第34話

「もう、大丈夫ですね」

「ありがとうございます」


 治療をしてくれた医師に礼を言う。


「良かったですね」


 治療を見守ってくれていたクリスティーナも、嬉しそうな表情をしていた。


「はい、色々と御迷惑をお掛けしました」


 リゼの体は完治したと同時に、孤児部屋からの退出が決定する。

 ここ数日、リゼはバーランの所で、『魔核の仕分け』と『魔物の解体(軽)』のクエストを受注していた。

 徐々に作業も慣れてきて、最初に解体したアルミラージの他にも、サーベルタイガーや、ワイルドボア等の少し大きい魔物の解体もさせて貰えるようになっていた。

 解体職人の人達も気さくに声を掛けてくれていた。

 当然、クエスト未達成は無い。

 病み上がりと言うことも有り、受付長のクリスティーからは、「クエストは一日二回」と言われていた。

 リゼは、その言葉を守り一日二回クエストを受注して、全て達成していた。


 『デイリークエスト』に『ノーマルクエスト』、『ユニーククエスト』もなんとか達成出来ていたが、達成報酬に新しい報酬があったりする。

 その一つが、『精神力強化』や、『集中力強化』だ。

 『増加』で無く、『強化』という表示。

 そもそも能力値が分からない事もあり、増加だとしても値が不明だ。

 しかし表示はどうあれ、リゼは自分が強くなっているのだと信じていた。


「では、お大事に」

「ありがとうございました」


 医師に頭を下げると、医師はクリスティーナと共に、部屋から出て行った。


(本当に、この部屋からお別れか……)


 リゼは部屋に借りっ放しになっている掃除道具で、部屋の掃除を始める。

 この部屋をきちんと掃除をしたい為、今日のクエストは受注しないと決める。

 明日から行動する拠点等も含めて、準備する必要があるからだ。

 無一文の近いリゼ。

 しかも事件後は、ギルド会館から一歩も外に出ていない。

 元々、孤児部屋を退室する事は決まっていた。

 ただ、退出する日が遅れただけだ。


 受付ではリゼが孤児部屋から退室する事が、クリスティーナから報告される。

 今迄、リゼのクエスト報酬を計算しておくようにと、クリスティーナはアイリに指示を出す。

 アイリは返事をするが、寂しそうだった。

 作業場で仕事を始める解体職人達にも、レベッカから同様に報告される。


 一時間程掛けて、孤児部屋の掃除を終える。

 借りていた掃除道具等を受付に返却しに行き、礼を言う。


「リゼさん」

「はい」


 リゼはクリスティーナに呼び止められて、別室で話をする事になった。

 クリスティーナは最初に、クエスト報酬の銀貨と銅貨を机の上に置く。


「これはリゼさんにお返しする通貨になります」

「えっ!」


 リゼは意味が分からなかった。

 部屋代と治療費で、クエスト達成時に支払っていた銀貨や銅貨だ。

 それを返却される理由が分からない。


 困惑するリゼに対して、クリスティーナが説明をする。

 治療代をリゼが支払う必要が無い事。

 部屋代も同様になる。

 怪我を負ったリゼに対する、ギルマスの計らいだ。


「ありがとうございます」


 リゼは礼を言う。

 しかし、リゼは返却される通貨を受取れる気には慣れなかった。

 クリスティーナの説明で、治療代等を支払う事が無い事には納得出来たが、部屋代は支払うべきだと考えていたからだ。

 治療院で入院する時も、入院代が必要になる事を知っている。

 だからこそ、好意に甘える事は出来ないと思っていた。

 その事をリゼはクリスティーナに伝える。


「確かにリゼさんの言う事は分かります。しかし、治療院には治療院内での規則があるように、ギルドにもギルド内での規則があります。ギルマスが決めた事ですので、リゼさんが納得出来ないかもしれませんが、納得して頂くしか仕方がありません」


 クリスティーナに諭されて、これ以上は自分の意見を言う訳にはいかないと感じたリゼは、素直に謝罪をして通貨を受取る事にした。


「それと、リゼさん」

「はい」

「リゼさんは、もう少しだけ他人に甘えても良いかと思います。常に緊張ばかりしていると疲れてしまいますよ」

「いえ、そんな事は……」

「そうですね、余計なお世話でしたね。以前にお話致しましたが、武器か防具を持って行かれますか?」

「体に合う物があれば、防具を頂きたいと思っています」

「分かりました。部屋に入る時は、受付に居る者に声を掛けて下さい」

「はい。今からでも宜しいですか?」

「はい、構いません」


 以前に掃除した部屋に置いてある、使用者不明となった武器か防具を持って行って良いと言われていた。


 リゼはクリスティーナから受取った通貨を仕舞おうとしたが、これだけの通貨を持つ事が無かったので、袋が必要だとリゼは気付く。

 それにこれからは、これを肌身離さず持ちながら生活する事になる。

 袋を買えば、生活が苦しくなるのは間違い無い……。


「良ければ、この袋を使って下さい」


 クリスティーナは、リゼに渡す為に通貨を入れていた袋を通貨の横に置く。


「ありがとうございます。大事に使わせていただきます」


 リゼはクリスティーナに礼を言って、通貨を袋に仕舞う。

 クリスティーナはリゼに礼を言われるような綺麗な袋でも無いし、特別な物でない。

 受付に幾つもある袋の一つだ。

 それもかなり使い込んだ中古品の袋になる。


「急がなくても大丈夫ですよ」


 早く通貨を仕舞おうとするリゼが銀貨を落としたので、クリスティーナは落ち着くようにと話した。



 武器と防具の部屋には、レベッカが案内をしてくれた。

 リゼは木箱の中で、無造作に置かれた防具を漁る。 

 しかし、リゼの体格に会う防具は殆ど無い。

 あったとしても、重装備品になり盗賊のリゼには不釣合いな防具となってしまう。

 無理に大きな軽装備の防具を装着しても、動きが制限されてしまうので危険だ。

 リゼは仕方なく防具を諦める。

 武器については、クウガから譲って貰った小太刀があるので見るつもりは無かった。


 リゼの様子を見ていたレベッカは、必死に防具を探すリゼを見て討伐のクエストが大丈夫かと考えていた。

 レベッカ自身、リゼと同じ女の子を孤児部屋で接した事がなかったからだ。

 リゼがスライム討伐のクエストに興味を持っている事も知っている。

 初心者の魔物討伐クエストは、魔物だけが敵では無い。

 冒険者の中には、初心者の冒険者から金品を奪ったり、言葉巧みに仲間に引き入れて、使い捨てのようにこき使う冒険者達も居る。

 騙されるほうが悪い。

 全てが自己責任の冒険者だからこそ、言える言葉だ。


「ありがとうございました」

「気に入る物は無かったの?」

「私の体に合う物がありませんでした……」

「そう、それは残念。武器はあるから良いけど、防具も早く購入をするようにね」

「はい」


 リゼとレベッカは部屋から出て、部屋に鍵を閉める。


「こっちの部屋も鍵を閉めるけど、忘れ物は無い?」

「はい、大丈夫です。あっ、閉める前に少し時間を頂けますか?」

「えぇ、いいわよ」

「ありがとうございます」


 リゼは孤児部屋まで行き、扉を開ける。


「お世話になりました」


 リゼは部屋に向かって、礼を言い頭を下げた。

 頭を下げながら、この部屋で過ごした日々を思い出していた。

 冒険者になれた嬉しさや、スキルのせいで悲しんだ事、怪我を負い悔しい思い等……。

 この孤児部屋はリゼにとって、特別な場所だった事は間違いないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る