第49話
リゼがギルド会館で二時間程待っていると、他の冒険者たちから話を聞いたシトルが現れた。
「悪いな、リゼ」
「いいえ、私の方こそ……その、すいませんでした」
「俺の依頼を受けてくれたってことで、いいんだよな?」
「断らせて頂きました」
「えっ、なんだって! ……悪いが、もう一度言ってくれるか?」
「はい。シトルさんの指名クエストは受注しませんでした」
「なんでだ? もしかして、成功報酬が少なかったからか? いや、俺の記憶が無いだけで、もしかしたらリゼに酷い事をしたのか?」
シトルはリゼの思いがけない言葉に狼狽えた。
「その、酷い事をされたかされていないかと聞かれれば、されてはいません。少しだけ、不快な思いをしただけです」
「そっ、そうなのか」
「シトルさんの指名クエストはお断りしましたが、シトルさんの信用が出来る限り戻るように協力はするつもりです」
「それは助かる……が、どうすれば俺の信用が戻るんだ?」
「そうですね……とりあえず、私と一緒に街の中を歩きませんか?」
「それはいいが、それで俺の信用が回復するのか?」
「街の人たちは、シトルさんが私に酷い事をしたと思っています。その私が、シトルさんと街を歩いていれば、その噂自体が嘘だと思いませんかね?」
「確かに! リゼは賢いな」
シトルは、リゼの案を褒める。
「今からでも、いいのか?」
「はい。早い方がいいですよね」
「ありがとうな」
リゼは、無料の指名クエストを実行する為、シトルとギルド会館を出て行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(大丈夫かな?)
クエストボードの横に座るリゼを、業務の傍ら見ていた。
アイリには、リゼが何をしようとしているか分からなかった。
高額な報酬を得ることが出来る指名クエストを拒否して、発注者であるシトルを待つリゼ。
「顔に出ているわよ」
「えっ!」
後ろからレベッカがアイリに声を掛ける。
「そんなに心配なの?」
「だって……ね」
レベッカはアイリが、以前の暴漢に襲われた事件のことを言おうとしたのだと分かった。
受付長のクリスティーナから、リゼが暴漢に襲われたことをギルド経由で、『銀翼』に連絡をしたと報告があった。
その後、王都にあるギルド本部の責任者であり、全てのギルドの責任者でもなる冒険者ランクSのグランドマスターと、オーリスのギルドマスター同士で、手紙のやり取りをしているそうだ。
特に『銀翼』のアルベルトは、自分のことでリゼを巻き込んでしまったことに、心を痛めているとも聞いた。
「アイリは過保護すぎるの。リゼちゃんも冒険者なんだから」
「それは、そうだけど……」
干渉しすぎる。感情移入しやすい。どちらもアイリに当て嵌まる。
それがアイリの良いところだとも理解している。
「さっ、サボっていないで仕事、仕事」
「別にサボっていませんよ」
「はい、はい」
忙しく仕事をしていれば、リゼのことも少しは忘れるだろうと思い、レベッカはアイリを急かした。
背後からクリスティーナが、二人のやり取りを聞いていた。
勿論、リゼがシトルの指名クエストを断ったことも知っている。
(……人としては正しいかも知れませんが、冒険者としては素直過ぎますね)
アイリとレベッカ越しに、リゼを見ていた。
冒険者といっても、様々だ。
クエストを成功させるために、仲間と協力する者が多数だ。
しかし、なかには自分たちが成功する為に、他の冒険者を囮にしたりする者たちもいる。
当然、それが明るみに出れば処罰の対象となるが、死人に口なし! そう、死んでしまえば、生き残った冒険者の証言が正しいとされてしまう。
他人を疑うことは勿論、自分の有利な条件だと感じれば騙してでも受け入れる。
割り切った感情が、リゼにはまだ無いのだとクリスティーナは感じていた。
このオーリスに常駐する冒険者は皆、優しい。
同業の冒険者を騙そうとする者は居ないと言ってもいい。
しかし、王都や他の街も同じとは限らない。
ギルマスに一任されている。
ギルドの運営にも、ギルマスの意向が色濃く反映されるからだ。
人間不信や、人見知りではなく、人を見る目が必要だ。
これは冒険者だけでなく、商人などにも言えるし、自分たち受付嬢にも言える。
間違えれば、自分や相手にとって取り返しのつかない事が起きるからだ。
起きてから後悔しても遅い。
だからこそ、損失のないように細心の注意を払う必要がある。
「アイリにレベッカ。お喋りしていないで、手を動かしてくださいね」
「「はい‼」」
変わらず話を続けていたアイリとレベッカを注意して、クリスティーヌは奥の部屋へと移動する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「リゼ。歩いているだけでいいのか?」
「そうですね。私とシトルさんが一緒にいることが大事なんだと思います」
「そうか……」
小さいとはいえ、リゼも女だ……女性と二人っきりで街を歩いた事の無いシトルは、リゼ相手でも緊張していた。
いつも、受付嬢たちにセクハラまがいの言動だったが、相手にされていないからこそ出来たことだ。
そう、これはシトルが夢にまで見たデートなのだ。
「リゼ。そこで少し、休憩するか?」
「まだ、大丈夫ですよ。シトルさん、疲れたんですか?」
「い、いや、俺は大丈夫だ」
「そうですか。それなら、もう少し歩きましょう」
店に入って、飲み物を飲む。
デートの定番だと思い、シトルはリゼを誘った。
しかし、自分が思っていた答えと違う言葉を返したリゼに、シトルは戸惑った。
しかも先輩で年上の自分が、リゼより先に「疲れた」などとは言えない。
男としてのプライドもあった。
(しかし、よく見るとリゼは可愛いな)
気付かれないようにリゼを見るシトルだった。
「あれ? リゼちゃんじゃない!」
「ナタリーさん。こんにちは」
偶然、出会ったナタリーにリゼは挨拶する。
「シトルさんと一緒なんて、珍しいわね」
ナタリーはシトルに怪訝な表情を向ける。
それは当然の反応だ。
街の人たちからリゼとシトルの噂は耳にしていたし、夫であるゴロウからも同じような話を聞いている。
「そ、それはだな……」
狼狽えながら答えようとするシトルだったが、上手く口が回らない。
その行動が、余計に怪しいとナタリーを勘違いさせる。
「まさか、リゼちゃんの弱みに付け込んで変なことをしようとしているんじゃないでしょうね」
ナタリーは鬼のような形相でシトルを睨んだ。
「ち、違うんだ……」
必死で弁明するシトルだったが、その言動が怪しさを更に増す。
「ナタリーさん、誤解です」
優しい声でリゼが口を開く。
「誤解?」
「はい、そうです。私がシトルさんに変なことをされて、泣いたとかいう噂を聞いたのですが、そんなことはありません」
「そうなの?」
「はい。私のせいでシトルさんが悪者になっているのは、申し訳無いので噂は間違いだということを伝える為に、一緒に歩いています」
不思議そうな顔のナタリーだったが、リゼの話を聞いて、理解したようだ。
「そういうことなのね。まぁ、リゼちゃんが、そう言うなら私がどうこう言うこともないわ」
「ありがとうございます。あと、出来ればでいいんですが、噂は間違いだと街の人たちに言っていただけると助かります」
「いいわよ。旦那にも伝えておくわね」
「ありがとうございます」
リゼは頭を下げる。
一瞬、遅れてシトルも軽く頭を下げた。
その後も、リゼに声を掛けて来る人たちに同じ説明をして、シトルの間違った噂を訂正し続けた。
翌日には、シトルの悪い噂は無くなる。
シトルの評価が戻ったのと同時に、リゼの評価も上がっていた。
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