第39話

「本当に良かったんですか?」


 リゼは心配になり、ヴェロニカに聞く。


「あぁ、大丈夫だよ。誰も損はしていないからね」

「でも、金貨一枚分安くなりました」

「それは売値だけど、何年も売れていない在庫品だし、今後も売れる可能性が低い。例え安値だろうが、売れないよりはマシだろう?」

「確かに、そういう考えもありますが……」

「リゼ、いいかい。商売って奴は店側は、出来るだけ高く売りたいし、客側は出来るだけ安く買いたいんだ。店側の値段が正規な値段とは限らないんだよ」

「でも、それを承知だからこそ売買が成立しています」

「その通り。だからこそ、見る目を養わなければいけない。それは物も人も同じだ。見る目が無ければ騙される、分かるかい?」

「はい……」


 リゼは胸が痛かった。

 他人を信じて傷付いた自分が悪いのでなく、信用出来る他人かを見抜く力が無かった事をリゼ自身、薄々気付いていたからだ。


「何事もよく観察する事だ。冒険者でも討伐対象を良く見る必要があるだろう?」


 ヴェロニカの言葉は、とても心に響いた。

 リゼは購入出来る銀貨が無い事を、ヴェロニカに言おうとするが、話そうとするとリゼより先に話をする為、なかなか話せないでいた。


「次は、武器職人の工房だね」

「はい。でも、ヴェロニカさんは買出ししなくても良かったんですか?」

「あぁ、大丈夫だよ」


 ヴェロニカの買出しは嘘である。

 リゼが一人で街を歩くのに、不安があるといけないので着いて来ただけだ。


「ヴェロニカ!」


 後ろから、ヴェロニカを呼ぶ声が聞こえる。

 振り返るとゴロウの嫁ナタリーが手を振りながら、小走りをして近寄って来た。


「おぉ、ナタリー。夕食の買出しか?」

「えぇ、そうよ。リゼちゃん、久しぶり。怪我は、もういいの?」

「はい、おかげ様で。ゴロウさん達には色々と御迷惑お掛けして、申し訳ありませんでした」

「そんな事、別にいいのよ」


 ナタリーは笑っている。


「それで、私達に何か用か?」

「用って訳じゃないけど、見かけたので声を掛けただけよ。珍しい組み合わせだなって思ってね」

「そうなんだ。さっきまでデニスとファースの店に言ってきた所だ」

「そう、二人共元気だったかしら?」

「まぁ、いつも通りって感じだな」

「そう。それで、これから何処へ?」

「ちょっと、武器職人の工房を見てこようと思ってな」

「そうなんだ」

「ついでに、ゴロウの所にも顔を出すつもりだ」

「まぁ、近いしね。でも今日、ゴロウさんはヨイチ父さんの所よ」

「そうか、ヨイチの爺さんの所か。それは少し遠いな」


 リゼは本当にゴロウの所に行くのだと思った。

 先程、ファースの店で話したのは、嘘だと思っていたからだ。

 それと、ヨイチの事を爺さんと呼んだり、父さんと呼んだりする事が不思議だった。


「あの、いいですか?」

「何、リゼちゃん」

「どうして、ヨイチさんの呼び方がヴェロニカさんとナタリーさんとで違うんですか?」


 不思議そうな顔で質問するリゼに、ヴェロニカとナタリーは顔を見合わせる。


「確かに不思議に思うよな」

「そうね」

「理由は特に無い。私やデニスは爺さんと呼ぶし、ナタリーやファースは父さんと呼ぶ。ゴロウは親父だしな」

「そうそう。年代と共に呼び方も変わっていったわね」


 ヴェロニカとナタリーは笑っていた。

 リゼには良く分からなかったが、どんな呼び方であれ思いは同じだと言う事だけは理解出来た。


 ナタリーと別れて、武器職人の工房へと向う。


 防具の革製品等は基本、店毎で製作する。

 但し、重装備や盾等の金属が大半を占めている防具は、武器同様に職人によって製作される。

 武器職人と一括りにされるが、工房毎に鎧や盾等と細かく分かれている。

 全ての武器や防具を製作する職人も居るが、極少数で腕も最高級な為、彼等が製作する武器や防具には名前が付けられる。

 名前が付けられた武器は『ネームドアイテム』と呼ばれて、高値で取引される。


「武器なら持っているんだろう?」

「はい。出来れば手入れも自分で行いたいので、刃物研ぎのクエストを受注する前に見ておこうと思いまして」

「そういう事か。それなら、良い所を紹介してやる」


 ヴェロニカは職人の工房が幾つもある場所に着くと、他の工房には目もくれずにひたすら歩く。

 暫くすると、大きな工房の前で立ち止まる。

 中では数人の職人達が、汗水垂らしながら武器を作っていた。

 職人の一人がヴェロニカに気付くと、急いで走り工房の奥で武器を作っていた職人に声を掛けていた。

 声を掛けられた職人は、ヴェロニカを見ると立ち上がり、こちらに向って歩いて来た。


「珍しいな。お前が、ここに足を運ぶとは」

「まぁね。紹介しとく、こいつはゴードンと言って、この工房の責任者だ。それで、こっちは冒険者のリゼ」


 リゼはゴードンに頭を下げて挨拶をする。


「そうか、あんたが噂のリゼか。これまた、小さいな」

「当たり前だろう。まだ、十歳だぞ。ゴードンのような小太り親父とは違う」

「小太りね……確かに言い返す事は出来ないな。それで、その冒険者を連れて来て、何か用か?」

「リゼが、刃物研ぎのクエストを受注する前に、この職人街を見学したいって言うんで案内しているって訳だ」

「そうかい、それは珍しいね。確かに刃物研ぎのクエストはランクCにあるが、生産職だし、クエスト受注する冒険者なんて殆ど居ないからな」

「はい。自分の武器は、自分で手入れしたいと思っています」

「成程ね。武器ってのは、その小太刀かい?」

「はい、そうです」

「ちょっと、見せて貰ってもいいかい?」

「はい」


 リゼが小太刀をゴードンに渡す。

 ゴードンは小太刀を受取ると、鞘から出して刃先の確認するように片目を瞑って、真剣な表情で見ていた。


「これは、いい小太刀だ。手入れも完璧にされている。随分と年代物だが、素晴らしい」

「ありがとうございます」


 リゼは小太刀を褒められて、何故か自分の事のように嬉しかった。


「しかし、この技術まで到達するのは容易な事じゃないな」

「そうですか……」

「まぁ、とりあえず中に入って刃物研ぎのやり方でも見ていってくれ」

「ありがとうございます」


 リゼはゴードンに礼を言う。


「ラッセル! ラッセルは何処だ」

「はい。今、行きます」


 ゴードンはラッセルという青年を呼ぶ。

 ラッセルは全力で走って来たのか、息を切らしていた。


「こいつは見習いのラッセルだ。ラッセル、この冒険者さんに刃物研ぎを見せてやってくれ」

「はっ、はい。では、こちらに」


 ラッセルが刃物研ぎをする場所まで案内してくれた。

 工房の中は、とても暑く蒸し風呂のようだった。


「暑いでしょう」

「はい」

「鉄を叩いては冷やして又、熱する。これを何度も繰り返して、丈夫な武器出来上がるんです」


 ラッセルは嬉しそうに工房での作業を説明してくれた。

 その顔は、とても嬉しそうだった。

 自分の知識を誰かに言いたかったのだろう。


「ここで作業をしますね」


 ラッセルは、小さな刃こぼれした剣と石をリゼに見せる。

 剣の切れ味や、刃の状態をリゼに確認して貰う。


「この石は?」

「それは砥石です。これに水をつけて刃を平行に力加減を一定にして動かします」


 リゼの質問にラッセルは回答する。

 何も知らないリゼだった。

 母親と暮らしていた時に、同じような物があったような記憶もあるが、それが砥石だったかは定かではない。


 リゼはラッセルの動作を真剣に見ていた。

 刃を数回動かしては、刃先を確認して又、研ぐ。

 何回も何回も同じ事を繰り返す。


「こんな感じかな?」


 ラッセルはリゼに剣を渡す。

 明らかに先程まで刃こぼれしていた箇所が小さくなっている。

 研いだ場所だけ、他の場所よりも光沢が良い。


「凄いですね」

「いや~、これ位は基本ですから」


 褒められたラッセルは照れていた。


「この砥石は簡単に手に入るのですか?」

「はい。武器屋に置いてあります。安価な品ですよ」

「そうですか。どれ位だと研いだ方が良いとかありますか?」

「そうですね……理想は使用する毎にですが、切れ味が落ちなければ数回に一度ですかね」

「ありがとうございます」


 切れ味が落ちれば、討伐クエストの生存率が下がる。

 手入れを怠れば死に繋がるのだと、リゼは改めて感じた。

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