第33話
リゼはバーランから、アルミラージの解体を教わる。
他の作業員が手本として、慣れた手捌きでアルミラージを解体していく。
解体する様子をバーランが説明する。
解体途中でリゼが質問をする。
借りて呼んだ『魔物解体新書(初級編)』と手順が異なっていたからだ。
「確かにそうだな。しかし、効率等を考えると、この手順の方が実用的だな」
「そうなんですね。ありがとうございます」
リゼは本の知識と違い、実際に解体を行う現場の言葉を聞けた事が嬉しかった。
本の知識が全てでないと知っていたし、必ずしも正解とは限らないと思っていたからだ。
バーランは、リゼが質問をして来た事に驚いていた。
学習院に通っていないリゼが、魔物の解体についての知識を持っていたからだ。
しかも今迄も、学習院から研修を受け入れてきた経験もあるバーランだったが、解体新書の内容と異なっている事について質問をしてきた生徒は数人しか居ない。
質問をしてくる生徒は、生産系職業を選択している生徒の中でも優秀だと聞いていた生徒達だったからだ。
しかし、学習院の生徒達と違い、リゼはここ数日で本を読んでいた為、作業手順が異なる事に気付いただけだ。
バーランはその事を知らないが、質問出来るだけの知識がリゼにあった事も事実だった。
解体を教えて貰っている最中も、内臓等を見る度に気分が悪くなっていた。
既に血抜きを終えている為、血は少量だったがリゼにとっては衝撃的な光景であった。
アルミラージは三匹いたが、リゼはその内の一匹を解体する事になった。
流石に刃物を使う為、片足を上げて作業する事は危険なので断念する。
解体用の刃物を手に取り、読んだ本の知識と先程、見せて貰った解体手順等を思い出して、何度も頭の中で繰り返しシミュレーションをする。
いざ、アルミラージを解体しようと刃物を近づけると、手が震えている事に気付く。
リゼ自身も、何故だか分からない。
震えを止めようと意識すればするほど、震えが大きくなる。
(どうして?)
リゼは一度、解体用の刃物を置くと、大きく深呼吸をして気分を落ち着かせる。
作業場にいる職人達は、横目でリゼを見ていた。
誰でも最初に解体する時は緊張する。
自分達も同じような経験をしたと思い出して、初心に戻るのだ。
バーランも例外でなく、リゼの震える手を見ながら、昔の自分と照らし合わせていた。
リゼは慎重にアルミラージの体を切っていく。手の震えはまだ止まっていない。
自分に求められているのは早く作業を終える事でなく、確実に解体作業を行う事だとリゼは知っていた。
このアルミラージの解体された部位は食料や、加工して日用品に使われるので解体が雑だと商品価値が下がってしまい、バーラン達にも迷惑が掛かってしまう。
リゼは必要以上に慎重になっていた。
実際、アルミラージは肉は食料にされ、角は加工されて装飾品にされる。皮等は服の一部に利用されるくらいなので、重要な部位は肉と角だけになる。
リゼが解体しているアルミラージは一番小さい個体だったので、そもそも肉が少ない。
通常であれば解体しやすいように大きな個体にするのだが、手本用に一番大きな個体を使用して、そのまま職人が次の大きい個体の解体を始めてしまった。
その結果、リゼには解体が難しい小さな個体しか残らなかった。
これもリゼのクエスト未達成による罰則の影響になる。
リゼはアルミラージの内臓を取り出す際に今迄、触った事の無い感触を体験する。
気持ちが悪く手を離そうとしたが、内蔵にあまり熱を与えるといけないと書かれてあった事を思い出したので、我慢をしてそのまま作業を続けた。
職人であれば、十分程度の解体作業をリゼは三十分も掛かってしまった。
しかし、バーランはその事を責める事は無く、むしろ最後まで解体した事を、心の中で褒めていた。
最初に解体クエストを受注した半数が、途中で脱落する。
それは解体に失敗したり、気分が悪くなり作業を継続出来なくなったりと理由は様々だ。
「これでクエストは完了だな」
リゼはバーランから、クエスト達成の書類を受取る。
書類を受取ると同時に『ノーマルクエスト達成』が表示されて、『報酬(魅力:一増加)』と表示された。
期待していた報酬よりも少ない。
やはり、徐々にクエスト報酬が増加が少ない。
今後は、簡単に上がらないのだと、改めて感じた。
「バーランさん」
「ん、なんだ?」
「この廃棄するホーンラビットの骨を貰ってもいいですか?」
「そんな物、何に使うんだ?」
「いえ、最初に解体したホーンラビットの肉を食べて見たいと思いまして……」
リゼは廃棄される筈の骨についている、極少量の肉でもクエスト達成は出来ると思い、バーランに駄目元で頼んでみる。
「そういう事か……分かった。だけど、それは廃棄分だから駄目だ」
「そうですか……」
リゼはバーランの言葉で、クエスト未達成が決定的になったと落ち込む。
「もう昼になるし、俺達と同じ昼飯を食べてから戻れ」
「はい……」
バーランに待っていろと言われて、リゼは隅の方で待つ事にする。
その間も片足立ちを行っていた。
昼飯の用意を職人に指示しながら、バーランは嬉しそうな表情を浮かべていた。
リゼが言った台詞は、初めて大型魔獣をバーランが一人で解体をして、親方に認めて貰った時に言った台詞と同じだったからだ。
その時、親方は肉の一部を買い取り、バーランに食べさせてくれた。
バーランもまさか自分と同じ台詞を言う奴が居るとは思っていなかったし、ましてやそれが冒険者になったばかりの女子だ。
バーランは受付に行き、リゼの解体したアルミラージを買い取る事にした。
作業場の解体職人達が、昼食用に肉を買い取る事は珍しい事ではない。
特殊な食材は駄目だが、一般的に流通している肉であれば問題無く、買取の許可が出る。
出汁が出やすい部位の骨は売り物になるが、それ以外は廃棄される。
解体職人達の食事は、廃棄予定の解体した骨から出汁を取る。
出汁が出て美味しい魔物は限られている。
残念ながらアルミラージからは、美味しい出汁を取る事は出来ない。
リゼは片足を上げながら、黙って昼食の用意をしている様子を見ていた。
パンの入った大きな籠を置き、近くでは火を起こしている。
職人の一人がリゼの解体したアルミラージを目の前で、小さく切って行く。
「お前の解体したアルミラージが、今日の昼飯だ」
切り終わった肉を見せて、リゼに教えてくれた。
「本当ですか!」
「あぁ、バーランに礼を言っておけよ」
「はい!」
リゼは、クエスト達成出来ると喜ぶ。
バーランの姿を探すが、見当たらない。
先程、受付から戻ってきた事は知っていた。
早くバーランに礼を言いたいと、リゼは思っていた。
暫くすると、バーランが作業場の裏から現れた。
リゼはバーランの姿を見ると駆け寄り、礼を言う。
礼を言われたバーランは少し照れていた。
「おーい、用意出来たから食べようぜ!」
昼食の用意が出来たようなので、バーランはリゼを一緒に昼食をとる。
「どうだ、自分で解体したアルミラージの味は?」
「美味しいです」
アルミラージの肉を飲み込むと同時に、『ノーマルクエスト達成』と『報酬(回避:一増加)』と表示された。
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