第24話

「大丈夫です」

「駄目です!」


 リゼは自分で切ろうとしていたが、怪我のせいで上手に鋏を使う事が出来なかった。

 危なっかしくて見ていられなかったクリスティーナは、リゼの代わりに髪を切ろうとしていた。

 必死で断るリゼだった。


「これ以上、怪我をされても困ります!」


 クリスティーナの一言で大人しくなる。

 リゼは、クエストの為とはいえ、他人に迷惑を掛けてしまっている事に気付き、落ち込む。

 クリスティーナも自分の一言で、リゼが落ち込んだ姿を見て、申し訳ない気持ちになる。


「どれ位、切りますか?」

「……毛先を揃える程度で御願します」


 何か他の言葉で慰めようと考えたが、良い言葉が浮かんで来ず、気まずい空気が流れていた。

 クリスティーナもリゼも、無言の時間が続く。


「これ位で、いいですか?」


 リゼの希望通り、本当に毛先を少し揃える程度を切って貰う。

 見た目的にも切ったと分かる程度ではない。


「はい、ありがとうございます」


 鏡を見たリゼは、クリスティーナに礼を言う。


 髪を切ったクリスティーナだったが、本当にこの程度で良かったのか、疑問を感じていた。

 もしかしたら、もっと切って欲しかったのだが、自分に遠慮しているのかも知れないと……。

 しかし、クリスティーナはリゼに対して、その事を聞けずにいた。


 リゼの目の前には『デイリークエスト達成』と『報酬(魅力:一増加)』が表示される。

 本当であれば、『力』の能力値を期待していた。

 あと、一増加して能力値が十二になれば、スライム討伐のクエストが受注可能になるからだ。

 自分の体の事を考えれば、スライム討伐クエスト等は出来る状態ではない。

 しかし、魔物討伐クエストは報酬が良い。

 一人で生活する為には、魔物討伐クエストを受注する事は必須な事だ。


 リゼは会話が続かないので、気になっていた事を、思い切ってクリスティーナに質問する。


「その……治療費はどれ位なのでしょうか?」

「治療費?」

「はい。私が治療して頂いた通貨の枚数です」


 クリスティーナは驚く。

 治療費の事等を質問してくる孤児は、今迄一人も居なかった。

 孤児部屋に居る限り、怪我をした場合はギルド負担になる。

 孤児が厄介者される要因の一つにもなっている。

 リゼの場合も、確かに治療費は掛かっているが、今回の犯人つまり、リゼを襲った者達の所有物を売却して、リゼの治療費としていた。

 リセが支払う義務は無いのだ。

 これは街で暮らす者にとって、一般常識になる。

 クリスティーナは、リゼが一般常識が通用しない貴族社会から捨てられた子なのだと、改めて感じた。


「あの……」


 リゼは、クリスティーナが難しそうな表情で考え込む姿を見て、不安になる。

 もしかしたら、自分が思っているより高額等、嫌な想像だけが膨らむ。


「そうですね。調べてきますので、待っていて下さい」

「分かりました。お願いします」


 クリスティーナは鋏と鏡を持ち、部屋から出て行った。


(払えなかったら、本当にどうしよう……)


 リゼの不安は、より一層大きくなる。


 部屋を出たクリスティーナは受付に戻るのではなく、クリスティーナはギルマスの部屋へと足を進めていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「どうしましたか?」

「はい、御相談があります」


 クリスティーナは、ギルマスのニコラスにリゼの事を相談する。


「特例は認められませんよ」

「はい、それは勿論です。それを承知で提案があります」

「提案?」


 事件の被害者で怪我をしているリゼを、孤児部屋から放り出すのはギルドの印象を悪くする。

 だからと言って、完治するまで部屋に置く事は、ギルドの規則に違反する。

 どの様な状況だろうが、孤児部屋に居られるのは一週間と定められているからだ。


「宿屋の相場と同等な金額を貰い、怪我が完治するまでの間、孤児部屋に泊めるという事です」

「……確かに。今、リゼさんを孤児部屋から出せば、街の人は勿論ですが、冒険者達からもギルドを非難する者が現れるでしょうね」


 そう話しながら、ニコラスは手元の紙を見ていた。


「それに今、この手紙が届きましてね」


 ニコラスは見ていた紙を、クリスティーナにも読むように差し出す。

 クリスティーナは受け取る。

 手紙の差出人は、オーリス領主のカプラスからだった。

 昨晩の事件は、王都絡みと言うこともあり、カプラスにも報告が入る。

 被害者の女子は大怪我を負った事。

 そして、被害者が冒険者でリゼという名前だった事。

 すぐに娘のミオナを助けてくれたリゼだと、カプラスは気付く。

 そして、孤児部屋からの退去日が迫っている事も知っていた。

 ミオナを助けてくれた日が、教会関係者と一緒にギルドへ連れて来られたと聞いたからだ。

 計算すれば今日明日だという事は、すぐに分かる。

 カプラスは、今回の事故でリゼが路頭に迷う事を望んでいない為、怪我が完治するまでの間、孤児部屋が空いているのであれば、継続して生活させてやって欲しいという内容だった。


「カプラス様の頼みであれば、断れませんよ」


 ニコラスは笑顔で答える。

 実際、ニコラスもリゼを追い出す事には、否定的だった。

 しかし、クリスティーナ同様、立場的に特例は認められない。

 そこに、領主であるカプラスからの手紙だ。

 事件の被害者を救済するという領主の言葉であれば、ギルドとして従っただけになるので、ギルドの規則を破るわけではない。

 それにギルドが領主であるカプラスの要求を断れば、カプラスはリゼの怪我が完治するまで自分の屋敷に住まわせるかもしれない。

 領主の要求を断ったギルドに、領主の屋敷に住む冒険者。

 ギルドやリゼにとっても、良い選択ではない事は明らかだ。

 読み終えたクリスティーナも、自然と笑顔になる。


「良かったですね」

「はい!」


 思わず勢いよく返事をしたクリスティーナは、恥ずかしそうに下を向く。


「引き続き、お話させて頂いても宜しいでしょうか?」

「はい、どうぞ」


 クリスティーナは、リゼが治療費の心配をしている事を話す。

 ニコラスもクリスティーナと同じように驚いていた。


「リゼさんは、本当に出来た子ですね」


 冒険者でなく、人間として素晴らしいと感じていた。

 同時に、スキルだけで優劣が決まってしまう世界を悲観していた。


 クリスティーナは、治療費と言う名目でリゼから通貨受け取り、治療費完済するまでの間は逃走防止として、孤児部屋での生活とギルド会館内でのクエストのみを受注させようと考えていた。

 受け取った通貨は退去する時にリゼに返却する事を、ニコラスに話す。


「クリスティーナらしい発想ですね」


 笑いながら答える。

 クリスティーナは笑われた事に、少し不機嫌になる。


「治療費で無く、一時金という事でリゼさんから、一日銀貨二枚を受取って下さい」

「分かりました」


 ニコラスは食事無しであれば、銀貨一枚が妥当だと考えた。

 しかし、特例でないとはいえ孤児部屋に住まわす限り、通常の宿屋の宿泊費と同等な通貨を貰う必要がある。

 仮に完治まで一週間だとしても、銀貨十四枚は貯まる。

 怪我してクエストが出来ないとしても、後日払いでも問題無いとも伝える。

 不思議とリゼが逃げ出す事は、頭に浮かばなかった。

 数日だが、リゼと言う冒険者を信じている事に、ニコラスは気付く。


「しかし、リゼさんは皆に好かれていますね」

「そうですね。彼女の人間性でしょう」

「成程。クリスティーナも人間性に惹かれたのですね」

「あっ、いえ……」


 クリスティーナは言葉に詰まる。

 女性の冒険者は、男性に比べて少ない。

 ましてや、孤児部屋に来る女性の子供は、本当に稀だ。

 可哀想だと思っていることは、クリスティーナ自身でも気が付いている。

 しかし、その感情がリゼを侮辱している事も分かっている。

 複雑な感情がある為、ニコラスの言葉に答えられないでいたのだ。


「受付の皆さんにも、報告しておいて貰えますか?」

「承知しました」


 クリスティーナはニコラスに一礼をして、ギルマスの部屋を出る。

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