第23話

 朝、目を覚ますと、隣にクリスティーナが座っていた。

 昨日、意識を失ったまま朝を迎えたようだ。

 目の前には『デイリークエスト発生』が表示されていた。

 昨日は、無理してでも『デイリークエスト』を受注した。

 リゼは何があっても、『デイリークエスト』だけは受注すると決めていたからだ。

 手を伸ばし、『デイリークエスト』を受注する。

 『達成条件:散髪』

 この条件にリゼは言葉を失った。

 母親と同じ色の髪を切る事が達成条件だ。

 リゼは色々と考える。

 毛先を整えるだけでも散髪になるのだろうか?

 そもそも、『成人の儀』を行う為、両親から身なりは整えて貰っている。

 とりあえず、前髪を少し切ってみようと決意する。


 クリスティーナの方を見ると、隣には桶が有り、リゼの看病を夜通ししてくれていたようだ。

 起き上がろうとすると、浅い眠りに入っていたクリスティーナが目を覚ます。


「おはようございます。体の具合はどうですか?」

「はい。昨日よりは随分、楽になりました。ずっと、看病して頂いたのですか?」

「これも仕事です」


 クリスティーナは素っ気無く答える。

 しかし、実際は仕事ではなく個人的に、病人を放っておく事が出来なかったのだ。

 孤児部屋で怪我に加え、発熱したリゼを一人にしておくのが心配だったからだ。

 しかし、照れ隠しもあり普段と変わらない表情や口調で、リゼと接する。

 リゼはクリスティーナの態度を見て、自分のせいで不機嫌そうなクリスティーナに申し訳ない気持ちで一杯だった。

 又、余計な仕事を増やしてしまった事も後悔していた。


 暫くすると、部屋の扉を叩く音がする。

 扉の向こうから聞こえる声はアイリだった。

 クリスティーナの指示で、自分とリゼの朝食を買ってきたようだ。


「ありがとうございます」


 クリスティーナはアイリから朝食を受取ると、銅貨を支払っていた。


「リゼちゃん、大丈夫?」

「はい。色々と御心配、御迷惑をお掛けして申し訳有りません」

「いいのよ。気にせずにゆっくり休んでね」

「ありがとうございます……」


 ゆっくりする時間はリゼには無かった。

 この孤児部屋を出る時間は、刻々と迫っているからだ。


「私がここにお世話になって、今日で七日目ですよね」

「そうですね」


 クリスティーナは、リゼの質問に答える。


「今日の何時までに、部屋を出ればいいでしょうか?」

「そうですね。遅くても明日の朝には出て行ってもらいます」

「受付長!」

「アイリ、なんですか?」

「その、怪我も治っていないですし、もう少しだけでも……」

「特例は認められません」


 アイリはリゼの事を思って、発言をしたのだが自分が無理を言っている事も知っていた。

 リゼも、アイリが自分の事を思って言っていてくれているのだと分かっていた。

 しかし、クリスティーナの言う通り、特例は認められない事も理解していた。

 一度、特例を認めてしまえば、後々に大きな影響を与えてしまう。

 今迄、保っていた秩序が崩壊する危険もある。


「ありがとうございます。明日の朝、此処を出て行きます」


 リゼは、明日の朝に孤児部屋を出る事を二人に伝える。

 クリスティーナは、冷静な表情だったがリゼに対して、申し訳ない気持ちで一杯だった。

 本心は怪我が回復するまで、この孤児部屋で暮らしても良いと思っている。

 比較的、空いている部屋なのでリゼが居たとしても問題は無い。

 しかし、受付長という立場からすれば、規則を破る事は絶対に出来ない。

 冷酷だと思われても、そう発言するしか無かった。


「では、私は仕事がありますので」

「あぁ、はい。色々と御迷惑をお掛けして、本当に申し訳御座いません」


 リゼはクリスティーナに謝罪をする。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 クリスティーナは孤児部屋を出てからも、リゼの事を考えていた。

 昨晩、ゴロウ達が訪ねて来て、助けた礼を貰ったと教えてくれた。

 お礼の品が干し肉だったので、購入した店も分かってた為、店主に事情を聞きに言った帰りに、ギルドに寄ったらしい。

 全財産を差し出して、買えるだけの干し肉を購入しようとした事に、ゴロウは驚いた事。

 そして、リゼには銅貨しか残っていない事をクリスティーナに伝えていた。

 怪我をしたリゼが、銅貨のみで孤児部屋から出されれば、窃盗等に襲われる危険は高い。

 死んで下さいと言っているに等しい。


 今迄の孤児と違い、真面目にクエストに取り組み、それ以上の事をしてくれていたリゼを好意的な目で見ていた。

 なにより、ギルドの規則と自分の気持ちとで葛藤していた。

 クリスティーナも彼女なりに、リゼを助けてあげようと模索していたのだ。


 アイリは、考え込むクリスティーナを見て、彼女なりにリゼの事を考えているのだと感じた。

 クリスティーナをよく知らない人からすれば、「冷たい人」「冷酷」「融通が利かない」等と思われ誤解されがちだ。

 しかし、実際のクリスティーナは、人間味があり誰よりも他人を気に掛けてくれる。

 受付嬢達も、受付長がクリスティーナだからこそ毎日、楽しく仕事が出来ているのだと分かっていた。

 受付嬢同士の衝突が無いのも、クリスティーナが緩衝材として、話をまとめてくれている事も大きい。


 口では、ああ言ってもリゼを簡単に見放す事はしないと思いながら、クリスティーナの後姿を見ていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 リゼは起き上がり、部屋を見渡す。

 一週間と短い間ではあったが、この部屋のお陰で随分と助かった事は事実だ。

 通貨も少なく、怪我だらけの体だ。

 明日から、本当の冒険者としての生活が始まる。

 その前に、世話になった部屋を綺麗しようと思っていた。


「うっ!」


 寝床から出ようとすると、体中に痛みが走る。

 昨日よりも、痛みは引いたと思うが、足が筋肉痛になっていたりと、怪我した箇所を庇って歩いた事で、別の箇所が悲鳴をあげていた。

 体を動かそうとしても、昨日以上に体が重い。

 しかし、痛い等と甘い事は言っていられないので、受付へと下りていく。


 階段上にリゼの姿を発見した冒険者が、リゼを見ていた。

 一人、又一人と階段を下りるリゼの姿を見ていた。

 目線の先に、リゼが居る事を知ったアイリ達受付嬢だったが、持ち場を離れる事は出来なかったので、心配そうに横目で見ていた。


「何か用でしたか?」


 クリスティーナが、段を下りている途中のリゼを止めて、質問をする。


「はい。部屋の掃除をしようと思いまして、道具をお借りしようと……」

「部屋で待っていて下さい。持って参ります」

「えっ!」

「足を滑らせて、これ以上怪我でもしたら、どうするのですか!」

「はい……」


 リゼはクリスティーナの言う通りに、階段を上がり部屋へと戻る。


(クリスティーナさんを怒らせてばかりだな……)


 リゼは自分がクリスティーナに嫌われているのだと、再認識する。

 一方のクリスティーナは、まともに歩けないリゼを発見して、階段から落ちると思い、気が気で無かった。

 部屋に戻る際に、寂しそうなリゼの顔を見て、きつく言い過ぎたと反省していた。


 クリスティーナが掃除道具等を持って上がると、リゼは布団等を畳み終えていた。


「ありがとうございます」


 リゼはクリステーナに礼を言う。


「他に必要な物はありますか?」

「……その、ハサミもお借りしても良いでしょうか?」

「何に使われるのですか?」


 既にリゼは小太刀を持っているので、ハサミを使って命を絶つ事などはしないと思っている。

 しかし以前に、受付嬢が不用意にハサミを貸した事で、将来を悲観した孤児が命を絶とうとした事件があった。

 その事件が頭を過ぎった為、クリスティーナにはリゼにハサミを使用する理由を聞く必要があった。


「前髪を少し揃えようかと……」


 リゼの前髪は綺麗に切り揃えられている。

 敢えて、切る必要など無い。

 もしかしたら、額の傷口に毛先が触れていたいのかも知れないと、クリスティーナは思う。


「分かりました」


 クリスティーナは、ハサミを取りに部屋を出て行った。

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