第82話「格納庫」

 ビィー……!


 空中空母の内部に一度だけ警告音が流れる。

 各所に設けられている警告灯の明かりは緑。異常事態ではなく業務通達の類だ。

 作業の手を止めて注目せよ───、と言っているのだ。


 そして、機内に流れるオペレーターの声、

『全職員に告ぐ、本機はこれより30分後に潜水空母と合流する。一部職員の交代を実施するため対象要員は移乗準備せよ。

 繰り返す~…』

 

 潜水空母……。

 また、とんでもないものが出て来たな。


 戦闘訓練を受けたクラムは、魔王軍の戦力の一部を閲覧できる立場にあった。

 敵味方の区別を行うためらしいが、その中で様々な兵器の知識を叩き込まれていた。


 全長1,000mを越える海の覇者だ。

 空中空母ですら、垂直離着陸機能を使えば発着させられるという規格外のデカさを誇る。

 オマケに全通甲板を持ち、ほぼすべての機種を発艦させられるという。


 ……冗談に冗談がくっ付いた様な代物。───ただしこれでも、現役の軍からすれば博物館級の骨董品なのだとか?


「叔父さん?」

 今日も今日とて、リズはクラムにべったりだ。


 空中空母での行動に制限などなく、クラムもリズも用事の無い時間は広い機内を気楽に散歩している。

 今は、通常区画で見るところもなくなってきたので無人機が収められている格納庫を見学していた。


 とはいえ、

 格納庫も、艦載機の整備などとっくに終わっているために人気ひとけはなく閑散としていた。

 一部の職員が潜水艦と合流後に受け渡す物資の準備と、逆に受け入れる物資のスペースをチェックしているくらいなもの。


「なんでもない。もう少しで、海の上にいる魔王軍と合流するらしい」

「ふーん?」


 巨大な飛行機と、海の上の魔王軍というのがリズにはピンと来ていないのだろう。


 ……俺も正直ピンとは来ないけどな。

 空母なんて映像以外で見たことないし……。


「これは?」


 リズはすぐに興味を失ったのか、今は目の前で深緑色をしたドラゴン───無人機に興味津々だ。

 近くに職員がいたので目で訴えかけると、コクリと無言で黙礼。「いいよ」という事らしい。……ありがたい。


「こいつはA-100ライジングボルトⅡ……無人の対地攻撃機だ」

 V-TOL機能のために、エンジンそのものが回転する機構をもった2基のそれと、

 翼の下にぶり下げられている大型ミサイル。

 そして機種先端に突き出る6連銃身をもった30mmガトリング砲。

 その他、武器が換装可能な翼内コンテナ。


 これがドラゴンの正体。


「ほぇぇー……」


 リズがポカ~ンと口を開けて無人機を見上げる。

 チンマイ体のリズには、さぞ大きく恐ろしげに見えるだろう。

 魔王軍の奴らは態々わざわざ機首にシャークペイントを入れていやがるもんだから、初めて見ればドラゴンと言われても納得だ。


「こいつらが地上の俺を援護してくれる頼もしい仲間だ。ある程度プログラムで動くこともできるし、遠隔操作も可能だ」 

 普段はプログラムだがな、と付け加える。


「ぷろぐら……?」

 と言っても……リズに理解できるはずもなし。

 こういう時はあれだ───。


「魔法みたいなもんだ」

「魔法かー……」


 うーむ……魔法って言葉、マジで便利だね。


「お。クラム、ここにおったか?」

 テフテフと小さな足で近づくのは魔王。

 カメラで監視していただろうに、わざとらしい。


「なんか用か?」

 どうも魔王にはぶっきら棒に答えてしまう。油断するとルゥナの姿に涙腺が緩みそうになるのだ……。その予防を兼ねた態度をしているうちに、いつの間にかこれが定着してしまった。


「用が無きゃあいっちゃいかんのか?」

 ムっとした顔の魔王……くっそ可愛い。

「家族との団欒だんらん一時ひとときを邪魔せんでくれ」

「い、いいよ叔父さん……」

 リズは魔王のことが少し苦手なのか、体を半分ほどクラムに隠して遠慮する。


「ほれ、姪御さんもそう言っておる。ええから聞け」

「へーへー」

 元々聞くつもりなので殊更ことさら反対する必要性もない。

「今は、潜水空母の上空じゃ。直に着艦する」

 うん? それで……?


「潜水空母は海上侵攻し、王国近海まで進出しておる。ゆえに次に出撃は潜水空母からいく。お主も移乗せぃ」

 なんだと?


「リズは、……どうする?」

「この機に残す。潜水空母はお主の出撃を援護したら直ちに潜航、……潜望鏡深度から支援するから安心せい」

 違う。

「支援の話をしてるんじゃねぇ! リズを置いていけるか!」

「アホゥ! 姪御さんを戦場に連れていく気か! ……ったく、安心せい。……空中空母は引き続き上空援護する、しばらくはな──」


 ……そうか。


「じゃが危険じゃ……本来は潜水艦のほうが安全かもしれん、しかし姪御さんのほうは一刻も早くエーベルンシュタットへ連れて行き、精密検査したほうがよい……その、なんだ。───ひどく痛めつけられていたようじゃからの」


「っ!」


 それを言われると弱い。イッパや『勇者』になに・・をされていたかわからない……。


 人道的──とやらの実践のため、リズを病院で検査するという。

 そのため、作戦行動終了後───空中空母で一時エーベルンシュタットへ帰隊するらしい。


 潜水艦は特性上、海上行動に限られる。


 実際は、エーベルンシュタットの下まで人工的な地下水脈が掘られており、そこから入港可能らしいが、

 ……さすがに少女一人のために、潜水艦を移動させるわけにはいかないという事……まぁ納得と言えば納得。


「輸送機を飛ばせばいいんじゃないか?」

 空中空母には輸送機も搭載されている。

 一々、空中空母で帰るくらいなら一機だけでも輸送機を分派した方が効率が良いと思う。


「……そうしたいのは山々じゃが……───」

 魔王は苦り切った表情で言う。







「……勇者の所在が掴めん」






 ※


 なんだと?

「なんだと!?」


 あ、声に出してしまった。

 あまりの怒気にリズが怯える。


「落ち着け……それが故の処置じゃ。……エーベルンシュタット側でも大分慎重になっておる。……奴には無人機が2機もやられておるからな」


 ……つまり、輸送機も例外ではないと。


「でも……あれは例外だろ? 低空飛行を狙われただけじゃ───」

「万が一という事もある」


 そうだ……勇者テンガは規格外。

 最強の生物……αアルファ個体だ。

 何が起こるか分からない。


「最悪の可能性として……さいあく、エーベルンシュタットに向かっている可能性もある」


 『勇者』は魔王を討つ。それが使命だ。

 本能的に成し遂げようするらしい。ならば、エーベルンシュタットに向かっている可能性は否定できない。


 とは、言え───魔王軍とて手をこまねいているわけではない。

 「……一応捜索はしておるのじゃが──」と続けた。


「人工衛星は?」

「むろん使っておる、じゃがな───」


 魔王が言うには、『勇者』の魔法には解析不可能な力をあり、全てを網羅するのは不可能だという。

 『勇者』が魔法を使って偽装しながら移動ないし、隠れ潜んでいれば見つけることはあたわない、と。


「今までは軍と同道しておったがゆえに見つけるのは簡単じゃったが……」

 単独で行動されると発見は困難を極めると、

「そこで、今回は奴の拠点を叩く……具体的に言えば王国を、じゃな」


 ……王国。


 ……屑とゴミとゲロの詰まった国だ。

 「北伐」と言う名の略奪行為に勇者というゲロかすを投入し、

 国を───世界を……俺の家族・・・・を滅茶苦茶にした元凶の一つだ。


 『勇者』など召喚し、あまつさえ国での治外法権好き勝手を認めるなど……。


「ほぉ~ぅ……王国を───」

「──滅ぼせ」


 イぃぃぃぇエス!!!


「最っ高! じゃねぇか魔王!」

 ガバチョと抱き着こうとするもピョンと逃げられる。


「あっぶないの~! 油断も隙も無い。姪御とイチャつくに飽き足らず、儂まで手籠めにしようというのか!?」

「叔父さん不潔……」


「ちゃうわ、ボケ!」


 女の子二人にジト目で睨まれるオッサン。


 うん、とっても興奮───。

 …………そういう趣味はない!


「で、……聞くまでもないが、乗り気のようじゃな?」

「当~然っ」


 いつも名目を探して消極的な魔王軍にしては、実に激しい行動だ。


「まずは、奴のヤサ・・を焼き払う。……炙り出し作戦じゃ」

「はは、普通の奴なら怒髪天だな」


 勇者が普通ではないので当てはまるか疑問ではあるが…


「そう言えば……いいのか? いつもの専守防衛とやらは……」

「……? なんのことじゃ。儂等は敵対勢力の中に遭難した協力者・・・・・・・を救助しようとしとるだけじゃ」


 ……よく言うぜ。


「そうだろ? 遭難者クラムよ」


 ふ……。

 完全武装の遭難者ねー。


 遭難者を送り込み・・・・

 遭難者を救助する・・・・


 酷いマッチポンプもあったもんだ。

 それもミサイルで乗り込み、無人機と空中空母に支援された最強の遭難者───。


「いい皮肉だな」

「誉め言葉として受け取っておく」


 ニィ……と笑い合う二人。


 そこで簡単なブリーフィングモドキ・・・を受けることとなった。

 詳細は潜水空母に移乗後に行うらしいが、……どの道、作戦の中身は簡単なことだ。











 王都を滅せよ───……。

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