第79話「メンテナンス」
ウィィィィィン……。
クラムは脳のメンテナンスをするために、狭い筒の様な寝台に横たわっていた。
メンテナンスこと、開頭と栄養の補給は速やかに行われ、インプラントの交換などが自動で進んでいく。
医師は一人。
かつて
彼はまじめ腐った表情でPCに向かっており、時折打鍵するのみ。
会話などなく、ただただ機械が文字通り機械的に作業をする音だけが響いていた。
クラムの意識は覚醒している。
そうでなければメンテナンスにならないそうだが……。
わかるか? 頭がパカーって開いてる状態。
一応、無菌室で感染症対策はバッチリだと言うが、気分はよくない。
すっごく良くない。
武器にしろ、
歴史にせよ、
……文明レベルに応じて、クラムには戦闘や医療に特化した促成教育が行われている。
強化手術の効果は、日常的には発揮されるものではないというが、自分でも信じられなくくらいの速度で知識を吸収できた。
魔王曰く、強化手術とは関係ない───と言うものの、クラムにはとても信じられなかった。
これでも、一応学校は出ているので文字くらいは読める。
あの王国では、優秀な一市民レベルだったのだ。
それでも、貴族らにな比べれば並み程度。
伸びしろ等もうないと思っていたが……。それがどうだ。
まるで苔が水を吸うように知識を吸収できた。
魔王は、
「
魔王とのやり取りを思い出しつつ、どんどん自分が人間離れしているなーと思案していた。
今は脊椎に固定している神経直結用の外部端子孔の交換作業中らしい。
ドリルで掘削するような音が、実に居心地悪い。
だが、必要な作業だ。
この端子孔があって初めてエプソMK-2を纏うことができるのだ。
延髄から腰にかけて複数箇所固定されている外部端子孔に、エプソMK-2側の端子を差し込むってわけだ。
エプソMK-2は、装着すれば向こうからご丁寧に端子を伸ばしてくれる。
見た目は背中専用の「
知らないものが見れば、拷問具にしかみえないまろう。
「あー……端子が潰れてるな。髄液が漏れてるみたいだが──」
痛くないかい? と、医師が問うてくる。
おいおい、髄液って……
「痛くはないが、……そう言えば腰がむず痒いな」
確かに、言われてみれば鈍痛を感じなくもない。
「稼働の多い延髄部は強化してあるんだが、……そうか腰の部分も稼働域になるわけか───」ブツブツ
なにやら、一人の世界に没頭しそうな医師の気配に、
「いいから、メンテナンスを終わらせてくれよ……」
「すぐに終わる、じっとしていろ」
それだけ言うと、カチャカチャと打鍵を始める。
───やれやれ……。
「負荷テストをしないと改良できない。取り敢えず延髄部分を参考に強化しておく、それか───」
うん?
「いっそ外部端子孔を無くし、生身に直接という手もあるが……?」
ちなみに、と医師がいう。
「生身でエプソMK-2と連結した場合は───」
場合は?
「───……超痛い」「外部端子孔をつけてくれ」
間髪いれずにクラムは言う。
痛いのはゴメンだ。
医師は残念そうにしていたが、ちゃんとメンテナンスをしてくれてた。
いつの間にか機械の動作が徐々に静かになっていく。
頭の上でカチャカチャ動いていたギミックもほとんどが動作を停止。代わりに頭の上に…蓋を被せられる感触があった。
いや、実際に取り外された人工頭蓋が填められているのだろう。
キュィィィィンとボルトが固定される音がして、やや頭がボンヤリする。
脳内に髄液が満たされているようだ。この感覚は何とも言えない。
酩酊状態にに近いと言えばそうだし、貧血の様にも感じる。
要はボワー……とした感じだ。
ま、経験していないとわかんないか……。
「さて、クラム君。もう起きていいよ」
カチャンと拘束具が取り外される。
医師は安全バンドだとか言っているが……腕、足、腰、首までがっちりと固定する安全バンドってなんだよ。と言いたい。
「うん……ちょいとボーッとするな」
軽口ではなく、本当だ。
「そうか、なら暫くゆっくりしていなさい。急に起き上がると危ない」
そう言ってコーヒーを注ぐとカップをクラムに差し出す。
「どうも」
暖かいカップが手に滲みる。
固定がキツク血流が滞っていたのだろう。じんわりとした痺れを感じる。
……痺れは固定だけのせいではないだろうが。
「ドク……結果は?」
「うん。異状はないよ。ただ……先の戦闘で頭部に打撃をくらっただろう?」
「……あぁ、そう言えば」
イッパにしこたま切り付けられてヘルメットがいかれたな……。
「固定ボルトが外れていたし、内部の血管もいくつか衝撃で破れていた……放っておけば脳圧が異常上昇して死んでいたよ」
……ま、マジか───。
「まぁ、強化手術のお陰で人工脳蓋に強化していたのも幸いしたようだね。……でなければパワードスーツの一撃を頭に食らった時点でお陀仏だったろうな」
フゥ……と重い溜息をつく
まさか死にかけていたとは……。
エプソも無敵ではないとは知っていたが、よもや『勇者』以外にイイ一撃を貰うとは思っていなかった。
強化手術を受けて、最強のエプソMK-2の力に
「君の強みでもあり……弱点でもあるんだよ。その脳はね」
クラムの脳はエプソとのリンクにより最大限の能力を発揮する。
しかし、一時的にでも脳がダウン───…意図せぬ睡眠や気絶等に陥った場合、エプソは全くの役立たずになる、と。
「一応私の方からもエプソの頭部への防護策を進言しておく。今回はテストでよかった…」
確かに、テンガとの戦闘中に頭部にいい一撃を貰ってエプソの機能がダウンしたら勝ち目はないだろう。
「わかった……ドク、後は頼む」
コーヒーを飲み干すころには意識ははっきりとしていた。
そろそろメシだ……。
リズに会いに行こう。
※ ※
「リズ……?」
扉を開け中を覗き込むと穏やかな寝息が聞こえる。
ライトの光量を落として点灯し、スルリと部屋に入り込むとベッドに腰かけた。
既に誰かが処置したのか点滴は片付けられている。
今は殺風景な部屋にリズが独り穏やかな顔で寝ているだけだ。
視線の先のリズは、ゆっくりとした呼吸で寝ている。
小さな胸が上下しており、唇から一筋の涎が垂れていた。
フ、と相好を崩し、指で涎を拭い取ってやる。
その流れで唇に触れ、髪を撫でた……──。
サラサラのそれは、急速に栄養をとり健康に戻りつつあるそれを思わせる。
そういえば、この子は再会する度に酷い有様だったな。
とくに、二度眼の再会時には本当に酷い有様で……。
よほど長い時間イッパに
最長で3カ月───できればもっと短くあってほしかったが、クラムにも時間が必要だった。
魔王軍に救出を依頼したこともあったが、「干渉できない」の一点張り。魔王軍が攻撃行動に移るにはクラムという言い訳が必要だったらしい。
協力者への支援。または救出という名目でなら動けるが……、ただの現地生物を誘拐することはできないと───。
そして、結局は3カ月も地獄に放置することになった。
「すまない……。リズ」
「───いいよ……」
答えを期待していたわけではないが、意外にもリズからは肯定の声が帰ってきた。
「叔父さんは絶対に来てくれるって信じてた……」
だから、どんな地獄でも耐えられたよ──……と。
「す、まない……」
ボタリと滴り落ちる涙。
強化手術を受けて以来、その手の感情は凍り付いたのかと思っていたが…………違うのか。
魔王のいうとおり、「性格の変化」などないのかもしれない。
だって、こんなにもリズが愛おしい───!
「きゃ!」
掻き抱くようにリズを起こし体全体で抱きしめる。
「お、叔父さん?」
すまない……すまない……すまない……!
むせび泣くクラムをリズが力なく抱きしめ返し、ポンポンと頭を撫でる。
「いいの……いいの。叔父さんは絶対嘘をつかないし……助けてくれた」
そうだ。クラム程愛おしい存在なんて、リズには想像もつかなかった。
世界で一番で、誰よりも何よりも愛おしい───。
最愛の…………………………!
そうして、薄暗い部屋で二人の息遣いだけが暫く漂っていた。
ザ、ザ……。
『ん、ん、んー……! ゴホンゴホンゴホーン!
だーかーらーイチャつくでない。ええから、そろそろメシにせんかのー?』
室内備え付けのスピーカーから魔王の無粋な声が流れる。
「……だから気ぃ使えや!」
「……やだもぅ」
真っ赤っかな顔で離れる二人。
そのままの顔でクラムは部屋を出ると、
「ったく……! リズ。飯にしよう」
「うん!」
ピョコっと軽快な様子で起きると、猫の様にクラムに擦り寄りシャツをキュっと掴んでくる。
うむ、可愛い。
───ナデリコ、ナデリコ。
「こっちだ」
先に立って歩き出すと、リズがピッタリ寄り添ってついてくる。
うん。……照れるわ。
リズはクラムを信頼しきっており、初めて見る場所であっても全く
クラムが魔王軍を案内された時は圧倒されっぱなしだったことを思うに、やはり子供の適応力は高いのかもしれない。
一応物珍しそうにキョロキョロとしているが、そこに恐れはない。
勇者サイドにいるときにはろくでもない扱いで、魔王軍に来て好待遇。
……なんだろうなこの世界は───。
世界の在り方に疑問を持ちつつも、リズを侍らしながらクラムは食堂へ向かう。
一応リズは病人待遇なので、運ばせてもいいのだが折角なので見学がてら見て回ってもいいだろう。あとで
なんせ、リズの格好……。これは目に毒だ。
スラリとした足と、
小さいながらも主張の激しいチッパイがチラチラと見えてしまう。
───断じて見ているわけではない!
布を前後に紐で止めるだけの手術着ゆえだ。
現状は仕方ないが……その、なんだ。
素肌が眩しすぎる。
他の職員にもあまり晒すのもどうかと思う。
不届き者はいないはずだが、リズは可愛すぎるからな……叔父さん心配です。
さて、
航空機とはいえ大型も大型。……超ド級が故にかなり広い。
通路ですら立って歩けるくらいで、部屋数も膨大だ。
慣れた様子で通路を行くと、ガヤガヤと人の気配がする場所に───。
「ここだ、リズ」
「ふぇ?」
「食堂」とプレートの掛ったそこ。
聞かずとも見ずともわかる。食堂だ。
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