第74話「報い」

 キュラキュラキュラキュラキュラ───。


 聞きなれない音に、イッパの意識がゆっくりと覚醒した。


 周囲は薄闇に包まれており、夕方から夜に変わろうとする時間だとすぐにわかった。


「ぐ……!」


 激痛に顔をしかめて体を起こそうとすれば、伝説の鎧により守られた体と───あの男によって切り飛ばされた腕、そして、焼き尽くされた足が目に入った。


「く……くそ! あの野郎!!」


 全身を絶え間なく襲う激痛に、さいなまれながらもイッパは生き残ったことを感謝する。


 全身の気だるさと、悪寒は出血によるものか───。だが、すでに血はとまっているようだ。伝説の鎧に組み込まれていると言う、魔法の技術によるものらしい。


「く……。くくくく! あの野郎、とんだ甘ちゃんだな」


 あれほどの苦汁をなめておきながら、イッパを見逃す甘さ。


 ───くだらない男だ。


 妙な正義感だか驕りだか知らないが……殺さなかったことを後悔させてやる、と──。


 そう決心していた。


 これでも、王国随一の強者。

 いざとなれば、魔法治療に魔法薬。なんでもござれの治療が受けられる。


 欠損部位とて、この国随一の治療を受ければ治すことも不可能ではない───。


 聖女も、『勇者』に言えば利用できるだろう。

 奴に頼むのは、しゃくではあるが……。

 背に腹はかえられん。


 そうすれば、少なくともほぼ全快にまでは可能なはず。


 実例として、イッパは趣味である──弱者を甚振る拷問で、その手の証明は何度も見てきた。


 長く、永く……拷問を楽しむために───少女たちにワザと治療を施したこともある。


「うくくくくく……今度は負けないさ」


 たしかに、あのクラム・エンバニアの野郎は、強力な武装に凄まじい腕前だった。


 だが───。


「あれでは『勇者』には及ばんな。今度こそ、バケモノ同士で潰し合ってもらって、」


 それから───……。


「ん? 誰かいるのか?!」


 ふと、周囲に多数の気配があることに気付く。

 先ほどの、妙な音も近づきつつある。


 キャラキュラキュラ……ゴシュー……!


「な、なんだ?」

 闇の中にボンヤリと浮かぶ、見たこともないシルエット。

 敢えて言うなら、馬のない馬車のようにも見えるが───。


 チカチカチカ──と、そいつが淡い光を放っているものだから、周囲がぼんやりと照らされては、すぐに暗闇に沈むというリズムを繰り返す。


 淡い光、闇、淡い光、闇……。

 イッパの初めて見る、美しい光のコントラスト───。



 は?



 そのリズムの中に、周囲に佇む人影がぼんやりと浮かび上がった。


 ───ッ!?


「お、おまえら!」


 ボロを纏った姿。

 そのシルエットは実に小さく華奢だった。

 だからこそ、イッパをそれをよく見知っていた。


 間違っても近衛兵団のものではない。


 リズ───?


 いや。

 ぼんやりと浮かび上がった姿は、リズではない、少女のもの。

 酷く損傷したそれは、あのリズのものではい。


 ───それも、複数人……。


「う……!?」


 薄明りに慣れたイッパの目に、彼女らの全身に浮かぶ無残な痣が浮かび上がって見えた。


「お、お前───ら」


 ヨロヨロと頼りなく立つ者もいる。

 歪なシルエットの者に至っては──部位を欠損しているか、酷い骨折を伴っているのだろう。


 全て、イッパの飼っていた玩具。


 誘拐した少女、

 酷使奴隷、

 魔王領占領地の捕虜、


 全て若い、小さな子ども達で───女の子で…………等しく、満遍なく、楽しく、楽しく、たーのしく、いたぶった者たちだった。


「な、何の真似だ! 俺を誰だと!───がぁぁ!」


 サク……!


 肌に刺さる妙な感触に、イッパは思わず悲鳴を上げた。


 見れば、すぐ近くに立った少女がナイフのようなものでイッパの頬に傷を付けていた。


 そう、彼女らは犠牲者。


 全て若い、小さな子ども達で───微塵もイッパに恩などない……。


 それは、恨み辛みを募らせた復讐者の──群れだった。


 最初の一撃は躊躇ためらいがち、しかし万感の想いがこもったそれだ。


「な、なにをする! や、やめろー!!」


 ざく!

 ざく、ざく!!


 最初の一突き!

 そして、それを皮切りに次々に突き立てられる刃物。


 どれもこれも、顔ばかりだ。


「き、貴様ら、こわなことをして───」

 ザクッ!


 ぐ、

「ぐぁぁあああああああああああああ!!」


 うちの一つが、既にボロボロになったイッパの目を貫く!!


「ひ、ひぎぃぁああああ!」

 鋭い痛みに絶叫が漏れる。


 「き、貴様らぁぁあ!!」と、怒りの形相で睨み、残った片手で振り払う。


 そうだ。

 顔ばかり狙うのは、今のイッパが全身の他の箇所を伝説の鎧で覆われているからだ。


 それは残った手も同様。そこも装甲で守られている。

 むき出しなのは顔のみ!!


 な、ならば!! と。


 グワシッ! と顔を鷲掴みするように、手で顔を覆い隠す。


「こ、これならば、そう簡単に害することはできまい! ぐははは!」


 舐めるなよ、玩具どもが!!


 近衛兵団は全滅したようだが、ここは王国内の練兵場だ。

 あれほど大騒ぎになって、誰も気付かないはずがない。


 そう、イッパは考えていた。


 だが……実際は近隣の町含めて、ミサイルと爆撃で壊滅しており、住民のほとんどは避難していた。


 もちろん、イッパにはそこまでの事情を知る術もなく、そして、決して間違っていたわけでもない。


 たしかに、この騒ぎはすでに中央の知るところとなっており、調査のための兵は派遣されていた。


 とはいえ、それらが到着するのは今すぐというわけでもなかった。


 そんなことを露とも知らないイッパは、しばらくしのげれば助けが来ると信じていた。


 その間、このクソの様な玩具どもに殺されないようにすればいいとばかりに、高を括っていた。


 そして、幸運にも伝説の鎧のおかげで、ちんけな刃物では露出部位以外に傷つけるすべはないと、───そう思っていたのだ。


 だが、イッパは知らない。


 クラムが何故RLCV───通称ポチの残置を提案したのかを……。


 そして、魔王から迎えが来るまでの、余った時間をどうしていたのかを知らない──。


「くくくくく! き、貴様ら覚えておけよ。兵が救助に現れたら───そのあとは、どうしてくれるか……!」


 一瞬、怯んだように見える少女たち。


 その様子に満足気にわらうイッパ。

 クククと、暗い笑みで後日こいつらを責め殺すことを思い、愉悦ゆえつに体を震わせていると───、


「……さない」


 ん?


「許さない……」「許さない」「許さない」


「「「「「「許さない……!」」」」」」


 ハッ! 何を生意気な!

 クズどもが王国随一の俺に───。




 バンッ!




 ───……「は?」


 え?

「ぐふっ」


 突如、胸を殴られるような衝撃をうけたイッパ。


 やがて、焼けつくような激痛が胸を引き裂くように弾け出た! あまりの痛みに、と以外な攻撃にイッパは驚きに目を見張る。


 なぜなら、今の音は、昼間あの囚人兵が散々立てていた魔道兵器の音に他ならない。



 それがなんでここに───?



 そして、気づく……。

 闇に沈みつつある中で、少女たちの手には実に物騒な得物が多数握られていることに。


 ブゥゥゥン──!! と、不気味な振動音を立てる刀。


 ジジジジ───!! と、赤い光を放つ熱のこもったナイフ。


 そして、焼けた藁の様な匂いを立てる魔道兵器……。


「よ、よせ!」


 ば、ばかな?


 お、

 俺は近衛兵団長だぞ!


「───貴様ら! よせ! 今なら許す!」


 俺は『勇者』の次に強い男だぞ!?


 バン! ザク!


「ギャアアア! ぎざまらぁぁぁ! ぶざげるなよぉぉぉ! ごほ───」


 ゲフ……! と、血混じりの咳をこぼすイッパは、懇願でもなく、抵抗でもなく──。


「───俺は近衛兵団長だぞぉぉおお!!」


 虚勢を張った。











「「「「「「だから?」」」」」」








 ぁぁぁあ……!



※ ※



 暗く沈む練兵場の奥。


 近衛兵団の野営地で、朝まで物凄い悲鳴が響いていたというが、それを聞いていたものはほんの一握りだった──。







※ ターゲット ※


イッパ死亡


所要復讐ターゲット残り3

(勇者、教官、ブーダス)……ほか。



──────────────────


これにて、イッパ報復編完了です!

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