第81話「PX」

「うっぷ……」

 可愛いオクビを漏らしたリズ。


 お腹がプックリと膨れて、

 さすりさすりとしながらも満足げ。

 クラムも次の出撃が決まり上機嫌だった。


「リズ……部屋があまりにも殺風景だからな、買い物しようか。……あと服もだな」

「買い物!? お店もあるの?」


 おうよ…呆れるほどデカいんだこの飛行機は……なんたって空中空母・・。無人機の発着艦すらできるんだからな。


 格納庫にズラリと並ぶ、無人機やらヘリの群れには圧倒される。

 その上、重武装と来たもんだ。


 ───これ1機で人類滅ぼせるぞ。カッカッカ!


 と言った魔王の言葉もまんざら冗談ではないだろう。

 リズを伴って食堂を後にし、向かった先はPX……いわゆる酒保とか購買ってやつだ。


 元々軍用だった空中空母は軍の施設をそのまま引き継いでいる。

 このPXも軍人達がかつて利用していたという。


 格子型のシャッターが2つあり、一方は封鎖、一方は開放されて内部の明るい様子を見せている。

 封鎖されている方も地続きで、店2つ分の広さ。

 シャッター部分は、壁材を張り付けて商品棚の連接されている。


 都合2店舗分の広さがあるPXは十分な商品に満ちていた。


「す……ごい!」

 リズは目をキラキラと輝かせる。

 彼女からすれば見たこともない品々だろう。

 どれも色取り取りで宝石のように見える。


 クラムもエーベルンシュタットにいた頃、初めて魔王軍の物資やらこういった店舗に触れたときは圧倒された。

 実際、エーベルンシュタットはここのPXなど、比にならないほど物に満ち満ちている。


「いらっしゃい」

 余り愛想の良くない声で地味な服を着た店員が声を掛けてくるが、リズに気付いて途端に顔をほころばせる。


 ……ロリコンじゃあるまいな?


 どうも魔王軍の連中はリズに甘い。というか猫可愛がり・・・・・状態だ。

 まぁリズは実際可愛いので分からなくないが……。


「さて、服とインテリアを───……リズ?」


 PXに入ったクラムはリズがついてこないこと気付いて振り返る。

 リズは店の手前で躊躇ちゅうちょしているようだ。


「い、いいの……? その、私……」

 オドオドとしたリズ。

 何かに逡巡しゅんじゅんしているらしい。……あー、そうか。


「金なら気にするな。……多少はある」

 うん、多少だがね。


 一応、エプソの訓練や試験の対価としてクラムにも給料が支払われていた。

 それもかなり高額らしい。

 魔王軍の物価がエーベルンシュタットと、他一部に限られているので、クラム自身金持ちなのかそうでないのかよく分かっていなかった。

 だが、今のところ特に店舗でお金に困ったことは無い。


 リズが逡巡しているのは、与えられるメシとは違い対価を払って得る店というものに、潜在的な遠慮があるのだろう。


 この子がもっと小さな頃……まだあの家で暮らしていた頃は、ミナと買い物に行くことはあっても、リズ自身がお金を使うという機会はほとんどなかったはずだ。


 それからの生活は、一部不明なところもあるものの───のんびりと店に行く時間などなかったと思う。


 ……初めてのお買い物か───。


「リズ、大丈夫だから」

 一度店を出ると、リズの手を取りうやうやしく店内に誘う。

 愛想の悪かった店員もニッコリ。

 クラムの意図を察したのか、意外とノリがよく再び「いらっしゃいませ!」と言ってくれた。


 リズはおっかなびっくり……ペコリとお辞儀。ぐふぅ………可愛い───。


「なんでも買っていいぞ! ……お金のことは気にしなくていい(多分、ボソッ)」

「ほ、ホント? ……い、いいの?」


 クラムの言葉を受けてウズウズし始めるリズ。

 豊富な品々は彼女の好奇心を刺激することだろう。


「ああ! なんでも、だ。……なぁ?」

「あ、はい!……少しなら割引しますよ」

 

 ……マジか!?

 クラムが行っても割引どころか愛想が悪いだけの店員だというのに、……リズパワー半端なし。


「う……うん! ありがとう」

 パァァァと破壊力満点の笑顔。

 店員の奴、鼻を押さえていやがる。……やっぱロリコンか!?


 その後、リズがキョロキョロしながら一つ一つ品物を手に取って喜んでいる様子を観察し、彼女だけでは必要なものが分からないだろうと、クラムも必需品を選んでいくことに。


 カゴ一つだけでは足りなさそうなので、めったに使われることもないだろうショッピングカートを使い2段のカゴに次々に入れていく。


 上はリズ用。

 下はクラムが選ぶ必需品だ。


 まずは服。

 と言ってもそこまで種類が多いわけではない。肌着や靴下が充実しているが、服屋ではないので、少女が着るようなものはない。

 都合、スポーツ用のジャージやトレーナーになる。サイズはSが売れ残りで割引されているのでそれを中心に買う。

 

 お……。


 パーティグッズの中に、シャレなのだろうか……魔王軍の中で言うところの女子学生が着る服なんかが置いていた。


 ───確かセーラー服だったか?


 サイズは妙にピッチリとしたものだったが、リズには似合いそうだ。

 買うかな。


 サーラ―服を選ぶと、なぜかカウンターの奥で店員が悶絶していた。

 気持ち悪いなアイツ……。


 あとは、シャンプー、リンスにボディタオル、タオル類に歯磨きなどの洗面用品。

 靴はゴッツイブーツやら、スニーカーばかり……一応ギリギリ履けそうなサイズのスニーカーを選ぶ。これも割引されていた。


 必需品はこれくらいかな。


 あとは部屋に飾るポスターや、勉強にも使えるTVに音響機器……。


 ──ぬいぐるみとか、リズは喜ぶだろうか?


「なぁリズ……うお!」

 クラムが必需品を駆っている間に……リズさん、色々買ってます。

 そして、いつの間にか奥にいた店員を引っ張ってあれこれ質問しつつ、ニッコニコ。

 店員もニッコ……いやニヤニヤか。キモイぞ、てめぇ!


 リズはお菓子やら、ジュースやら、甘味類を中心に……店員は試食までさせてやがる。

 リズちゃんや、そのぷっくり膨れたお腹のどこに入るのよ?


 ……ふと、あの囚人大隊での野営地でリズと過ごした日々を思い出した。


 不衛生で……寒く、暑く……辛くて、苦しかった日々───そして、小さな、ささやかな家庭を築いたこと……。

 そう、あんな環境でも、リズとのささやかな幸せがあった、あの日々のことを……。


 リズはあの頃から色んなものを我慢して来たんだな。


 たくさん食べたかっただろうに……不味くても文句も言わずに、「チーズ」が食べたいといったリズ───。


 今、この瞬間彼女が満たされている事を見て……あの日々が辛くとも、その先に喜びがあったことにクラムは涙しそうになる。


 魔王軍に入ってよかった───と、


「おーおー……なんじゃなんじゃ、店を買い占める気か!?」


 ……出たよ。


「なんだよ……暇なのか?」

「アホぅ! お主と一緒にするな」

 フンスと鼻息荒く魔王が顔を出す。


「通路に人があふれとるから何かと思ってのー……」


 ん? ……うお!


 魔王に指摘されて店の外を見ると、魔王軍の暇な職員が遠巻きにリズを見ている。


 まるで見守るような生暖かい目で──。

 ……あーあれか。可愛い子&初めて触れる品々に驚いているリズが初々しくて、見ているだけで楽しいという奴だ。

 

 若干違うが、エーベルンシュタットでの訓練中、様々なことに驚愕しているクラムも似た様に、ニヨニヨとした顔で観察されていたことを思い出した。


「姪御さんには甘いのー……どれ儂も何かおごってやろうかの」

 お、いいのか?

「あー……助かる。金が足りるか分からなくてな」

「んー? この店にはそんな高価なものはないから大丈夫じゃろう? 家電は儂が経費で落としてやろう」


 そう言って、TVやら音響機器のバーコードに触れ、手持ち機器で何やら遠隔操作。


「あとで教材なんかも届けさせよう。日常生活で、困らんくらいには勉強させてやる」

「すまん」

 礼など不要じゃ、と軽い調子で言うが……正直世話になりっぱなしだ。


 リズにも何か役立つことをさせるべきなんだろうな。


 ボンヤリとリズの後姿を眺めながら考えた。

 そのうちに魔王も姿を消して、山盛りのカゴを持ってきたリズの頭を撫でてやる。


「お菓子ばっかだな。……こういうのいるか?」

 ポンと中サイズのクマのぬいぐるみを渡してやる。


「ふわぁぁ……可愛い」

 キュウぅぅと、ぬいぐるみを抱きしめる。やべぇ……可愛すぎるコンボだ。


「気に入ったか?」

「うん!」


 お菓子にばっかり目が行っていたようで、この手のものには気付かなかったようだ。

 それにしてもよく置いてたな、これ。


 実際、

 品が一つしかないところを見ると、何らかの手違いで入荷したのかもしれない。

 店の隅っこで寂しげにほこりかぶっていた。


「まだまだ買ってもいいぞ?」

「ん? ううん! 大丈夫……ありがとう叔父さん!」


 ガバチョとぬいぐるみごと抱締められる。……ぐふぅ───リズめ、可愛すぎる。


 ガラガラとカートを押しカウンターへ。見物客からも何故かカンパを貰ってしまい……ほとんど払わずに済んだ。


 ただ流石に荷物が多すぎてカートごとリズの部屋まで運ぶ羽目になって、滅茶苦茶人目を集めてしまった。

 子煩悩こぼんのうな親馬鹿と思われていそうで気恥ずかしい。


 ちなみに、この後で肌着の付け方指南をする羽目になってしまった……。

 いやさ、役得みたいなもんだけど。スポーツブラとか姪につける叔父さんってどうなのよ。

 絶対カメラで見られてるし──。



 ちなみにリズのソレは……すっごい綺麗でした!



 あとで魔王に揶揄からかわれるだろうな…と少し憂鬱になる。


 ※ ※


 部屋に届けてもらった家電類をセッティングが終わる頃には、リズの格好は魔王軍で言うところの「なんちゃって女学生」になっていた。


 ピッチリとしたセーラー服は微妙にエロい。


 しかし、リズはその辺に頓着とんちゃくがないのか、

 あるいは、酷い生活のせいで羞恥心がマヒしてしまったのか、ベッドの上で胡坐あぐらをかいたクラムの股座またぐらに座り、一緒にTVを見ていた。


 最初は薄い機械のどこに人が入っているのか! と以前のクラムと同じような反応をしていたが、すぐに適応した。

 そういうものなんだー、と──あまり深く考えていないらしい。


 内容は何でもないものだが、魔王軍の歴史の一幕をドキュメンタリー風にしたもの。

 広大な宇宙空間に飛び交う巨大な星の船……。

 そして築き上げられる途方もない大きさの人口植民地スペースコロニー


 リズは理解しているのか、いないのかポケーっとしてTV画面に見入っている。


 クラムはTVを見るでもなし、リズの髪の臭いをクンクン嗅ぎながら、良い匂いを堪能しつつあちこち痛んでいる髪の毛をクルクルともてあそんでいた。


 正直TV画面とかどうでもいい。

 こうやって穏やかにリズと過ごす時間があればなんでもいい……。


 パリパリと、リズはチップスを食べつつ、ストローでシェイクを飲む。

 周囲にはリズの匂いと、甘いお菓子の匂いが立ち込める。


 無機質な空中空母の部屋があっという間に女の子の部屋になった。

 年若い女の子のベッドの上に、脳みそ弄ったオッサンがいる構図ってどうなんだろう。


『アウトじゃ!』


 ……無視。


 リズは本来こうあるべきなんだ……。

 ハレムの一員だとか性奴隷だと……屑野郎の玩具であっていいはずがない。


 だから、リズ───。

 健やかに過ごしてくれ。

 それが俺のできるただ一つの罪滅ぼし……。


 お前とルゥナに、全てをやると決めた……俺の自己満足だ。


 お前が俺に死ねと言うなら死のう……。

 お前が俺を欲しいというなら与えよう……。

 お前が俺は悪魔だというなら全てを破壊して見せる。


 

 ──『勇者すべての元凶』をぶっ殺してからな!!



 薄暗い部屋で、姪を抱きかかえながらただ漫然と静かに時が過ぎていく……。

 TVから発せられる光が部屋の壁を踊り、堅苦しいナレーションが睡魔の呼び水となる。


 リズを抱きかかえたまま、クラムもゆっくりと眠りに落ちていく。

 リズを潰してしまわないように体を固くして……危機が迫ればいつでも守れるように───……戦場で束の間の休憩をとる騎士の如く。



「おやすみ、叔父さん……」



 落ちるまぶたの刹那の時、

 リズの顔が迫ってきたような気がしたが……そんなはずはない。


 一瞬だけ、唇に柔らかな感触を感じた気がしたものの、クラムの意識は浅い眠りの層に溶け込んでいた。









『やれやれ……』

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