第37話

 リゼが困った顔をしているのに気が付いたデニスと、ヴェロニカは口喧嘩を止める。

 もう少しでお互いに、手を出す所だったがリゼの表情を見て、冷静さを取り戻した。


「悪かったな」


 デニスがリゼに謝罪をする。


「本題に入ろうか。靴を新調するんだよな」

「はい」

「分かった。とりあえず、希望を言ってくれ」


 リゼは自分の職業が盗賊で、今後は素早さ重視での戦闘をしたい事を伝える。

 そして、予算は分からないので製作する前に教えて欲しいと、デニスに頼む。


「素早さ重視だと、靴への負担が大きいな。足を見せてくれるか?」

「はい」


 リゼは靴を脱ぎ、デニスに足を見せる。


「触るぞ」


 デニスは、リゼの足を触って形状を確認していた。

 その後、箇所毎に計測を行い紙に記録する。

 デニスに足を触られて、リゼは少し緊張した。

 近くまで顔を寄せたりしていたので、自分の足が臭くないかとかを考えると、恥ずかしくなる。


「……ちょっと、待っていろ」


 一通りの計測を終えたのか、デニスは右手に握っていたハンマーを回転させながら、店の奥へと歩いて行った。

 奥からは箱をひっくり返したり、何かが崩れる物音が聞こえてくる。

 物音が収まると、体に埃を纏ったデニスが戻って来た。


「これ、履いてみろ」

「はい」


 デニスは少し薄い乳白色の靴をリゼに差し出す。

 靴は脛位までの長さの物だった。

 リゼはデニスに言われた通りに靴を履く。

 履いた事のない靴なので、履ききるまでに時間が掛かった。


「少し、動いて履き心地を確認してみてくれ」

「はい」


 リゼは店の中で飛んだり跳ねたりして、靴の履き心地を確かめる。


「店の外に出てもいいぞ」

「ありがとうございます」


 リゼは店の外に出ると、ヴェロニカとデニスも一緒に外に出る。

 狭い店内と違い、大きな動作をして確認する。

 靴の中で、少し足が滑るが軽いし、動きやすい。

 先程まで履いていた靴も、同じ靴なのかと思う位だった。


「どうだ?」

「少し、大きいですね。それに足首が思っていたより曲がらないです」

「やっぱり、大きいか。足首は革が硬いからだな。数日履けば馴染むだろう。一旦、靴を脱いでくれるか?」

「はい」


 リゼは靴を脱ぐが、これは買う前提で話が進んでいる事に気付く。

 値段が幾らなのかも分からないので、製作前に教えて欲しいと言った事を忘れられているのだと感じた。


「その、御値段を教えて頂けませんか?」

「そうだな、銀貨五枚でどうだ?」


 この値段が安いのか高いかは、リゼには分からなかった。

 しかし、デザインは気に入っているし、履き心地も悪くは無かった。


「デニス。それは安すぎるだろう」


 不思議に思ったヴェロニカが、デニスに安い理由を聞こうとしている。


「あぁ、確かに安いかもな。これは何年も前に、金持ちの御嬢様用に作ったんだが、文句ばかり言うから途中で喧嘩になってな……」

「デニスらしいな」


 ヴェロニカは笑っていた。


「だってな、高級なミルキーチーターの皮だぞ。それをもっと派手で可愛い色にしろや、リボン等を付けろと言われたら、本来の性能が出せないだろうが」

「なるほどね。金持ちによくある見栄の張り合いって奴だね」

「あぁ、俺も詳しく聞いて仕事を請けなかったから悪かったが、靴は飾りもんじゃないからな。使ってこそ価値がある」


 リゼはヴェロニカとデニスの話を黙って聞いていたが、使われている素材がミルキーチーターだと知り驚く。

 ミルキーチーターは地上最速といわれる魔物で、討伐自体が難しい。

 滑らかで伸縮性の有り、とても頑丈だ。

 軽装備であれば、かなり値が張る装備品になる。

 ヴェロニカが「安すぎる」と言った理由が、よく分かった。


「どうせ、貴族の奴らは俺に靴の依頼なんかしてこないだろうし、置いていても倉庫の肥やしになるだけだからな」

「デニスは、もう少し商売上手になった方がいいな」

「うるさい! 金持ち相手に、ごまをすってまで自分の信念を曲げるつもりは無い」

「だから、いつまで経っても貧乏で、独身なんだよ」

「独身は関係ないだろう!」


 リゼは又、喧嘩が始まるんじゃないかと、二人を見ていた。

 しかし、自分の気持ちに正直になり、思った事を口に出せる二人が少しだけ羨ましかった。


「ちょっと待て! 嬢ちゃん、もしかして防具も無いのか?」

「はい」

「それなら、ファースの店に行くといい。この靴と御揃いの防具がある筈だ」

「ファースも、その金持ちと喧嘩したのかい?」

「あぁ、俺と同じような理由だ」

「あんたら、やっぱり兄弟だね」

「俺達は自分の仕事に信念を持っているだけだ。金貨で職人の魂まで売るつもりは無い」

「そうかい、そうかい。それは御立派で」


 相変わらず、リゼの事は御構い無しで話が進んで行く。


「あの……」

「あぁ、靴は明日までには直しておくから、明日の昼以降に取りに来てくれ」

「いえ、その料金なんですが払えるようになってからで、いいですか?」


 リゼは宿泊代を前払いしているが、今後も宿泊費は継続して支払い部屋を確保しておきたいので、靴に銀貨五枚を支払う事を躊躇っていた。


「なんだ、通貨が無いのか?」

「ありますが、使うと明日から生活が厳しくなりますので……」

「そういう事か。なら、ヴェロニカ払ってくれ」

「なんで、私が!」

「お前が俺の店を紹介したんだろう。宿代に上乗せすれば回収可能だろう?」

「確かにそうだけど、リゼが私の宿にいつまでも居るとは限らないだろう」


 リゼは思った。

 デニスは損得無しで、本当に自分の思った事を言う男性なんだと。


「あの、有り難いんですが、やはりきちんと御支払いをしますので……」


 リゼはデニスの提案を、それとなく断る。

 先程、会ったばかりのヴェロニカに申し訳なかったからだ。


「それに嬢ちゃんは、ヨイチのじいさんのお気に入りなんだろう?」

「それは……」


 ヴェロニカは悩んでいた。


「リゼ。あんた、私の宿に十日以上泊まる気はあるかい」

「はい。通貨があれば、宿泊させて頂くつもりです」

「分かったよ。リゼは明日から十日間は宿の手伝いをして貰うよ。勿論、ギルドでクエストを受注していない間にだけどね」

「いえ、その……」


 リゼは断ろうとしたが、ヴェロニカの迫力に押されえて断る事が出来なかった。


「毎度あり」


 デニスは嬉しそうだった。


 デニスの店を出ると、リゼはヴェロニカに礼を言う。


「気にしなくていいよ。もし、ここで断って、リゼに死なれたら、目覚めが悪いからね」

「そんな事……」


 リゼは自分がヴェロニカに迷惑を掛けていると感じた。


「それにリゼを困らせたら、それこそヨイチの爺さんに叱られるからね」

「ヨイチさんに?」


 リゼは会話の中で、たまにヨイチの名が出る事が不思議だった。

 しかも、ヨイチの名が出ると逆らえないような雰囲気になっていた。

 リゼは思い切って、ヨイチとの関係についてヴェロニカに聞いてみる。


「そうだね。ヨイチの爺さんは育ての親だね」

「育ての親?」

「あぁ、私もゴロウにナタリーそれに、デニスとファースの兄弟もね」


 リゼには良く分からなかった。


「私達は本当の親の顔を知らないんだよ」


 ヴェロニカは寂しそうな表情で、リゼに話す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る