第91話「ご尊顔拝謁賜るっ!」

 ───どっせぇぇっぇい!!




 ドォォォン!! と扉に叩きつけた兵が口から内臓を吐き出しつつ、扉を文字通りに体を張って破壊してくれる。


 そのまま上下に千切れそうな衝撃にあっという間に昇天し───……ぶち壊れた扉ごと内部にぶっ飛んでいく。




 …………。



 ……。




 ズゥゥン……!


 と、細かな破片を撒き散らしながら扉がぶっ壊れる…近衛兵とともに───。


「さって、国王陛下のご尊顔を拝見───……」


「曲者め!」

 サッと物陰から突進してくる影。声の質は思ったよりも高い───……女か。

「曲者ですが、何か?」


 文句あるか!? と、ばかりに刀を振るい真っ二つ。ギャヒっという声が彼女の最期の悲鳴。

 顔すら見る間もなく、もうもうと立ち込める埃の中に消えていく。


 しかし、そんなことは些事さじだ。


「な、なにやつ……」

 と、弱々しい声が中央に据えられた天蓋付きのベッドから聞こえてくる。

 

 ほぅ……そこにいたか。


「一民草ですよ。……王~様!」

 ズパンと、天蓋を覆っているベッドの垂れ幕を切り裂き、王に迫るクラム。

 その顔を……。


「ぐぅ……貴様、など……知らんッ」


 生憎様、俺もお前の顔なんざ知らんし、興味もない。

 あるのは、その小汚い御命だけさ。


 っと、


「…………おいおい……」


 なんで、

「……なんで勝手に死にかけてるんだよ?」

 ベッドの中にいる王は、片腕がなく、そして目玉も片方が欠損している。


「お、お前が……例の鬼神か………」



 鬼神?



「はっっ! 二つ名頂戴しているとは気分いいぜ!」

 ズン! と脅しをかけて股座またぐらに刀をブッ刺すが……。


「ぐぅぅう……貴様のせいで術者も皆失せた……ロクに治療できるものもおらん!」

 

 王国の最高の治療環境ならば王のケガなどたちどころに直せるだろう。

 嘘か本当かは知らないが、王国専属の回復魔法の担い手は死者すらも蘇らせるとか?


 しかし、魔王軍の調査結果には回復術士の大半は第2次北伐で壊滅。生き残りもほんの一部を除いて先の近衛兵団との戦いで消耗しつくしていたらしい。


 残る僅かな回復術士も、クラムが王城に攻め込んだ際に散り散りになったのだろう。

 それでも、王のこのケガが未だ治療すら覚束ないのは解せないが……。


「最低限の止血……今俺がぶっ殺したのが残った術士か?……何があった」

「き、貴様なんぞにぃ……あがががっがが!」

 

 くだらない言い合いをする気はない。

 そもそも───王に思うところはないではないが、やはり興味は薄い。

 刀で皮膚を薄く切り裂いて見せると、すぐに悲鳴を上げた。

 

 高振動ハイバイブレーションブレードは刀身を押し付けるだけで切り裂くし、動かさなければ絶えず振動するそれにより傷を広げていくのだ。


「ゆ、『勇者テンガ』だ! い、いだい! テンガだ! テンガが余の目をぉぉ、腕を捥ぎよった!」

「はぁ?」


 なんでテンガがそんなことをする?


「意味が分からん?」

「儂とて知るかぁぁぁ!!」


 なぜか激高している王に、クラムをして殺意が萎んでいく。


 そもそも、そこまで王に拘りがあるわけではない。『勇者』を召喚したり、勇者特別法を制定したのが王だとしても、だ。


 直接目の前でそう言われたわけではないし、

 害されたわけでもない。

 この国の象徴であるがために、ぶっ殺してやる気になっていたが───。


 この国───……クラムにとっての国であり、

 ……故郷は、ついさっきSLBMの雨によって消滅した。


 地方都市やら、衛星都市……その他にも、村やら貴族領などは無傷で残っているし、それらをして王国の一部ではあるが……正直、この国はもう終わったも同然だ。


 それが故にか、瀕死で呻いている王に刀を突き立てても何の感慨も浮かばない気がした。


 それくらいなら、


「楽にしてやれるが……どうする?」

 

 ……介錯を条件に情報を引き出した方がよさそうだ。


「き、貴様ぁあ! 王たる儂を殺そうというのか!!」


 は! もうどっちにせよ、終わりだよ。

 早いか遅いかだけの違いだ。


「どのみち死ぬぞ? 今か、後かの違いだ。それとも細切れにしてほしいか?」


 一応脅してみるが……正直どうでもよくなってきた。

 それよりも、さっさとこの場所も破壊して捜索を続けるべきかもしれない。


「ぐぅぅぅ……貴様の口車には乗らん」

「あーそー……」


 どうでもいい。

 ピコン、と王の居室周辺をマーキングする。


 これで、あとはクラムが危害圏から脱すれば、リズの手に寄って空爆され灰燼に帰すだろう。


 くるりと向きを変えると───。


「ま、まて……貴様、」

「……どうでもい───」


「『勇者』を討つ気だな?」


 ピタリ……。



 …………。


 ……。




「───だとしたらどうする?」


 ほんの少しだけ体を傾けて王の様子を顧みる。


「よ、余が許可しよう……」


 は?


 …………。


 ……あほか?

 お前の許可が必要だと思っているのか?


「繰り言に付き合う気はねぇ……一人で死ね」


 バカバカしい……最期まで現実が見えていないらしい。

 だからこそ、『勇者』なんぞに頼ろうとしたんだろうが、な。


 ぎょしきれない「力」なんて危険極まりないと危惧しなかったのだろうか?

 誰も対抗できない戦力。


 それをコントロールするには、……個の性格に期待するとか、

 聞くだけでも危険極まりない。


 そして、実際にぎょしきれずにこうして王は無様を晒しているわけだ。


 奴の性格が破綻している時点で、魔王討伐どころではないだろうに……。

 その時点で勇者駆逐にシフトしていれば、魔王と勇者双方から殴られることもなかっただろう。


「ぐぅ……ただで死んでたまるものか……! あのガキを……『勇者テンガ』を討て! 鬼神よっ」


 ……なんだこいつ───?


 テメェのために動くと思ってんのか?

 なんでもかんでもテメェのいう事を聞くとでも?


 ……なんかすげぇムカついてきた。


「お前の思い通りに動く気はない。奴は俺がやる。テメェもすぐに焼き殺してやるさ」


 その言葉に王はニヤリと笑う。

 激痛に苦しむ体を無理やりに抑え込んでの、凄みを感じさせる笑み。


「───奴は後宮に……そこの地下にいる」


 !?


「なんだと!?」

『なに!?』


 クラムと魔王が同時に反応する。






「……伝説の武具がな、そこにある」






 ククク……と、血を吐きながら王は嗤う。

 そうして凄惨な笑みを浮かべつつ、


「代々受け継がれてきた伝説の装備だ」

 宝剣、鎧、そして───。


『遺失物か……』

 バイザー上の魔王が苦々しく顔を歪める。


「魔王……てめぇら……?」

 外部スピーカーを切ると、魔王を問い詰める。


「イッパの野郎も、伝説の鎧───旧エプソを装備していたな」

 ……そうだ。もっと早くに追及しても良かった。


『そうじゃ、……お主の察しておる通り元々はワシらのものじゃ……αアルファ個体の持つ宝剣もな───』

「な、なんだと?」


 おいおいおい……。


 数多の人を切り、

 数多の魔族を切り、

 数多の絆を壊してきたあの剣が───。


「───おまえらの物だと!?」


『すまん……これ以上は言えんのだ。機密案件故……お主程度の職員・・・・・・・には話せることではない』


 あっ?! そんな言葉で満足すると思ってんのか?


「──…………俺は……本当の敵を見誤っているのか?」

『好きに思え。好きに言え。……じゃが、『勇者』は現にそこにおると、な』


 ち……。


「いいだろう。行ってやるさ」

 だが覚えておけよ……この戦いが終わったら、きっちり話してもらうぞ!


「ま、待て……貴様ぁ! よ、余を置いていくのか!?」

 助けろ! 殺せ! 連れていけぇぇぇ!


 と、まぁ支離滅裂。結局どうしてほしいんだか……。


「リズ───」

『うん……』


 バイザー内のマーカーを確認。

 無人機の編隊が上空を旋回しつつ、空爆行動に移り始めた。


 もはや、王城の本丸部分に用はない。

 あとは後宮とやらへ行く。


 危害半径から出たならば、リズの操る無人機がここを更地に変えるだろう。


 まだまだ元気な王の声が、ギャンギャンと響いていたが、ノイズキャンセラー指定し……その音声をカットした。

 聞くに堪えんとはこのこと。


 どうだぃ?

 王様よ……お前は感心すら持たれず───ただ焼け死ね。


 運良く生き残ろうが知った事か。

 どっちにしてもお前にとっては地獄だ。


 城も、街も、民も、兵も、臣も……全て消えるのさ。


 楽しいだろう?

 俺は楽しいぜ……ハハハハハハハ!!


 テンガに民を───王国を差し出した時から遅かれ早かれこうなるんだよ!





 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ






「『滅びろ王国っ!!』」






 図らずともリズとシンクロし、二人は笑う。


 そして、その花道を祝福するかの如くバイザー内にルートが表示される。

 何とも言い難い表情をした魔王だが……黙っている。取り敢えず作戦には寄与しているようだ。


『これはあくまでも防衛行動じゃからな。……早急に終わらせて撤収じゃ』

了解アイ・コピー……魔王ルゥナ


 ギョム、ギョム───!


 濃密な血の匂いが立ち込めている城の通路を悠然と歩くクラム。



 その背後で、



 王国の最高位者が、裁きの炎で焼かれているのが薄っすらと確認できた。


 しかして、振り返らないクラム。

 それを追いかけるように爆風と爆炎が背後から前方へと噴き出し、背中を押した。


 け───と、


完了クリア……上手にできたよ? 叔父さぁん♡』

「いい子だ」


 カン、コン……と破片だか、何かだかが装甲を叩くものの、エプソには支障なし。

 先の損傷も徐々に回復しているようだ。


 自動修理機構オートリペアはどんな時でも優秀、優秀。

 案外クラムが死んでも、エプソMK-2だけは世界が終わるその日まで五体満足で残っている可能性もある。


 うっすらと硝煙の臭いを感じた気もしたが───。

 気のせいだろう。


 国王が生き残ってようが消し炭になっていようがもはや何の感慨もない。

 ただの後始末以外の何物でもな……。


 さて、


「次は後宮───」

『うん! 行こっ』


 そうだ……行こう。二人で、さ。











 待ってろよ──────俺の家族だったもの達シャラ、ネリス、ミナ……!

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