第22話

(ゴロウさん、居るかな?)


 突然訪ねてきた事で、迷惑でないか?

 そもそも、居るかどうかの確証も無かった。

 しかし、リゼの姿を見かけた従業員は心配そうにリゼに駆け寄り、リゼが来た事を他の従業員に大声で伝えていた。

 リゼが来た事で作業員が集まり、作業が中断する。

 作業員達は「大丈夫か?」「痛い所は無いか?」と心配をして、声を掛けてくれた。


「はい。大丈夫です」


 リゼは頭を下げる。

 騒ぎに気が付いたゴロウが近付いてきたが、リゼの姿を見ると走り始めた。


「大丈夫か!」


 作業員達を押しのけると、リゼの両肩を掴み、真剣な顔を近づけて来た。


「は、はい」


 勢いに押されたリゼは、「はい」しか言えなかった。


「あっ、あの……これ、たいしたものじゃありませんが、助けて頂いた御礼です。皆さんで食べて下さい」

「そんな事、気にしなくても良かったのに……」


 ゴロウは傷付いた体で、これを届ける為にわざわざ来てくれた事に感動していた。

 受取った御礼の品が干し肉だと言う事は、包みの紙等ですぐに分かった。

 しかし、重さで一枚や二枚で無い事もすぐに分かる。


「リゼ。もしかして、これを買う為に今迄貯めた、殆どの銀貨や銅貨を使ったのか?」


 真剣な顔でリゼを見る。

 リゼは少し時間をおいて、黙って頷く。

 孤児部屋にいる孤児にとって、孤児部屋を出るまで通貨が大事な事は、ゴロウをはじめ誰もが知っている。

 殆どの通貨を使ってしまったリゼにとって、孤児部屋を出てからは厳しい生活が待っている事を、宣言したのと同じ事だ。


 ゴロウは作業員にリゼから受取った御礼の品を渡して、あとで皆で食べるように言う。


「リゼ。飲み物を出すから少し休憩でもしていてくれ」


 リゼの体を気遣うゴロウだったが、リゼは丁重にゴロウの申し出を断り、ギルド会館へ戻ると答える。

 ゴロウも必死で休憩するようにと進めるが、リゼの答えが変わる事はなかった。

 頑なに拒否をするリゼを見てゴロウは、昨夜の事件の影響なのかと少し考えていた。

 リゼに根負けした形で、ゴロウは諦める。

 相手がリゼでなければ、強引な手段を使ってでも休憩させただろう。

 冒険者と言えど、まだ小さな女の子という印象から強引な態度に出られないでいた。


 リゼはゴロウや作業員達に、もう一度頭を下げて礼を言って帰って行く。


「ゴロウさん。あの子、大丈夫ですかね?」


 帰って行くリゼの後姿を見ながら、作業員がゴロウに尋ねる。


「さぁな。しかし、俺達が何を言っても、自分の意思を曲げないだろう。リゼは俺より頑固だ」

「それは、かなりの頑固者ですね」


 事件前のリゼであれば、ゴロウの誘いにも戸惑いながらも了承した筈だ。

 出来る限り、他人との接触を避けるという選択をしたリゼ。

 少しずつだが、他人と距離を取ろうとしていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「銀翼のメンバーには伝えたの?」


 レベッカはアイリに、リゼの事件の事で質問をする。


「どうしようかと考えているの。確かに、アルベルトさんの名前が出たけど……」


 今回の原因は、アルベルトの狂信的な支持者が起こした事件だ。

 直接的な原因がアルベルトに無くても、事件を知れば責任を感じてしまうだろう。

 街で起きた事件なので、ギルドが伝える必要は全く無い。

 しかし、銀翼と繋がりのあるリゼと言う事もあり、どうするかを悩んでいた。

 一応、今回の件は、王都で前科のある者が犯した事なので、当事者でもあったアルベルトには報告がある。

 その時に、被害に遭ったのがリゼだと知れば、早く報告が欲しかったとも思う筈だ。

 事件を伝えるといっても、個人的に手紙等を送るくらいしか無い。

 本来であれば、ギルドの受付嬢の仕事ではない。

 しかし、担当冒険者に対して、仕事以上に気に掛ける事が出来るのもアイリの良い所だ。

 悩んだアイリだったが、自分から知らせる事を止めた。


「そのリゼちゃんは、まだ休んでいるの?」

「それが……」


 アイリはリゼが傷付いた体で外出した事を、レベッカに話す。

 それを聞いたレベッカは驚く。

 リゼがまだ、自由に体を動かせる状態で無い事は分かっていた。

 優しいアイリがリゼを止めなかった。

 その事実は、アイリが止める事が出来なかったという事なのだと、レベッカは理解する。

 その事でアイリが心を痛めている事も推測出来た。


「リゼちゃんも冒険者だから、自分の意思で出て行った訳ね」


 少しでもアイリの気持ちが楽になればと、声を掛ける。


「そうよね……」


 浮かない表情のアイリだったが、レベッカの優しさが分かったのか、笑ってこたえた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ゴロウ達と別れてギルド会館へと歩くリゼだったが、次第に体が悲鳴をあげ始める。

 足を一歩進めるだけでも、徐々に辛くなっていた。

 しかし、体を休めようと考えると、前夜の出来事が頭を過ぎる。


(早く、戻らないと)


 今、考えられる安全な場所は孤児部屋しかない。

 しかし、その安全な場所も数日後には、出て行かなければならない。


 痛みで意識が飛びそうになる中、目の前に『ユニーククエスト発生』の画面が表示される。

 ユニーククエストなので、受注しなくても良いが『クエスト』に対して恐怖感がある事を、リゼは自覚した。

 ユニーククエストが発生した事で、意識を持ち直す。


 出来るだけ道の端を歩き、他の人達に邪魔にならないようにする。

 通り過ぎる人達もリゼを気にして、横目で見ていた。

 しかし、リゼの雰囲気が街の人に声を掛けさせないようにしていた。

 気力のみで一歩、又一歩と足を進めるリゼだった。


 目の前に、苦痛で忘れていた『デイリークエスト達成』が表示される。

 続けて、『報酬(万能能力値:一増加)』だった。

 とりあえず、クエスト未達成による罰則から回避された事で、リゼは安心する。


 ギルド会館に戻ると、リゼの異様な雰囲気に皆、気付く。

 疲労困憊な姿で帰ってきたリゼ。

 誰もお礼をする為に出て行ったとは、思っていないだろう。

 しかし、怪我の体で出て行くだけの理由がある事だけは分かっていた。


 アイリやレベッカは、他の冒険者の対応をしていたので、リゼが帰って来た事に気付いていたが、声を掛けることは出来なかった。



 部屋に戻ったリゼは、そのまま寝床に倒れこむ。


(……何とか戻って来れた)

 

 寝床の匂いを嗅ぎながら、意識が遠のく。


(駄目だ!)


 リゼは最後の力を振り絞って、着替えをする。

 傷口が開いたのか、体に巻かれた布はかなり赤くなっていた。

 しかし、取り替える布も無い。

 この瞬間、リゼは大事な事を忘れていた事に気が付く。


(治療費は……)


 今回の事件で負った怪我に対する治療費を、リゼは支払っていない。

 当然、傷を見せたりして、もう一度治療を行えば、治療費が再度発生する。

 通貨を殆ど持たないリゼにとって、治療費は大きな負担になる。

 治療費が払えなければ、どうなるのか……。

 リゼは色々な事を考える。

 無報酬での労働であれば、まだ我慢出来る。

 もし、売られる事になれば……。


(これ以上は、通貨を使う事は出来ない)


 リゼは、今後は食費にも通貨を使わず、水や外にある草等で暮らす事を決意する。

 横になると、寝てしまうので座って今後の事を考えていたが、頭がフラフラする事に気が付く。


(もしかして、熱でも出たのかな?)


 リゼはそう思いながら、孤児部屋に用意されていた布を水で濡らして、横になり額に置く。

 これ以上は、アイリやレベッカの世話にはなれないと思ったリゼは、自分で出来る事はしようと考えていた。


 扉を叩く音がして、「入ります」と声が聞こえて扉が開く。

 部屋に入ってきたのは、受付長のクリスティーナだった。


「大丈夫ですか?」

「はい。御迷惑お掛けして、すいません……」


 起き上がろうとするリゼだったが、クリスティーナは両手を出して、寝たままの体勢にさせる。

 受付にいたクリスティーナは、酷い状態で孤児部屋へと戻っていくリゼを見たので、心配になり部屋を訪れた。

 リゼはクリスティーナに治療費の事を聞こうとする。

 しかし、クリスティーナは「明日、聞きます」と答える。

 それはクリスティーナなりの優しさだったが、リゼは「自分が孤児だから、迷惑を掛けたから話を聞いてもらえない」と、勝手な解釈をしてしまう。

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