第85話「愛しき人よ」


『うむ……仲良きことは、良いことかな』


 リズの肩をポンポンと叩きつつ、魔王がドヤ顔。ちょっと腹立たしいが、感謝せねばならないだろう。


「感謝する……」

『……うむ、感謝されることでもないが、姪御さんを大事に思っているなら───ちゃんと話をしろ。……リズは、お人形さんではないぞ?』


 ……あぁ、わかっている。


「リズ……頼む、俺をサポートしてくれ」

『うん! なんでもする……叔父さんのためなら何でもする!』


 何でも……。

 何でも・・・するよ!


「ありがとう……リズ。───おい、魔王!」

『おうよ』


 コイツもブレないな。


準備よしだアィム オーケィ」 

『うむ。こちらもそろそろじゃ、じきにカウントダウンが始まる。心しておけ。──今回は敵地も敵地……敵の巣じゃ。『勇者』がいる可能性が最も高い場所じゃ……』


 そして、

『あの3人も、な』


 ……了解コピー


「……リズ───」

『うん?』


「……ミナが、……いたらどうする?」


 そうだ。

 これは重要な話だ。もっとも重要だ。


 シャラとネリスは俺が方を付ける・・・・・・・───!


 だが、……ミナは違う。

 彼女は裏切り者かもしれないが……俺にミナのことをとやかく言う権利は、本来……ない。

 

 妹だ。


 誰を好きになろうと、

 誰に体をゆだねようと、

 誰と愛し合おうと、───それがテンガであろうと、な。


 彼女の始末は……リズに委ねよう。


 リズが俺にたくさない限りは……。


『…………わ、』

 わ───?


『わかんな、い───……』


 ……そう、だな。


「いい、リズ。いいんだ」

『わかんない……』


 わかんない! わかんない!



『───わかんないよ! わかんないよぉぉ、お母さん!』



 ……そうだ。

 それが普通だ……───!


 それでいいんだ! リズ!!


「いい! いいんだ、リズ! 任せろ! 叔父さんに任せろ!」


 そうだ…俺も、シャラやネリスにあって……どうする気だ?

 この胸にある苦い塊を、


 そう、この思いを───。


 ただの殺意としてぶつけて良いのか……?


 本当にそれは殺意か?


 なぁ、どうなんだ?


 …………。


 ……。


 どうせ俺もわからないんだ。

 それをリズに決めさせようなんて虫が良すぎるな……。





 そうだ───。





 俺だって迷っている。


 あの、雨の日……。


 ………。


 (───手……大事になさい───)


 そう言って、義母さんシャラは俺を治療してくれた……。


 テンガを止めてくれたこともある……───。


 裁判の時には、俺の処遇について抗議してくれた。

 牢獄まで面会にきてくれた……。





 美しいヒト───。


 シャラ………。





 結局、最後まで……。


 いや、最初からわからない───。


 彼女らをどうすべきなのか……。

 殺したい気持ちも、──ある。


 だが、…………あの幸せだった日々が、

 絶望の中で見た小さな優しさが、俺を躊躇ためらわせる───。


 あの日、……包帯が巻かれた手。

 それが…ありもしない幻痛となってクラムをさいなむ。





 テンガの様に───……底抜けのクソ野郎だったら良かったのに……。





 義母さん、

 義母さん、

 義母さん、




 か───。




 ブーーーーーー!

 詰め込まれたミサイル内にブザーが鳴り響く。


 無機質な女性の声……機械音声が流れる。


『発射管注水中……完了まで30秒───……出撃職員は、発進に備えてください』


 鉄の壁の向こうに海水が待たされていくのが、

 その音と、どことなく冷えた気配で感じ取ることができた。


 ゴボゴボゴボ……と、


 周囲を満たしていく海水。

 潜水艦から伝わっていた機械の音もやや間遠くなり、水壁を挟んでくぐもって聞こえる。


『クラムよ……準備はよいか?』

「あぁ、準備よし」

『叔父さん……』

「リズ、行ってくるな!」

『うん……武運を───』

「おう」

『発射後は通信が一時的に途切れる。目標上空でミサイルは一度減速し、そこで通信が回復する。その後は降下するぞ?』

「わかってる」


 シュミレーションは体験済み。

 発射から降下、着地まで合格点だった。───行けるさ。


『うむ、気を付けてな』


 ブーーーーーー!


『発射管注水完了、サイロ開放します』


 ゴックン……と重々しい水密壁が解放される音が伝わり、

 クラムの収まっている発射サイロ内に僅かに残っていた空気が、シュワシュワと音を立てて水上へ逃げていった。


『SLBM改、発進準備───……カウントダウン開始します。5、4、3、2、……』




 あぁ、そうだ。


 なぁ義母さん、

 義母さん、

 シャラ───……。





 ───会いに行くよ。




『……1、0───発進します』


 ゴゴオゴゴゴゴゴゴオ!

 足元から伝わる振動が最高潮に達し───……直後突き抜けるような衝撃が頭から足へと走る!

 

 エプソがミシミシと音を立てるほどの凄まじいGだ。


「ぐぅ!」

 一瞬、ブラックアウトしかけた脳に…………あの雨の日のシャラが浮かんだ。


 ……ネリスではなく、


 シャラ───。




 クラムの中にあるこだわりは、あの3人のうち誰なのか……正直、もはやクラムにも分からなかった。



 ゾォォォン! と、頭の上で盛大な音。


 浅深度から飛び出したSLBMが海水を割ったのだろう。そしてそのまま勢いが衰えることなく高度を上げ───コンピューター制御に従って水平飛行に映る。


 この辺りは改良型故だろう。


 本来のSLBMなら大気圏を割り宇宙空間から目標を狙うのだが、このSLBM改はどちらかと言うと巡航ミサイルトマホークに近い。


 なんたって王国近海にいるのだ。態々わざわざ大気圏に出る必要などないというもの。

 クラムへの負担も減らすため、宇宙空間からの突入などできるはずもなし。


 しかし、その他──空爆用の本家本元ほんけほんもとのSLBMは違う。


 クラムと同時に打ち上げられた全力発射───SLBM23基は、物凄い轟音を立てて宇宙空間へ向かう。


 そのまま大気圏を割り───再突入して、目標に直撃するのだ。


 もちろん、クラムにはその様子は見えない。


 遠ざかりつつある、潜水艦が潜む海を高速で飛び去り、

 そして、近海が故の短距離飛行。

 

 あっという間に目標上空に差し掛かる。



 ヴィー! ヴィー!


 警告音の後、

 ビュィンとバイザー内に魔王とリズが現れる。


『叔父さん!』『あーテステス……───リズぅ……』

 通信の導通点検をしようとしていた魔王の声にリズのそれが被る。


『あ、ご、ごめんなさい』

『うむ、今は大人しくしておれ───んっんー……ゴホン、テステス』


 うまくやっているようだな……。


「感度良好、異常なし」

重畳ちょうじょう、重畳ぉ! では、降下まで誘導するぞ、準備しろ』 


 ピコ……パパパッパパパと、バイザー内に、様々な数値や映像が現れる。

 魔王側で遠隔操作し、降下に必要な情報を送っているらしい。


「問題ない。準備よし」

『うむ。では目標上空に達したら合図を送る。降下の際の開傘衝撃に気を付けろ。前回とは違い、水平状態からの落下になる』


 あぁ、なんでもやってやるさ!


 では、くぞ───!

『───風速よし、高度よし……敵航空兵力なし。進路クリア───……コースよし』


 ゴゥゥン……と、

 ミサイルの腹が開く音がして、

 バイザー内の画面には、クラムの正面が……つまり地上の姿が映し出される。




 クラムの故郷……そして、敵の棲家───王都の風景だった。




『コースよし、コースよし、コースよし……用意、用意、よーい……』


 ヒュルヒュルと風がミサイルの腹の中に流れ込んでくる。

 装甲ごしに感じるはずもないが、故郷の空気を……匂いを感じた気がした。


『───……降下!!』


 降下! 降下っ!!











「エントリィィィィィ───!!!」

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