く。


「ニコラスは、クリスティーナと一緒に領主様の所に向かわれた」

「すぐに伝えないと、救援に向かった冒険者も危ないんだ!」


 ポンセルな悲痛な言葉は、医師と近くに居たリゼしか聞こえていない。


「受付の人を呼んできます」

「お願いします」


 リゼはポンセルの雰囲気から、ただ事では無いと思い、受付へと走っていく。


「アイリさん!」


 受付に向かう途中で、アイリの姿を発見したリゼは大声でアイリの名を呼ぶ。

 その声に気付いたアイリは、急いで受付から飛び出してきた。


「どうしたの、リゼちゃん‼」

「ポンセルさんの意識が戻ったのですが、ギルマスに伝えないといけない事があるって――」


 リゼの言葉を聞いたアイリは、受付に向かってレベッカの名を叫んだ。

 レベッカは顔を出すと、アイリの表情を見てすぐに、駆け寄って来た。


「ポンセルさんの意識が戻ったようだけど、ギルマスに伝えることがあるそうよ」

「……分かったわ。私たちで聞きましょう」


 アイリとレベッカは、ポンセルの所へと走って向かう。



「大丈夫ですか、ポンセルさん」

「アイリにレベッカか……」


 少し話すのが辛そうになってきたポンセルだった。


「ゴブリンの中に、ゴブリンアーチャーがいた。それに、ゴブリンナイトも――」


 弓矢を使う『ゴブリンアーチャー』、剣を使う『ゴブリンナイト』。

 進化したゴブリンだ。


「そんな……数は分かりますか?」

「分からないが、最低でも群れで十匹以上だと思う」

「全てゴブリンアーチャーと、ゴブリンナイトですか?」

「いいや、ゴブリンナイトは二匹程だったが、ゴブリンアーチャーの数は矢の方角から三から四匹だと思う」

「……アイリ。すぐに領主様の所へ向かって頂戴――いえ、ちょっと待っていて」


 レベッカは、胸元から紙を出すと文字を書き始めた。


「これをギルマスに渡して頂戴。内容は纏めてある。出来れば、領主様から馬をお借りして、救援に向かった冒険者に、この事を知らせてもらえるよう便宜を図ってもらって!」

「うん、分かった」


 アイリはレベッカから紙を受け取ると、そのまま走ってギルド会館を飛び出していった。

 ポンセルは又、意識を失っていた。


「ゴブリンアーチャーに、ゴブリンナイト……不味いわね」


 レベッカの顔が険しくなっていた。

 リゼもレベッカの表情が険しくなった理由が推測出来た。

 ゴブリンから進化したゴブリンアーチャーと、ゴブリンナイト。

 その進化したゴブリンに命令出来る者がいる。

 つまり、進化したゴブリンよりも強いゴブリンがいるということだ。

 通常のゴブリンの集落であれば、『長』と呼んでいるゴブリンが命令を出す。

 その場合、ゴブリンナイトや、同様に進化したゴブリンメイジなどが、長になっている。

 しかし、今回は違う。

 救援に向かった冒険者は、全員がランクBだ。

 もしかしたら、ランクBでも上級の類に分類されるクエストだったかも知れない。

 ギルドのせいで、冒険者たちが死ぬことになるかも知れない!

 レベッカは進化したゴブリンの名を聞いた瞬間、真っ先にこの言葉が脳裏に浮かんだのだろう。


「今から、私が走って伝えましょうか?」

「えっ!」


 リゼの言葉に、レベッカは驚く。


「アイリさんが今から領主様の所に行って、馬を用意して貰うよりも、もしかしたら、早く伝えられるかも知れません」


 リゼは自分に出来ることを思い付き、レベッカに伝えた。


「今なら、まだそれほど遠くには行っていない筈です」

「確かにそうだけど――」


 レベッカはリゼの言葉に悩んでいた。

 頼むなら、大人の方が早いと思ったからだ。

 しかしすぐに、自分の考えが間違っていたと思い直す。

 何故なら、リゼも立派な冒険者なのだから。


「頼めるかしら?」

「はい!」


 急いで走り出そうとするリゼをレベッカは止める。

 そして、先程同様に紙にポンセルからの言葉を書き始めた。


「これを救助隊のリーダー、フリクシンに渡してくれる? フリクシンは知っているわよね?」

「はい。鼻に傷のある大きな人ですね」

「えぇ、そうよ」

「では、行ってきます」

「よろしくお願いね」

「はい‼」


 リゼは、レベッカから預かった紙を握りしめながら、救援隊を追いかけるべく走った。

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