第12話

 クウガは階段を下りながら、リゼの事を考えていた。

 親に捨てられた事を、悲しんでいるかと思っていたからだ。

 しかし、実際のリゼは自分の状況を把握しているのか、きちんと前を向いている印象だった。

 帰り際にリゼに向かって言った言葉が、現実になって欲しいと思い階段を下りる。


「クウガ、何処に行っていたのよ」


 銀翼の仲間で、上級魔術師のアリスが声を掛けてきた。

 上級魔術師は、魔術師の中で最高職になる。


「ちょっと、後輩に挨拶してきただけだ」


 クウガが後輩という言葉を使う時は、親に捨てられた子供の事を言っていると分かっていたので、それ以上の追及しなかった。


「もう、出発するのか?」

「いいえ。今夜は、この街に泊まるそうよ。明日の朝一で移動するって、アルベルトが言っているわ」

「……ローガンとササ爺が既に、エールを呑んでいるって事か?」

「御明察!」

「宿の手配は済んでいるんだろうな。野営は勘弁してくれよ」

「大丈夫よ。ギルドが手配してくれたわ」


 ローガンはリゼが裏口であった大男の事で、職業は武闘家。

 拳闘士の上位職になる。

 ササ爺は上級魔術師で、本名はササジールだが、老人である事から皆からはササ爺と呼ばれている。

 二人とも、クラン『銀翼』の主力メンバーでランクAの冒険者だ。

 ランクAのクエストを達成している事で突然、街に寄る事もある。

 ギルドとしては、高ランクのクエストを達成した場合のみ、宿の手配も業務の一環としている。


「まぁ、仕方ないな。他の連中は?」


 クウガは、アリスの目線の先を追う。

 白い衣装に身を包まれた女性が、オーリスの冒険者に囲まれている。

 彼女の名は『ラスティア』。

 冒険者ランクAの回復魔術師。

 魔術師の中級職になる。

 その美貌から、冒険者達の間でも一、二を争う人気者だ。

 回復魔術師としての実力も高い。


 その横で不貞腐れるように、壁にもたれ掛かっている女性が『ミラン』。

 彼女もランクAの冒険者で、職業は狂戦士。

 狂戦士は剣士の中級職の一つで、戦闘好きが習得しやすい職業になる。


 アルベルトを入れて、この街に居る銀翼のメンバーは七人になる。


「そういう事なら、俺も自由行動でもするか」


 この街に滞在するならと、クウガも思っていた事を口にした。


「なによ、楽しい事でも見つけたの?」

「いや、特に無いが……アリスも暇なら、一緒に行くか?」

「別に良いけど、何処に行く気なのよ」

「職業案内所」

「……」


 楽しい事を期待していたアリスは、一緒について行くと言った事を後悔した。

 アリスが断ろうかと悩んでいると、階段から勢いよく下りてくる足音が聞こえた。

 クウガと同時に階段を見ると、リゼが下りてきた。

 何事かと思いながらも、クウガは驚かせないようにリゼに話し掛ける。


「なにか、聞き忘れた事でもあったか?」


 クウガの問いに、リゼからの返答は無い。

 しかし、急いで階段を下りてきたので、何かを話す事があるんだろう。

 クウガは焦らずに、リゼが話をするまで待つ。


「……その、クウガさん。私の頭を撫でて貰えませんか」


 顔を真っ赤にして、目線を逸らしてリゼが話しかける。

 クウガは一瞬、何の事か分からなかったが、笑顔でリゼの要望通りに頭を撫でる。


「クウガって、子供に人気あるのね」


 アリスが今迄、見たことのないクウガを揶揄う。

 クウガも、このような状況になった事が無いので戸惑うが、リゼに気付かれないように冷静を装った。


「ありがとうございました」


 真っ赤な顔でリゼは、二階へと階段を上がって行った。


「あっ!」


 クウガはリゼを呼び止めようとしたが、それより早く階段を上りきり、孤児部屋の扉が閉まる音がした。


「クウガ、今のが後輩ちゃん?」


 アリスはニヤけた顔で、クウガに話し掛ける。


「あぁ、そうだ。リゼと言う名で、とてもしっかりした子だ」

「ふーん。それで、あのリゼって子の職業を決めるのに付き合うって訳ね」

「そういう事だ。俺よりも女のアリスが居た方が、安心するかと思ってな」

「確かに、クウガは目つきが悪い悪人顔だしね」

「いやいや、俺は目が細いだけで、目つきが悪い訳じゃない」

「……そういう事にしてあげるわ」


 アリスは、面白そうな予感がしていた。

 あのクウガが、私達に気付かれないように、必死で感情を抑えている事が分かっていた。

 冷静沈着なリーダーのアルベルトが暴走しそうな時も、止める役はクウガだ。

 普段は言葉使いも悪く、粗暴な感じだが誰よりも仲間思いで、アルベルト以上に仲間の行動を冷静に見ている事を、クランメンバーの誰もが知っている。

 そのクウガが、リゼのような小さな子に心を乱されている事が、アリスにとっては何よりも面白い。


「あの子、服が大きかったわよね?」

「あぁ、受付のアイリに聞いたら、無償でどぶ掃除をして汚れたんで、お古の服を貰ったと言っていた」

「なるほどね。着飾れば綺麗な子なのに勿体無いわね」

「生きていく事に必死なのに、身なりまで気が回らないんだろう」

「クウガが買ってあげれば、いいんじゃないの?」

「はぁ?」

「だって、あんた先輩なんでしょう」

「いや、だってだな」

「可愛い後輩に、贈り物くらいしたっていいんじゃないの?」

「……」


 口下手なクウガでは、口達者なアリスに敵う筈もなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 リゼは寝床にうつ伏せになりながら、頭を撫でて貰った事を忘れようとした。

 しかし、忘れようとすればする程、クウガに撫でられた感触を思い出して、恥ずかしさで死にそうな気分だった。


(頭を撫でられたのは、お母さん以外では初めてかな)


 リゼにとって、幸せだった時の記憶。

 母親に褒められる度に、頭を撫でられた事を思い出す。

 頭を撫でて貰いたい為に、リゼは母親の手伝いなどをしていた。

 クウガの手も、母親と同じく優しかった。

 リゼは自分で気付いていないが、布団に押してけていた顔は幸せな表情をしていた。

 楽しい事を考えながらいると、意識が遠のいて眠りそうになったので、慌てて起き上がる。


「ヨシ!」


 リゼは手で顔を叩き、鼓舞するように声を出す。


(私は冒険者だから、これくらいの事で心を乱しては駄目!)


 アイリと購入した服に着替えて、職業案内所に行く事にする。

 先程のクウガの話で、職業は盗賊にしようと考えていた。

 クウガの言う通り、回避や運等も上げておけば、強敵との遭遇等も低減出来る。

 小太刀の値段が分からないが、この孤児部屋を出て宿を借りてからしか、購入は出来ない。

 職業案内所の帰りにでも、武器屋に寄って値段の確認だけでもしておこうとリゼは思う。


 リゼはクウガの言った「自分のスキルと向き合う」の意味を考える。

 今迄、表示されたクエストの種類は三種類で、『ノーマルクエスト』と『デイリークエスト』の発動条件は分かっている。

 『ユニーククエスト』のみ発動条件が分からない。

 『ノーマルクエスト』と『デイリークエスト』は強制だが、『ユニーククエスト』は受注するかの選択が出来る。

 しかも、クエストの内容によって報酬のバラツキがある事も、リゼは気が付いていた。

 辛いクエストをした場合に、報酬が低かったりする。

 逆もしかりだ。

 クエストの報酬基準は神様が決めているのであれば、いい加減だと思う。

 それと同時に、クエストは一生受注しなくても良いのかも知れないと、リゼは考えた。


(考えても、良く分からないな……)


 十歳のリゼには難しく考えても結論は出なかった。


(まぁ、これ以上考えても同じだし、職業案内所に行こう)


 リゼは孤児部屋の扉を開ける。

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