第109話「お約束」

 止める術は───ない!!!



「な、ないだとぉ……?!」


 ふ、ふざ……!


「ふざけんなよッ! だいたい、どー見てもありゃお前らの持ちモンだろうが、そもそもよぉぉ!!」

『ぐむぅ!!………………あぁ、そうじゃ! そうとも! そうじゃとも!! あれは、遺失物じゃ───確かに、元はワシらの物で……クソッ! とっくに朽ちておると思っとったわ!』


 素直に認め悔し気に顔を歪める魔王。


 彼女が言うには、

 当初、停止状態の飛行船ごと空爆し、勇者による態勢の整わぬうちにバンカーバスター(地下空間用の大型爆弾)で滅却する予定だったらしい。


 だが、飛行船がよもや・・・稼働していて───さらには……自分たちの任意のタイミングでハッチを開放してくるとは、全く予想だにしていなかったらしい。


 もちろん瓦礫による破壊効果も見越していたようだが、敵は更に先を予測していたという事。


 ……勇者の攻撃力はそれほど群を抜いている。

 飛行船にも多少の損害は出るかもしれないが、

 元々、自動修復機能オートリペアを搭載しているらしく、時間さえ立てば元通りになってしまう。


 完全に潰すならば、一気に破壊するしかないのだ。


「……あとで覚えてろ! 魔王ぉ!!!」


 啖呵たんかを切ってクラムは元来た通路に駆け込む。

 途端に瓦礫の喧騒が遠ざかるが、それは同時にテンガ追撃を諦める事にもなる。


 一度、別のエレベーターから外に出て───補給を受けてから追撃するのがベストだとはわかっているが、

 そのタイムラグの間に勇者には逃げられるだろう。


 外では魔王軍の空中空母が見張っているが───……テンガ相手に勝てるかどうか。


 一応は追跡するかもしれないが、魔王軍は極度に勇者を恐れている。

 地上にいる時を一方的に叩くのならともかく、性能の差はあれど空中機動力をテンガは手に入れたのだ。

 そこにあの化け物地味た攻撃力が加われば「ホニャララに刃物」状態だ。


 実際、

 以前の戦闘では、地上で勇者に遭遇した魔王軍の武装隊員たちは手も足も出ずに撃退されていた。


 それが空に移っても結果は変わるとは思えない。

 むしろ、的がデカい分空中空母は不利かもしれない。


 都合、魔王軍もクラムしか勇者に対抗できないと理解しているのだ。


「化け物め……」

 魔王軍の兵なら、キャンセラーを使用すればくだんの衝撃波は防ぐことができる。

 とは言えその威力は桁外れだ……なまじ最強の生物なだけはある。


 そんなものが空を自由に闊歩する手段を手に入れた。

 それはもう、考えるだけでも恐ろしい───。


「くそぉぉぉ!!」 

 ドカッァアン! と苛立ち紛れに壁を蹴飛ばすが、それで事態が貢献するはずもなし。


 バイザーの通信スイッチを押すと、

『魔王! 俺に構うなっっっ! こっちはいいから爆弾を落とせぇぇ!』


 もはや、ここに至って逃がすわけにはいかない。

 それくらいなら一緒に生き埋めになった方がマシだ。


『アホぉ!! そんな判断が下せるわけはなかろう!! お主の生存をギリギリまで考える……いいから、今はまずは退避じゃ!』


 また例の人道的とかいう奴か!! ふっざけんな!!

 そんなこと言ってるから『勇者』の後手に回るんだよ!


『カミカゼを命じておきながら今更……!』

『それとこれでは状況が違う! 奴らの方が現状……一枚上手じゃ───!!』


 わかってるわ!!

 だがな、それもこれも、全部──お前らの遺失物のせいだろうが!


「……もう相手にしてられっか!」


 バツン!! と強制的に無線を切ると、吐き捨てる。


 ……仕方ないだろう? 魔王の言う事を聞いていても何一つ事態は好転しない!

 むしろ悪化しているくらいだ。

 今も瓦礫は降り注いでいるが、飛行船上に降るそれはテンガが全て迎撃しているアイツを止めるにはどうすればいい?


(やっぱ、カミカゼしかないか)

 あのままでは、無事に切り抜けるだろう。

 もはや、魔王軍はあてにならない。


(ならば…………俺がやるしかない!)

 やるしかないんだ!!


 ───クラムは飛行船を見据える。


 降り注ぐ瓦礫の量は幾分減り飛行船の高度もグングン上がっていく。

 飛行船の真下以外には容赦なく瓦礫が降ってくるのでクラムの周りも危険極まりない。


 だが、その分安全な場所もよく分かった。


 すなわち……───飛行船の真下だ!


『おい、クラム!? お主……いつまでそこにおる!?』


 強制的に切ったにもかかわらず通信に割り込んでくる魔王。

 うざったくてしょうがない。


『うるっせぇ! 構うな! カミカゼアタックをぶちかます!!』

『お、おい?! 無茶をするな! さっきとは状況が───……んなにぃぃぃ!!??』

 

 邪魔はテメェらだ!


「テメェらの言う事聞いてたら一個もうまくいかねぇ! もう俺がやる───」

 通信を切って独り言ちるが、

『馬鹿なことを───……ん? な、なんだこれは───? 施設の反応炉にアクセスの痕跡──────ッッま、まさか?!』


 なんだ?

 向こうで何があったのか?


「聞いてるかどうか知らんが、こっちはこっちで好きにやらせてもらうぞ!」

 再度通信を切ろうとしたクラムだが、

『い、いや! それでよい! それしかない!!』


 は、え?

 な。なんだ!?


「急に手のひらを返してどうした───」

『や、やつら……なんてことを───!!!』


 ど、どうした魔王?

 そんなに動揺するところなんてあったか?


「何だよ急に……」


 じ───……

 

『自爆装置が作動しておる!!!!!!』







 …………は?







 じばくそうち……。



 ジバクソウチぃ??



 …………。


 ……。


 じ───、

「自爆装置ぃぃぃいい!!!???」


『アホぉぉぉ! ボケッとしとる場合か!! さっさと…………』


 ───飛べぇぇぇっぇ!!


「くっそ、があぁぁ!」


 飛べとか、

 退避しろとか、

 撃ち落とせとか、

 見るなとかなーーーーー!!!


「全っ部、お前らのせいだろうが!! ───全部なぁ! 俺はお前らの玩具じゃねぇぞ!!」


 ガンッと、壁を叩きつつ不満を訴えるクラムの耳に、



 ビィーーーー……!!!

  ビィーーーー……!!!

   ビィーーーー……!!!



 施設全体を揺るがすような警告音が響き渡る。

 それと時を同じくして、いくつか正常に点灯しているライトの色が──白から赤に代わり、鬱陶し気に点滅し始める。


 更に、

 ピコン♪ と、簡易バイザー上に数字が表れる。それはわずか数分のタイマー表示で……「残り時間5分?」


 施設のライトの点滅に合わせるように、クラムのバイザーにも警告音が響く。

 施設内のなんらかの装置とエプソが連動しているらしい。


『くっ、自爆などどうやって……』


 バイザーごしに見る魔王の姿は、見るからに青ざめていた。

 頭を掻きむしりつつも、

 リズをそっちのけでキーボードを叩き続けている。


 むっ!

『──生きている融合炉を暴走させおったのか!? 味な真似をぉぉぉぉ!!』


 ガァン! とバイザーの先で魔王が何処かをぶん殴ったらしい、

 その隣でリズが心配そうに見ている。


「今更、脱出しろとか言うんじゃ───」

『───無理じゃ!! そこからの移動と小型資材搬入口からの上昇時間を考えると、…………とても間に合わん!』


 はっ!


「じゃ、…………やることは変わらねぇだろうが!?」

『……───ぐぅぅ…』


 魔王は苦々しく顔を歪めている。それは暗に肯定を示すものでもあり、


『すまん───』


 それは、


 クラムの生存が絶望的であることでもあった。


 はっ、

 何を今さら……お得意の人道的という奴か?


 くだらねぇ……。


「魔王! 俺に構うなっっっ!」



 良いから──────……。




「やれぇぇあああ!!」




 ここに至って逃がすわけにはいかない。

 それくらいなら一緒に生き埋めになった方がマシだ。


 ミサイルでも、爆弾でも、レーザーでも、

 ──核でもなんでも使えや!!


『───よくもリズの前でそんなことが言えるなっ! お主の命がお主だけのものと思うな! 愚か者ぉおお!』


 けっ!

 都合のいいときだけリズを出しやがって───!


 どうせ、本音は……また例の人道的とかいう奴だろが!!

 お前らの人道的は、お前らの人道・・・・・・で───、

「───俺たち俺とリズの人道じゃない!!」


 どうせ俺は、使い捨ての駒で、

 ただの、エプソMK-2の部品だよ。


 だからさぁ、

「カミカゼ上等ぉぉおお……!」

『クラム! 命を───』


 ハッ!

 吐き捨てるように毒を吐くクラム。

 

(それもこれも、お前らの遺失物のせいだろうが!)


「語るに及ばんっ!!」


『叔父──さん……』

 バイザー越しにリズと目が合う。

 画面を通してみてさえ、美しく綺麗な俺の姪家族


「リ」

『───……』


 バイザーを通して手を差しのべるリズは、まるで、本当に目の前にいるようだった。

 だからクラムも手を伸ばす。


 幻視の先にリズをみた。

 その彼女と、手を…………、


 触れる、


 繋ぐ───、


 指を絡める………………。



 あぁ、リズ───。



 リズ。

 リズ、

 リズ……。


 

 俺のリズ。



(……すまん)



 確かに

 そこに

 リズはいた───。




(リズ───)



 幾度となく彼女を救った先で決めたことを、再度反芻はんすうするクラム。



   「復讐を除いて………………俺の全てはお前にやる」



 そうだ。

 ルゥナ分ける相手は、もう・・……いない。


 だから───全て、だ。


 リズの手を引き寄せ、抱き締める。

 誰もいない虚空と、画面越しの邂逅ではあったが──クラムもリズも確かに温もりを感じた。


 ジワリとにじい……。

 クラムとて、リズと────あの美しく成長した姪と生きたい。


 生きたい。

 ずっと一緒にいたい!


 だけどな……。






 それは

 奴を


 ……テンガを仕留めてから考えること!!!!!





   「リズ────ごめん。

    そして、行ってくる、な」


   「───うん、

    叔父さんを待ってる・・・・


    ずっと待ってる───。



 最後に唇に何かが触れた気がしたが……。

 きっとそれは気のせいだろう。


 もう一度、魔王に意識を向けると、

「魔王、俺は俺の自由に動く───」


 もう、お前の誘導はいらん。

 もう、お前の指図はいらん。


『な、なにを!?』

「見てろ……」


 クラムは踵を返すと、

 円筒形にくり抜かれた岩盤を真上に見上げた。確かに次々に瓦礫が降ってくる。


 しかし、その勢いも既に衰えていた。

 瓦礫とは言え無限にあるわけではない。


 その間隙を縫うように上空を見上げれば、ゆっくりとした動きで飛行船が上昇していた。

 大きな損傷が見えないことを見れば、テンガは本当に瓦礫を破壊しつくしたのだろう。敵の能力に戦慄する思いだ。


『ど、どうする気じゃ?』

「お前が言ったんだろ!? 飛んでやるぁ───」


 どうせここにいても助からないなら、


「……これが、俺のカミカゼアタックだ!!」


 キィィィィィィンと、ブースターを準備。

 飛距離とブースターの噴射剤の残量を確認しつつクラムは征く。


『真正面からじゃと? む、無茶をするな!? 迎撃されるぞ!』

「どの道このままじゃ───しぬ!」


 ならばカミカゼも上等だ!

 正面突破はおとこほまれ───




「死なば諸共ォぉ!!!」




 キィィィィン───……!!

 ブースターが唸りを上げる。向かう先は上昇している飛行船だ。


 ブースターの溜めが、エプソMK-2への負担となり、

 床がミシミシと音をたてている。


 ……。

 

 …………。


「新しいおもちゃを手に入れて上機嫌だろ? テンガ……」


 ルゥナの心臓は暖かいか?


「俺の家族の具合・・は良かっんだろ? テンガ……」


 ネリスも……。

 ミナにも飽きたのか?

 そして、シャラ。アンタは───……。


「まだだ。まだ終わらんよ。………………リズも俺も、お前が踏みにじった虫けらは、まだ生きているぞ──テンガぁぁあ!!」


 一寸の虫にも五分の魂。



「お前が切り捨てた者にもなぁぁ……」



 人生がある。

 感情がある。

 命がある。


 そして、絆が───ある。……あった。


 そうだ、

「お前が無茶苦茶にするまでは、な!!」


 お前は害悪だよ。

 ひたすら害悪だよ。


 魔王討伐?

 ───知るかよ……。


 世界平和?

 ───そんなもんねぇよ。


 勇者の使命?

 ───だれも望んでいない!



 お前の独りよがりなんだよ……!!

 全部。全部なぁ!


 だけど、


 もう、国もない。

 平和もない。

 愛もない。



 だったら、お前の出番はもうどこにもないんだよ───テンガ。



 この世界から消えろ。

 消えてなくなれ。


 お前は生きてちゃいけない生物なんだよ!!



 ……勇者だぁ──??


「はっ!」


 クラムは鼻で笑い飛ばすと、



「そんなもん、俺がぶん殴ってやる!!!」

 


 

 ……誰もらないなら───。







 すぅぅ……。





   「俺がやる───!!!!」

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