第75話「顛末報告」

「えげつないことをするのー」


 空中空母の艦橋の中で、拡大したモニターに映し出されたのは、画像補正を施され──昼間のように明るく映し出された練兵場の一角だった。


 そこでは、夜の闇に沈む野営地でイッパが、イッパだったもの・・・・・・・・・に変わり───そして、さらに少女たちに解体されている様子だった。


 ……それも、生きたまま。


 その様子にしたる興味も示さず、クラムは魔王の前に立つ。


 魔王は帰還した空中空母の指令室でふんぞり返っていた。


 年恰好はルゥナのものだが、着ているものは、この「MAOH」の最高位の者が着るという、軍服のようなシンプルなデザインの服だった。

 そこからスラリと伸びた健康的な脚から、チラチラとパンツが見えているのはご愛嬌と言ったところか。

 見た目はルゥナだし、ピクリとも来ない。


「───当然の報いだろ」


 まずは、一人……。


 グッチャグチャ! に、現在進行形で解体されているイッパ。


 時折、画面内で明るい光が瞬いている所を見れば、玩具にされていた少女達は無事に銃も使いこなしているらしい。


 パンパンパン!!


 と、容赦ない銃撃がイッパに突き刺さっているようだ。


 後は、弾がなくなればそれまで。

 少女たちは補充の仕方は知らないだろうし、クラムも敢えて教えなかった。

 きっと、弾が切れればそのまま逃げ散ってくれるはずだ。


「───で、その子が姪御さんじゃの?」

「……リズだ」


 回転する指揮官席を、くるーりと回し──クラムに向き直る魔王。


 エプソを着たままのクラムは、その有り余る筋肉アシストをもってリズを軽々と運んでいた。

 所謂いわゆるお姫様抱っこという奴で、魔王の前にリズを抱き抱えたまま、微動だにしていなかった。


 リズは静かに目を閉じている。


 ……たぶん、疲労が激しすぎて───ほとんど気絶に近い形で寝入っているのだ。


 ささやかな胸が小さく上下していることから、決して致命的というわけではないのが幸いか。


「ふむ……。似ておらんの?」

「親父も御袋おふくろも混血……。妹とその旦那も言わずもがなでな───ま、こんなもんさ」


「ほう? 興味深い話ではあるが……。今はそれよりも休息じゃな」


 そうだな……。

 致命的でないとはいえ、リズは監禁生活───しかも、ペットよりも劣悪な環境にいたらしい。


 いつかのように体臭が酷い。

 …………この子は、本当に不遇だな。


 サラリと髪を撫でてやると、うっすらと目を開くリズ。


「……叔ぃぁぅ叔父さん?」

「あぁ、無理しなくていい。……ゆっくり休んでいろ」


 そう言って労わるものの、リズがフルフルと軽く首を振り──地面に降ろしてと願う。


 反対する理由もないので、ゆっくりと立たせてやり、倒れてしまわないように支えてやった。


「リズ。…………紹介する、魔王だ」


 リズにとっては初対面だろう。

 せっかく目を覚ましたんだ。治療の前にあいさつくらいしておいても損はない。


如何いかにも、MAOHの所長をしておる。……どういうわけか、お主ら現地人どもには『魔王』と呼ばれておるらしいでの───魔王でも、所長とでも好きに呼べ」


 ピョンと司令用の席から降りると、チンマイ胸を張ってフフンと自信満々に紹介する。


「お───」


 リズはリズでびっくりした顔で、目を驚愕きょうがくに見開いている。


 ん……?


「あれでいて偉いさんだ。……挨拶はしっかりな。───それと、認識阻害の魔法を使っているらしくてな。どうも、その人が見たいという理想の姿に見えるんだそうだ。おかげで、俺には魔王がルゥナにしか見えん……」


ぅゥナルゥナ……」


 オドオドした目でクラムを見上げるリズ。

 ……そりゃ、急に『魔王』を名乗るものが出てきたらビビるか。


「ルゥナではないぞ? そやつはいつまでたってもルゥナと呼び違える。終いには抱締めようとすることもな!」


 セクハラじゃ、セクハラ! と魔王は呵々大笑かかたいしょうしている。


 ち……リズの前でバラすんじゃねぇよ。


「リズ。お前にはルゥナに見えるか?」

 チラっと不安そうな目で見上げるリズ。別に、誰に見えても悪いことじゃない。


 だが……。


ぅんうん……ぁのまぉぅその魔王……ぁんさんぉろぃくよろしくぉぉぅいしぉぅお願いします


「うむ。礼儀正しいの。いきなり抱き着いてくる、どこかのバカとは大違いじゃの~!

カッカッカ!」


 うっせぇ……。


 つむじが見えるくらいに、ペコリとお辞儀するリズ。

 王国じゃ珍しい挨拶の形だが、相手に誠意が伝わればいいのだ。


「うむうむ、そう堅苦しくなるな。現地生物とは言え……。おぬしはクラムの家族だしのー。ま、特例で構わんじゃろ」

ぁぃがとぅごぁありがとうござぃあすっいます───くぅ!」


 バッと顔をあげたリズが腹を抑えて、綺麗な顔を歪ませた。


「リズ!?」

「お、これはいかん……!? 衛生要員、前へメディィィック!」


 『魔王』のよく通る声が空母中に響く。


 気密の完璧な空母の中はほとんど陸地と変わらず、巨大ゆえに揺れすら感じない。

 そのため、本当に空の上かと疑ってしまうほどだ。


 実際に、艦橋に駆け付ける衛生要員の足音は甲高く、まるで魔王の城にいた時と変わらなかった。


「おそい!! その子じゃ、医務室に連れていけ───丁重になッ」


 駆けつけたのは、紺色の戦闘服の上に白衣を被った、変わった出で立ちの職員だった。

 見た目はあれだが、いわゆる武装隊員の一種なのだろう。


 ここは城と違い、敵地だ。


 非武装の衛生要員やらがいるところでは、ないらしい。


 その武装衛星要員ら手慣れた様子で、毛布を肩にかけると、リズを優しく抱え起こしストレッチャ―に乗せた。


「お、おぃさん叔父さん……!」


 少し怯えた目でリズはクラムに手をさし伸ばす。


 それをキュッと軽く掴んでやり、

「大丈夫だ……安心しろ。少し痛いかもしれないが、大丈夫。無体むたいなことは、彼らはしないよ」


 一緒についていってやりたい所だが、クラムもまた消耗している。


 それに可及的に報告しなければならない義務があるし、エプソのメンテナンスも急務だった。


「すまんのー……。姪御さんは丁重に扱う故、心配するな」

「あぁ、そこは信用している。人道的・・・って奴だろう?」

 少し皮肉交じりに言う。

「何か引っかかる言い方じゃの。……ワシ等を見てみぃ、どっからどう見ても平和の使者じゃろうが?」


 どこがだよ?


 指令室に並ぶのは、全周を覆うモニター群で、その下にコンソールと椅子があり、職員が無言で働いている。


 そのうちのいくつかには、如何にも物騒な表示が並び、画面上に長大な砲身を覗かせていたりする。


 他にも、多連装の銃身をみせるガトリングガンが周囲の空を睥睨へいげいしていたりと、


 実に物騒だ。


「少なくとも、ワシ等から連中を殴りつけることは無い。ワシらには、防衛予備行動と、防衛行動しか認められておらぬでな」


 出たよ……!

 詭弁が───!


「アンタらの言うところの防衛予備行動は、こっちの世界じゃ防衛戦───で、防衛行動は侵略行為って言うと思うんだがね」


 実際、現状王国の上空を絶賛侵犯中(領空という概念があるかは不明)なのだが、これはこれで防衛行動と称している。


「ん、む……。しかし、我々はのー。攻撃行動などという、明確な行動規範はないのじゃよ……。今回はほれ───」


 今思いついたみたいな表情で、


「───保護しておる現地人の血縁者を救うためじゃしの。それもテスト支援中の現地協力者が地表に落下したとあってはのー……」

 と、一見すると滅茶苦茶に理論をのたまう。


 そんな理由でズタボロに攻撃された王国軍なら、普通は文句の一つも言いたくなるだろう。


 とは言え死人に口なし。

 王国軍とて全滅ではないが、ほとんど殺傷しているので早々文句が上がることもない。


 あがったとしても、だれも聞く耳をもたないだろうが……。


「ほぅ? 俺を護るために、無理をして出張でばってきたと?」

「左様」


 ……か!


 ダメだこりゃ…………。


「あーはいはい、わかったわかった。好きに言い回してくれ。俺には関係ない話だ」


 そうだ……。俺もこいつらを利用するし、コイツらも俺を利用すればいい。

 利害が一致する以上、WinWinの関係で行こうぜ。


「聞き分け良くて助かるのー」


 クヒヒヒ、と悪戯っぽく笑う魔王。見た目はルゥナなのでひどく愛らしいが、まさしく悪魔の笑顔と言った奴だろう。


 魔王軍は人道的といいつつ、気化爆弾で軍団ごと蒸発させる恐ろしい連中だ。


 そして、たまたま生き残った者にはバンドエイドを渡して、人道的とぬかしやがる。


 王国軍や『勇者』もクソ野郎には違いないが、魔王軍も根っこでは同じ気がするぜ。


 もっとも、クラムもその片棒を担いでいる以上、偉そうなことは言えない。

 魔王軍は『魔王』軍なりの行動規範とやらがあり、ソレにのっとっているのだろう。


 少なくとも、……彼らは懐に入った者には優しい。


 リズとて最高の治療と───他に望めば教育も受けられるに違いない。

 そのためにも、クラムは自分が有用であることを示さなければならない。




「では、第1回の実地テストの結果を報告する───」








 そうして、クラムは簡単にまとめた戦闘詳報を、魔王に報告した。

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