第38話
ヴェロニカは、物心付く前に親が死に身寄りがなかったそうだ。
両親が無くなった理由は知らないが、両親共に冒険者をしていた事は、大きくなってからヨイチから聞いた。
ヨイチと知り合いだった両親の頼みで、「自分達に何かあればヴェロニカを頼む」と常日頃から言われていたそうだ。
ゴロウは取引仲間の子供だったが、母親はゴロウが三歳の時に流行病に掛かり、あの世に旅立つ。
その一年後に、現場の事故で父親も亡くした。
ヨイチは、ゴロウとヴェロニカを引き取り、自分の子供として育てる。
数年後、仕事場の片隅に捨てられている赤ん坊を従業員が見つける。
それがナタリーだ。
デニスとファースは従業員の子供だったが、別の街での作業に行く道中に魔物に襲われた。
母親とデニスにファースは、この街に居たので無事だった。
しかし、数年後に母親が男性と恋に落ちる。
デニスとファースを残して、この街を去って行ってしまう。
ヨイチは、デニスとファースも引き取り、ゴロウ達同様に自分の子供として育てる。
ヨイチは結婚していたが、子供が出来ずにいた。
ゴロウの母親と同じ流行病に掛かり、妻を亡くしていた。
最初にヴェロニカを引き取る時は、既に一人だった事も有り、心の隙間を埋めるように子供達を引き取っていた。
ヴェロニカ達は、血は繋がらないが兄弟だと各々が自覚している。
そして、ヨイチには感謝しても仕切れない恩がある事も、皆に共通する事だ。
ヴェロニカとゴロウは、学習院に進学せずに十歳になると、ヨイチと共に働いた。
理由は、少しでもヨイチの力になりたい事と、残った三人を学習院へ進学させる為だった。
その後、デニスにファース、ナタリーは学習院に進学する。
しかし、誰も冒険者にならずに生産者への道を志していた。
冒険者になって、ヨイチより先に死ぬ事がもっとも、ヨイチに対して悪い事だと思っていたからだ。
リゼはヴェロニカの話を聞いて、反省する。
自分が不幸だとは思っていなかったが、親の顔さえ知らない人が居るという事実を失念していた。
リゼは母親の記憶を心の支えにしている。
しかし、ヴェロニカにはリゼと同じような母親の記憶が無い。
もしかして、自分がヴェロニカに対して、聞いてはいけない事を聞いてしまったのかと激しく後悔していた。
「なに暗い顔をしてるんだよ。もしかして、私が不幸だとでも思ったのか?」
「あっ、いえ……」
「私は、ヨイチの爺さんに育てて貰い、今は旦那と娘も居る。それに旦那と立ち上げた店だって順調だ。決して不幸じゃない」
ヴェロニカは笑顔でリゼに話す。
リゼは複雑な心境だった。ヴェロニカに返す言葉が見つからない。
「リゼ、あんたは我慢しすぎだ。言いたい事や思った事は、きちんと言葉に出さないと相手に伝わらない」
「いえ、そんな……」
「他人と馴れ合う事が怖いかい?」
「……」
リゼはヴェロニカの問いに答えられなかった。
簡単に他人を信用したせいで、事件に巻きこまれた。
そのせいもあり、他人に心を許さないように心掛けていた。
「私等はヨイチの爺さんから受けた恩を形は違えど、少しでも困っている他の人達に返そうと思っている」
ヴェロニカは、少し恥ずかしそうに話を続ける。
経営している『兎の宿』も、低料金で提供しているのもそう言った理由かららしい。
リゼはヴェロニカの言葉と母親から常々言われていた「困っている人が居たら助ける」が重なった。
「これでも客商売だからね。人を見る目はあるつもりだ」
ヴェロニカは、先程以上に笑顔だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ここが、ファースの店だよ」
先程のデニスの店とは違い、きちんとした店構えだ。
しかも、リゼはこの店に入った事がある。
そう、職業案内所の後にクウガとアリスの三人で立ち寄った店だ。
「いらっしゃいませ……なんだ、ヴェロニカか」
「なんだって、失礼だな。これでも客だぞ」
「宿屋の店主に防具なんて必要ないだろう。あっ、夫婦喧嘩の旦那用にか!」
「……ファース、殴られたいのか」
「じょ、冗談だよ」
ヴェロニカと話す店主は、以前に接客してくれた店主だ。
彼がファースだとリゼは理解する。
「あれ、君は銀翼の?」
「はい、一度お邪魔させて貰ってます」
「なんだ、二人共顔見知りか?」
「そうそう、銀翼のメンバーが店に来てくれたので、売り上げも上がってね」
「それは良かったな」
「本当に銀翼様って感じだよ」
「そうかい。もしかしたら、無料になるかもな、リゼ」
ヴェロニカは悪そうな顔で、ファースを見ていた。
「無料? 一体、何の事だいヴェロニカ」
「この子は、ヨイチの爺さんお気に入りのリゼだ。此処には防具を買いに来た」
「そう、君が父さんお気に入りのリゼだったんだね」
「……どうも」
リゼは、ヨイチのお気に入りと紹介される事に戸惑う。
自分がヨイチに気に入られている実感が無いからだ。
しかし、ヨイチの呼び方が二人で違うのか疑問に思う。
ヴェロニカは先程、兄であるデニスの店に行った事。
そして、ミルキーチーターの靴を購入した事を話す。
「確かに揃いの防具はあるよ。売るような子も居なかったからね。ちょっと待っててね」
ファースは防具を取りに行った。
「リゼ、いいかい。ここからは私が交渉するから、黙って聞いてなよ」
リゼが返事を言おうとする前に、ファースが戻って来る。
「これだよ。兄さんの靴と同じミルキーチーターの防具に篭手だ」
乳白色の防具に篭手。
リゼは綺麗だと思った。
防具は肩の稼動域が確保出来るようにか、脇までしかない。
胸の辺りが多く空いて、腰元まである。
腰には鞘が取り付けられるような細工がしてあった。
「これに翼を追加しろだの、もっと胸を強調出来るように開けろだのって、そんな事したら防具じゃないと説明しても、金貨は払うからって馬鹿じゃないか思ったよ。そんな防具を作ったら、末代までの笑い者なのにね」
「そういう所はデニスに、そっくりだな」
「まぁ、職人としては兄さんを尊敬しているからね」
「それで、これは無料なのか?」
「ヴェロニカ、馬鹿なの? なんで、これが無料なんだよ。そうだな売れ残りだし特別価格って事で、金貨一枚と銀貨八枚ってところかな」
「そうか、お前は強欲だな」
「えっ、どういう事?」
「デニスは、無料で靴をくれたぞ」
リゼは「違う」と言おうとしたが、ヴェロニカがリゼに目で「大丈夫」と合図をする。
「まさか……いや、あの兄さんなら、ありえるな」
「ヨイチの爺さんのお気に入りの子に、デニスは無料なのにフォースは通貨を要求したって、後で会うゴロウ達に言うか」
「ちょっ、ちょっとまってよ。それじゃ、僕が守銭奴みたいじゃない」
「えっ、違うのか? リゼがこの店に銀翼のメンバーと来て、店が繁盛したんだろう? 言い方を変えれば、リゼが来てくれたから店が繁盛したってことだよな」
「確かにそうだけど……」
「どうせ、倉庫の中で埃を被っていたんだろう。リゼが活躍すれば、リゼの防具を作ったこの店は、今よりも有名になるんじゃないのか?」
「成程! 確かにそうなれば、宣伝効果抜群だ」
「そうだろう。仮にリゼが銀翼のメンバーになれば、この店は街一番の防具店だぞ」
「そうだね、ヴェロニカの言う通りだ」
「で、無料なのか?」
「流石に無料だと……銀貨八枚でどうかな?」
「そうだな……靴と違って防具だからな。無料だと後々、面倒な事になるかも知れないな。それじゃ、そこの腰袋を二つ付けて銀貨八枚で、どうだ?」
「分かったよ、ヴェロニカには敵わないな。その腰袋だって、かなり高いんだからね」
「流石はファースだな、話が分かる。リゼ、銀貨八枚は払えるか?」
「は、はい」
リゼはヴェロニカの交渉力に驚いていたので、咄嗟に返事をしてしまう。
銀貨五枚でも厳しい事は、ヴェロニカも知っているのに……。
「じゃあ、銀貨八枚でお買い上げと言う事で。防具の調整するから、試着してくれる?」
「は、はい」
とんとん拍子で話が進んでしまい、リゼは少し怖くなった。
試着を終えると、大きさ的には問題無い。
しかし、胸の辺りだけがサイズ感が違っていた。
「胸の所は開きを小さくして調整するから、大丈夫だよ。もし、胸がきつくなったりしたら、再度調整するからね」
「ありがとうございます」
「そうだね……難しい作業じゃないから、二時間程度で出来るね」
「明日の昼までに仕上げてくれ」
「うん、分かったよ。仕上げておくね」
ファースに挨拶をして、店を出る。
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