第20話

(あれ? この道って?)


 リゼは気が付くと、水飲み場までの道から外れている事に気が付く。


「水飲み場って、この道でしたか?」

「えぇ、こっちの道の方が近いのよ」


 女性は笑顔で答えながら、どんどんと狭い路地へと入り込んでいた。


「次はこっちよ」


 女性はそう言うと、リゼを家の中へと案内する。


「えっ!」


 リゼが驚くと同時に、女性はリゼの手を強引に引っ張り、リゼの体を床に叩きつけた。

 何が起きたかリゼも分らない間に、リゼは腹に蹴りを入れられる。


「うっ!」


 リゼは口から胃液交じりの固形物を吐き出す。


「なんで、あんたのような小娘が、アルベルト様と話をしているのよ!」


 床に這いつくばったまま、辛うじて顔を上げて女性を見る。


「私でさえ、口をきいてもらった事も無いのに!」


 凄い血相で、床に這いつくばるリゼの髪を掴んで無理矢理、顔を上げさせる。


「あんた、アルベルト様に何をしたのよ」

「いえ、何もしてません……」

「嘘! なんで、孤児のあんたが」

「本当です」


 リゼは、自分に暴力を振るっている女性が暴漢なのかと思った。

 しかし、一般的に暴漢とは男性の事を指す言葉だと、以前に誰かから聞いた記憶がある。

 リゼは理不尽に暴力を振るわれている状況に、考えがまとまらなかった。


「おぉ、お前の言って居た奴は、こんな子供なのか?」


 部屋の奥から、中肉中背の男性が出て来た。


「そうよ。こんな子が、私のアルベルト様に!」

「しかし、お前の銀翼いや、アルベルト好きも凄いな。まぁ、俺は銀貨さえ貰えれば、理由何てどうでも良いけどな」


 男性は倒れているリゼに向かって嬉しそうに呟く。


「悪いな。これも仕事なんでな」


 男性はリゼを強引に立たせると、拳を全力でリゼの腹に叩き込む。

 リゼの体は、くの字に曲がる。


 リゼは男性に殴られ続ける。

 リゼは知らなかったとはいえ、初対面の優しい女性を簡単に信じすぎた。

 暴漢に協力者がいる事等、想定していなかった。

 ここ最近、受付のアイリやレベッカ、銀翼のクウガやアリス達と接した事で、簡単に人を信じた自分を愚かだと悔やむ。

 辛うじて開く目で、出口を確認する。

 ……扉は施錠してある可能性が高い。

 窓はどうだろうか? 硝子を壊せば出られる気がする。

 手は、足はどうだ。

 リゼは自分の状況を殴られながら確認をする。

 男性は殴り疲れたのか、リゼを物のように放り投げる。

 幸いな事に窓や扉に近くなる。


「ん? お前、生意気に武器を持っているのか」


 リゼの腰についている小太刀に気が付き、奪おうと近寄ってくる。


(この小太刀だけは、取られるわけにはいかない!)


 クウガとの約束がある。

 リゼは激痛が走る体で立ち上がる。


「ん? その小太刀で俺を攻撃するつもりか?」


 男は馬鹿にしたような表情で、リゼを挑発する。

 リゼは小太刀に手を掛ける。


「おぉ、やる気になったか」


 男は更にリゼを馬鹿にする。

 しかし、リゼの取った行動は攻撃する為でなく、小太刀を無くさないようにする為のものだった。

 リゼは男が油断して隙を見せたと感じたので、足元に落ちていた瓶を男に投げつける。

 男が瓶を避けると同時に、リゼは体を反転させて、窓に体ごと飛び込む。

 硝子が割れる大きな音がする。

 外に出たリゼは、硝子の破片が体に刺さりながら転がる。


「あの小娘!」


 家の中から男性の叫ぶ声が聞こえる。


(早く、逃げないと!)


 リゼは残された力を振り絞って、光が見える方向へと必死に走った。

 全身に激痛が走るが、捕まれば先程以上の暴力が振るわれる。

 しかし、リゼは自分の体の事より、クウガの小太刀を奪われる事だけは避けなければならない事で、頭の中が一杯だった。

 人を信じた為に襲われたが、自分を信じて小太刀を譲ってくれたクウガの気持ちを裏切る事は絶対に出来なかった。


「待て!」


 後から男性と女性が追いかけてくるのが分かる。


(あぁ、もう捕まるな)


 まだ子供のリゼと、大人の男性では走るスピードが違う。

 能力値を『素早さ』に振ったリゼが一生懸命走ったとしても、男性に追い付かれるのは時間の問題だった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



(ここは……?)


 目を覚ましたリゼは、見覚えのある天井を見ていた。

 体を動かそうとすると、体中に激痛が走る。


 『ユニーククエスト達成』『報酬:(体力:一増加、防御:一増加、回避:一増加、運:二増加)』

 『デイリークエスト発生』

 目の前の表示で、リゼは思い出した。

 しかし、自分がどうやって助かったのか、記憶に無い。

 とりあえず、寝床から起き上がる。

 机の上には、クウガから譲って貰った小太刀がある。


(良かった。無事だった)


 安心したリゼは垂れた髪をかきあげようとする。


(えっ!)


 リゼは怪我をした両手で自分の髪を触る。

 すると髪についている筈の髪飾りの感触が無かった!


(無い!)


 リゼは激痛が走る体を気にすることなく、寝床を調べる。


(ここにも無い)


 リゼは呆然とする。


「リゼちゃん!」


 孤児部屋の扉が開き、アイリが入って来た。


「大丈夫、痛む所は無い」


 アイリはリゼを心配する。


「……はい」


 リゼは気力の無い返事をする。

 その様子にアイリは、リゼに元気が無いと余計に心配をする。


「昨夜から、ずっと寝ていたのよ」


 アイリは今が昼だと教えてくれた。


「……その、私はどうして此処に居るんですか?」


 アイリは、昨夜の事を教えてくれた。

 リゼが暴漢から逃げ出して力尽きようとした時、近くに居たゴロウに助けられる。

 たまたま、解体場の従業員達と呑みに出ていた時で、硝子が割れる音と大声で叫ぶ声が聞こえたので気になり、従業員達と声のする方に駆け寄ってみると、血だらけのリゼが走ってくるのが見えた。

 すぐさま、リゼを確保して従業員数人を治療施設までリゼを運ばせる。

 残ったゴロウ達は、リゼを襲った暴漢を過剰なまでの暴行をして、共犯の女性と一緒に衛兵に突き出した。

 最初、被害者だと叫んでいた男性と女性だったが、ゴロウ達の証言から『真偽の水晶』に触れて、リゼを襲った事が判明する。

 女性は、それでも「自分は悪くない。悪いのはアルベルト様を誑かした、あの小娘だ」と叫んでいた。

 この女性は、熱狂的なアルベルトの支持者で、以前も王都で同じような罪で捕まっていた。

 その為、王都を追い出されてしまい、このオーリスで生活をしていた。

 しかし昨日、銀翼がオーリスに立ち寄った際に、冒険者ギルドから出て銀翼のメンバーを見送っていたリゼを見て嫉妬心を抱き、今回の犯行の計画を立てた。


「ありがとうございます」


 リゼはアイリに礼を言うが、折角のアイリの説明も全て頭に入ってこなかった。


「気が付いたのね」


 レベッカがリゼの着替えを持って、孤児部屋を訪れた。


「はい、これ洗濯しておいたから。破れていた所は縫っておいたわ」

「ありがとうございます」


 リゼはレベッカに礼を言う。


「あと、これね」


 レベッカはリゼに髪飾りを渡す。


「あっ、ありがとうございます」


 リゼは髪飾りを握りしめてレベッカに何度も頭を下げた。


(良かった。お母さんの髪飾り無くさなくて)


 アイリもレベッカも、リゼの態度を見て余程大事な髪飾りなのだろうと理解した。


「まだ、治っていないんだから動いちゃ駄目よ」


 優しくアイリはリゼに話す。


「はい。色々と御迷惑をお掛けしてすいません」


 リゼは頭を下げる。

 アイリとレベッカは、そんなリゼの姿を見て同じ事を思っていた。


(何故、この子ばかり不幸な目に合うのか)


 二人共、リゼに対して悪い印象は無い。

 むしろ、良い印象の方が強い。

 受付嬢になってから、色々な孤児部屋送りにされた孤児達を見てきたが、リゼは孤児というより、普通の子供としても律儀で礼儀正しい子供だ。

 そんなリゼが何故、このような仕打ちを受けなければならないのか。

 複雑な思いを抱きながらも、リゼに悟られる事の無いように、気を使いながら接していた。

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