第87話「焦土」

 ───……一つ問題がのー。


 そう言って済まなさそうな顔の魔王。



「問題?」

『いやーすまん。重量箱まで上昇気流に煽られて、まだ上空でプカプカ浮いとる……予定外じゃ』


「な、なんだと!?」


 なんてこった。

 補給品が未到着か……。


 ───不味いか?

「いや、しばらくは手持ちの火器で行けるはずだ」


『うむ。城下町の敵勢力は壊滅じゃ。残るは王城内の敵じゃが、ミサイルは一発も指向しておらんからのー……あそこは無傷じゃよ』


 当たり前だ。

 それが希望なんだからな。


「あそこは俺の獲物だ。そうだろ?」

『うむ……好きにせい。今のところ儂等手出しをせん。しばらくは上空で待機しとる』


 おうよ。

 おうともよ……!


 好きにやらせてもらうともさ!


 ニィィと凄惨な笑みを浮かべるクラム。

 そして、はやる彼の気持ちを代弁するかのように燃え盛る地上。


 だからクラムは鬼神の如く地獄に降り───。

 英雄譚もかくや、戦場は彼を迎え入れようやく地上。


 周囲は燃え盛っているが、

 クラムの着地地点は、無数の散弾によってペチャンコに潰れているだけに、着地に支障はなかった。



「降下制御───……!」



 ドゴォォォォォ! と落下傘取り付けの降下制動用のブースターが点火し、落下直前で速度を落としてくれる。


 そして、ゆっくりと着地すると───パパパパパパキン! と火薬の小爆発により、強制的に落下傘のバンドが外れていく。

 

 僅かに残った地上との距離を───。


 ズシィン! と落下する頃には、足にからぶら下げていた梱包箱───弾頭の一番下に入っていた武装ラックは、既に地面に接していた。


 クラムから離れた落下傘はといえば……。

 ブワッ! と吹き寄せる熱風によってあっという間に上空へ連れ去られていった。


「降下成功! これより索敵行動を開始する」


『うむ、確認した。リズには無人機の指揮を担当させた。……なに、簡単な項目しかないから問題ない』


 本気か? ……まぁいい。


「リズ、頼むぞ」

『ド、ドラゴンの指揮……う、うん。叔父さん、私、頑張る!』


 ふ……。


「任せたッ」


 ビュィンと、バイザーに無人機のコマンドが表示される。

 ここで目標などを設定するすれば、あとはリズの指揮で攻撃開始という事か。

 細かい操作もこちらでできなくはないが、大雑把な指示の場合、リズが調整し攻撃を成功させることになる。


 二人の協同作業だな。


 ……一緒にやるのさ。




 さて、

 本日の武器は───。




 お馴染みの12.7mm重機関銃にレーザーライフルが2本上下に並んだ大型ライフルだ。

 コイツは右手の主武装になる。


 左手の主武装は上部にパンケーキの様なドラム弾倉付がついたコンバットショットガン。

 そして、同じくドラム弾倉が銃身下部についた25mm榴弾発射機だ。それぞれ銃身が上下に並ぶ。

(ザ〇マシンガンとppsh-41がくっ付いた様な外観)


 サイドアームにはお馴染みのガバメント改に、対人用のニードルガンだ。


 白兵戦装備に、これまたお馴染みの───何でも切り裂く一振りの高振動刀と、

 予備武器の、高熱で目標を焼き切るヒートナイフを備える。


 最後に両肩に取り付ける視覚連動型の小型ガトリングガンと、対人ミサイル発射装置を、ガシャキ! と、左右それぞれに装着すれば完了。


 

 前回のチョイスから使用頻度の高いものを選定してまとめたらしい。


 使用しなかった武器はほとんどが選定から外されているが、

 ショットガンを武装に組み込んでいるのは市街地戦闘と、王城内での接近戦を考慮しているのだろう。


 とはいえ、早々エプソを害することができる敵がいるとは思えない。

 刀一本でも十分に屋内掃討が可能だろう。


 ……もちろん油断はできない。

 『勇者』がいないとも言えないのだ。


『準備できたか? ルートを送るぞ。ま、どこをいってもそう変わらんがの』

 魔王の言葉に従い、バイザー内のメイン画面にナビゲーションが映り込む。


 上空偵察から見た、最短ルートつ安全な道らしい。


 信用していいだろう。

 もっとも、魔王の言葉通り……どこを行っても同じこと。


 焼け野原の更地さらちだ……生体反応もほぼない。


「魔王軍……本気で世界を滅ぼせる力があるんだな……」

 無人の焼け野原をくがごとし。


 エプソのお陰で熱風の中でも平然と歩けるが、外は地獄だろう……。


 高性能爆薬を搭載した弾道ミサイルが23発……この世界・・・・の都市に全弾命中したのだ。

 映像資料で見せられた「核兵器」程ではないとはいえ……弾道ミサイルの落下衝撃だけでも凄まじいものがある。


 そこに爆薬が詰まっているのだ……バンカーでもない限り防げるものではない。



 故にこの惨状。


 

 ……生家も思い出も、

 親戚も友人も隣人も職場もライバルも初恋の人も……魚屋も八百屋も花屋も……。

 先生も恩師も司書も、

 役場の人も教会の人も自警団の人も、犯罪者もチンピラも暗殺者も泥棒も傭兵も……。

 子供も大人も老人も、

 エルフもドワーフもホビットも獣人も、男も女も───人々が、



 全部……。


 全部…………──。


 全部溶けてなくなった。





 ギョム、ギョム……。





「リズ……見えるか?」

 ……。

『……』

 ……。


『……うん───』


 ───……。


「消えたな」 

『消えちゃったね……』


「終わりかな」

『始まったのかも……』


「あぁ」

『うん……』


「行くぞ」

『行こう!』


 ギョム、ギョム……───ヒュィィィン……! ロケットブースターが唸りをあげようとしていた。よし! 一気に、加速する。


「補給品は後回しだ。これより王城へ突入する! 魔王、『勇者』の兆候があれば教えてくれ!」

『了解した!……っと、王城内には多少ないし兵がおる。気を付けていけ』


 魔王はリズとのやり取りなど聞いていなかったのかの如く、いつも通りの受け答えだ。


「有象無象なんぞ知るか! 一気に行くっ」


 キュィィィィィン! バックパックのロケットブースターに火が灯り推進力が溜め込まれる。


 とべっ、エプソMK-2!!!


 ドゥゥン! 足裏と背中の噴射によって一気に飛び上がり高度を稼ぐ。

 燃え盛る街並みを眼下に捉えながら、示されたルートを上空からフリーパスし王城の正門前までショートカットした。


 本来なら多少は警備兵がいたはずだが、そこは閑散としており……。


「敵がいない?」

『油断するな。生体反応は城内に唸るほどあるぞ。そこは放棄されたんじゃろう』


 SLBMの破片でも命中したのだろうか?

 跳ね橋は鎖が引きちぎれ……橋そのものも半壊し、堀の中に半ば没していた。

 普通ならこれで通過困難となり、堀の手前で架橋する必要があるのだろが、エプソに限ってはその必要はない。


『内部では無人機の支援が望めん。敵の主力は屋内に立て籠もっておる……いや、中でガタガタ震えておると言った方がいいかの』


 ドゥン! と強力なジャンプで王城の外堀を飛び越えると、開きっぱなしの正門を悠々と通過するクラム。それでも敵の応射はない。


 猫の子一匹見当たらないので、構わずズンズン歩き進め豪華な前庭を横切っていく。

 真正面には狭い内堀と望楼が立ち並ぶ豪奢な城があった。


 クラムは平民がゆえ王城になど縁はなかったが、外から見るくらいなら過去何度かあった。

 しかし、こうして正門を越え前庭に入るなど生まれて初めての経験だ。



 もっとも、謁見でも表彰でもない。

 しかし───まさか、城攻めとして来るなど、当時の自分に想像もできなかっただろう。



「これが敵の巣か……何の感慨もないな」


 ピーピーピーと生体反応を捉える信号に、反射的に銃を向ける。

 前庭にある東屋あずまやに3名ほどの反応。


「消えろ」

 それが兵だろうが、女官だろうが、貴族だろうが知るか。


 ビュワンと赤い光が東屋を薙ぎ払い、そこにいたものをあっという間に蒸発させた。

 もはや誰がいたかなど知り様もない。

 そして興味もなかった。


『『勇者』の反応はない。じゃがお主の…その三人がおる可能性は高い。どうする?』

「会いに行くさ」

 当然だろ? とクラムは躊躇ためらいもなく城へと歩を進める。


 バイザー内の地図にはウジャウジャと赤い光点が灯る。

 バイオセンサーが捉えている敵味方の識別だが……当然すべて敵だ。




「さぁどうした!? お前らの敵だ。魔王軍だぞ!」




 外部スピーカーを全開にして怒鳴り散らす。我ここに在りと───。


「ひ、ひるむな! 敵は一人、討ちとれぇぇ!」

「「「おう!」」」


 豪奢な服に、見たこともない青い軽鎧姿の歩兵たち。


 近衛兵ではないな。



 ビッビッビ、ビー!!

 バイザー内の表示に、彼我不明の兵の脅威度を算出表示していく。


 

 ───貴族領私兵、白兵装備、脅威度4

 ───該当あり、伯爵領ブルーナイツ。


 ビッビッビ、ビー

 ───敵集団、脅威度7……。


(お貴族様の私兵か……野戦師団よりマシな程度ね)


「魔王軍め……! 単身王城に挑むとは天晴れ、だが、街を焼き無辜の民を殺し……あまつさえ陛下の命を狙わんとする不届き者! この剣鬼こと、伯爵がバーナー」───バァン!

 

 ……ドサッ!


 伯爵バーナー…なんとかさんは上半身が消し飛んで───あとは、静かに残った下半身がグチャリと倒れた。


「あ? すまん、長くて飽きた」


 ……。


「き、」


「「「「「貴様ぁぁぁっぁ」」」」」


 主を失ったブルーナイツ御一行は、ソコソコ素早い動きでクラムを取り囲もうとするが───。


「工夫がない」

 ババッババババッバババ!!

 ───ドパァン、グッチャ…ボン! と、


 大口径重機関銃、50口径12.7mmをまともに正面から浴びて吹き飛ぶ。

 残った兵も度肝を抜かれたのか腰を抜かしている。


「芸がない」

 ババババッババババババババ!!

 ───バァン、ベチャ…ゴトン! と、


 見逃す理由もなく丁寧に床の染みに変えてやる。


 最後に───。


「生きる価値がない」

 バン……バン……!

 ───ベチャ……グシャ! と、


 辛うじて生きていた負傷者を介錯してやる。


 ……なるほど、

 先日の戦いで王城を固めるべき近衛兵の数が随分減ったものだから、各地の貴族から兵を供出させているのだろう。

 そう思ううちに、城やそれを固める望楼からゾロゾロと兵が現れる。


 たった今起こった惨劇を目にして警戒しているのだろうか。

 自分たちは違うぞ、と言う気概を見せているらしく、重厚な盾を構えて密集隊形だ。


 そして、まぁー……見事に色取り取り。


 バイザー内の表示を読み取るのも面倒くさくなるほどの混成部隊だ。

 子爵領私兵隊やら、侯爵、男爵、準士爵、はては帝国だとかの他国の兵までいる。


「おーおーおー必死だねぇ」


 当然指揮系統はテンでバラバラ。

 遠巻きに包囲する連中。

 盾を構えて威勢の良い声と共に槍を突き出し攻撃前進。

 かと思えば、望楼の高所からの槍に弓矢と言った射撃を加えるもの。


 いくらかはいるらしい近衛兵どもは、城の防御設備の向きを内向き(いつもは外に向けている)にし射撃姿勢。

 投石器には籠に入った大量の石礫だ。


 そのうちに、


 ガン、キンと矢やボルト弾が次々に命中するも貫通けるはずもない。


 ボンボンボボォォ! と炎を感知したかと思えば、私兵の中にローブを着た──いかにも魔術師風の連中もいる。

 優良歩兵を抱える……侯爵領自慢の「魔法兵連隊」とバイザーの表示は教えてくれた。


 クラムを懐に誘い込み、一斉攻撃を狙っていたのだろうか…?


 ならば、ブルーナイツさんらは抜け駆けしたのだろうか、

 それとも連携不足かもしれない……。

 あるいは勝手に仕掛けて勝手に全滅した?


 まぁ、結果にはさほど影響はない。


 連中が、連合しようが連携しようが連盟しようが……エプソの前には脅威にもならない。


 一応は、ブルーナイツ以外の残敵は予定通りの行動を開始、

 満を持しての攻撃を実施したというところ。


 クラムの前に逐次投入ではなく、一気に大兵力を展開できた。

 たまたまタイミングが合っただけかもしれないが……様にはなっている。







 ま、


「この様子じゃ、『勇者』がいるはずもないか」

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