第15話

 クウガはリゼを、ノアの二の舞にはしたくないと思っている。

 髪の色もそうだが、背格好もノアに似ている為、どうしてもノアと重なってしまう。

 ノアの流した血で助かった自分が、この世に居ないノアに恩を返す方法を、クウガは今でも探していた。


「じゃあ、リゼ。お前、俺の弟子になれ」

「嫌です」


 リゼは即答する。

 唖然とするクウガ。

 その光景を見て、大笑いするアリス。


「なんで、私がクウガさんの弟子にならないといけないんですか?」


 リゼは理不尽な要求に不機嫌になる。

 そこまでして、自分に物を与えようとするクウガに対して、怪しいとさえ思えてきた。


「……もしかして、クウガさん。幼女趣味で、私の体目当てですか」


 リゼは咄嗟に、胸を両手で隠して背中を向ける。

 そして振り返り、軽蔑した目でクウガを見る。


「んぁ、そんな訳ないだろう!」


 クウガは焦った様子で、必死で否定する。

 アリスは、腹を抱えながら大爆笑している。


「なっ、何、クウガって、よっ、幼女趣味なの」

「お前まで……」


 アリスもクウガを揶揄うが、笑い過ぎで上手く話せない。

 軽蔑な目をクウガに向けたままのリゼ。

 何と言葉を返して良いか分からないクウガ。

 大笑いしているアリス。

 微妙な空気に包まれたまま、時間だけが過ぎていく。


「あぁ、笑い過ぎて死ぬかと思ったわ」


 アリスは笑い過ぎで出た涙を拭うと、リゼに話し掛ける。


「リゼちゃん。こいつなりに、リゼちゃんの心配をしているんだよ。それだけは分かってあげて」

「……はい」


 アリスに言われて、若干の疑いを持ちながらも納得する。


「まぁ、クウガが幼女趣味かは、私も知らないけどね」

「アリス!」


 クウガがアリスを怒鳴る。


 クウガが、防具屋の主人に「見るだけで悪かったな」と言うが、ランクAが来店しただけでも店の宣伝効果は絶大なので、気を悪くする事も無かった。

 街に数店ある防具屋の中から、自分の店を選んでくれたという嬉しさもあった。


「次は、武器屋だな」

「あっ、私も武器屋に行きたいと思っていました」

「値段を確認するのか?」

「……はい」


 今、無駄に通貨を使う事は出来ない。

 まず、孤児部屋から出る事が必要だからだ。


「じゃあ、リゼちゃん。行こうか!」


 アリスの合図で武器屋に向かう。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 リゼは飾ってある小太刀を見るが、値段の高さに驚く。


「……高いですね」

「当たり前だろう。自分の命を預ける武器だぞ」


 クウガに言われて、納得する。


「こっちが、中古の武器だ。手入れをすれば十分に使える物もある」


 クウガに言われて、中古の武器が飾ってある棚を見る。

 デザインが古かったり、刃こぼれがしていたりと状態によって値段も様々だ。


「これ、手に取っても良いんですか?」


 リゼはクウガに尋ねる。

 クウガが店の主人に聞いてくれると、中古品なら自由に触って構わないと言われた。

 小太刀自体が少ないので、値段と状態を見ながら握りやすい小太刀を選ぶ。


「……これかな」


 リゼが手に取った小太刀は、かなり古い物で刃こぼれもしていた。

 しかし、リゼの支払える金額だと、この小太刀でも厳しい。

 クウガは、悩むリゼを見ながら思う。


(偶然にしては……ノア、お前なのか?)


 リゼが手にした小太刀は、クウガが最初に使用していた小太刀と同型だ。

 クウガも中古で購入したが、値段で悩んでいた所に、ノアが通貨を貸してくれたので購入出来た。


「中古品なので、いつ無くなるか分かりませんよ」


 武器屋の主人が、すぐに購入した方が良いと、リゼに営業を掛けてくる。

 リゼも気に入った物が無くなるという気持ちもあり、かなり悩んでいた。


「今、無理すると後が辛いぞ」


 クウガは、リゼに助言する。


「……そうですね。次、来た時に無かったら縁が無かったと思い、諦めます」


 リゼは泣く泣く購入を見送った。

 クウガは、店の主人に「邪魔したな」と挨拶をして店を出る。


「あそこで、休憩しましょう」


 アリスが近くの飲食店での休憩を提案するが、リゼは無駄な出費を抑えたいので断ろうとする。


「リゼちゃん。大丈夫よ、私が払うから。さっき、笑わしてくれたお礼よ」

「……でも」

「私にも先輩らしい事をさせてよね」


 アリスは強引にリゼの手を引き、店に入る。


「好きな物、頼んでいいわよ」


 アリスは笑顔で、リゼに話し掛ける。


「そうか、悪いな。俺もエールを呑もうかな」

「クウガ。貴方の支払いは自分でしなさいよ」

「はぁ? お前、さっき払うって言っただろう」

「それは、リゼちゃんの分だけよ」

「分かったよ」


 アリスとクウガの会話中も、リゼは静かに聞いているだった。

 頭の中は、先程の小太刀で一杯だったからだ。


「リゼ。今、銅貨一枚あるか?」

「はい。ありますが、どうしてですか?」

「それを机の上に置け」


 リゼは意味も分からずに、クウガの指示に従った。

 クウガは立ち上がると、腰に装着していた小型の鞄から、小太刀を出して机の上に置く。


「これを銅貨一枚で売ってやる」

「えっ!」

「但し、条件がある。新しい武器を買ったら、この小太刀を俺に銅貨一枚で売れ」


 リゼは嬉しい反面、どうしていいか分からなかった。

 机の上に置かれた小太刀を手に取る。

 鞘から抜くと、刃こぼれ一つ無い。

 先程見た中古品と同型とは思えない綺麗さだ。

 柄の部分に傷が有るのを発見する。

 文字のようだが、読む事は出来なかった。


 リゼは、欲しい気持ちと安価で貰う事が出来ない気持ちとで、葛藤していた。


「これ以上の小太刀を、この値段で購入する事は絶対に出来ないぞ」


 悪人のような顔で、リゼを唆す。


「ランクAの冒険者が、昔使っていたというだけでも値段は上がるからね」


 アリスも、この小太刀の希少性を語る。


「……お言葉に甘えさせて頂きます。条件付きの銅貨一枚で購入させて貰います」

「毎度!」


 クウガはテーブルの上から銅貨を摘まむと、親指に乗せて弾き落ちてきたところを掴んだ。

 リゼは何故か、負けた気がして複雑な気分だった。


 アリスはクウガが小太刀を出した時、顔には出さなかったが驚いていた。

 アリスは、アルベルトとクウガと三人で銀翼を設立した初期メンバーだ。

 アルベルトやクウガから、本当であれば一緒に居る筈だったノアの事は聞いていた。

 クラン名を銀翼にした理由も含めてだ。

 あの小太刀はクウガにとって、とても大事な物だと知っていた。

 不愛想なクウガが、これほど表情を変えるのをアリスは見たことが無い。

 リゼには何か不思議な魅力があるのかも知れないと、アリスは思いながらリゼを見ていた。


「二人とも、アイテムバッグを持っているのですか?」

「えぇ、そうよ。冒険者には必需品だしね」


 アイテムバッグとは、決められた容量までなら、幾らでも収納出来る鞄の事だ。

 上級冒険者であれば、必ず所持している。

 当然、値段も高い。


「リゼちゃんには、高級品よね」

「はい」


 アイテムバッグには、中古品が無い。

 時空魔法を施している為、購入の際に自分以外は使用出来ないように魔法を施されるからだ。

 これは、随分昔にアイテムバッグ欲しさに、窃盗や殺人等が頻繁に起こっていた為、本人以外は使用出来ないように国で定められた。


「ランクBから、ランクAになるまで、どれくらい掛かりましたか?」

「そうね……銀翼を設立してからだと、四年?」

「違う。三年半だ」

「同じようなものじゃない」

「半年の違いは大きい」


 アリスとクウガが口喧嘩を始める。

 リゼはランクAに拘っていないが、一人で受注するクエストだと、達成報酬が少ないとアイリから聞いて知っていた。

 報酬が少ないと言っているのが、どれ程の事なのかが分からないが、ランクBでも食べて行くのに、必死な冒険者が居る事も事実だ。


「私から質問しても良いですか? 回答に報酬が必要なのであれば、少ないですが支払うつもりです」

「も~、リゼちゃん、律儀なんだから。そんなの良いから、お姉さんに聞いてごらんなさい」

「アリスさん、有難う御座います。聞きたい事は能力値です。これはどうしたら上がるのですか?」


 リゼは自分の『デイリークエスト』が他の冒険者にもあれば、この質問で回答が得られると考えていた。

 それに能力値についても聞ける。


 アリスとクウガが、リゼの問いに答える。

 能力値は簡単に言えば、鍛えれば上げる事が出来る。

 普通にクエストを消化するだけでも、最初のうちは簡単に上げっていく。

 自分の経験や、聞いた話としたうえで、六十位から上げるのが難しいそうだ。

 能力値の上限は分かっていないが、ランクSの冒険者は百を超えた能力値があるとも言われている。

 現在、ランクSの冒険者は二人しか居ない。

 一人は、ギルドの最高責任者であるグランドギルドマスター。

 もう一人は、国王直属の剣士。

 現在、ランクAでもっともランクSに近いと言われているのが『オルビス』という冒険者だと教えてくれる。

 ランクSになれば、ランクAやランクBのクエストも指導という形で受注可能になる。

 これ以上のランクが無いので、ポイントを稼ぐ必要が無いからだ。


「ランクAやランクBだと、最低能力値でどれ位なんですか?」


 リゼは目標をある程度定めたいと思った。


「そうね。ランクBでもピンキリだけど、平均能力値で三十くらいじゃないかしらね。最低能力値は、職業によるから一概には言えないわね」

「確かにな、戦士系であれば魔力や魔法効果は低いだろうし、逆に魔術師であれば、魔力や魔法効果は高いな」

「危なげなくクエストするのであれば、防御や魔力耐性は最低二十は欲しいわね」

「そうだな。体力や魔力は、特訓しても大きく増える訳でも無いしな。クエストをしても、少しずつ上がるくらいだろうな」

「ランクAだと、平均で七十は欲しいわね」


 リゼは今の話を聞いて、やはり意図的に能力値を増やす事は出来ない事を確信する。

 そして、自分のステータスにある万能能力値は自分特有のものだと。

 それが分かっただけで十分だった。

 とりあえず今は、盗賊に必要だと教えて貰った運と素早さを上げる事した。

 万能能力値を暫くは、この二つの能力値に振り分ける事をリゼは決める。

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