第92話「強行」
ギョム、ギョム……。
『おい』
ギョム、ギョム……。
『おい』
ギョム……。
『クラム!』
スピーカーから魔王の大音声が響き、鼓膜を叩く。
「っせーな! なんだよ?」
『無視するでない。……いいのか? お主の、その───』
チ……。
「お前には関係ないだろ?」
『そうじゃが……多分
『勇者』単独なら隠蔽魔法などで隠れて移動することもできるらしいが、その他の有象無象はそうはいかないらしい。
最初はどうやって魔王軍が情報を入手しているのか気になっていたのだが、
答えは宇宙空間にあった。
偵察衛星───。
サラッと、そう説明を受けた。
勿論、概要程度は理解できたが完璧ではない。
ただ、カメラのデッカイ──高性能な奴が宇宙空間にあり……地上を見ているそうだ。
数はそう多くなく、死角や監視不能時間もあると言うが、どちらにしても地上にいる現地生物のクラム達には知覚しようもないことだった。
その監視精度は地表を歩く蟻ですら鮮明に見せ、触覚を数すら数えられるほど。
そうして、
建屋ではなく、
カラクリは簡単。この世界では一般的な書類などは羊皮紙や質の悪い紙の特性上、時に日干しすることがある。
その機会を逃さずに、全て偵察衛星によって記録され、電子情報へと変換しているらしい。
クラムの囚人兵だった頃の情報はそうして漏れたという事。
全て見透かされてるようで、昔を振り返ると中々に気味が悪い事この上ないが……当然、欠点もある。
上空から見る故、建屋内部は当然ながら見えない。
高性能の熱探知やら、生体センサーで感知こそできるものの、その精度は決して高くはない。
それ故、『勇者』をロストしてしまったのだが……。
代わりにそこから動かないものの位置情報はほぼ正確だ。
シャラ達3人は遠征から戻って以来、ほとんど後宮から動いていないという事も。
まぁそれは当然のこと。
彼女らは自由に見えて実はそうではない。
拘束こそされていないが、『勇者』の所有物として「
そういった意味で言えば、魔王軍がリズを発見したのは、ほとんど偶然だ。
リズは檻の中に拘束されている以外の時間は、イッパの家か野営中は天幕に捕らわれていたのだ。
唯一偵察衛星が捉えたのは、『勇者』から
それこそ、拾った犬猫のようにぞんざいな扱いだったからこそ確認できた。
これがもっと大事にされていたならば、
王宮内部か後宮の建屋のそれで、譲渡式でも行われていたかもしれないが……。
実際は、外で──ポイッ……と、いった感じだったらしい。
どういう理由か知らないが、『勇者』はそれほどリズに執着はなかったようだ。
従順でない者は好きではない、ということかもしれないが……その辺はわからない。
…………リズに聞く気もない。
ましてや、
『で、ルゥナだが……相変わらず消息不明じゃ』
「わかってる……聞く相手は、
待っててくれ、ネリス……皆。
会いに行くよ。
───今から、な!
『叔父さん……』
スピーカーからはリズの──張り裂けそうなくらい
「リズ……」
リズの言いたいこと。
それは分かるような、わからないような……クラムにも判断が付かない。
クラムの感情に思いを
それとも
はたまた純粋な殺意か───。
実際、クラムもリズも……この後の及んでまだ、迷っている。
『勇者』や、その他の屑どもをぶっ殺すことに何の
だが───。
家族は、
…………。
……。
ネリス……。
──君に会いに行く。
義母さん。
──話がしたい……。
ミナ。
……。
──お前はリズに何をした?
リズと話をする気はあるか?
わからない。
本当にわからない。
出会えば
魔王軍の作戦に重大な影響も出るだろう。
『……そうか、自分でもわかっとるんだろ? だから監視をつけるぞ、よいな?』
「好きにしろ」
魔王は見透かしたかのように、クラムの先回りをする。
どうやって監視するつもりかはしらないが、表立って武装隊員が付いてくるとも思えない。
『勇者』と遭遇戦になった場合、魔王軍の武装隊員など足手まといでしかないからな。
それは魔王軍とて承知しているだろう。
常に装備の回収班や医療班を念のため配備しているというが、その姿はステルス迷彩で隠されている。
味方信号からも消されているためクラムにもどこにいるかは分からない。
熱感知や生体センサーも意図的に情報を回避している。
……エプソは元より魔王軍の装備だ。情報改竄くらい平気でするだろう。
『
武器の選択と積載を担任するクラムが現場にいないのだ。
ポチの運用は、
手持ちの武器は潤沢とは言い難いが、苦戦する様な戦力は『勇者』以外にはいない。
「あぁ、任せる。『勇者』遭遇時は一時撤退した方がいいか?」
感情的には───即発見、即殺……くらいでいきたいが、
『現在の装備でも圧倒はできるじゃろうが、なんせ『勇者』じゃ……再武装してからの方がええじゃろうな』
ならば、一度戻って補給する手もあるのだろう。
『本作戦は奴の拠点を潰すことにある。……『勇者』との不期遭遇は想定していても、最初から戦う事を想定していたわけではない』
ようするに、一度撤退した方が無難という事らしい。
「
実際に遭遇した時に冷静に行動できる自信はなかったが、確実に仕留めるには魔王軍にしたがった方がいいとは理解している、……つもりだ。
「25mmグレネードとショットガンだけじゃ厳しいだろうな……」
レーザーライフルを失ったのは痛い。
補給に戻りたくもあるが、『勇者』が地下にいるとなれば再補給の隙をつかれる危険も十分にある。
結局は、このまま侵攻して地下施設を調査して、空爆により制圧ないし破壊する方が無難と言う事か。
『まずは後宮を制圧しろ。地下の調査はそれからだ』
ピコンとルートが表示される。
魔王で言うところの情報開示が通ったのか、地下施設の地図も追加されていた。
複雑な構造らしく、ところどころ「
だが、この配置───……。
こりゃぁ、
「エーベルンシュタット?」
ポツリと呟いたクラムの声は、当然マイクを通して魔王にも聞こえているだろう。
『……』
しかし、魔王は黙して語らず。
「まぁいいさ。お前らの思惑なんてな……元々そういう関係だ」
そうだ。魔王軍が何者かなんてのはどうでもいいこと。
敵でなければそれでよし。……『勇者』を倒す協力をしてくれるなら、何だってしてやるさ。
「リズ……行くぞ。支援───頼むな」
『うん…!』
リズの声を聞き、迷いを振り切る様に歩を進める。
クラムの進んだ後は空爆が耕し、更地にした。
酷い爆発音が響いているだろうに、後宮から本丸へと続く通路からは誰も出てこない。
兵どころか、
使用人すらも、だ。
元々後宮は出入りの制限される地域という事もあるだろう。
女を囲う場所としてあるため、
王族の他、厳選された兵士と使用人───そして、『勇者』のみだ。
中に飼われている女は、許可なくそこから出ることは許されない。
ネリス達とてそうだろう。
だから、言える───。
……もう逃げられない。
それはクラムのことを指すのか、ネリス達を指すのかは分からない。
ただ、クラムはもう止まらない。
ただ、征くのみ。
そう、
「ハレム」の表示をバイザー内で確認しつつクラムは進む。
ギョム、ギョム……!
機械の音は無慈悲な神の足音。
さぁ、帰って来たぞ───。
───ネリス!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます