第21話

 リゼが襲われた事は、街でも大きな噂になっていた。

 孤児部屋のリゼが悪さをしたから、襲われたと思っている者も居る。

 しかし、冒険者達やゴロウ達が、それを否定する。

 数日とはいえ、リゼと接してきた者達が、リゼに対して根も葉もない噂を流す者達に対して、怒りを感じていた。

 この事件で、オーリスの街でリゼの事を知らない者は、殆ど居なくなった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 リゼは天井を見ながら、反省をしていた。

 簡単に人を信用した事についてだ。

 暴漢に襲われ、体を動かす度に痛みが走り、まともに動く事も出来ない。

 孤児部屋から出る日は決まっているので、出来るだけクエストを受注するつもりだった。

 その予定が大きく崩れる。


「デイリークエストか……」


 今朝、表示されたデイリークエスト。

 その達成条件は『五キロの歩行』。

 今迄、一番長い距離になる。

 この体では、かなり厳しいとリゼは分かっていたが、罰則の恐怖が頭を過ぎる。

 ゴキブリを退治しなかっただけで、『身体的成長速度停止(一年)』という呪いに似た罰則。

 罰則への恐怖に、リゼは怯えていた。

 リゼは気が付いていないが、一生スキルの罰則に覚えて生活する事になる。


 リセは助けてくれたゴロウ達へ、礼を言わなければとも考えていた。

 痛みを堪えながら、立ち上がり着替える事にする。

 着替えの最中も、体を動かす度に激痛が走っていた。


 覚束無い足取りで孤児部屋を出て、階段を下りる。

 リゼの姿を見た冒険者達は驚く。

 一階に居た冒険者達の目線がリゼに向けられていたので、受付をしていたアイリやレベッカ達も目線の先が気になり、目線の先に目を向けて驚く。


「リゼちゃん!」


 アイリが受付から飛び出して、リゼの元へと駆け寄る。


「どうしたの、まだ寝てなくちゃ!」

「御心配下さってありがとうございます。私なら大丈夫です」

「で、でも……」


 アイリが肩を貸そうとしても、リゼは断る。

 リゼは自力で一階まで下りると、そのまま無言でギルド会館を出て行った。


「リゼちゃん……」


 アイリは心配そうにリゼの後姿を見ていた。


「凄いな……」

「あぁ、冒険者としては、痛いからと言って、休んでいられない時はあるからな」


 冒険者達がリゼが去った後、話し始めた。

 片足を上げる事が出来ない為、引きずりながら歩くリゼ。

 体には暴行された時に出来た傷が残っていた。


 冒険者であれば、無理をしなければならない時はある。

 大なり小なり命の危険を感じた経験がある。

 特にクエストの最中であれば、無理をしてでも帰還するか、暫くその場所に留まるかの選択を間違えただけで、命を落とす事もある。

 小さな冒険者だが、自分達と同じ冒険者だと、リゼの姿を見た者達は感じていた。


 リゼが街を歩く姿は目立っていた。

 片足を引きずり、傷口を巻いている布は、ほんのりと血が浮き出ている。

 衣服から出ている肌や、顔には擦り傷もある。

 街人達は誰もが、昨夜の事件の被害者である孤児のリゼだと分かっていた。


(五キロも歩くのは辛いな……)


 痛みを堪えながらリゼは思う。


(助けて貰ったお礼に何か持っていかないと……)


 何も持たずに助けて貰った礼に行くのは、気が引ける。

 リゼは頭の中で、お礼の品を考えていた。

 勿論、予算は無い。

 購入出来る金額の物を探す必要がある。


 リゼは大人の男性が好む食べ物が分からなかった。

 誰かに聞くにしても、聞く相手も居ない。

 何より困ったからと言って、人に聞いて問題を解決する事を、昨夜の事件もあり、リゼは拒否反応を起こしていた。

 出来る限り親交を深めたくない。と言うより、人と接したくない気持ちが大きくなっていた。

 必要最低限のみの会話だけすれば良いと、心を閉ざしていたのだ。


 街を徘徊して、お礼の品を幾つか検討してみる。

 日持ちがする物や、すぐに食せる物。

 助けて貰った人数も分からないので、少なすぎても駄目なので、数はある程度必要になる。


(あれかな?)


 何度も店の前を素通りしていたが、干し肉が吊るしてある店の前で足を止めて、店主に声を掛ける。


「この銀貨と銅貨で買えるだけ、売って頂けますか」


 リゼは店主に全財産の銀貨と銅貨を見せる。

 店主も何度も店の前を通るリゼを見ていた。

 それに昨日の事件も知っていた。


「……嬢ちゃん。これ、全財産か?」

「はい。少なくて、すいません」


 リゼは、この枚数では購入出来ないと不安になる。

 干し肉を選んだ理由は、汗を流して働くゴロウ達には塩分が必要だと思ったし、日持ちもするからだ。

 重労働者に、塩分が必要だと知っているのは、育った村で村人から教えて貰ったからだ。


 店主も全財産を出して、干し肉を買うリゼに戸惑っていた。

 夕飯などであれば、一枚多くても二枚程度だ。

 リゼの出した通貨であれば、十枚弱は購入出来る。


「買ってくれるのは有り難いが、そんなに買ってどうするんだ?」

「助けて貰ったお礼に渡すつもりですが、変でしたか?」


 リゼは自分の無知を晒すようで恥ずかしいのか、少し俯いて店主の問いに答えた。

 店主はリゼを助けたのが、ゴロウ達だと知っているのでゴロウ達に渡す物だと分かった。

 なにより、全財産を出してまで礼をしようとするリゼに驚いていた。

 孤児部屋に居た孤児に、商品を盗まれた同業者を知っている。

 孤児のリゼに対して、店主も偏見を持っていた。

 しかし、全財産を差し出すリゼの姿に、その考えは無くなる。

 もし自分が誤魔化しても、リゼには分からない。

 店主は自分の良心が試されている気分でもあった。


 店主はリゼに言葉を返さず、無言で干し肉を包み始めた。

 リゼはその様子を黙って見ていた。


「これだけだ。細かい干し肉はサービスだ」

「ありがとうございます」


 リゼは通貨を店主に渡して、干し肉を受取る。


「これは釣りだ」


 リゼは銅貨だけ返された。


「えっ、でも……」

「銀貨の分だけの干し肉だ。それは嬢ちゃんの飯代に使え」


 店主はリゼの事を考えて、全財産で買える干し肉に、細かい干し肉を数枚サービスしてくれた。

 ただし、購入金額は銀貨の枚数のみだ。

 全財産と答えたリゼだったので、昼食や夕食の事を考えて銅貨を残してくれた。

 戸惑うリゼに、店主は笑顔で話す。


「干し肉は冒険者にとって非常食だ。嬢ちゃんが冒険に行く時は俺の店で買ってくれ」

「分かりました」


 リゼは店主から銅貨を受取ると、頭を下げた。


 ゴロウの居る場所まで歩いているリゼだったが、先程の店主の言葉が気になっていた。

 そう、「干し肉は冒険者の非常食」。

 もしかしたら、自分はお礼の品として、失礼な品を選んでは無いのだろうか?

 ゴロウはこれを貰って不機嫌にならないか?

 リゼは不安な気持ちになる。


 街を徘徊してた事も有り、歩行距離は三キロ弱になっていた。

 リゼも意識的に歩いてたので、距離を稼いでいた。


(デイリークエストは達成出来そうだな)


 傷付いた体でリゼは思う。

 一方でリゼは、『ユニーククエスト発生』に怯えていた。

 今の状況では、何が発生しても達成出来るとは思えなかったからだ。


 痛みが増す体は、歩行速度を下げていた。

 道行く人達も、リゼを避けるように歩いてくれていた。

 しかし、リゼは気付く事無くゴロウの作業場まで、一歩又一歩と足を進めていた。

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