第110話「亡者の想い」
クラムは飛行船を見据える。
降り注ぐ瓦礫の量は幾分減り飛行船の高度もグングン上がっていく。
飛行船の真下以外には容赦なく瓦礫が降ってくるのでクラムの周りも危険極まりない。
だが、その分安全な場所もよく分かった。
すなわち……飛行船の真下だ!
『お、おい、クラム!? 正面突破など無茶じゃ! 隘路を探せ──馬鹿なことを考えるな!?』
「馬鹿だぁ!? お前らに言われたくないわ!」
『ええい、いいから無茶をするな! 救出の手段を考える……! そこから脱出するしかないとはいえ、
傍と魔王の口が止んだかと思うと……。
(またか? いったいどうしたってんだよ??)
『ど、どこじゃ!? 大型搬入孔の昇降機のコードは───おかしいぞ!! どこだ?!』
何度目だよ、もう期待してねぇから勝手にやってろ。
『くそぅ!! 誰がやった?! 接続を切られておるとは……よりにもよって、昇降機がオフラインだとぉぉ!?』
バァン! と乱暴にキーボードを叩いている魔王、まるでキーボードを叩き壊さんばかり、バァン! バァン……とそれはそれは滑稽に、
そして、
そんなクラム達の内情など知りもしないであろう人物が、彼の前に立ち塞がった。
「……お前のせいだ」
あん?
「お前のせいだ……!」
ユラリと幽鬼の様に立ち上がる人影。
着ぶくれしたように巨大な姿は旧エプソのそれ。
まだ、敵が?
「あ」
いや、そーいやコイツがいたな。
───『
「お前のせいだぞ! このくそ囚人兵がぁぁぁあ!!」
「…………はぁ?」
「全部、全部! 全ッ部ッ! お前のぉぉぉおお───!」
『教官』はブツブツと零し、ギロリとクラムを見据える。
「責任とれやクソ囚人ンン!!!」
「は………ほざけっ」
構ってられるか───お前に対する恨みなんて、テンガに比べれば屁みたいなもんだ。
そう、テンガを前にした今となってはな──。
『施設自爆まで───残り4分をきった!? く、くぅぅ! 回収部隊は……間に合わんか』
4分??
ケッ、言われんでも見えとる!
バイザー内に映る
魔王は、あれはあれで律儀なのだろう。
本気で救出を考えていたらしい。
だが、無理なことは百も承知!
『こうなったら仕方ない───クラムよ』
───かっ飛べぇぇ!!
「言われるまでもない!!!」
キィィィィィィィン……!
ロケットブースターを起動させると、「
毒でも吐かないと、やってられるか!!
その傍らで、
満身創痍で武器も持たない『教官』が未だ呪詛を吐き続けている。
お前のせいだ、
兵が不甲斐ない、
王国が無能すぎる、
と───。
それはそれは聞くに耐えない繰り言で、責任転嫁もいいところ。
くだらねぇ……。
「一人で死ね!」
「───っっ、一人で死ぬか!」
んな!?
「お前がいなければぁぁぁ───」
ブースターで飛び上がろうとしていたクラムに、『教官』がしがみ付く。
片手を負傷しているはずだが、その様子を微塵も見せずに、旧エプソのパワーアシストを利用したホールドだ。
振り払おうにも、絶妙のタイミングでしがみつかれてしまった。
───く!!
ドォォンと、ロケットが噴射し、
エプソMK-2のブースターが一気に二人を上昇させる。が、余計なウェイトがあるため飛行姿勢が安定しない。
元々ロケットブースターは、強力なジャンプ力の付与と言った補助的な移動手段でしかないため、
長時間の飛行は考慮されていない。
そのため、ロケットの噴射剤も連続噴射を続ければあっという間に尽きる。
その上、旧エプソを
余分な重量であるのはもとより、なにより空気抵抗が大きすぎて真っ直ぐに飛べない!
こ、こいつ───!
「この! 離せ、クズ王族が!」
ゴッキンと肘鉄を喰らわせるがビクともしない。
油断していたわけではないが、この場において無力感した存在として半ば無視していた格好だった。
それがこの場に及んで往生際悪く玉砕戦術を取るなど誰が想像できようか?
死なば諸共の精神が互いに違う方向に向いている。
クラムはテンガと、
『教官』はクラムと───……冗談じゃない!!
根本も、最終的に向かう怒りの矛先も、本来なら同じはずだというのにこれは!
「離せっ」
「黙れ、役立たずの囚人兵の分際で!」
まだ囚人兵扱いかよ!? 恐れ入ったぜ……。
身動きできない『教官』をボッコボコにぶん殴るが、こいつ!
「てめぇら囚人兵は、戦場で黙って死ぬか、……あわよくば、勇者の寝首を掻いていればいいものを!!!」
ケッ!
誰がお前の言う通りに動くかよ!
大方、『
『勇者テンガ』によって王位継承どころか、自分の命さえ権力の欲に憑かれたテンガによって奪われかねないと───。
だから『教官』として軍部に潜り込み在野にいることをアピールしていた。
あとは、テンガに反抗の意志がないことを示すために、勇者特別法による死刑囚の、早期処分をしてみせることで媚びを売る。
それに加えて、戦場の混乱に乗じて囚人兵がテンガの寝首を掻かないかと期待していた。
結果はどれもイマイチだったようだが、
自身の保身には成功したらしい。
ま、全て無駄になったようだがな……!
グングン上昇しつつ
プロペラ推力で
クラムの駆るエプソMK-2のロケット推進の方が遥かに速いが……。
ドガン! ガリガリガリ───と、クラムと『教官』はシャフト内の壁にぶつかりまくる。
せっかくの速度もこのくそ重量物のせいで無駄になりかねない!
「放せ!! 放せっつーーんだよ!!」
「誰が、あべし、放す、ひでぶ、かよぉぉお!!」
幸いにして衝撃吸収のついているエプソMK-2にはそれほどの損傷はないが、余計なウェイトがついているため、関節部の可動域が狭く負荷が集中していた。
ピーピー! と警告音が鳴り響き、機体に損傷が蓄積されていく。
いや、それ以前に、『教官』の旧エプソはもっと損傷が激しいはずだが、それでも彼は離さない。
本気でクラムを道連れにしようとしているのだ。
「お、俺の国を返せぇぇ!!」
「知るか! 負債は自分で返済しろやボケェェ!!」
おらぁぁぁ、
離れろぉォぉ!!
ミシミシミシッ、と力を込めて『教官』を蹴り剥がそうとする。
「だいたいよぉ……! テメェぇらが、勇者に媚びうるために始めたことだろうが!」
鬱陶しい!
「それが世界のためだぁぁぁぁっぁぁ!!」
……………………世界だぁ?
ハァ? とクラムが呆れた表情。にも拘らず『教官』は宣い続ける。
俺が正しい!
俺が正義だ!
俺が俺が俺が!!!!
『教官』はここに至って本性をむき出しにする。
それはどうしようもなくらい愚かで、独善的で、盲目的だった。
だから言わなければならない。
よぉ…『教官』、それはさぁ───。
「お前の『世界』だろうが! お前の『正義』だろうが!! お前の『我』がだろうが!」
……全部お前のためじゃねぇか!
「それの何が悪い!!」
すぅぅぅぅ……。
「
おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
ぐぃ……!
奴の顔を掴んでぇぇぇ───……。
ごおおおおおお!!! と、急上昇。
かなりの高速で上昇しているため、まるで滝のようにエレベーターシャフトの壁が下へ流れていく。流れていく!!
「ひ、ひぃ?!」
さすがにこの速度には『教官』も肝を冷やしたらしい。
だが、冷えるのはこれからよ───。
ガシリと、『教官』の頭を掴むとギリギリとエレベーターシャフトの壁に近づけていく。
「ちょ……よ、よせ!」
「……言っても、諭してもわからんような脳みその詰まった頭はよぉ!」
メリメリメリ……!
「やめ! やめろ!───あべべべ」
「その、汚ねぇぇ
ぐしゃぁぁ!!
「ぎゃぶ! やめ───あぎゃあぁぁあああああ!」
「洗って出直してこいやぁぁぁ!!」
ぐじゃぐじゃぐじゃっっ!!!
「あがががががががががががががががががががががかっ!」
べちゃ、ぶちゃと血肉が飛び散る。
まるでおろし金で野菜を揺り下ろすかのように『教官』の顔が抉れていく。
ぐちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!!
「そのまま、うすーーーーーーーくなりやがれぇぇぇええ!!」
「うぎゃぁぁぁああああああああああ!!」
死ね!!
死んで大好きな国とひとつになれ! ボケぇがぁ!!
だが、
「ぐ、ぐがぁぁぁあああ!」
『教官』も必死だ。
片耳が、すりおろされた頃には、態勢を立て直す。
ぐちゃぐちゃの顔は血塗れだか、決定的な致命傷は負っていない。
何よりホールドされた、腕が外れていない!
旧エプソとは言え、パワーアシストは常人のそれを遥かに上回る。
……ええい、鬱陶しいわ!!!
「はーなーれーろー!!」
ガン! と、足を押し付けて蹴り剥がそうと力をこめる。
ギギギギ……──と装甲と間接が悲鳴をあげ、
ブチブチブチ!!
蹴り剥がす様に装甲を押さえつけていた『教官』の腕から妙な音がする。
すでに骨折くらいの怪我を負っている『教官』のそれはまるで生木でもぎ取るかのように、ミジミジミジと、瑞々しい音と主に千切れていく。
「ぎ───!」
「テメぇぇぇのようなぁぁぁああ───」
ブチチチチ……と、生々しい音共に筋繊維までもが断ち切れていく!
エプソの関節部分であるつなぎ目はそう簡単に千切り取れることはないが、伸縮性がある
もう終わりだ!
ブチチチチチチ……!!
「───男と抱き合う趣味はねぇぇぇ!」
「や、やめ!! ぐああああああああああ!!」
さらに力を込めていけば───ブシュウ! と『教官』の来ている旧エプソの隙間から血が噴き出す。
ボタボタボタ…と真っ赤な血が溢れているのが見えた。
「かひゃぁ─────────!!」
ボクンッ! と、骨が折れるような…外れるような…妙に耳に着く嫌な音がして、『教官』が声にならない声を上げる。
あとはただ、ブラブラとするだけの棒っキレに成り下がったソレを見て、
「い、いでぇっぇぇえええええええええええええええええええええええ!!」
な、
な───、
「何しやがんだテメェェェェっぇぇぇ!!!」
激痛のあまり、一周して意識がはっきりとしてしまったらしい。
そのまま、血だらけで激昂する『教官』は、口だけで胸元から試験管を引っ張り出す。
(な?! それは───……!)
それを、バリン! と、隠し持っていたそれを、ガラスごとかみ砕いた。
「ふひひ! うめぇっぇえ!!」
甘い血の匂い……。
(あ、れ、は───)
あれは─────────ルゥナの……血?!
「ぶはぁぁ!」
ペッと、かみ砕いた試験管で口を切りながらもその中身を飲み干すと、
「はははははははははははは!!!」
突如狂ったように笑い出す。
「これが聖女の血か!!」
こいつ───!
「旨ぇぇぇぇえええええ───」
「やかましい」
グワシッ! と教官の顔を掴むと、
「ぐが!」
「吐き出せこの野郎ぉぉぉぉぉ!!!」
目の前で見る間に傷の塞がっていく超常現象。
それを目の当たりにしながらも、
「テメぇのような外道に、俺の娘を一滴たりとも渡して、たまるか!」
それが血だけだとしても、だ。
「おらぁぁっぁぁぁぁ───」と、顔を掴んだまま……追いついた飛行船にぃぃぃぃぃぃ───!!
くらえ!!
「───駆け込み乗車はご注意くださいってなぁぁぁぁぁぁ!!」
「ひッ?!」
エーベルンシュタットの居住空間にある公共車両に乗り込む際に注意されたそのフレーズ。まさにこんな時にピッタリだと思い、吐き捨てながらぁぁぁ──────叩きつける。
「やめ!」
「───るわけねーだろッ!」
ズガァァァァン!!!
『勇者』が姿を見せたゴンドラ状の艦橋部分、その下に『教官』を叩きつける。
「あ、が……」
あの飛行船の装甲が凹むくらいに思いっきりだ。
兜の無い状態の『教官』はその拍子に頭部から大量出血し、顔面が血に覆われる。
頭蓋骨陥没、それでなくとも、普通なら衝撃に胸が詰まるはずだが……
(コイツ……まだ生きてやがる)
シュウシュウと湯気を吹きながら顔面が治癒していく。
とんでもない回復効果だ。
「ぐひ! あべべべ! あははっははははははっははは!! これだ! これが聖女の血だ! 混ぜ物無しの血だぞ!…………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます