男2人

びんせんとbuk

第1話     男2人

  

              


       

             (1)

 


 二人は豪邸を後にして、杉木下バス停に戻った。


 佐藤は涙を流したままだった。


 「彼女、天使みたいだった。 きっと天国へいけるよな? 」


 「ああ、間違いないなぁ、天使だったなぁ ここでぇ、佐藤君とおわかれだなぁ 」


 「ああ、そういうことになるな 」


 「その前にぃ、分け前だぁ 」


 「いくら、盗れたの? 」


 「フフ、600万だぁ 」


 「キリがいいな、俺が200万か 」


 「約束どおり......」


 「どうした.....」


 「なんてこったぁ! 落としてきちまったぁ.....」


 「は? 」


 「あの時ぃ、ズボン脱いだときかぁ? 」


 

          

            (2)

 

 「家賃と電気! 水道、ガス、携帯! 普通に生きてるだけで金がかかるだろ?! 」 

 

 「はっ? えっ? 」


 隣のキャップを被った若者は、あまりに突然だった佐藤の地鳴りのような、声に驚いた。

 キャップの若者は誰に向かって言っているのか? 辺りを見回し、キョトンとした。


 「そう思わないか? きみ.....」

 一変して、やさしく、穏やかな口調で佐藤は話しかけた。


 「いえっ 僕は......ああ....あまり考えたことはないですが.....」


 キャップの若者は困惑し、佐藤の目いっぱいの作り笑顔を見ながら答えた。

 自分と顔を合わせてくれた若者が、もしかしたら、これからずっと仲よくいられる友達になれるかもしれない、佐藤はそんなふうに妄想し、思いこみ、決めつけた。


 「かっこいいね、きみ、今風だよね 丸メガネに、浅めに被る帽子、それに、無精ひげ......」

 

 最近佐藤はこう思うのだ。

 自分は、もしかしたら、とんでもなく時代遅れのファッションをしているのだろうか? 

 自分が女に見向きもされないのは、もしかしたら、自分が着てる服だったり、靴だったり、メガネだったり、そういうことではなのであろうか? 

 佐藤が穿いてるジーンズ、トレーナー、ダウンジャケット、すべてが十年以上前に買ったもので、そのすべてが二千円以下の安物だった。

 自分が身につけてるファッションは断然おしゃれとは程遠く、目立たず、目を引く要素がなく、すべてがすスリ減っていて、まるで地面を這い蹲るハエみたいで、やるせなさが身を包む感覚が宿っていた。それに恥ずかしく世間一般的にみても、ぱっとしない存在だと気がつくようになっていた。自分の中身にも自信がなかった。

 今、佐藤はすべてがダメな気分になっていて時折「死」の衝動が訪れていた。

 

 「君、彼女いるんでしょ? いいなぁ、僕に紹介してくれないかなぁ、知り合いに女いない? 」

 佐藤は無造作で固い天然パーマの前髪をつまんでニヤケながら言った。


 「 ヤバ....」

 

 つい声が出てしまった若者は、リュックを持ち上げて素早く、そそくさと奥の席に移動してしまった。


 「なんでだよ、おいー、なんでなんだよ、なんで逃げるかなー?」

 佐藤は背もたれに深くよりかかって天を仰いだ。



         

           (3)

  

   男は年金暮らしで、名前は鈴本。

 

 40歳を過ぎた頃から徐々に抜け落ちて頭は禿げ上がっていった。今は、頭頂部に短い白髪が生えているだけだった。

 他の部分は毛根がなくなり、きれいにつるつるして電気にも反射する様だ。老化は体にもきていて、背骨が曲がっていて歩く度に骨と筋肉がぶつかりあってるみたいでズキンとした痛みが伴う。

 痛みを抑えるために右肩を垂直に膝下まで下げて歩くと痛みは軽減された。


 鈴本は去年の秋、妻を亡くしていたが、晴れ晴れしい気分だった。

 まず第一に、いちいち妻のつまらない話を聞かなくてよくなったからだった。

 49年一緒だった妻は、21年前から心臓の調子を悪くしていて、ペースメーカーを肩の下、鎖骨の上部に埋め込んでいた。

 「時々だけど、夜中に息苦しくてしょうがないのよ。無呼吸症候群ってやつかしら? 」

 「そうか、そうか、あまり無理するななぁー」

 いつも話につき合ってくれる夫がそばにいることで彼女は幸せだった。


 日曜日の寒い朝、鈴本は8時に起きて2階~1階のリビングに降りた。隣のベットで眠る妻は、体を横にして顔を掛け、布団をかけてうずくまっていた。

 よく眠っているな 

 と、妻を横目に、鈴本は1階リビングに降りた。

 テレビを付けてニュースをみる。

 インスタントコーヒーを入れて飲む。

 冷蔵庫の中を物色する。

 いつもの日曜日だった。

 

 だが、妻は静かに死んでいたのだ。

 

 午前10時、どんなに遅くても9時に起床する妻は起きてこない。

 

 鈴本は恐る恐る、階段をあがっていき、部屋に入った。

 無言で掛け布団を剥いだ。

 部屋の空気は動いてなくて、そこに「体」という物が置いてあるだけだった。

 不思議な感じだった。

 鈴本は救急車を呼んだ。

 救急隊員は警察を呼んだ。

 警察は医師を呼んだ。

 「うん。僕はぁ、きづかなかったぁ。寝入ってたんだなぁ 」

 鈴本がそう答えると医師が言った。

 「心臓発作。死亡時刻は午前2時から3時だね..... 」

 と、それだけだった。

 警察の一人は、バインダーに挟まってる紙に慣れた手つきでボールペンを動かし記録していた。

 そのあと、一応形だけの現場検証が行われた。

 

 「ああ.....」

 「すみません。ご主人、第一発見者には調書が必要でして 」

 「はい、かまいませんよぉ.....」

 その後鈴本は尋問を受けた。そして医者ってすごいなと思ったのだった。

 これだけで金もらえるんだからなぁ...... 

 



         (4)

 

 

    早く起きてもやることがない


 鈴本は時間つぶしに毎朝近所の、カフェに通うようになったがコーヒー目当てなんかじゃなかった。

 妻が死んで人間との交流がたたれてしまってさみしかったのだ。

 通勤する人々。男、女、年輩者、若者。

 色んな種類のそれらの人々を眺めるだけで気持ちが落ち着くのだ。

 今朝も同じように、ホットコーヒーを飲んでいた。

 BGMは60年代~70年代の曲がランダムに流れている店内。ボブ・ディラン、サイモン&ガーファンクルなど。しんしんと冷える冬の外にはもってこいの曲群だった。いい曲を聞く度は男は若い頃の、いい思い出に耽るのだった。

 

 今朝は22歳の頃の妻とのセックス。

 ピンと張って持ち上がった乳房と尻。

 その頃の妻ときたら、柔らかいマシマロのような感触。はじける体。

 


         

         (5)

 

  

 佐藤は今月で派遣契約を更新は打ち切られることになっていた。

 佐藤はその度、よその町に引っ越して他の派遣会社に登録するのであった。これで職場を変えるのは十二回目だった。

 自分を評価しない周りの人間が悪いと佐藤は思っていた。

 

 「殺人でも犯したら少し気分が紛れるんじゃないのか? 俺は社会不適合者だから.....」 

 

 そんな、ざわざわした気持ちを引きずりながらここ一ヶ月を過ごした。土曜の朝になると自宅から自転車でカフェにやってきては、見ず知らずの客に日々の不満を噴出させていた。

 店側も、いいかげんこの男を出入り禁止にした方がよいのでないか? との声があがっていたがもう少し様子をみているところだった。

 つまり暴力沙汰になるまで、静観してるってことだった。

 佐藤には同じオフィスで恋愛感情を抱いている女性がいた。

 ぴったりしたタイトスカートを履いている20代、未婚の女性。そんな彼女をデートに誘いたかったが、話しかけられずにいた。でも、会話なんてしなくてもどうでもよかった。時々トイレに立つ彼女のバックショットを横目で見て満足していたからだ。一度彼女がポケットから落としたボールペンを拾うのに佐藤の目の前で尻を突き出したことがあった。ハート型の尻でティーバックの下着のラインが透けていたのを黙って目視した。それから佐藤は毎晩その光景を思い出しては自慰に耽るのだった。

 仕事中、彼女が社内の男としゃべって笑いあっているのを見る度ムカついていた。

 「ちょっと、君たち仕事中の私語は慎みなさい 」

 と、注意するのだ。



          (6)

 

 

 ある日、佐藤は、貧乏揺すりを体全体に伝わるほどさせながら鈴本に話しかけた。

 

 テーブルとコーヒーカップはカタカタと音をたてていた。

 

 「聞いてくれる? 僕の話。金の話だよ。金。毎月律儀に、滞りなく納めているものってわかる? そうだよな! 社会人であれば誰だってわかるよな? 」

 佐藤は脅迫じみた調子でありながら、冷静沈着に表情を変えず、隣の席に座る最近妻を亡くした76歳の鈴本に話しかけた。


 「だって! 俺はさ、こんなに一生懸命働いているのに.....」

 鈴本は、うなだれる佐藤に一言、罵声を浴びさせて黙らせようとした。


 「お前、バカだろぉ。そんなの俺だって一緒だし、みんな口に出さないでがまんしてんだよぉ 」

 鈴本は佐藤に、そう言い返したかったが、やめた。その代わり、こう、切り返した。

 「こんなに毎月給料から天引きされたらぁ、たまんねーよなぁ 」

  

 鈴本は隣に座る佐藤のことを排泄物をみるような顔をしてみていたが、内心、自分をみている気持ちでもあった。

 「給料から自動的に天引きされる税金のことだろ!? 」

 佐藤は、興奮気味に、声を絞り出した。


 「そう思いませんか? ちょっとあんたさ! さっきから頷いてるだけじゃん? 」

 「んっ、んっ、そうだ...いやぁ....そうか?」

 佐藤から急な指摘をされた鈴本は、びくりと丸まった身体を揺らした。

 「やりたくもない、続けたくもない仕事をしなければならないのはわかりきってるけどもー.....  あのさぁ やりたくもない、続けたくもないのが仕事が仕事、 とか言う奴等がいるだろ? この文言に私は腐りきった、この、日本の問題点だと思っているね! 」

 佐藤は声を張り上げて言った。

 鈴本は下を向いて黙って飲みかけのコーヒーを見ていた。

 しかし、鈴本は、この場に居ることがチャンスだと思い始めたのだった。

「しかしだよ、社会の一員を維持するためにはどこかに所属しなければならない。わかってますか!? 」

 佐藤は男に同意をもとめだして、コーヒーカップを手に取った。

 「うん、うっ? うん、そうだ 」

 

 「.........」

 

 佐藤は興味深く、鈴本の言葉を待っている様子だった。

 鈴本はここで、自分が何か言わなければならないと、言葉を選びながら口を開いた。 

「......さもなくば、独立してフリーになるのはどうだぁ? そうすればわずらわしい人間関係から解放されるかもしれないぞぉ? 」

 と、なるべく穏やかにして、腫れ物に触らないように言った。

 佐藤は反論した。

 「ん? ん、ん?......フリー? フリーって何だよ? フリーはって危険じゃないの? 世間を敵に廻すってことだろ? 出る杭は打たれんじゃないの? この国は...... 」

 佐藤は声のトーンを1オクターブ下げて男の顔をみた。鳴きわめく子犬が急所を付かれて降参したような弱々しい声だった。

 鈴本は上半身を揺らしてそわそわした。


「達成感、金、従業員、借金、利益に税金。会社を持てば法人税。面倒な手続き。会計士にそそのかされるよな? とても魅力的だと思わないね、俺は.....失敗したら終わりだろ? 日本の場合さ......やり直しが効かないよ、その後どうすると思う? 」

 佐藤はささやかにヒソヒソと周囲の客や店員に聞こえないように言った。

 

 「.....自殺かぁ.....」

 

 鈴本は微笑を浮かべ目をつむり、腕を組んで悟りを開いたように言った。


 「バカかよ、俺にはそんな勇気などないね 考えてみなよ..... 」

 と、佐藤は困惑した表情で答えた。


「俺はさ、そんなのどうでもいいんだよぉ..... あんたが死のうがさぁ......」

 鈴本は腕をほどいてカップのコーヒーを飲み干した。


「フン! お前も同じじゃねーか。世の中に無数とある会社に雇われ、70億人の集団にとけ込んで生きてきたんだろ! どーせ! 」

 出鼻をくじかれた佐藤はくちびるを震わせながら吐き捨てて言ったが、すぐに生気がない表情になった。

 「そら、そうだわっ..... 」

 鈴本は、この、子供みたいな男に勝ったと優越感に浸った。

 鈴本の禿あがった頭は、照明に反射して健康的に光り輝いていた。

 佐藤は机に両肘を付き、降参したように頭を掻いた。

 しばしの静談と静かなアコスティックギターのサウンドが店内を包みだした。

 

 「あのさぁ、あんた.....」

 

 鈴本は、男の呼びかけに無反応で両肘を立てて頬杖をついて、なるべく自然を装って佐藤に言った。

 

 「あのさぁ、俺と組まないか? 一儲け出来るいい方法があるんだよぉ 」

 

 と、鈴本は佐藤の肩を軽く叩いて話を続けた。

 

 「俺たちは似たもの同士なんだよぉ、今は働くのなんて辞めてさ、1年位何もしない生活が必要なんじゃないのぉ? 違うかぁ? 」

 

 「そんな、方法あるの? 」

 

 佐藤は、うなだれたまますぐ反応して男に聞き返した。

 

 「一丁目にさっ、市議会議員の豪邸があるのよ、今ぁ、海外か何かに行っててもぬけの殻さぁ 」

 

 と、鈴本はひそひそと佐藤に耳打ちした。

 

 「それがなんなんだよ? 」

 

 「その豪邸ときたら、まるでセキュリティなんかしてないのよぉ、家の囲いがあるがぁ、所々途切れてんのさぁ。 その隙間からぁ、余裕で入れるよぉ.....意味分かるぅ? 」


 「空き巣をしろって言うのか? あんた何者? 」


 「フッ、俺もさぁ、あんたと同じだよぉ、もう、今は年金暮らしだけどさぁ、ぎりぎりの生活さぁ、国はまだまだ働けって言ってるけどさぁ.....」


 と、鈴本は真顔で穏やかな口調でささやく。


 「年金? あんた年金もらってんのか? 上等だろ? 遊んでて金くれるなんて」


 「バカ野郎ぉ、俺らは、俺らの世代はぁ、だまされたんだぞぉ、ほんとは、こんな、カツカツの、ちょびっとの金じゃなくてぇ、もっと余裕のある生活が保障されてたんだっ 」

 と、鈴本は真顔で言った。


 なぜ、この男とこんな話題になったのか? 少しの違和感を覚えながら佐藤は2、3回首を揺らして答えた。カタ、カタ.....メガネは音をたてた。


 「ああ、確かに、あんたらも被害者だよな、いきなり、元気なうちは働こう、だもんな。 健康を害して、寝たきりになったら初めて年金暮らししてくださいと、言われてるようなものだよな? 」


 「 そう、そうなんだよなぁ フフッ 」

 

 うれしそうに鈴本は陰のある顔を解いて、にっこりとした。


 「それで、その、豪邸をどうすればいい? 」

 

 そう言って、佐藤は空っぽのコーヒーカップに口をつけた。


 「.....まず、君の名前を教えてくれよぉ 」


 「佐藤だ。あんたは? 」


 「じじぃ、でいいよぉ、どう? 」


 「汚いな、自分は名のらないなんて。それで俺に犯罪しろって? 」


 「..... 俺は本気だよぉ、本気でやるから逆にぃ.....名前はいわなくていいのよぉ 」


 「 くそじじぃだな、 まあ、いい、続きを話せ 」


 佐藤は、すっかり、さっきまでの堅い表情を一変させ、目を輝かせた。


 「 うん。よっしゃ。じゃあ話すよぉ。佐藤君だから話すんだぞぉ 」


 鈴本は、まるで小学生のように生き生きとした顔で話し始めるた。同時に、姿勢を低くして佐藤の顔をのぞき込んだ。


 「......あのなっ、俺この間、近所のサウナに一人で行ってなっ、2丁目のスーパー銭湯だぁ、平日の午前中に行くとよぉ、200円割引きなんだよぉ.....」


 「うん、それで 」

 

 と、すばやく佐藤は相づちを打って、鈴本の話を遮ろうとした。

 

 それでも鈴本はマイペースに話を続けた。

 「ロッカーで服脱いでたらよう、犬貝芳雄と市長がいたんだよぉ......」


 「誰だ? 犬貝芳雄って.....」


 「あいつらぁ、昼間から銭湯でぬくぬく過ごそうとしてたのさぁ、市民の税金使ってよぉ、俺ぇ、なんとなく腹立っちまってよぉ、 わかるぅ? 佐藤君、俺、年金受給者だけど月6万.....そんで.....」

 

 鈴本は顔を紅潮させたが、再び佐藤が話をさえぎった。


 「わかった、わかった、それで、犬貝って誰だって聞いてんだよ 」


 「......さっきの豪邸のぉ、ご主人様さぁ 」

 と、鈴本は冷静を取り戻し佐藤の目の奥をみた。


 「 豪邸? ああ、そうなの 」


 「 この町のぉ、市議会議院。佐藤君知らないのぉ? 」


 「いや、知らん....俺はいろんな町を転々としてる放浪者だから.... 」


 「ああ、そうだったのぉ.....どうりでぇ.... それゃ都合がいいなぁ、あのなぁ、その犬貝の奴ぅ、セキュリティなんかしてないってなぁ、言ってたんだぁ 」


 「は? どういうこと? 」


 「シール貼っときゃぁ、一般市民なんて、誰もわかりゃしねぇよってなぁ 」


 「ああ、なるほど、玄関なんかに貼るセキュリティ会社のシールのことか? 」


 「そう、そんで、その後なんつったか分かるかぁ、銀行も警備会社も信じないっていってたんだよぉ 」


 「銀行も? どういう意味? 」


 「そう、あいつ、もの凄くヒソヒソしゃべってたぁ、市長もニヤついてたぁ、でも、俺には聞こえちまってたぁ、 」


 「何? 」


 「とりあえず、市長、私の自宅で管理します 、これってぇ、どういう意味かわかぅ? 」


 「わからん....」

 

 「脱税だぁよぉ 」


 と、鈴本は佐藤に耳打ちする。

 

 「なるほど.....あんたの話をまとめると、警備会社とは契約してない。銀行を信じないから現金を自宅に管理してる、それは脱税した金である、そして......犬貝は今、出張して留守にしている......」


 「フフ、あったまいいなぁー 」


 「まあな 」


 「チャンスだろぉ......」


 「家族はいるんじゃないのか? 」


 「これも、あんまりしられてねぇことだけどさぁ、先月離婚してるんだよなぁ、犬貝の奴さぁ、50過ぎてるくせによぉ、 プッ、奥さん、20代のぴちぴちギャルだったんだぜぇ! 」


 「本当かよ? うらやましいな! 」


 「ああ、奴のブログに書いてあったぁなぁ 」


 「調べたのか? 」

 

 「先日離婚が成立しました。数ヶ月の間、協議して参りましたようやく結婚生活に区切りをつけました。ってよぉ 」


 「バカか、その議員、そんなことまでブログで発表したのか? 」

 

 「そう、アホぅなのよぉ。ホームページもなぁ、何の工夫もないっつうかなぁ? ゴシック体の水色の文字だけでぇ、形成されてるだけのぉ(町の救世主 犬貝 芳雄のブログ)ってダサいもんでよぉ、それゃぁ、もう、パッとしなくてなぁ。しかも閲覧数、21回だけでよぉ.....」


 「と、いうことは、自宅は.....もぬけの空状態ということか? それにこの町の奴らは犬貝が離婚したこともほぼ知らないってことだよな? 」


 「そうだぁ 」


 「それで、いつやるんだ? じじぃ.....」


 「今晩....」

 

 「いきなりだな 」


 「いそがば 回れだぁ 」


 「バカか? 意味違うだろ.....」


 「バカだから、行動しなきゃ生き残れねぇよ 」

 

 鈴本の顔は自信に満ちあふれた。


 「何時だ? 」


 佐藤の目はきりっとした本気のまなざしで、とても男前になった。


 「そうだな.....22時、杉木下、バス停前、どうだぁ? 」


 鈴本は立ち上がって佐藤のテーブルに千円札を置いて店から出た。

 二、三分後、佐藤は半信半疑のまま、レジで千円札を出しておつりを貰って頭を掻いた。

 

 「なんなんだ.....あのジジイ....」

 

 その後、佐藤はコーヒーをもう一杯飲んで店を出た。


 

          

             (7)

 

 22時、晴天、気温は低めだが、春一番の生ぬるい微風がそよそよと吹いていた。


 佐藤は12年前に買った黒いジャンパーに、4年前に買った黒いジーンズのいでたちで杉木下バス停前のベンチに座り男が来るのを待った。

 バスが来て、バス停前に止まった。佐藤は無視してポケットに手を突っ込み下を向いた。

 バスは、ほこりと排気ガスをまき散らしながら、ゴーっと音を立てて行ってしまった。

 と、同時に佐藤の肩を鈴本が強く叩いた。


 「よう、本当に来たなぁ! 」

 

 鈴本は暗い色の雨カッパみたいなペラペラなビニール製の上下に黒いニット帽をかぶっていた。


 「来たよ。約束したからな。当たり前だ! 」

 

 鈴本は静かに、佐藤の隣に座って耳打ちした。

 

 「フフフ 最初に言っとくけどぉ 分け前は3対2なぁ 」

 

 少し間をおいて佐藤が答えた。

 

 「俺が2のほうだよな? 」

 

 「それゃぁ、こっちが企画者だもん。大丈夫、絶対大金があるからぁ 」

 

 「本当だな 」

 

 「うん。保証するよぉ.... 」

 

 「インチキ臭いな。とりあえず俺は犯罪者になるのだな..... 」

 

 「まあまあ、さっそく行くかぁ 」

 

 男は、背骨が老化して丸くなった背中を佐藤にむけて歩き出した。

 

 ズボンはダボついていて、いつ、ずれ落ちてもおかしくないさまだった。

 「それってシャカシャカと音を立て過ぎじゃない? 空き巣にはそぐわない材質じゃない? こんなんで、大丈夫なのかよ 」

 佐藤は不安になった。

 

 「大丈夫だぁ」

 と、言って何の躊躇もなく鈴本は目的地に向かって歩いて行く。

 

 「ケツが出てるぞ、ズボンあげろよ.....」

 

 佐藤は、この男を少なくても信用した自分が間違ったような気になってきた。

 

 それから、薄暗い街頭をかき分けて進んで行くと、いつの間にか犬貝の豪邸がそびえ立っているのに気がついた。

 白いレンガ張りの家は堂々としていて、自分がどんなにがんばって働いても将来住める家でないことがわかった。

 そう思うと佐藤は、これから見知らぬ老人と始める行動を肯定できた。

 すべて自分が崩壊しない為だった。

  

 「それで、どうするんですか? 」

 

 佐藤がそう尋ねると、鈴本は自信満々に言った。

 

 「塀を飛び越えるだけだぁ 」

 

 「は? 飛び越えるだと.....」

 

 「冗談さぁ」 

 

 「なに? 」


 「まぁまぁ、こっち、こっち 」


 

 男は、佐藤のそでをひっぱると、近くの太い桜の木の陰に隠れるよう指示をした。

 

 「しーっ、向こうから人が来るぞぉ 」

 

 「マジか? 大丈夫? 」

 

 二人は声を殺して、木の裏で体を揺すりあった。

 

 「大丈夫だぁ、ほらぁ、家に入っていっただろぉ、ただの近所の住民だぁ 」

 

 「ああ....ごめん、小便したくなっちまった 」

 

 「佐藤君、少しがまんしろよぅ、ほらぁ、さっさと豪邸に入っちまえばぁ、便所があるからよぅ 」

 

 「じじぃ......俺、やっぱり気分が萎えてきた、また今度にしない? 」

 

 「ばかぁ、何いってんだよぉ、ここでやんなきゃぁ、いつやるんだよぉ、このままぁ、後回しの人生を繰り返すのかぁ、今朝の元気はどこいったんだぁ 」

 

 「動悸と尿意で少し気分が悪くなってきたよ 」

 

 「あと、30分もすりゃぁ、俺たち大金もって帰れんだぞぉ 」

 

 「.......よし、やってやろうじゃないのっ 」

 

 「そう、こなくっちゃぁ、行くぞぉ 」

 

 豪邸をぐるりと回り、二人は塀と塀の間の隙間を見つけた。

 

 「よぉし、はいるぞぉ、」

 

 「おいっ、塀を飛び越えるんじゃなかったのか? 本当に大丈夫か? 」

 

 鈴本は、躊躇なく、右足で踏み入った。

 

 「ほらぁ、何ともないだろぉ、うんともすんともいわねぇ! やっぱりセキュリティなんてしてなかったんだぁ! ざまぁみろぉ! 」

 

 佐藤は鈴本の体が敷地の中に全部入るのを確認した後、すかさず後に続いた。

 

 「問題はここからだぞ、どうする? 」

 と、佐藤が小さな声でささやいた。

 

 「大丈夫だぁ、ほらぁ 」

 

 鈴本はジャンパーのポケットから先端を丸くした小さな針金を取り出した。

 

 「こいつでぇ、開けるのさぁ 」

 

 「お前、バカか? こんなんで開くと思ってんのか? 」

 

 「大丈夫だぁ、みてろぉ! 」

 

 鈴本は慣れた手つきで玄関の鍵穴に針金をつっこんだ。上に下に左右に回すと「カシャンッ」と、いとも簡単に鍵の開く音が辺りに響くのであった。

 

 「マジか! マジか!? 」

 

 「静かにしろぉッ 本番はここからだぁ 」

 

 玄関の先は静寂に包まれていた。まるで今から見知らぬ洞窟の中に入るようだった。

 

 「靴は脱げぇ、足形でバレるからなぁ 」

 

 「脱いだ靴はどうするんだ? 」

 

 「そのままでいいよぉ 」

 

 「暗くて何も見えん! 」

 

 「携帯の明かりがあるだろぉ 」

 

 「わかった 」

 

 「待って! 誰もいないなら電気つけてもいいんじゃないの? 」

 

 「そうだなぁ、つけちまうかぁ 」

 

 換気扇の赤く光ったスイッチを入れると、広いリビングが二人に迫ってくるように明るく映し出した。

 

 「二人で一緒に動いてもラチあかねぇぞぉ、佐藤君は2階へ行けぇ、俺はリビングだぁ 」

 

 「わかった 」


 佐藤は、廊下一番奥の階段をみつけて、2階にあがるとすぐ右手のトイレに入って小便をした。

 洗面台には、高価な香水がならんでいてカラフルな色模様できれいだった。そこには高価な指輪が何個か並べて置いてあった。佐藤はまとめてポケットにしのばせた。トイレを出て隣のドアを開けたが真っ暗だった。

 佐藤は手探りで電気のスイッチを見つけて点灯させた。

 と、同時に甲高い女の声がした。

 

 「誰? 何、何、何?! 」

 

 ダブルベットにはピンクのティーシャツを着た若い女が上半身を起こして飛び起きたみたいだった。

 「おい! 話がちげーぞ! くそじじぃ、離婚してねーじゃねぇか! 」

 

 「どろぼう.....嘘でしょ 」

 

 あまりの驚きに女は声を出せず震えていた。反射的に窓の方向へ体を反らした女の、真っ白の太股はあらわになった。

 女はズボンをつけておらずパンツだけだった。 そのパンティは前が透けていて陰毛が丸見えだった。

 「大丈夫だ、殺しはしない、俺は泥棒なんかじゃない、とにかく声をあげないでくれ 」

 

 目を見開きながら、そう言う佐藤はあきらかに怪しい男であると自分でも滑稽に感じた。

 

 女は手探りにスマホを手に取った。

 

 「警察.....」

 

 と、うわずった声で言い、おぼつかない指で画面を押した。その手はガクガクと震えていて発信もままならない様子だった。

 その女の様子をみて佐藤は、とっさに近づいて、その手を掴み勢いよく体を抱きしめて女にキスをした。

 柔らかく、ふくよかで、弾力がある唇だ。

 それからゆっくりとあらわになった太股をなでて、口をつけて舐め始めた。

 女は佐藤の体をはねのけて大きい悲鳴を上げた。

 「ちょっと待って。わざとじゃないんだ。君があまりにもきれいだから.....」

 

 次に佐藤は女の口を手のひらで覆って勢いよくベットに押し倒した。今度は両手で首に手をかけて、締め上げた。

 女がぐったりすると佐藤はズボンを脱いだ。そのペニスはこれでもかと大きく勃起して、脈を打っていた。

 佐藤はとどめを刺すように再び女の首を力いっぱいに締め上げた。女の力は結構凄くて佐藤のメガネはカタカタ言って吹っ飛んだ。

 人を殺めるのは、半端ではないなと思いつつ、体いっぱいの力を集中させた。

 その途端、女の体はガクンと全身の力が抜けてどすんと床に転がった。

 佐藤はすぐに女の中にペニスをこじ入れて、ものすごい早さで腰を動かした。すると、一瞬で逝き果てた。

 

 「お前ぇ、なにやってんだよぉ! 」

 

 いつの間にか、背後に鈴本がいて、佐藤に向かって声を荒げた。

 

 「違うんだ、俺は別に.....殺意はなかったんだよ.....」

 

 「まさか、奥さんが居たとわなぁ、殺っちまったのかぁ? 家庭内別居ってことだったのかぁ? 」


 「ああ、たぶんな 」


 「可愛いなぁ、この太股たまらんなぁ.....若い頃のぉ、女房みてぇだぁ.....」


 「なんてこった、盗みに入っただけなのに、俺、殺人まで犯しちまった.....おい! 待てよお前なにやってやがる! 」


 鈴本はダブダブのズボンを脱いで下半身を露わにして女の尻を持ち上げた。


 「うう....たまらん....」

 

 鈴本もあっという間に逝き果てた。


 「いい女だなぁ、最高だなぁ、あそこの締まりもなぁ.....」


 「こんないい女、俺、殺めちまった、なんてこった、なんてこった.....」


 「仕方ねぇよぉ、殺っちまったもんわぁ、そろそろずらからねぇとぉ 」


 「ああ....ちょっと待ってくれ,,,,,もう一回、もう一回だけ、やらしてくれ 」


 「しょうがねえなぁ、もう一回だけだぞぉ、」


 佐藤は、再び勃起したペニスを女の入り口に突っ込んだ。

 既に、冷たく鳴り始めた女の遺体。

 それは、いままで経験したことのない感触で佐藤はまた、すぐに逝き果てた。


 「よぉし、逃げるぞぉ、」


 「待ってくれ、もう少し、もう少し、見ていたい 」


 「バカ野郎! これで捕まっちまったらぁ、一生豚箱だぞぉ 」

 

 と、男は佐藤の腕を掴んで揺らした。


 「.....見てくれ、世の中にこんなきれいな女がいるか? ほら、まるで西洋絵画のマリア様みたいじゃないか.....」


        

          (8)

 

 

 土曜日

 いつも客がまばらな店内。

 コーヒーをすする。 

 こうしている間にも時が過ぎていく。鈴本は自分が老け込んでいくのをひしひしと自覚していた。とても心地が悪い気分で焦燥感があった。

 だけども、このまま人生を終わりにするのはもったいないと思っていた。それは空想や妄想で埋めるしかなかった。 

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男2人 びんせんとbuk @27352341

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