第106話「様式美」

 空薬莢が転がる音を背後に聞きながら、素早く動き物陰を探す。


 内部は広大の一言。地下とは思えぬほど幅があり、高さもある。

 床は大型エレベーターらしく金属製。

 しかし、防音と衝撃吸収のためか、ゴムのようなものでコーティングされているようだ。

 劣化していないところをみると、何らかの特殊な素材なのだろう。


 その床上を駆け抜けつつ、クラムは叫ぶ、

「テンガぁぁっぁっぁ!!」


 牽制射を撃ちつつ、ダダダダ! と勢い込んで駆け込んだはいいが、

 突如、バイザー内のモニターを覆うような、巨大な物体が目に飛び込む。


「うぉ?! な、なんだありゃ?!」


 クラムの眼前に現れたそれ。

 ……それは、余りにも巨大で圧倒的───。


「地下施設?!……いや、浮いている??」


 それが故に、一瞬建屋たてやの一部かと錯覚するほどだ。

 だが違う。

 

 ゴゥオオオオオオ───と、空気が吹き抜けていく不気味な音とともに、 魔法による光とエレベーター内に残存するライトによって浮かび上がったそれは……。


 な、


 な、


 な、

「なんてこった……!?」




 く、空中空母!?




(い、いや……それよりも小型だが……。まさか、こんな地下に?!)


 魔法の光と、ライトの陰影によってますます存在感を放つソレは、一言でいうならば圧倒的な質量。

 魔王軍の空中空母やらを知らなければその巨大さに圧倒されていただろう。


 そいつのデザインは、空中空母のような直線を組み合わせたような航空力学のソレではないが、

 丸みを帯びたボディと、いくつかのブロック分けされたような構造物が多数くっ付いた形状。


 推進力は───。


 天を向く上昇用の巨大なプロペラと、

 推進用のプロペラが多数左右と下方に居並ぶ、それ。


「まさか、」


 魔王軍での生活で見たことのある娯楽映像では、こう呼ばれていた。

 そう。確か───……。



「ひ、飛行船……?」

「───その通り」


 バツンッ!!

 突如、飛行船の真下の向けられた照明が、一機の旧エプソを浮かび上がらせる。


 その灯の元で大仰に構えている男がひとり。


「テメェ……」

「くくく! 驚いたか? これこそ我が王家が脈々と受け継いできた空をかける機械仕掛けのデウス・ウキス・神様マキナ!!」


 暗く闇に浮かぶ陰影のなか、飛行船の下に立つのは、


「『教官マスター』……」

「よくここまで来たな!! 薄汚いゴキブリめが!!」


 バッ! と背後を指し示すと誇らしげに胸を張るその男。


 だが、見た目に反してすでに満身創痍で立っているのもやっとだろう。

 それでも王族の───王太子の意地ゆえか、『教官』は敢然と立ち……クラムの前に立ちふさがって見せた。


「これが古の勇者の血を引く一族の力の象徴!! これが我が一族の証!!」


 見ろぉぉ! 聞けぇぇ! おののけぇぇ!


「魔王軍! 何するものぞ!」

「………………どけ!」


 ───ドゥン!


「我こそ───あべし」


 パカンと、散弾が命中し仰け反り───吹っ飛んでいく『教官』。

 今はこいつに構っている場合じゃない!


 そんな奴よりも───。

 ここにいるんだろ?!


 ……えぇ、おい?!


「テンガぁぁああああああああ!!」


 クラムの叫びに答える様に、パパッパッ! とライトが付くと、まるで花咲くように、飛行船自体から次々と淡い光と発光信号が現れる。


 それは、空中庭園のごとし。

 まるで神の箱舟よろしく、神々しく飛行船が光り輝きはじめ、その奥から起動音がグゥオオオオ~ンン! と唸るように鳴り響く。


 そのうちに、飛行船下部にある先頭に突き出したゴンドラ・・・・部分はガラスの様な透明の素材で覆われ前方の視界を確保したいるらしい──いわゆる操縦席だろうか?──その突き出した操縦席が、ついに内部からのライトで照らし出された。


 そこに、



   『……よぉ!』



 スピーカー越しに軽い口調。

 その漏れ出る明かりに照らし出されるそこ……操縦席のような、艦橋のような、その場所に立つ男!!



 テンガ・ダイスケ怨敵が、ついにいた。



      いた──────!



「て」



 テンガぁぁぁぁぁっぁあああああああ!!!!!



「があああああああああああああああああああああっ!!!!!」


 あああああ、あああの、あああああののの、あのあのあああああああ!!



 あの野郎!!!

 あの野郎っ!!

 あの野郎ぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!



『はは! まさか、ここまで来るとはな? え~っと、クラム───つったか? お前、中ボスにしちゃあ上出来じゃねぇか』


(……中ボス??)


 怒り心頭のクラムを余裕で見下ろすテンガの上半身は裸体のまま、真っ赤に染まっている。

 その血まみれの姿で艦橋内をのっしのっしと歩くと、


『……でも、ここまでだな、』


 トントンと親指で胸を叩き───にやりと笑う。


『いい心臓だ。……くく。ファンタジーのお決まりだよなー! 主人公のパワーアップイベント・・・・・・・・・・……!』


 


 そんでもってぇぇぇ、





『──────やっぱ飛行船だよなぁ!!!!』






 ギャーーーハハハハハハハハハハハハと、下品に笑い飛ばす。


 まるで激高し叫び続けるクラム等路傍ろぼうの石の如く……

 いや、如くではない。本当にそう思っているのだろう。


 だから、それ・・を見下ろし、笑うのだ。



『……いやー。実際、傑作だよなぁぁ、おまぇ───』


 ニヒッといやらしく笑うと、


『美味かったぜー……嫁さんも、妹も、姪っ子も、義母ちゃんも───……娘もな!!』


 へへへ、「おとーたま、おとーたまぁ」とのたまうテンガを見たクラムの思考が真っ白に染まる。

 憎悪と怒りとその他もろもろの感情が、脳の強化手術の処理能力を瞬時に越えた!!



 それほどの、激情ッッ!!




「──────ブッッ!!」


 ……殺ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおす。



 ズジャキ!!

 腕がぶれて見えるほどの早撃ちファニング


 ドゥン!!

 ドゥン、ドゥン、ドゥドゥドゥドゥドゥドゥ!!!


 神速の連続の散弾射撃が、ビシビシィと命中し、艦橋を覆うガラス面に亀裂が入る。


『おおぉっと~? へへ、そんな豆鉄砲が飛行船に効くかよ───……おらぁ! さっさと、飛べぇぇぇぇ!!!』


 バスン……。


 バスン……!


 バスンバスンバスンッ……!!


 テンガの要求に答えるように、巨大なプロペラが回り出し、

 元々浮力を得ていた船体がそれにつられてフワリと浮かび始める。


『じゃあな~……は貰っていくぜー! おとーたま?』


 ヒャハハッハハハハハハ、と醜悪極まりない声で笑うテンガ。


「お前だけはぁぁぁあああああああああ!!」


 血反吐を吐くように叫ぶクラム!

 もはや怒りが殺意に染まり、テンガのことしか考えられなくなる!!

 その一気に沸騰した怒りのまま、それを原動力としてクラムは叫ぶ!!


「殺して殺して殺しまくってやるぁぁぁああああああああああああ!!」


 一秒でも早く、撃ち落としてやるッッ。

 だから……魔王っっ!!



「───弾ぁあぁあよこせぇぇぇ!!」



 怒りの形相のままきびすを返すクラム。

 怒りに染まってはいても、やはり脳を強化されただけはあって冷静さをすぐに取り戻す。


 そして、背を向けたクラムの軌跡を追うでもなく、たたずむ男が一人───。


「ゆ、勇者よ───」


 ただ一人生き残った『教官マスター』が、感極まった様子で飛行船を仰ぎ見ていた。

 まるで神を称えるように……。


『お? え~っと……。誰だっけ………………?』

「わ、私です! 忠実なるしもべ───この国の、」


『あ、あー…………王子さんだっけ?』


 スピーカー越しのやり取りを聞くともなしに聞きながらクラムは魔王のLRCVポチを探す。

 今更、連中のやり取りなんぞに興味はない!


 冷静に、慎重に、ギッタギタにぶっ殺すためにも弾がいる!!


 ここが最後だ。

 ここで最後だ。

 ここを最後にする!!


 だからよぉ……!

「魔王ぅ、どこだ?!」


 ち……。

 返事がない、ただの通信不良のようだ。

 だが、向こうはこっちの声が聞こえているかもしれない。


 バイザーを操作し、通信を最大にして魔王に呼びかけるクラム。


 ……ッザ───。

『魔王! 魔王聞こえるか?! さっさとRLCVポチの現在位置を送れ!!』


 今さら秘匿区画がどうのとか、地図信号を誤魔化している場合じゃねぇぞ!


 ザ……。

 ザザ───。


『ザ…て、ゥった───ザザ!!』


 つながった?!


『雑多し! 再度、送れ! オーバー!』

『今、ザ、送ったわぃ───ザ!!!』


 ビリビリとスピーカーが壊れそうなほどの大音声。

 魔王もイラついているのだろうか?


 だが仕事は早い。


 ついに、

 ポォン♪ と、バイザーのMAPにRLCVポチの位置が表示される。


 くそ……やはり、破壊されたのか? 地図信号に表示されるRLCVの表示は真っ赤に染まり、耐久力が0を指していた。

「物資は無事か?」

『知らんわ! ザ───』


 怒り心頭の魔王を無視して、示された座標に向かうクラム。


 その傍らで、

『そ、そうです! この国の王子です! 何度もお会いしていたでしょう? きょ、今日だって、私の部下が全て死に絶えるほどの貢献をしました! ですから、私の功績を認め一緒に連れて……』


 おいおい……。

 バカな『教官マスター』殿よぉ。頼る相手を間違ってるんじゃないか?


 そいつに頼むのは浄化槽クソ桶と会話するのとおんなじだぜ?


『ん~? 王子王子。王子ねー? この国の王子───っていうけどさー…?』

「そうです! 私は……私はぁぁぁ!」


 『勇者』と『教官』が艦橋ごしに相対している。

 その茶番を尻目に見ながら、クラムはついにRLCVを発見。


『……いやさー、』

 そして、テンガはその酷く冷たい目で……路傍の石を見るが如く。

「わ、私は貴方に尽くした───……国も、民も、……全てを!!」



 ───だから、

 だから、私も仲間に!!

 一緒に連れて行ってくれぇぇぇえええええ!!





 懇願し、

 命乞いし、

 恩を逆手にとって、『教官』は、遠ざかりつつある飛行船に手を伸ばした───。



『あーうん』


 だが、テンガは実に軽い調子で続ける。


『いやさ───』



 ぽりぽり



『───もう、国とか残ってなくね?』


 ……。


「は?」

『つまりさー』


 テンガはにべもなく・・・・・『───お前は要らなくね?』と宣った。


「……………………そ、それは。ど、どういう───」


 ヨロヨロとすがりつくように進み出る『教官』だったが、すでにテンガは興味を失っていた。

 どーでもいいとばかりに『教官』を見ているが、手を差し伸べることは絶対にないだろう。


 バカな男だ。

 あの男に届くはずも、……ましてや───。


(くだらねぇな……アイツテンガが国なんかを救うかよ)


 クラムの一人ごち・・・・など聞こえるはずもなく、真っ青な顔をした『教官』は、ガクリと膝をついて天を……浮かび上がっていく飛行船を見ている。




 ───どうして……と、

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