第14話

 王都にあるギルド会館の孤児部屋では、アルベルトの後にクウガが入って来た。

 その後、ノアと言う少女が同じように親に捨てられて孤児部屋に来る。

 ノアは、リゼと背格好も似ていて髪の色も同じ銀色だった。

 三人は数日だけ、孤児部屋で共同生活をする。

 アルベルトが孤児部屋から出て行き、次にクウガも孤児部屋から追い出される。

 当然、宿屋に泊まる通貨も無い。

 昼は、ギルド会館でのクエストをして、夜はゴミ等を漁りながら、雨風を凌げる場所を探しての生活をしていた。

 ノアも数日後に、孤児部屋から追い出されたので、アルベルトとクウガに合流して三人での生活が始まる。


「ノアの髪の毛って、綺麗だよな」


 アルベルトがノアの銀髪を見て呟く。


「でしょう。見ててね」


 ノアは後ろを向き、首元付近に手を持って行く。腕を広げると、一気に髪が広がり光と交わる。

 反転して元の位置に戻ると、ノアは「綺麗でしょう」と自慢気に話した。


「うん、綺麗だ。翼みたいだね」


 アルベルトが感想を言う。


「銀の翼か!」


 クウガもアルベルトの感想に足すかのように話した。


「大袈裟ね」


 ノアは笑う。


「いずれ、僕達がランクBになったらクランを作ろう。そのクランの名は『銀翼』だ」

「おぉ、それいいな!」


 アルベルトとクウガは、楽しそうに話す。

 ノアは、そんな二人を見て恥ずかしそうに笑っていた。


 武器は森の中で殺されていた冒険者の物を拾ったりする。

 防具を購入する通貨は無いので、防具無しのまま三人はランクBになる。

 貯めた通貨で小さな部屋を一部屋借りて、共同生活をする。

 日々、クエストをこなしながら、苦しくも楽しい生活を送っていた。


 ランクBになって数か月後、ギルド会館で顔見知りの冒険者から、クエストの誘いを受ける。

 迷宮での大型魔物であるポイズンワームの討伐で、最低十人だが、三人足りないという事で、アルベルト達に声を掛けて来た。

 報酬も良く、条件的にも悪くなかったので、三人は一緒にクエストをする事を了承する。


 ポイズンワームの生息場所までは辿り着き、苦戦するが討伐に成功する。

 帰り道、先導していた冒険者が道を間違えて、ロックヴァイパーと遭遇する。

 ランクBで防具の無いアルベルト達三人では、敵う相手では無かった。


「悪いな」


 冒険者の一人がそう言うと、ノアに液体を掛ける。

 その匂いに興奮するかのように、ロックヴァイパーはノアを標的と定めて攻撃する。

 不意を突かれたノアは、飛ばされ意識を失う。

 追撃してくるロックヴァイパーから、ノアを庇おうとすると、その液体はアルベルトやクウガにも付着する。

 冒険者達を見ると、逃亡して小さな後姿しか見えなくなっていた。

 ノアは自分達が逃げる為、囮にされたのだとアルベルトとクウガは気付く。


 アルベルトとクウガが攻撃するが、ロックヴァイパーにダメージを与える事は出来ない。

 このままだと、三人共死ぬ! とアルベルトが思った瞬間、クウガが叫ぶ。


「アルベルト! ノアを連れて出口まで、走って逃げろ!」


 アルベルトが思った事を、クウガが先に口にした。


「それなら、残るのは僕だ。クウガ、君がノアを連れて逃げろ」

「おいおい、お前はクランのリーダーになると俺と約束しただろう。リーダーが死んだらクランを立ち上げる意味が無いだろう」


 クウガが、ロックヴァイパーの攻撃を避けながらアルベルトと会話する。

 アルベルトはクウガの決意が固い事を知る。

 こういう時のクウガには、何を言っても無駄だ。


「必ず、応援を呼んで来る。だから、絶対に死ぬなよ」

「あぁ、勿論だ。ノアを頼んだぞ」


 アルベルトは、ノアを抱き上げると走って逃げる。

 その事に気が付いたロックヴァイパーが、襲い掛かろうとする。

 しかし、クウガがロックヴァイパーの前に立ち邪魔をする。

 クウガは【予見】で、二秒先まで行動を予測出来る。

 攻撃を受ける前に発動すれば避ける事は可能だ。

 しかし、発動回数にも制限があるうえ、攻撃を避ける為疲労が溜まり、徐々に体が重くなる。


 アルベルトがノアを連れ逃げてから、一時間程経った。

 ロックヴァイパーの攻撃で、幾つかの骨も折れている。

 【予見】のお陰で、辛うじて生きているだけだった。

 ロックヴァイパーにしても、大量の獲物に逃げられているので、残ったクウガだけは仕留めるつもりで必死になっていた。


「外れスキルも、役に立つじゃねえか」


 クウガ自身、これ以上の戦闘は無理だと感じていた。

 右手に握った小太刀を見る。

 柄には小さく『アルベルト』『クウガ』『ノア』の名が刻んである。

 最初に購入した武器に、結束の証として各々が三人の名を刻んだ。


「アルベルト達も、逃げ切っただろう」


 クウガは、あの二人が無事なら自分が死んでも良いと思っていた。

 それなりに楽しい人生だったと思いながら、生きてもう一度会えない事を悔やむ。


「約束を守れなくて、悪いな」


 覚悟を決めて呟く。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 クウガは目を覚ますと、見知らぬ天井が目に入る。


(何処だ、此処は? 俺は一体……)


 状況が掴めないクウガだったが、起き上がろうにも体が動かない。


「クウガさんが、目を覚ましました」


 クウガは誰かが、大声で自分の名を叫んでいたのが聞こえた。

 暫くすると、女性がクウガに声を掛ける。


「気が付かれましたか」

「俺は、一体……アルベルトやノアは無事か!」


 意思に反して体が動かない。

 女性も、クウガの問いに答えようとしない。


「クウガ!」


 聞き覚えのある声で、自分の名を呼ばれる。


「その声は、アルベルトか。無事だったんだな」

「あぁ、お前のお陰だ」


 何とか首を横にして、アルベルトの姿を確認する。


「お前は、三日も寝ていたんだぞ」

「そうか、そんなに寝ていたのか。ノアも怪我が酷いのか?」


 アルベルトは悲痛な顔で答える。


「……ノアは、もうこの世に居ない。死んでしまった」


 クウガは予想しない答えに、頭が真っ白になる。

 ノアが死んだ……。


 アルベルトは、クウガと別れてからの事を話始める。

 ノアを連れてアルベルトは、ひたすら走った。

 途中で見覚えのある道に出たので、迷わず出口まで走る。

 出口付近まで来ると、別の冒険者達に出会う。

 運の良い事に、彼らはランクBでも熟練の冒険者達だった。

 出口で数人の冒険者が走っていくのを目撃して何事かと思いながら、迷宮に入って来た。

 アルベルトは、彼らに事情を説明する。

 パーティーの一人、回復魔術師がノアを治療するが、この場で治療出来る怪我では無かった。

 冒険者達のリーダーは、回復魔術師と他の仲間数人にノアを連れて街に戻り治療をするよう指示を出す。

 戻る前に回復魔術師は、アルベルトにも治療を施してくれた。



「その戦っている彼の所まで、道案内出来るか?」


 冒険者の言葉に、アルベルトは途中まで案内するが、しっかり覚えていた訳では無いので悩んだ。

 下を見ると、ノアを運んだ際に流れ出た血が付いていた。

 アルベルトは、ノアの血を頼りにクウガの場所まで辿り着いた。

 既に意識が朦朧としながらも、クウガは戦っていた。

 アルベルトがクウガの名を叫んでも、クウガからの反応は無い。


「そこの少年を岩陰まで運んでくれ」


 冒険者がロックヴァイパーに攻撃をすると、攻撃の矛先を冒険者に変える。

 その隙にアルベルトは言われた通り、クウガを抱えて岩陰に隠れる。

 冒険者達は素晴らしい連携で、ロックヴァイパーを討伐してくれた。

 急いで王都に戻ると、アルベルトはすぐにノアの容態を確認する。

 しかし、アルベルトの予想に反して、ノアは王都に戻った時には既に死んでいたと、ギルド会館で回復魔術師から報告を受けた。



 話を聞いたクウガは、悲しさよりも怒りの感情が勝っていた。

 動かない体を必死で動かそうとする。


「俺達を囮にした冒険者共は、絶対に殺す!」

「クウガ。それは無理だ」

「何故だ!」


 アルベルトは話の続きをする。

 ギルド会館にクウガを連れて戻った冒険者達は、迷宮で起こった事を説明した。

 アルベルトも当然、報告する。

 ノアに付着していた液体は『魔香液』と言い、魔物が好む匂いで興奮効果もある。

 罠を仕掛ける時に使用したりする物らしく、人に対しては有毒性もあるので、扱いには注意が必要な物だった。


 アルベルト達とクエストを受注した者達は、すぐに緊急手配されて衛兵に捕まる。

 最初は容疑を否認していたが、ギルド職員や他の冒険者が居る前で強制的に、真偽が判明する水晶に手を触れさせられる。

 容疑の掛かった冒険者全員が虚言だった事が判明した。

 彼らのした事は重犯罪なので、すぐに衛兵に引き渡される。


「孤児なんだから、死んだって構わないだろうが!」


 冒険者の一人が、引き渡される際にアルベルトに向かって叫ぶ。

 拳を握り、殴り掛かろうとしたが隣に居た助けてくれた冒険者が、気付かれないように止めた。


「あんな奴は殴る価値もない。彼女も君が犯罪者になる事は望んでいないだろう」


 その言葉に、アルベルトは強く握った拳を解く。

 人を人と思わない行為をした彼らは、二度と街の光景を見る事は無い。


 衛兵達が去っていくと、アルベルトはノアの遺体保管場所へと行く。

 ノアの遺体を前に、アルベルトは泣き崩れる。

 クエストを選んだ自分が悪いのか、それとも弱い自分が悪いのか……。

 剣に刻まれた三人の名を見ながら、自問自答する。


(もし、クウガまで……)


 アルベルトは弱気になる。

 そんなアルベルトを、遺体安置所の外で待つ冒険者が居た。

 アルベルト達を助けた冒険者達のリーダーであるオルビスだ。

 彼は仲間と共にクラン『天翔旅団』を立ち上げた。

 オルビスも今回の件は非道だと感じていた。


 仲間の死は辛い。

 オルビスも何回か経験している。

 悲しみに耐えきれず、冒険者を引退した者も何人か知っている。

 親密な間柄であれば、余計に悲しみの感情は大きくなる。

 弱者救済では無いが、自分達に出来る事があればと思いアルベルトに声を掛けようとしていた。



 死体安置所の扉が開く。


「大丈夫か?」


 アルベルトは声を掛けられた冒険者が先程、助けてくれた冒険者だと気付く。


「あっ、お礼が遅れてすいません。」


 アルベルトは手で涙を拭い、助けてくれた事に頭を下げて礼の言葉を口にする。


「これから、どうするんだ」

「……まだ、考えられません。クウガ、助けて頂いた彼の事も気になりますし」

「そうだな。俺はオルビスだ。天翔旅団と言う名のクランのリーダーをしている。何かあれば訪ねてくれ」

「ありがとうございます」


 アルベルトは、オルビスの口からクランと言う言葉を聞いて思い出す。

 三人の夢『銀翼』の事を。

 銀翼があれば、いつまでもノアと一緒だ。

 強くなる事と、小さくても仲間を大事にするクラン。

 希望を失いそうになったアルベルトに、目標が出来た瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る