第83話「潜水空母」

 潜水空母は、空中空母よりも遥かに巨大だった。


 マリンブルーの船体は……もはや島と呼んでいい大きさで、巨大な空中空母が甲板に合って尚、余裕がある。


「ほぇぇー……」


 潜水空母の甲板に立つリズはまたもや口をポカーン、と。

 クラムの服の裾をキュっと掴むのは忘れていない。


 そして、地面を確かめるように甲板を叩いている。ゴンゴンと言う鈍い音は、装甲もかなりのものだと思わせる。


「おっきくて……固ぁい……」


 感心したような顔のリズ。

 ザラザラとした手触りの良い甲板はキラキラと輝いている。さっきまで海面下にあったためか、塩分が結晶化しているらしい。


「本当にデカいな……」


 ふふん、と不敵に笑うのは魔王。

「どーじゃ、ビビっただろ」

 なんで魔王が偉そうなのか分からんが……。


「デカけりゃいいってもんでもない気がするぞ」

 なぜか負け惜しみっぽく言うクラムに対して、


 ビチビチ!

 うぞうぞ……。


 と、空いた甲板には小魚や、

 ……巨大なイカが打ち揚げられている。


「おっほぉー……デッカいイカじゃの~?」

 旨そうじゃの~、とか暢気のんきにいう魔王だが……。


 く、

「く?」

「クラーケンじゃねーか!!」


 凄まじくグロテスクな生き物……海の魔物として恐れられているクラーケンだ。

 それを遠巻きに見ているのは潜水空母の職員たち。


 何人かは恐れず、干上がって動きの鈍くなった足を切り取っている。


「空中空母と違って、潜水空母ではこれが楽しみなんじゃよ」


 そう……。

 別に物見遊山でここにいるわけではない。あ、いや。遊びには違いないのだが、

「海鮮バーベキューって……呆れたな」

 

 糧食の節約じゃ! とかいってるが絶対楽しんでるよな。

 というか、


「アンタらの映像資料で見たぞ? ダイオウイカクラーケンは臭くて食えないって」


 たしか、ジスカバリィなんとかで……。


「ふっふっふ……こいつはクラーケンじゃ。ダイオウイカと違って浅海性の大型イカでの……アンモニア臭はせんよ」


 なんでも、深海性のダイオウイカやダイオウホウヅキイカは、その生態からアンモニアが溜まるらしいが、この浅海性のクラーケンは臭みもなくあっさりとしているらしい。



 魔王に至っては───生で食うのが旨いんじゃ! とか言ってるし……。


「リズは食うな───」

「ん?」

 もっちゃ、もっちゃ!


「おうふ……」


 口いっぱいにイカの切り身を頬張っていらっしゃる……ウチの姫君ひめぎみ物怖ものおじしない。特に食べ物に関しては……。


 潜水艦の連中は、リズを見るのが初めてなものだから、

 もう……遠巻きに眺めつつもニッコニコ。

 勇敢な奴はさっそく餌付けしている。


 クラムも皿に盛られたイカの切り身を魔王から貰う。


「試してみぃ……これを付けて食うんじゃ」

 皿の隅っこに緑色のペーストを分けてもらい。醤油をぶっかけて渡される。


 ……匂いは───ない。

 けど、怖い。


「……リズ、旨いか……それ?」

「おぃひぃよぉぉ」


 ねっちゃ~と口いっぱいに白いものが───エッロ!!


はしたないから口は閉じようね」

「ぁ~い」


 お口の中一杯だよぉ…って、……おぅふ。

 リズぅぅ……。


「い、いただきます……」

 リズの言うところの「旨い」は宛にできないけど、イカごときにひるむわけには!


 南無なむさん!


 パク…………。


 …………。


 ……。


 興味津々で見ている魔王。

 そして───。


 ツーーーーーーン!


「ぐぼはぁ!」

 目、目が、鼻が!


 ど、ど、ど……。


「毒ガスだ!」


 涙が止まらん! 鼻が痛い!

 マズイ、神経剤攻撃を受けている!?


「カッカッカ! そりゃワサビと言うもんじゃ……お主のは、ただの付けすぎじゃ」


 ホレと言って、

 魔王は、イカの切り身にちょこっとだけワサビを乗せるとペロリと平らげる。


「んーーーーー!! 獲れたては甘いのー! 身も白みがかった透明で新鮮そのものじゃ!」

「おいひぃぃねー!」


 魔王には若干苦手意識のあるようなリズだが、この一時だけはそんな様子はない。


 っていうか、リズにはワサビないじゃん! なんで俺にはたっぷりくれたよ!


「子供はサビ抜きが基本じゃ……ほれ、リズよ」

 職員が遠巻きにリズを眺めつつ、餌付けしたそうにしているので魔王から手渡されるソレ。


「なんだよ? ライスにイカ乗せただけかよ」

「む!? バカにするでないぞ? これは寿司と言ってだな……───」

 パクッ!


「おぃひーーー!!」

 パクパクパク……。


 おうふ。リズさんや、また暴食始める気かぃ!


 それを皮切りに遠巻きに見ていた職員はニッコニコ顔でリズに餌づ……──御裾分おすそわけをくれる。

 

 いつの間にか、テーブルに椅子まで準備。


 そこかしこで、ジュー……ジュー……♪ と、バーべーキューの音まで立て始めている。

 生臭~い魚を焼く匂いにクラムは閉口していたが、リズは鼻をムンムンと動かし食べる気満々。


 すでにテーブルの上にはトビウオの切り身やら、

 イカゲソやら、

 ニシンの切り身ハーリングのタマネギペースト添えやら、

 赤身魚のマリネやら、

 ───生中心の料理がズンズンと並んでいく。


「……もう、好きにせぃ」

 魔王軍のこだわりは半端ではない。

 こと食に関しては、「生」だとか「蒸し」だとか「焼き」とか───もう色々だ。


 初めて食べる美食? にリズは感動しっぱなしだ。


 おいひーよー、おいひーよーと言って、生臭そうな魚をパクパクと平らげていく。

 粗食に慣れたはずにクラムにも、流石さすがに生食は中々真似できない。


 だが、魔王軍の連中と来たら……。


 ……。


「俺にもビールくれ」

「ほいよ」


 いつの間にか家族のテーブルの対面に座る魔王。

 瓶ビールを片手に、クラムの前に空ジョッキを置くと無造作に注ぎ始める。


「こんな、ノンビリしていていいのか? 明日には……」

「だからじゃよ。……英気を養え」

 戦いの前だからこそやっているのだという。壮行会じゃ、そーこーかい! と魔王はのたまう。


「ま、……リズは喜んでいるし、いいが……」


 ホレと、焼いたイカを渡される。くんくん……。


 近くのバーベキューコンロでは次々に海産物が焼かれていく。

 甲板でビチビチと撥ねる魚は料理人たちの手で手早く締められ、調理されているのだ。


 未だウニョウニョ動いているクラーケンも既に死にていだ。


 果敢な料理人たちの手によってゲソは全滅。

 天辺の耳の部分もベリベリと剥がされにかかっている。


「デカいだけあってしぶといのー……まぁ新鮮なのは良いことじゃ」


 手渡されたイカの焼き身をナイフとフォークで切り分ける。

 パクリ……お!


「焼いたらイケるな!」

「じゃろ。生も行けるんじゃがのー」

 と、チョイチョイと醤油を付けてイカの切り身を食べる魔王。そしてビールをグイグイ。

 ……その組み合わせはどうなんだ?


「安心せい、ビールと合わぬツマミなどないわ」

 ……心を読むなよ。

「お前が顔に出やすいからじゃろが」

 うるせー。


 ったく、……グビリ。


「お、旨いな!」

「言ったじゃろ。ビールに合わぬわけがないと」

 とか言いつつ、魔王は職員に別の酒を持ってこさせる。


 日本酒とかいう水のような酒は芳醇な香りを放っていた。


「お主の貧乏舌には……合わんから、やらんぞ」

 と、クラムが何かを言う前に魔王に釘を刺される。……いらねーよ。

「結構だよっ」


 グビグビ……ぷはー。


「それにしても相変わらず健啖けんたんじゃのー」


 モリモリ食べ進めるリズ。


 山積みになった海産物。焼き魚に焼きイカ。油で絡めた中華風の魚に、香辛料たっぷりのイカ揚げ。


 遠慮の二文字は、もはや……どこにもない。


「お……来た来た!」

 ついに解体されたクラーケンから巨大な肝が引き摺り出されて……職員がベチャーと黄色の内容物を掻きだしている。


「おえ……」


 グロすぎる。さすがにアレは……。

「──食いますが何か?」


 と、滅茶苦茶真顔の魔王。


「……あんたら魔王軍だわ」

 あんなもん食うとか頭おかしい、としか……。


 ってリズゥ!?


「おいひぃぃ!!」

 肝と醤油を混ぜたものを出されると、躊躇なく大振りのイカの切り身と絡めて食うリズさん。

「大きくて全部入らないよぉ……」

 とイカの切り身を口からタレーんと垂らす。


 微妙にアレな光景に、潜水空母の職員……なぜかテンションがMAX。


 リズはリズで、

 赤い舌を出しつつチュルルと、少しずつ口の中に入れていく。


 ……リズさん外しませんね! 叔父さんとっても───。


「キモイ奴じゃの」

 魔王ぇぇ。

「そんなもん食ってるやつに言われたくない。……よく食べようと思いついたな」


 肝醤油とか言うそれにイカの切り身を絡めて食う魔王たち。

 さらには、大きめの切り身に切れ込みを入れ、その中にイカゲソを詰めて肝醤油をたっぷり注いで封入。……そして焼く。


「鉄砲焼きじゃ! リズ、遠慮せず食え!」


 うちの子に変なもの勧めないでくれ!

 と懸念しているうちに、焼きあがってしまった。


 匂いは旨そう……。


 ───あーもう好きにしてくれ。


 クラムは焼き物や揚げ物中心に、ヤバくなさそうなものを選んで食べる。


 ニシンのハーリングもどきは結構いける。

 生でもこれならありだと思うが……。


「おいひぃぃぃ!!」

 鉄砲焼きを頬張ほおばり、口の周りをベットベトにしたリズさん。

 あれが近海の悪魔……クラーケンだとは誰も思うまい。


 そうこうしているうちに、甲板に打ち上げられた魚の調理は終わり、イカもイイ感じに調理されている。


 物騒な兵器を、山の様に積んだ潜水艦の上とは思えないほどに──長閑のどかな光景だった。


「どうしたクラム?」

 魔王は何気なく声を掛けてくるが、


「平和だなーと思ってさ」

「? そうじゃな、それがどうした?」


 ……。


「何が間違って、戦争なんてやってるのかな、と……」

 ポツリと零すクラムに魔王は、


「……___のせいじゃろうな」


 ん?


「今何て?」

 ……


「いや、気にするな。───戦争なんて起こるべくして起こっておる。……もっとも、今回のは特殊じゃ」


 そうだ。


 魔王軍の言い分では、先に攻撃を仕掛けたのは人類だそうだ。

 魔王領と接していた国々が、度々越境しては略奪を繰り返していたらしい。


 それは日常茶飯事なのだが、

 たまたま警戒のため出張でばってきた、魔王軍の呼称でいう「現地軍」と人類軍が正面から激突。

 略奪目的の人類軍は、軽装なくせに大荷物で鈍重。


 あっという間に壊滅した。


 だか、こともあろうことか……。

 盗人猛々しいと言うか……。


 魔王軍の侵略だと声高に叫んだという。


 だが、世は言ったもの勝ちのクソ世界。

 人類の軍が壊滅したという報は、各国をして脅威に映り───『勇者』の召喚が行われるに至ったと……。


「先に手を出した方が悪い! とそういう話もあるんじゃろうが……そんなものは大義名分の前にはかすんでしまう」


 イカを摘まみつつ、妙に胴に入った様子で話す魔王。


 実際、人類側は魔族憎しで連合し攻め込んできたと言う。


「放っておいても良かったんじゃが……αアルファ個体の存在を確認したんでのー」

 魔王は仕方なしと言った顔。




αアルファ個体……」




 魔王軍のいうαアルファ個体というのは、突然変異の人の形をした化け物・・・・・・・・・のことらしい。

 「MAOH」はそう言った個体をあらゆる地点で観測し、駆除する組織だという。


 そして、そのαアルファ個体はあくまでも、その人型の化け物の一個の種類でしかなく。

 その他にも、


 βベータγガンマδデルタなどがあるという。

 

 厄介なことに、今回の『勇者』はαアルファ個体という…一番厄介なタイプ───不死身型らしい。


αアルファ-1型は、ノーライフタイプ……死んでもその場で復活するタイプじゃ、……テンガがこれに当たる」

 ……まだ、α-1型で良かったわい、と魔王……αアルファ個体の中でも、マシな方らしい。


「あれでマシ!?」 

「そうじゃ、厄介なのはαアルファ-2型と3型じゃ」


 テンガよりも厄介なタイプ……。


αアルファ-2型は再出現リポップタイプでの……死んでも、決められた場所で───また復活するのじゃ」


 故に、捕らえることは困難を極める。と──。


「対策としては、殺し切らない・・・・・・ようにするか……再出現場所リポップポイントを確保するかじゃな」


 そして、

αアルファ-3型……───もっとも厄介な奴じゃ」

「……」

 無言で先を促すと、

「3型は、任意記録セーブポイントタイプといっての……自身で決めた場所を記録セーブしておけばそこで復活を始める。……しかも一カ所ではなく、個体差もあるのじゃろうが───複数の場所を記録セーブできる」


 故に捕捉するのは困難だと、……そういった。


αアルファ-1型も、あれはあれで手強い。だが、拘束できれば手はなくもない」

 そう締めくくると、黙々とイカをつつき始めた。





 ……『勇者』の種類、か───。





「アンタらは、何と戦っているんだ?」


 ……。


「最初に言ったじゃろ? 『偉そうに人の運命を弄ぶ諸悪の根源』という奴さ───」







 それは……。







「クラム───余計なことは考えるな……目的を見失うぞ」

 魔王はぴしゃりと締めくくる。


「……あぁ」


 釈然としないものを感じたのは事実だが、魔王のいう事は間違ってはいない。

 俺の目的は変わらないさ。


「そうじゃ、それでよい……今は鋭気を養え」


 ほれほれ、食え食えとニシンのハーリングモドキを沢山分けてくれる。

 付け合わせのタマネギが目に染みた。


「出撃は明日……」


 ギュ……と握りしめる手に、そっと重ねられるソレ。

 リズの小さな手だ。


「叔父さん?……これ、おいしーよ!」


 そう言って差し出されるイカのお好み焼き。


「あぁ……。ありがとう───」

 そうだ。余計なことは考えるな…。俺の目的はブレない。『勇者』を───。


 ナデリコ、ナデリコと──リズのサラサラの髪質を楽しみながら、こってりとした味のお好み焼きを堪能たんのうする。


 魔王たちの敵と俺の敵は違う……だが、利害は一致しているんだ。

 ───最後まで行くさ。


















 そう……最期・・まで、な。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る