第89話「狂気と狂喜と教義の狭義」

「侵入者だぁ!」



 ビュワン! と壁越しに撃ち抜き、射殺いころすも──複数の兵のうち、その相棒に警報を発せられてしまう。


 ち……!


 今更ではあるが、鬱陶しいことこの上無い。

 ビュワン! と警報を発した兵を再び射撃。カチ、カチッと……そこでレーザーライフルはエネルギー切れだ。


「く、まぁいい。堂々とご尊顔を拝しようとするか」 

 ギョム、ギョムと、隠す気もなく王城の……その廊下のど真ん中を歩きつつクラムは王の居室へ向かう。


 その途上で、謁見の間に到達する。


 この大きさに意味でもあるのか? と問いたくなるほど無駄にデカい扉がそびえていた。


 その扉の前を守備していた兵は先ほど壁越しに狙撃して倒したので、今は守るものは誰もいない。


「そんじゃお邪魔するか」


 あ、そ~~れっ!!

 ドッカァァッァァァァン!


「おっじゃまするぞーー!!」

 ガコォンン……ズゥン! ───「ぎゃあ!」


 扉が派手にに吹っ飛んでいくその先に誰かがいたのか、カエルが潰れるような声を出し……潰れた。


「ひいぃぃぃ!!」「き、きたぞ!」「何をしている、早く殺せぇ!」

 と、

 この国の頭脳とも言うべき重鎮どもが集結していた。


 クラムにはもちろん顔見知りなどいないが、この場所でこの面々ならば、王国の重鎮だと馬鹿でも変わる。

 何大臣だか知らないが、いかにも文官で───いいものを食ってそうな恰幅のいいデブがウジャウジャいやがる。


「よぉぉ!」

 そして、クラム。

 場に似合わない明るい声でマイク越しに話しかける。


「しゃ、しゃべった!」「あああああ、悪魔だ!」「は、早く殺せ、切れぇぇ!」


 しかし、余計に怯えさせただけで護衛の兵に、しきりに斬れ切れぇ! と叫ぶのみ。

 怯えているのは兵も同じだ。


 精鋭と名高い近衛兵。それも王宮の謁見の間付きの兵。

 普通なら最強の一角を占める兵なのだろう。だが……少数ばかりのその兵達は、見て、聞いて、知っていた。



 クラムのエプソの威容と威力を───。



 カラン、キャリン、カシャーン……。

 金属音が複数響き、何事かと重鎮どもが目をくが、

「こ、降伏する……!」「お願いだ! 俺は、ただの下っ端だ!」

 と、たった一人のクラムに謁見の間付きの近衛兵が武器を捨て投降したのだ……。



 おいおい。

 

 おいおいおいおいおい……!



「なんだそれ?」



 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいぃぃぃ……!!!



「で?」

 


 と、クラムは底冷えする声で問いかける。

「は? いや、降伏した。み、見逃してくれ!」

 

 ……??


「なんでだ?」

『おい、クラム……』

 魔王が眉間に眉を寄せて語り掛けてくる。


 これだ……。


 ───これだよ……。


 魔王軍が魔王軍であり、

 魔王軍たる所業で、

 彼等が狂っている証左。


「なんだ? 見ればわかるだろ? 忙しい───」

 外部スピーカーを切って、魔王たちにのみ話す。

『撃つなよ。投降者を撃つことはまかりならん・・・・・・

『叔父さん……』


 は!


 よく言うぜ……!


 よ・く・言・う・ぜ───!


「魔王ぉぉぉぉぅう……城下町を焼き尽くしておいて、今さら何言ってんだ?」

『それとこれは違う。投降者は撃ってはなら──』


 バンッ!


 ……ドタリ───。


『クラム!!』

『……っ』



「ひぃぃぃ! よ、よせぇぇ」

 腰を抜かす護衛の近衛兵ども。

 そして、クラムをとがめる魔王。


 リズは───。


『叔父さん───撃つ、ね』

 

 私が、……やるっ! と、

 そう言ってリズは、クラムがいるにもか関わらず外から───。


「いい子だ。リズ……もう、決めたことだもんな…」

『うん──うん……うん! っっっ、行っけぇぇ!』



 チュバァァァッァァァァァァァッァン!!



 ガラガラガラガラガラ……!!

 と謁見の間の屋根やら天井がぶっ飛んで大量の瓦礫が降り注ぐ。

 そしてそれだけにとどまらず、次弾が───!!


『避けて!』

了解コピー!」


 レーダー上にミサイルが映る。

 危害半径にクラムも収まり、どう動いても至近弾は免れない───が。


「やれ! リズぅぅぅ!」


 そうだ。


 投降?

 文官?


 ……だからなんだ!?



 だ・か・ら・な・ん・だ!!



「滅せよ───」


 勇者に連なる全ての者よ───!!!!!


 滅せよ!

 滅せよ!!


 ───せよ!!!


 …………。


 これは、

 正義じゃない。

 大儀でもない。


 ましてや───!


 復讐でもないっっ!!!


「『ただの怒り─────』」




 そして、




 呪いだ。




「『滅びろ王国!』」



 呪ってやる……!

 祝ってやる……!

 

 そうだ、

 そうだ!

 そうだぁぁ!!



「『───呪われろ祝福をぉぉぉぉぉぉぉ!』」






 これは、

 うらみだっっっ!!!!!!!!





 誓ったんだ。


 王国に、

 『勇者』に、

 『⎯⎯』に、



 そして、同時に世界を───!



 俺たちにとっての世界王国よ滅びろと───…………!!



 リズの覚悟は見た。

 目を見た。

 彼女の奥の───『ドロドロとして・・・・・・・しっとりとした・・・・・・・生温かく心地よい・・・・・・・・沼地の様な怨嗟と・・・・・・・・呪詛と憤怒と憎悪を・・・・・・・・・ぉぉぉぉぉ』を俺は見て、聞いて、感じて、…………共感した!!!




 お前ら魔王軍にわかるか!?




 ミサイルを叩き落として悦に入り、

 生き残った敵の負傷兵を手厚く介護するイカレタお前たちによぉぉぉぉ!!!!!




『ぐぅぅ……き、クラムぁぁぁ……』


 画面ごしに魔王が見たこともない表情で顔を歪めている。

 怒りとも悲しみとも葛藤ともつかぬ…それら全てがない混ぜ・・・・になった表情……。


『見て───叔父さぁぁん♡』

 あははは……と、リズのそれはそれは美しい表情。


 彼女が両手を広げてクルクルと画面ごしに舞い踊る。その姿の先に、狂ったように旋回する無人機を幻視した。


 そして発射された無慈悲なミサイルが謁見の間に突き刺さるとぉぉ───ズッ、ドオオオォォォォン!!


 瓦礫で押しつぶされた重鎮どもも、近衛兵どもも、あるいは生き残っていたそいつ等も───まとめて焼き尽くされる浄化の炎。


 ……いや瘴気溢れる呪いの焔か……。


「はーーーーはっはっは! 見ろよ、聞けよ! 王国終了のお知らせです!!」


 クラムも、

 生き残りの兵も、

 重鎮も、


 ───まとめて炎に包まれる。


 エプソのブースターを噴かせて、少しでも爆心地から逃れたものの、危害半径からは完全に逃れることはできず、


 爆風やら熱やら、破片が押し寄せ命中し、カン、コン───ギシギシと、エプソが歪み軋む音がする。

 そして、

 バイザーには損傷があちこちに生じたことが、警告音と共に表示されていく。


 致命的ではないが、無傷でもない。


 自動修復機能オートリペアが作動し始めているが、

 すぐに全力で、全回復とはいかない。


 被害はさらに拡大する。

 外装の肩部装着武器は異常をきたし、爆発する前に強制パージされ、

 とっさに体を庇ったためか、熱によってレーザーライフルの機関部が溶けていた。


 だが、そんなことは些事さじだ。

 それよりも、見ろよ───。


 ゴォォォォ……と、この国の過去も未来も現在も取り仕切っていたはずの政務の中枢が燃え───その頭脳たる重鎮が焼け溶けていく。


 死んでいくんだ……この国の頭脳が───。


 この後、破壊を免れた地方から人がやってきても、もう王国は容易には立ち直れないだろう。


 優秀、無能に関わらず国のTOPが消えてなくなったのだ。

 そして、ここにあった知識も知恵も……記録も何もかもが失われた。


 もう、元の王国には絶対に戻れない。



「ハハハ『アハハハハハハハハハハハハハッ』」


『キ……リズ、お前たち……』

 ガクリとこうべを垂れる魔王。


 あれだけ殺しておいて何がおかしい?

 俺やリズが殺した数なんて、お前らが焼き殺した数に比べれば微々たるもんだぞ?


 なぁぁぁ、リズ?


『クラム……お主──』


 憐憫の情───その目そのもので魔王は画面ごしにクラムを見ている。


『すまんかった……やはりあの手術は───』

「違う」


 違うぞ魔王。

 お前はこう言いたいんだろう?


 脳の強化手術の脳ミソ弄くったせいでおかしくなったと───。


 だから、言う。


「勘違いするなよ……元々、こんなもんさ……俺も、リズも───な」

『……うん!』


 一層綺麗な笑顔のリズ。

 ソレハソレハ、キぃレイナぁぁエーガーオ♪


 はっはっは……!


『違わん……間違ってはおらん! お前は───……』

「魔王よー……お前が俺たちを狂っているというなら、それでもいいさ。だけどな……、俺たち・・・から言わせればお前らも十分狂っているよ」


 そうだろ? 元々利害の一致だけの関係だ。


 俺はよー……思うんだが、

 お前ら風・・・・に言えば、無辜むこの人々を降伏の声を上げる前に焼き尽くしたお前らの方が、よっぽど狂ってると思うぞ?


 むしろ、

 リズはまともだろう? 

 あの子がどんな目にあったか知っているのか?

 

 まだ……。

 まだ───小さな子供の、あの子がどんな目にあったかをよぉぉぉぉ!!

 

 そんな子が仕返しを望んで何が悪い!?

 あぁん!? 何・が・悪・い!

 むしろなんて言って納得させるつもりだぁぁ? あぁぁ!?


『違う……違う……違う違う違う!!』

 聞け、クラムよ。……と魔王はヒステリックに叫ぶ。

 ……いつもと様子が違うな。


『お主の言いたいことも、分かる……儂等もお前らから見れば狂っているかもしれない!』


 あぁ狂ってるよ。


『じゃがな……儂等はお前たち以上に、血にまみれた、もっと、もっともっともっと生臭い歴史の道を知っている、そして見てきた!』


 だから、

「だからなんだ?」

『戦争には───……えぇい! 人殺しにはルールがいるんじゃ!』





 …………(笑)




 ……っくは。




 はっっっ!!!!



 

 ……!


 

 …………っっっ!!






 るーる……だ?




 はっっっっ!!!!


 ルールだぁっぁぁ!??




「ははははははははははははははははははは!」


 聞いたか、聴いたか、訊いたかぁぁぁぁ!?



 ルールだってよ、

 人殺しにルールだってよぉぉぉ!!


 戦争にルールがあーりまーしたぁぁぁ!

 ぎゃはっはははははっはははは!!!



「そいつぁぁぁぁ! 傑作だぜ、魔王ぉぉぉぉぉぉ!!!」













『ク──』

「『狂ってるよ』」




 狂ってるよ、狂ってるって。

 狂ってる狂ってる。


 狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる狂ってる!



 お前らやっぱり、


「『狂ってるよぉぉ』」


 ハハハ

 あはは


「ハハハハ『アハハハハハハッハ!!』!!」



「『クルッテルヨォォォォォ』」



『ぐぅ……』


 魔王の顔が歪む。

 さっきの表情ではない。

 あれは分かる。


 ……ただの困り切った表情だ。


「なぁ、魔王」


 だが、ここで魔王と、正気と狂気の価値について論じていてもらちが明かない。


「その話───長くなるだろ? 帰ってからにしようぜ」

 魔王軍の歴史は、少しくらい学んでいる。

 だが、それも触り程度だ。


 魔王はリズに教育を施してくれるといった。


 だから、聞こう。

 リズと一緒に魔王軍の歴史と、

 狂った価値観に至った血塗られた歴史とやらを聞こう。


 それはきっと興味深く、

 それはきっと耐えがたく、

 それはきっと___の如く、


 是非にもきっと楽しい時間だろうさ。


『……わかった……もうこの話は仕舞じゃ。じゃが、次は投降者を撃つことはまかりなら───』


 バンッ!


 と……奇跡的に生き残っていた、瓦礫の下の近衛兵の一人。

 投降者だ───。


 すでに瓦礫に潰され虫の息のそれだが……生きていた。


 そう、

 クラムが撃つまでは……。






『クラムぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!』


 憤怒の表情! それでも魔王は叫ぶ。













 叫ぶ───。

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