第80話「食堂」

「良い匂い……」


 今までクラムの後に続いていたリズだが、ここでタタタッと進み出て食堂に入る。

 そしてうっとりと目を細めた。


「食い放題ってわけじゃないが、大盛りくらいはしてくれるぞ?」

「そ、そんなに食べないから!」


 プリプリと怒るリズ。

 ラウンジでしこたま・・・・食ってたやないかい。


「ほら、こっちだ」

 初めてでシステムがわからないだろうからクラムが先に立って歩く。


 食事済みカードというカウンターを、カシャカシャと二度押し、クラムとリズが食事に使ったことを記録しておく。

 そして、脇に置かれたトレイをとり、リズにも渡してやった。


「ここで食事を受け取るわけ───……この子には大盛りで頼む」

「あぃよ!」


 食堂と厨房にはカウンター状になった続き窓があり、厨房で作ったものをスムーズに配膳できるようになっている。

 ここでオカズやデザートなどを受け取り、最後に主食を受け取るのだ。


 和・洋・中など、メニューは日替わりで「洋」が中心。

 だが栄養価に優れた「和」とか言うのも中々だ。好みではないけどね。


 ちなみに、今日はある程度選択できる日らしい。


「マーボーナスとホイコーローね……リズは、」

「ん?」

 どっちにする? と聞こうと思ったのだが…厨房の中の奴───ニッコニコしながら2つともリズに渡している。

 いいけどね。


「いや、いい。まぁ好きなの選びな」

「うん!」

 

 リズはリズで上機嫌。

 ならばよし!


「俺はマーボーな」「ほい」


 トレイに、皿に盛られたメニューをとり横へ横へ流れていく。

 次の窓で魚か肉を貰えるのだが……リズは両方か。


 青魚のムニエルと豚のステーキ。……俺は豚にしよう。


 そしてここでスープ。2種類なので……。

「コーンスープくれ」「あいよ!」


 リズは、コーンスープと……臭い泥水みたいな味噌スープの2つを貰ってる。

 もうトレイに乗り切らないぞ……。


 次はデザート───リズは、以下略。


 プリンと桃のゼリーね。俺はプリンでいい。あとでリズにやろう。


「で、ここで主食だ───パスタとパンとライ……あ、全部なのな」

「ん?」


 リズは大皿にライスを盛り付け、その上にパスタ…onパンだ。何のタワーだよ……。


 ちなみに、

 主食だけは自分で盛り付ける。

 分量が人ぞれぞれ異なるためだ。


 クラムは無難にパンにした。

 「本日のパスタ」にかかっている魚卵が苦手なのだ。トマトソースの奴は旨いのだが……。


 ライスに至っては味付けも何もない。これは好んで食う奴の気が知れない。

 リズは取りあえず「全部食べゆー!」って感じだな。可愛いから許す。


 トレイからあふれんばかり……というか溢れているのだが、それを持ったリズと空いている席に座る。

 こういう時は対面といめんに座るのだが、リズは何故か隣に。


「水と茶と牛乳───どれにする?」


 各テーブルに備え付けられているグラスをとりつつリズに聞けば、

牛乳ミルク……!?」


 ……あー、そういえば───。

 魔王軍に入って以来あまり気にしていなかったが、牛乳ミルクはそれなりに高級品だったな。

 市井しせいのものはせいぜい、臭い山羊の乳くらいだ。


「じゃ、牛乳にするかな」


 コポコポと水差しの状のミルク入れからタップリ注いでやると、本当に嬉しそうな顔をする。


「ありがとう!」

 お、おう……俺のじゃないけどな。


「じゃー食うか!」

 フォークにナイフ。そしてスプーンを並べると早速一口……。


「お、クラムか。さっきはお楽しみじゃったのー」

 クヒヒヒヒと、いやらしい笑みを浮かべた魔王がクラムの対面に座る。

 リズがビクリと怯えたような顔をしているが───、


「チ……のぞき見とか──趣味悪いぞ」

「アホぅ……お主が一線を越えないか、監視すると言ったじゃろうが」

 あれはマジで言ってたのか……。


「ばーか、この子は姪だ。身内だぞ?」

 一線・・とか何を言っていやがる。

「んー? お主のことだ……相当溜まっとるじゃろうに」

 おぉ、怖い怖いと自らの体を抱きしめておどける魔王。


 ……ルゥナにしか見えないのに、お前を襲うかっての! と、クラムは言いたいが相手にするのもバカバカしい。


「リズも気にせず食え───……どうした? 熱でもあるのか!?」

 リズの顔は半端でないくらい真っ赤っかだ。

 おいおい、と額に触れると、

「ひゃう!」

 と飛び上がらんばかりに驚く。


「ほれ、見ぃ……姪御さんはその気になっとるぞ?」

 アホぅ! お前が揶揄からかうからだろうが……。

「ったく……リズ! 魔王の冗談なんて相手にすんな」

「ひゃ、ひゃい……」 

 ひゃいってきみぃ……もういい。


 ムシッとパンを千切り口に放り込む。

 モッサモッサと口の中で噛み締めると、サクサクとした歯ごたえがある。


 鼻に突き抜ける香りは───胡桃くるみだ。旨い。


 口の中の水分が全部持っていかれるくらいにフワフワサクサクのパン。実に旨い。

 これをコーンスープと合わせて食すと、なお旨い。


 スプーンで啜ると、大量につくられたうちの一つとは思えないほどに繊細な味だ。

 コーンの粒々も楽しめる。少しトロミのある味わいはパンとの相性がいい。


 また同じ水分同士でありながら、牛乳と一緒に味わっても実に合う。

 グラスに注いだ牛乳を一息に半分ほど飲み干し、さらにパンを食べる。


 旨し。


 塩味が欲しくなれば豚のステーキ。

 分厚く切られた豚肉はよく焼けていてガーリックソースが食欲をそそる。

 

 切れ味の悪いステーキナイフで一口サイズに切り分けるとフォークでプスリ……パク。……旨ッ!

 ガーリックソースが堪らないな……!

 一口二口と食べるうちに、肉はあっという間になくなった。


 さて、次はマーボーナス。

 

 この組み合わせはどうかと思うが……スパイシーなシチューモドキのこれは、実に旨い。

 初めて見たときと味わったときは、余りの刺激に涙ものだったが……2回目以降はこの刺激的な味わいの虜になった。


 では実食。


 スプーンですくって、挽肉ひきにくと絡み合ったあんと一緒にナスをパクリ……辛っ、旨っ!

 トロットロに溶けたナスと挽肉の組み合わせは最高だ。同じくマーボートーフなるものもあるが、クラム的にはナスの方が美味いと思う。


 やはり、「洋」も「中」も味がハッキリしていて旨い!


 それに比べて……。

 「和」の食材はどれも味が薄いか、しょっぱいのどちらかしかないと思う。


「なーんか飯のこと馬鹿にしとるだろう」

 対面に座る魔王がジト目でクラムを見ていた。


 何の冗談か、魔王の食べているのは「和」系の食事だ。

 マーボーナスに魚、そして味噌スープにライス。そして茶……───&はし


 ズゾゾゾ……と味噌スープをすすっているが……よくあんな匂いのショッパイ汁が飲めるなーと思う。


「いや、よく飲めるな、とは思ってるが……」

「姪御さんは気に入ったみたいだぞ?」


 フッと小馬鹿にしたように不敵に笑う魔王。


 ……リズはさっきまでの雰囲気はどこへやら、おいひーよー、おいひーよー──とうわ言のように呟いてスプーン片手に掻きこんでいる。


 モッサモッサと口の中を一杯にして……。

 そして、味噌スープで流し込む。


 おおう……よく、そんなちっこい体に入るなーと感心する。

 ───どこに入ってんだ? 疑問に感じてリズの線の細い体を見ていると……。


 ッ!!


 ………やべぇ、チッパイの先っぽが見えそうだ。──この服はまずいな。


「和食は栄養バランスに優れておる。お主の貧乏舌では分からんだろうが、味も実に繊細なのじゃよ」

 と言って、器用に魚を箸でほぐしてご飯と一緒にパクリ、もっしゅもっしゅ……───うむ、いつ見ても箸ってどうやって使ってるのか疑問だ。


 なんであれで器用に魚をほぐしたりできるんだろう。たまに小骨とかもより分けて・・・・・いるし……あれも強化手術の一種だろうか。


「違うからな」

 と───思考を読まれてしまった。


「それにしても姪御さんはよく食うのー……」

 魔王もリズの健啖っぷりには驚いている。

 そして、先ほどとデジャブを感じるように───、


「またお前らか……」


 ズラーリとリズの周りに人、人ひと人! そして皆ニッコニコ。


「うぉ!? な、なんじゃお前ら!?」

 魔王もビックリ。……リズはちょっと慣れたようで「??」と、ハテナ顔。


「これ食べる?」「デザートあげるね!」「プリン食べな」


 気付けばリズの前に山盛りデザートが……。

 プリンプリンプリンプリンプリンプリン時々ゼリー……。


「おおう……これは凄いのー」

 

 容器に入ったプリンが、なんつーかタワーになっている。


「リズは可愛いからな」

「何でお主が偉そうなんじゃ?」


 そりゃリズは俺の姪だからな。


「ふむ、これ全部食えるのか? 流石に廃棄量が多いと厨房も怒るぞ?」

「リズは───」

「食べゆ!」


 あ、はい。


「……ま、まだ育ちざかりと言ったところか? 混血のようだから人間基準で考えて良いのかわからんが……」

「俺にも何とも言えんが、リズには好きにさせてやりたい……──少し前まで、その……なんだ、酷いメシと……量だったらしい」


 ……。


 残飯に、

 一日一回の食事……それすら時々抜かれていたというくらいだ。


 好きに食べて、ゆっくりと休めばいい。……俺が全力で守るから。


「そうか……──リズ。……大変な目に会ったらしいの……。ここではクラムの保護下に居る限り安心せよ、誰も無体むたいを働かん」

 きっぱりと言い切った魔王。

 クラムとしてもそれが聞ければ安心だ。

 実際問題として、リズの立ち位置は魔王次第なのだから……。


 魔王が追い出すと言えばクラムにはどうにもできない。

 もちろん抵抗はするだろうが、クラムの生殺与奪さえ魔王の掌の上なのだ。


 エプソは最強かもしれないが、エプソのない状態のクラムなど……ただの凡人にすぎない。

 それにたとえエプソを着ていたとしても、魔王に逆らって勝てるはずもなし。

 エプソのメンテも武器も、……遠隔操作すら魔王には可能なのだ。


 ……だが、魔王はリズを認めてくれた。


 クラムをあやす為の、いわゆる飴のつもりかもしれないが、ありがたい話だ。


「助かる……できれば最後・・まで面倒を見てやってくれ」

「うむ……できる限りのことはしよう。教育、仕事……だが、あとは自由意志じゃ」


 リズはよくわかっていないのか、山盛りプリンに差し掛かっていた。

 

 ライス&パスタonパンは既に空っぽ……すごーい。


「ああ、それでいい。この子は健やかに育ってほしい……」

 美しく、賢く……優しい子になるだろう。

 酷い目にあった分、……この子には幸せになる権利があるはずだ。


 ───魔王……感謝する。


 クラムは一度を置き、魔王に黙礼する。


「そうかしこまるな……。お主は無礼なくらいでちょうどよい」

 カッカッカと米粒を飛ばしながら笑う魔王。うーむ……ルゥナの姿で豪快な様子を見せるのはやめてほしい……。


「さて、では儂はもう行くでな。お主らはゆっくりとするがいい。もっとも───」



 ……。



「次の出撃は二日後じゃ。準備しておけよ?」


 …………。

 

 ……。


 ……上等!


 ニヤァと狂暴な笑みを浮かべたクラムに、リズがビクリと怯える。

 だが、それすらも気にならないほど血が沸騰したように高揚した。


 ……次は、誰だ? 教官か? それとも王国? ……『勇者』か?








 魔王───期待してるぜ。

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