第13話

 リゼがクウガに頭を撫でられてから、一時間程経った。

 リゼは一階に下りようと、孤児部屋を出る。

 ギルド会館の一階では、騒ぎが収まっていなかった。と言うよりも、騒ぎが大きくなっていた。

 誰かがエールを持ってきたのか、酔っ払っている冒険者も居る。

 楽しそうな雰囲気だったが、リゼは我関せずといった感じでギルド会館から出ようとする。


「リゼ!」


 歩いている途中で、リゼは名前を呼ばれる。

 声を掛けたのはクウガだ。横にはアリスも居る。

 リゼはクウガだと気が付くと、先程の事を思い出して少し照れる。

 それはクウガも同じだった。


「ん? 着替えたのか」

「はい。先程の服は大きすぎるので……」

「そうか。今から、職業案内所に行くのか?」

「はい、そうです」


 クウガの問いにリゼが答える。


「貴女が、リゼちゃんね」


 アリスがリゼに優しく話し掛けた。


「はい。先程、クウガさんの隣に居た方ですね。クウガさんの恋人さんですか?」


 リゼの言葉にクウガは面食らい、アリスは笑う。


「リゼちゃん。ゴメンね、こいつは私の好みじゃないのよ」

「おい! 俺だって同じだ」


 クウガとアリスは揃って否定する。


「そうでしたか。勘違いして、すいませんでした」

「いいのよ。気にしないで」


 リゼはアリスを見て、綺麗な人だと思っていた。

 そして、クウガともお似合いだと思ったので勘違いをする。


「こいつはアリスと言って、銀翼のメンバーだ。こう見えても、ランクAだ」

「こう見えてもって失礼ね。よろしくね、リゼちゃん」

「よろしくお願いします」


 リゼは頭を下げて挨拶をしたが、何が宜しくなのかが分からないでいた。


「俺達もリゼと一緒に、職業案内所へ行くから」

「えっ!」


 クウガの言葉に、リゼは驚く。

 どうして、さっき会ったばかり自分に対して、そこまで興味を抱いているのかと。

 戸惑うリゼを無視して、クウガは「行くぞ!」と声を掛けて三人でギルド会館を出た。


 ギルド会館を出ると、街の人々が銀翼のメンバーを一目見ようと、まだ待っていた。


「ゴメンね」


 アリスは、待っていた街の人に声を掛けて、道を開けて貰う。

 街の人が素直に道を開けてくれた事は、後ろに居たクウガの目つきを怖がっている事も影響していた。


 道を歩いていても、アリスとクウガは目立っていた。

 誰もが無意識のうちに、アリスとクウガを目で追い、進行方向の妨げにならない様に避けている。

 リゼは、その光景を見て思う。


(……これが、ランクA!)


 街の女性達がリゼ達を見て、話している声が聞こえた。


「あの小さな子、銀色の髪じゃない。もしかして、銀翼に雇われたマスコットの子かな?」

「多分、そうじゃない。でないと、アリスさんやクウガさんの隣に居ないでしょうよ」


 リゼはクウガとアリス二人に対して、申し訳ない気持ちで一杯だった。

 マスコットと言うのは、クランの中で唯一の非戦闘員の冒険者だ。

 クランの印象を良くする為に居るだけで良い、特殊な存在になる。

 中小規模のクランだと人集めの為に、綺麗な冒険者や可愛い冒険者等を、破格の通貨を支払い契約している所もあるくらいだ。

 リゼはマスコットの意味や役割を知らないが、良い事を言われていない事だと直感していた。


「すいません。私と居るばっかりに、銀翼の評判が落ちるような事になったら……」


 申し訳なさそうに話すリゼに対して、クウガとアリスが答える。


「気にするな。そんな事で評判が落ちるようなクランじゃねえ」

「そうそう。でも、確かにリゼちゃんは、うちのクランのイメージにピッタリね」

「いえ、そんな有名な銀翼のイメージとは違います……」


 リゼは銀翼が有名なクランだと今日、聞かされて初めて知った。

 イメージは分からないが、自分と比較される事が銀翼にとって良い事ではないとだけは分かっていたので、戸惑っていた。

 同時に、母親と同じ色でもある自分の髪を褒められたようで嬉しい気分でもあった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ここだな」


 クウガが足を止めた。

 目の前の建物が『職業案内所』になる。

 リゼは緊張しながら、建物内に入った。


 当然だが、転職する冒険者や初級冒険者以外に、此処に来る用事は無い。

 ランクAのクウガとアリスが、いきなり職業案内所を訪れたので、職業案内所の所員は驚いていた。


 クウガとアリスは、リゼに初級冒険者の職業が書かれている板の前で、分かる範囲で説明をしていた。


「詳しい事は、そこに居る所員に聞け。詳しい事が書かれた紙もあるだろうしな」


 リゼ達の後ろで、所員が何事かと思い待機していた。

 話を振られた所員は、正直焦っていた。

 今、クウガとアリスが説明した内容は所員自身も知らない知識があり、それ以上の説明が出来ないからだ。

 冒険者として、色々な職業を見聞きしてきた経験から話をしたクウガとアリス。

 杓子定規に紙に書かれた事しか頭に入っていない職業案内所の職員。

 知識の差は歴然としていた。

 そして、職業案内所にある紹介の紙にも、そこまで詳しい情報が記載されていない。


「宜しくお願いします」


 リゼは所員に向かい頭を下げて、職業説明を頼む。

 所員は焦りながらも、リゼの名前を聞いて受付まで案内する。


「リゼさん。……その、お恥ずかしい話ですが、先程のクウガさんとアリスさんの説明された以上の説明が、私達では出来ません。それに、こちらの職業説明にも、そこまでの詳しい記載もされておりません」


 所員は正直に知識不足な事をリゼに話す。

 補足説明出来る事として、戦闘系職業以外の生産系職業の事を教えてくれた。

 リゼも自分は戦闘系職業を選択すると決めていたので、知識を広めるという意味で聞いていた。


「……以上になります。何か、質問はありますか?」

「いえ、特にありません」

「そうですか。職業は決まりましたか?」

「はい。盗賊で御願いします」


 リゼの後ろに居たクウガは、その言葉を聞いて口角を上げる。


「なになに、クウガの悪知恵に唆されたの」


 アリスがリゼを揶揄う。


「いえ、違います。クウガさんには、色々と助言を頂いて感謝してます」


 リゼには、アリスの冗談が通じなかった。

 しかし、アリスにはそれが面白かった。


「クウガ。リゼちゃんを貴方の弟子にでもするつもり?」

「そんな気は無い。俺は弟子を持つような人間でも無い」


 クウガは素っ気ない態度を取る。

 しかし、リゼが盗賊を職業に選んだ事で、クウガが嬉しい事をアリスは見抜いていた。


「リゼさん。盗賊で宜しいですか?」

「はい」


 所員は、水晶のある場所までリゼを案内して、左手で触れるように言う。

 リゼが左手で触れると、左手の紋章がうっすら光を放つ。


「では、リゼさん。最終確認になりますが、選択する職業は盗賊で間違いありませんか?」


 所員は再度、リゼに確認を取る。


「はい」


 リゼが返事をすると、目の前に『職業:盗賊を選択しますか』と表示される。

 所員が目の前に、職業選択する表示が出たかを聞かれて、問題無ければ下に表示されている『はい』に触れるよう説明される。

 リゼが右手で『はい』に触れると、左手の紋章と水晶が一瞬光った。


「御苦労様でした。リゼさんは、今日より盗賊として過ごす事となります」

「ありがとうございました」


 所員に礼を言って、後ろで待っていてくれたクウガとアリスの所に戻る。


「色々と有難う御座いました」


 クウガとアリスの二人に改めて礼を言う。


「これからが大変だからな」

「はい」


 そう答えるリゼは、何かを吹っ切れた顔をしていた。



 職業案内所を出ると、リゼは二人に話し掛ける。


「すいませんが、寄りたい所があるので寄っても良いですか?」

「あぁ、俺達もリゼを連れて寄りたい所があるから、良いか?」

「はい、構いません。先にクウガさん達の寄りたい所で良いです」

「そうか、じゃあ先に寄らさせてもらうな」


 数分歩いて、職業案内所近くの防具屋に着く。


「リゼ。ランクCになれば、防具は必要になるからな」

「はい、知ってます」


 ランクCになれば、弱い魔物討伐のクエストもある事くらいは、リゼも知っている。

 クウガはアイリから、リゼが精力的にクウエストを受注している事を聞いていたので、通常よりも早くランクが上がる事を予想していた。

 ランクDやランクCの場合、大体の初級冒険者は、一日に一つのクエストを達成するのが普通だ。

 慣れない作業などで、心身共に疲れ果てるからだ。

 アイリも一日に一つのクエストで、ランクが上がる大体の日数をリゼに教えていた。

 リゼもランクCになった段階で、武器屋と防具屋を訪れる気だった。


「これ、リゼちゃんにピッタリね」


 アリスは、軽量装備の一つ『ミスリル装備セット』の胸当てを持っていた。


「そんなの買える訳ないだろう」

「クウガが買ってあげれば良いんじゃないの?」


 二人がリゼの事を忘れて話している。


「……あの、すいません。私は今、防具を買う余裕はありませんし、買って貰う理由もありません」


 リゼが二人の会話に入る。

 学習院に居る者達は、最初の装備は両親から支給される事が殆どだ。

 親の見栄の張り合いをする場でもあり、家の力を見せつける場でもある為、身分が高い家の子供程、ランクに合っていない不相応な武器や防具を身にまとっている事も良くある。


「あぁ、ゴメンね。クウガのせいで、リゼちゃん困っているじゃない」

「……俺のせいか?」


 クウガは、アリスの言葉に納得出来ていなかったが、口論しても負けると分かっているので引く事にした。


 クウガは『黒革装備セット』を見る。

 使われている黒革はブラックバイソンになり、比較的安価な装備の一つで、初級冒険者が揃える標準的な装備セットになる。


「もし、お前がランクCになったら、この黒革装備が良いと思うぞ。値段も手頃だ」


 クウガに言われて、リゼは黒革の装備を手に取る。


「最初は固いかもしれないが、そのうちに馴染んでくる」


 確かにクウガの言う通り固い。

 値段も安価と言うが、今のリゼにとっては到底払える値段では無い。

 リゼは防具と武器であれば、武器を購入する事を優先に考える。


「まぁ、この防具は俺が支払うが、ランクCになって稼いだら返しに来い」

「なんで、買ってあげないのよ!」

「あのな、買ってやるとリゼに負い目が出来るし、自分が哀れだから恵んで貰ったと思うだろう。そうだよな、リゼ」


 クウガの言う通りだと、リゼは思った。

 しかし、クウガに借りてまで防具を買う事も、自分の中では違うと感じていた。


「クウガさん。お気持ちは有難いのですが、クウガさんのそこまでして頂く理由もありません……」


 クウガはリゼの気持ちが、よく分かる。

 しかし……。


 クウガが、リゼに対して親身になる理由。

 それは、アルベルトとクウガが孤児部屋で共に過ごしていた時代まで遡る。

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