第96話「断罪」

 はぁっ!?

 ……『勇者』専用の女?


「コイツらがいるだろう?」

 コイツと言って、ネリスを指すクラム。

 魔王に見えているかは知らないが、意味は通じるだろう。


『いや、ただの女のことではない……奴の力の底上げに関係しておる。ワシらの敵の───要は奴をさらに強くするためのシステムお遊びじゃ』


 な、なにを言って……?


 え?

 る、ルゥナが?


 ───ルゥナは俺と……ネリスこいつとの子供で、

この世界の人間だぞ?


『じゃから、遊びなんじゃろうな……現地生物から『勇者』に恋し、『勇者』を高みに導く存在と、な』


 おいおいおい……


「ルゥナがいくつだと思ってる? まだ……こ、子供だぞ!?」

『知らん………儂等とて全てが分かるわけではない。もしかすると、この世界の『勇者』が魔王打倒を目指すには早すぎたのかもしれん……』


 つまりは、

 本来ならルゥナが成長した後に魔王の討伐は行われて、

 そして、勇者の紡ぐ冒険は、誰もが望む英雄譚のなる予定だったと───?


『イレギュラーじゃよ……ともかく、ルゥナを連れ去ったのは『聖女』としての価値があるからじゃ…』


 魔王は言う。

 『聖女』と交われば……『勇者』はさらに強くなると───


『『聖女』と性交渉をすれば、αアルファ個体は手が付けられん化け物になる。だが、性交渉の他にもやりようはある……聖女の涙や血、体液を、……一部でも体に取り込めば、それは劇的な強さを生み出す』


 ……つまり、ルゥナが幼過ぎて手が出せないから───


「かわりに、血を抜いて……薬工場にしてたのか……!」

「ひっ!」


 魔王とのやりとりはネリスからすれば、わけがわからないだろう。

 クラムは無線機でやり取りできても、ネリスに聞こえるはずもなし。結果、一人で話して、一人で激高しているだけにしか見えず、実際にネリスが聞いているのはクラムの声だけだ。

 それが漏れて聞こえている。


 その様子は、彼女を覚えさせるに十分すぎ……さらにクラムの口から洩れた事の真相。


 それは余りにも正鵠せいこくを得ていて───


「てめぇは……」

 グググとネリスを押さえつける手に力が入る…。ミシミシという音が響くが止まれない。


「いいいいいいたぁい! やめて、やめてクラム!」


 痛いのは……


 痛いのは……


「痛いのはルゥナだろうが!!」


 何やってんだ!?

 何やってんだ!?


 何やっテンダヨオマエハァァァァ!!!


「母親だろうが!!??」

「…………」

「母親だろうがぁぁぁあ、てめぇぇはぁぁぁっぁあ!!」

「…………ぃ」


 見ろよこの太い針!

 汚い注射器!


「こんなものを娘に刺していたのか! えええ!!??」

「……ぅ……ぃ!」


 魔王軍を遥かに下回る技術水準の医療器材……

 細い針に穴を開ける技術などあるはずもなく───職人技でつくられたそれは、あり得ないくらいに太く長い……!


「一体何をやった!? 何回やった!? どれほどやったんだ、テメェぇぇぇっぇえ!!」

「う……、さぃ!」

 こんなもん、耐えられるわけがない!


 痛かっただろうに……


  怖かっただろうに……


   苦しかっただろうに……


 こいつ、

 こいつら───

「てめぇぇにブッ刺してやろうか、このクソアマがぁぁぁ!!」

「うるさい!」


 あっ?


「ぅ、う、うるさい! うるさい!! うるさいっ!! うるさい!!! うるさいのよおぉ!!」

 今の今まで虚ろな目をしていたネリス。


 それがここに来て憤怒の色を灯し、

 再開してからはじめての、まともな目をした焦点のあったそれと表情でクラムを見た。


「うるっさい! この犯罪者がぁぁぁぁぁっぁ!!!」



 …………ぶち、



「死ね……このクソアマ!!」

 ガシャーンと乱暴な音を立てて、拘束台の上にあった注射器をとり、思いっきりネリスの腕にぶっさした!


「おらぁぁぁぁ!!!」


 ザック! ザック! と立て続けに一本、二本とブッ刺す。

 筋肉アシストを伴わないそれであったため人間の腕力とさほど変わらないが、怒りの籠ったそれは、クラムが魔王軍で受けた治療のような丁寧で優しいソレではなく、腕ごとブチ折ってやる勢いでのブッ刺しだ!


 残っていた器材のなかから極太の注射器を5本全部ブッ刺してやったが!!

 

 こんなもんで「イテェ」とか言うんじゃねぇぞ!!


 だが、

「ぎゃああああ!! いてぇぇぇ!! このクソ野郎! 死ね、死ね! 死ね犯罪者! くされ(ピー)───」


 ネリスも負けじと言い返している。

 バキキ…と、力のこもった手が拘束していたネリスの手を僅かに握りつぶす。

 砕けるほどではないが、骨にはひびが入っているだろう。


「あああああああああああああ!!! いがぁぁぁぁっぁぁ!!!!!」


 あの可憐で美しい少女のような……ネリスが───野太い声で叫んでいる。

 ドクドクと溢れる鮮血が、注射器を通してスポイト部分にもコポコポと零れている。


 あとはもう! うわ言のように痛い、痛い、と、───


 それを、

「自分で抜けやボケぇぇぇ! 刺されるしか能がねぇのか! てめぇぇぇはぁぁぁぁ!」

 ゴシャーンと、乱暴に足で蹴り剥がす。肉が裂けようが知るか!


「ぎゃあああ!!! ああああああ!!! 死ねぇぇぇ! 亡霊! 悪魔! 鬼ぃぃぃ!!!」


 はっ!

 そうだ。

 そうだよ!


 鬼だ。悪魔だ。亡霊さ!!!


 ───だから、帰って来たんだよ!



 墓場から、

 煉獄から、




 地獄からなぁぁぁっぁぁ!!!




 蹴り剥がした注射器が赤く染まりつつ、硬質な音をたてて転がっていく。

 そこにまとわりついた血の、まぁ汚いこと。

 人間クソだと、血の色もクソのような色になるらしい。


 クラムが何か言葉を発する前に、キッと睨み上げるネリス───


「何で今なのよ! 何で今更なのよ!! 何で今頃なのよ!!!」


 何でよ!

 何でよ!

 何で、


 何で、何で、何で、何で、何で、何で、


 今!?

 今!?

 今今今今今今!!!!!!

 

 今更今頃、今更今頃、今更今頃、今更今頃今更今頃今更今頃今更今頃今更今頃今更今頃今更今頃今更今頃今更今頃今更今頃今更今頃今頃今更今頃今更今頃今更今頃今更今頃今更今頃今更今頃今更今頃今更今頃ぉぉぉぉぉぉ!!!


「今になってなんで帰ってくるのよぉぉぉ!!!」


 なんで、なんで、なんで!


「なんで今頃ぉぉぉ、今更ぁぁぁぁ!!」


 ───あああああああああ!!


 果てろよ……

 朽ちてしまえよ……


「───そのまま朽ち果ててよぉぉぉ!」


 ッ───

 ネリス!!


「うわあああああああああああ!!! あああああああああ!!!!!」


 ドクドクと流れる血をものともせず、ネリスは泣く……

 痛みではなく……何か別の理由で、彼女は泣く。


「ネリス……!」

「ううううううううああああああ!! ゴメンなさい……ゴメン、なさぃ…ゴメンぁあぃ……!」


 今さら──

 そうだ、今更なんだろっ!?


 今さら謝られてもぉぉ!

 第一、何に謝ってる・・・・・・んだよ!!!


「ごめん…………ゴメンね……クラム」

 ネリスは、

 カラン…と転がる医療器具のうち、ひどく汚れたナイフを掴むと───


「ごめ──」

「させるか!」


 バッキャーン! と、神速の12.7mm左ジャブをブチ放ち…ネリスの持っていたナイフを粉々に砕く。


「させるか……させるか!」


 勝手に死ぬな!

 一人で死ぬな!

 好きに死ぬな!


「──納得してから死ねっっ!!」


 誰が、とは言わない。


 クラムのことかもしれないし、

 ネリス自身のことかもしれないし、

 ───ルゥナのことかもしれない。


「黙って死ぬなっっっ!!!」


 あぁ、そうだ……


「俺が死んでいいと言うまで死ぬな、」


 あぁ、そうともさ!


「死んで楽になろうなんて、考えてんじゃねぇぇぇえ!」


 簡単に死なせるか───


「───このボケクソがぁぁ!!」

 あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛──!





「っっ……ぁぁ……ぅぅあああ!!」




 むせび泣くネリス。

 ズタボロの体は……血だらけだ。


 だが、

 憐憫も、同情も……愛情も、──感情も、もはや無い。


 薄汚れた女がいるだけだ。


 そう、ネリスという───


 妻だったとか…

 幼なじみだったとか…

 子供の母親だったとか…


 ───愛していたとか…………





 どーーーーーーーーーーーーーーーでもいい。





 ネリス。

 事情を聞きたくもあるが、


 どんな話であっても、

 もうお前にクソ興味もない・・・・・・・


 どーーーーーーーでもいい……



 ミナといい、

 ネリスといい、


 ……シャラといい。



 子供を何だと思ってる?

 お前らの肥やしか? あぁん!?


 いいさ、

 もういい。

 くっそどうでもいい……


「……魔王。まだか?」

『む? いいのか?』

「あ? なんだよ……待ってたのか?」

『気ぐらい使うわぃ……待っとれ、すぐエレベーターを寄越よこす』


 了解コピー


「クラム?」

「黙ってろっ」


 ビクリと震えるネリス。

 ただ、さっきまでの熱に浮かされたような状態でも、激情に飲まれた状態でもない。


 地だらけではあるが、致命的でもないだろう。

 見た目こそ、大怪我だが死ぬほどでもない。


 意識がはっきりしているならこれでいい。


 ゴンと、床に転がっていた医療器具の入った盆を蹴って寄越す。

 ガララララー、ゴトと───ネリスの前まで滑っていった。


 勝手に治療しろって意味だ。


「ありが───」

「30秒で済ませろ。すぐ出る」


 にべもなく・・・・・言い捨てると、

 ちょうど、地下深くから振動が伝わってくる。




 ゴォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!



 オオォォォォ……───



 ズゥン! 


 パラパラと天井から細かな埃が落ちてくる。

「な、なに?」

「世界の謎って奴だ」


 まともに取り合っても面倒くさいだけ。

 連れていくかどうするか迷ったが、ネリスにはルゥナのことをきっちり説明して欲しい。


 そして、ルゥナと再会したときに……ネリスの処遇を決めよう。

 我ながら問題を先延ばしにしているだけの気もするが、ミナとリズの件もあるように、一人で判断するには家族の問題は捩れに捩れてしまっている。


 だから、決められないんだ……


「着いて来い……」

「……」

 コクンと頷くネリス。


 足取りはしっかりとしているものの、失血は多く顔色は悪い。

 だが───同情する気には……やはりなれない。


 腕には一応包帯が巻かれているが、処置は雑ですぐに血に染まり始めた。


「早くしろ」

 ノロノロと歩くネリスの手を取り強引に引っ張ると、ルゥナの部屋から外にでる。



 そこには───













「大型エレベーター……やっぱりか」

『うむ……ここはエレベーターシャフトじゃ』




 ※ 第7章『さらば、故郷』編、完結 ※

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