第88話「城内殲滅」

 並み居る敵を前にして一切動じないクラム。


 生体センサー、熱源探知等の様々なセンサー類を駆使して周辺を走査スキャンするが、『勇者』の反応はない。


 必ずしもセンサーに引っ掛かるとは言えないが、

 こんな状況で登場しないなら、奴はここにはいないと仮定してよいだろう。


 場合によっては、

 魔王の懸念しているようにエーベルンシュタットに向かっている可能性もゼロではなくなってきた。

 ともあれ、今は目の前の敵だ。


 ゴンガンゴン! と槍に矢───石礫が命中する。


 その全ては弾き返されるが、

 単純な重量兵器である投石器に巨大岩石を積んで発射されると多少危険だ。


 エプソを破壊できなくとも関節系に負荷が出たり、外装武器が破損する。


「リズ……できるか?」

『うん……任せて』


 バイザー内の支援コマンドを選択、無人機による掃射を指命した。


 その間に、クラムは投石器を重点的に狙い撃つ。

 望楼上部に備え付けられたそれは、下からでは破壊できないと高をくくっているのだろうが、

「甘ぇよ」

 バシュバシュバシュバシュバシュバシュ!


 対人ミサイルをロックオンの上───発射、細長い煙を引いて発射されたソレは、角度的に望楼に命中すると思われた。


 このままでは投石器の破壊に至らないかと見えたが……。


 ───命中直前にホップアップ!


 一度垂直に上昇すると、

 クククンと向きを急速に変えて真上から襲い掛かった。


 ドドドドドドォォン!


 濛々もうもうと爆炎が上がり、バラバラと建物上から人の塊と投石器の破片が降り注ぐ。


「クリア!」

 数基ほどあった城壁上の固定兵器は一撃で壊滅。

 あとは兵のみ。


『お、叔父さ───じゅ、準備よし!』

「───ぶちかましてやれ!」




『うんっ!』




 もはや……お綺麗ではない・・・・・・・と言い切ったリズ。

 機械越しとはいえ……初めて手を下すその瞬間───!



「───やれっ! リズぅ!」

 っっ!!!



 ……ィィィィン!!

 リズの鬱屈した想い、クラムの憤怒───それらを載せて、無人機は征く!


『いっけぇぇぇっぇぇ!!』


 バイザー越しにリズの汗の匂いを嗅いだ気がした。

 甘い……甘い、それ。


 バシュゥゥゥ……と、無人機の腹から解き放たれた空対地ミサイル。


 4機、一航過で4発───。





 それは、長大な炎を引きつつ、雑多な兵の集団にそれぞれ飛び込み───……爆裂!!





 ボォォォォォォォン!!


 と、高性能爆薬と破片の地獄を生み出した。

 たったそれだけで……貴族も他国の兵も───消滅。



 …………。




「よくやったリズ……」

 

 

 密集隊形などミサイルの前には鴨葱かもねぎでしかない。


『……死んだの?』


 ……感情の読めないリズの声。


「───あぁ、死んだ」


 ……「お前が殺した」と、偽ることなくクラムは告げる。


『うん……見てた』


 歓喜かんき癇気かんきもなく……リズはただ───。

 ただ、燃え盛る城内を見ている。

 魔王もリズも、クラムの視界をモニター越しに共有できるのだ。


「ほとんど全員死んだ。……残りは俺がやる」

『うん。見てる…見てるから、叔父さん』


 リズの気持ちは理解できるようで……よく分からないところもある。


 彼女リズが、

 今──ボタン一つで殺した兵達は、彼女を直接害したわけではないだろう。

 なかには、イッパに混じって彼女を痛めつけた者もいたかもしれないが、……全員のはずがない。


 ならば、

 彼女は自らの意思でそれ以外の者を滅することを選んだ。


 ……クラムと同じように。


 国を……。

 人を…………。



 勇者に連なるもの全てを消す殺す───!



 その意志を見せた。

 クラムに迎合したわけではなく。彼女の意思で、だ。



 その感情の向く先は───……クラムと同じであり、

 つ、僅かに違うベクトルがある。



 リズの感情として、もっとも複雑な様相を呈す存在───。

 ……ミナだ。



 俺のミナ

 リズの母親。


 彼女と彼女の決着が行きつく先にある───それ。

 それは、リズの終着点。


 リズにとっては、『勇者』は通過点に過ぎない。


「待ってろリズ。全て終わらせよう」

『うん……』


 ギョム、ギョム───。

 散発的に表れる生存者を撃ち倒しながらクラムは征く。

 燃え盛る城内の庭で、炭化し溶けた死体を無造作に踏みつぶしながら、


 炎をものともせず、

 敵をものともせず、

 命をものともせず、


 ただ、征く。



 『勇者』を討つため、

 その準備のために───。


『クラムよ。城内を掃討せぃ……それと高級将校か、王国の重鎮をを捕えて尋問じゃ。ここだけ残した意味……はき違えるでないぞ?』


 そうだ……。


 魔王軍には、王都を丸々……一瞬にして灰塵にするだけの火力がある。

 それは、SLBMだけでも可能。


 しかし、それをあえて城下町にしぼり、

 王城を無傷のままにしたのは情報収集と捜索のため。


 クラムの復讐の手助けなど二の次以下でしかない。


 クラムが止めてくれと言えば、考慮はしてくれるだろうが……止めてくれる保証などないのだ。

 シャラやネリス、ミナが王城の後宮にいたとしても、その気になれば魔王軍は、城諸共もろとも灰塵に変えるだろう。

 

 それをしないのは、ひとえに『勇者』の所在が不明だからだ。


 そこにいる保証もなく、

 見当だけを付けて灰塵にしたとて……『勇者』は復活する。


 それを観測できないまま、勘だけで攻撃するにはリスクが高すぎるのだ。

 それくらいなら、しっかりと視認し、観測する。そのうえで攻撃して正面から圧倒した方が結果的に労力も戦力も無駄にはならない。


 いるかもしれない・・・・・・・・で攻撃し、気付かぬ間に復活されて寝首を掻かれてはたまらないということだ。


 魔王軍は確実に『勇者』を行動不能にすることを企図している。

 そのため、こうして拠点潰しを兼ねながら地上兵力クラムを送り込んでいるというわけだ。


 『勇者』がいればエプソで圧倒し、

 行動不能まで追い込めば魔王軍が捕獲するらしい。


 詳細は明かされていないが地上部隊も配置されているとか。


 完全にクラムを信用しているわけではないだろうし、

 万が一、クラムが負けて捕らえられた場合に備えて、致命的な情報は伏せられているということだ。


 クラムとしては魔王軍の事情などどうでもいい。

 要は『勇者』を倒せれば、その過程も──目的もどうでもいいのだ。


 燃え盛る庭を抜けると、爆風で粉々になった王城への入り口がある。

 侵入者を防ぐための門やら防御設備は、既に機能していない。


 番兵すら地面の染みになるか、蒸発していた。


「正面に到着。これより内部へ侵入する」

『うむ……気を付けろ。さすがに無人機は中には入れないからの』


 わかってるさ……。


『叔父さん、気を付けて』

「あぁ、待ってろ……すぐ戻る」


 ガシャキと銃を構えなおすと、して警戒もせず王城内部へ進む。


 普段は採光窓にシャンデリアと、きらびやかに輝き明るいであろう城内は、爆炎と消灯により暗く沈んでいる。


 どす黒い煙は易々と陽の光を覆い隠しているのだ。


 ギョム、ギョム……。



「ぃぃぃきええええ!」

 と、内部に進入したとたん、奇声を上げて兵が躍りかかってくる。

 短槍を構えた兵に、剣兵が数名。


「どけ」


 ババババッババン!


 と銃声と同時に弾け飛ぶ兵士。クラムは一瞥すらくれずにさらに奥へ奥へ。


 暗い城内とはいえ、エプソにはフルカラーの暗視装置が付いており全く支障がない。

 むしろ、潜んでいる兵の方がこの場合不利だ。


 隠れているつもりでもエプソからすれば丸見えだ。


 生体バイオセンサーに熱探知センサー、振動探知とセンサーだらけ。生物、無生物問わず壁越しであっても探知できるのだ。


 そう、

 屋内戦はエプソが得意とする戦場でもある。

 唯一の懸念は、補給品だ。


 結局、補給品を回収することなく空挺降下後の初期装備のまま。

 もちろんそれでも十分に戦える装備ではあるが、潤沢じゅんたくと言うほどでもない。


 とは言え、数を頼みに攻撃されれば弾切れになるかもしれないなー、という程度。

 白兵装備だけでも十分に王城内の兵は殲滅できるだろう。


 それよりも、捜索範囲が広大過ぎるのが厄介だ。


「魔王! さすがに広すぎる。どこから潰せばいい?」

 バイザー内で呼びかければすぐに答える魔王、


『うむ、こちらもセンサーで内部を走査しておる。現在のところ『勇者』は確認出来ておらん。お主は捜索した場所にマーカーを設置しろ───その後こちらで空爆し、更地にしていこう』

 

 ……なるほど、時間は掛かるが少しづつならしていくわけか。

 それなら、捜索後に再占領されることもあるまい。


「了解した。正面付近捜索完了」

 バイザー内に視覚連動カーソルを使用してMAPにマーカーを設置する。

 クラムが捜索した範囲がMAP上で色付けされていった。


『うむ、お主が安全圏に移動するのを確認したら、リズに爆撃させる───油断するな……『勇者』が潜んでいる可能性は捨てきれん』


 魔王が言う『勇者』の魔法。

 それによると、

 『勇者』が自らの身を魔法を使って偽装し、隠れている可能性があるらしい。

 本気で『勇者』が隠れ潜んでいれば、見つけることはあたわない、と。


「だが、ここにいる可能性は低いんだろう?」

『何とも言えんの……蓋然性から導き出した結論でしかない。すなわち……自分の家で姿を隠蔽する意味があるか? ということじゃ』


 ……!


 なるほど。

 

 ここが勇者の本拠地なら、

 姿を隠す必要もない。むしろ誇示していてしかるべきだ。


 それがない。


 ないならここにはいない、ということ。


「確かに道理ではあるな……」

 あのクソのような性格だ。

 自分の家でコソコソするとは思えないが……。


『ま、出てくればすぐにわかる。今は任務に集中しろ。こっちはこっちで、あらゆる手段で捜索中じゃ』


 そう言って小さな胸を張るが、……クラムは逆に不安になった。

 あらゆる手段で捜索しているというのに見つからない『勇者』───そして、蓋然性からここにはいないと踏んでいるようだが……。


 クラムは思う。

 すなわち……。

 あの『勇者』が一人で行動するのか? と───。


 確か、

 魔王軍では、第2次「北伐」の際なら、勇者の取り巻きを観測することで居場所を掴んでいると言っていたが───。


 ならば、取り巻きのいない状態の『勇者』がたった一人でエーベルンシュタットを目指す?


 あるいは身を隠す?



 ……本当にそんなことがあり得るのか? 



「なぁ、魔王───」

『む。クラムよ、お客さんらしいぞ』


 『勇者』の動きに疑問を持ったクラムが何か問おうとしたとき、

 ビュィンとバイザー内に、上空の走査結果が反映される。


 かなりの数の兵がこちらへ接近中だ。


 逐次投入の愚を避けるべく、兵力を集結していたらしい。

 そのことからも、ほぼすべての残存兵力が今まさにここに投入されようとしていた。


 残りは王が潜んでいると思われる一室までの廊下をびっしりと覆い警戒している。


「ち……弾が持つか?」

『無駄撃ちをしなければギリギリじゃろうな…ま、補給品は既に外に展開しておる故、必要になったら取りに行け。───城は逃げんよ』


 そうだ。

 城は逃げない。


 ……そして現状、王国には援軍を出す余裕もないし、兵もない。


 王国にとって最終決戦に近いものがある。

 もちろん、各地方には王国の兵がいくらかはいるが、集合と集結にどれほどの時間を要するか。

 それゆえ、この場にいる兵が現状──王国を護る最後の砦だ。


「いいだろう。まずはテメェらから血祭りにあげてやる!」


 ジリジリと近づきつつある敵を示す表示。しかし、クラムはソレに付き合う気もなく───。


「コソコソしてねぇで出てこいや!」

 ビュワン! とレーザーで遮蔽物ごと薙ぎ払う。と、


 ぎゃあああああああああああ、と壁越しに悲鳴が上がる。そしてその後に続く湿った音。

 バイザー内の表示から敵の表示が半分以上消えていく。


「おら、おら、おらぁ!」

 ビュワン! ビュワン! ビュワン! オゾンの臭いが立ち込める中、バイザー内のレーダー越しに敵を狙撃。掃射。殲滅!


 あっという間に消えていく命の光……───レーダー内から敵を示す表示が消えるのはそう遠くなかった。


『エゲツ無いのー……出オチどころではないわ』

 可哀想にのーと、全く感じていない口調で魔王はのたまう。


「高級将校とかどうでもいいだろ? 王さんを捕えてやるさ」

 敵の配置からして、王のいる場所は明白だ。

 むしろその配置のお陰で道標の様になっている。


『ま、それが一番手っ取り早いのー……ほれ、行くがいいさ』

 お主の故郷のボスの最期じゃて……と魔王は締めくくる。





 たしかに……。



 クラムの人生が狂ったのは、『勇者』のせいでもあるが───。



 「勇者特別法」のせいでもある。

 そしてそれを採択したのはこの国の王だ。


 ……法律の素案をまとめ、後押ししたのがイッパとモチベェだったとしても───だ。


 それに最終的な決を与えるのは国王に他ならない。




「なるほど……あまり気にしていなかったが、王も十分にクソ野郎だったな──」

 何せ一度もそのご尊顔を拝見したこともない。


 ほとんど城に籠りきりで内政を取り仕切っていたという王。

 表向きの行事には顔を出すことはほとんどなかったというからには、

 クラムにとって雲の上の存在過ぎて、憎むという感情すら起きていなかった。


 何より、直接顔を見てののしられたり、言葉や実際の暴力を向けられたわけでもない。


 だが、

「そうだな。この国の終わりにはふさわしいじゃないか」


 ニィィと暗い笑みを浮かべると、気負った様子もなく王のおわす・・・と思われる部屋へと向かう。

 






 ご尊顔拝謁はいえつたまわろうか───……!

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