第64話「戦いは数だ!」



 ドドドドドドドドドドドド!!

 ズドドドドドドドドドドドド!!


 近衛兵団は疾走していた。


「敵───視認! 一人のようです!」

 若い近衛兵が馬上で叫ぶ。

 地鳴りのような馬蹄ばていにかき消されまいと、それは自然と大声になった。


「一人!? バカな?!……前方の野戦師団の歩兵大隊は壊滅しているのだぞ!」


 だからこそ、最低でも同程度の敵がいるというのが返事をした将校の反応だ。


 それは常識でいえば正しい。


 正しいが───、

「し、しかし! 事実です! 確実に視認できる敵は一人───『勇者』ではありません!」


 そう。

 その常識を覆す者もいる。『勇者』はまさしくその例だ。


 たしかに、『勇者』なら一人でも、なんなく歩兵大隊を殲滅してしまうだろう。


 だが、それにしても───『勇者』以外にそんな芸当ができるものなど知らないし、いないはず。


「まさか……もう一人の勇者?」


 そんな存在は聞いたことがない。

 

 非現実的なことを考えるなら、いっそのこと──『勇者テンガ』が、鎧を着こんで顔を隠していると思ったほうがいいかもしれない。


「進軍───停止しますか……?」


 若い兵も『勇者』の可能性に思い当たっているのだ。

 歩兵大隊を殺戮したという状態で言えば、敵も味方もないのだが……曲がりなりにも『勇者』は人類の希望。


 そして、最強の戦力だ。


 敵味方もさることながら、『勇者』に勝てるとは思えなかった。

 近衛兵団全体に「どうするんだ?」 という動揺が走るが……、


「た、たすけてくれぇぇぇぇ!!」


 前方から、満身創痍の野戦師団の将校が掛けてくる。

 腕は欠損しており、股間はグチャグチャ!

 あれで、よく走れるなと誰もが思った。


 それを見た一騎が、集団を抜けてブーダスに走り寄る。


「………………ブーダスか?」

「いいいいいい、イッパか!?」


 顔見知りらしい二人は、邂逅かいこうすると同時に兵が前進しているのを尻目にして、話を続けた。


 団長であるイッパの合図がない以上、このまま突進するのだ。


「なにがあった!?」

 馬上に招くでもなく、興奮した馬をカッポカッポとブーダスの周囲を旋回させながら、動揺を抑えつつ問う。


「た、助けろ! 重傷なんだ!」


 ブーダスが必死に、懇願こんがんするも、イッパは冷ややかだった。


「今は突撃中だ、いいから話せ。……あれは敵か?」

 言外に『勇者』じゃないだろうな、と聞いているのだ。


「くそ! いでぇぇ!……『勇者』じゃねぇ、アイツだ! アイツだよッ!!」


 アイツだアイツだ。とのたまうブーダスにイッパは苛立ちを隠さず怒鳴る。



「わからん! 誰のことだ!」

「クラムだ!───クラム・エンバニア! あの日の、あの時の死刑囚だ!」



 ───ッッ!?



「な、なにぃ!?」

 イッパは覚えていた。

 もちろん覚えていたともさ。


 ブーダスなどよりも鮮明に……!


 勇者の寝所番、

 愛する女を奪われた哀れな男!


 そして、今飼っている少女・・・・・・・の血縁者・・・・───!


 馬鹿な……、

「──奴は死んだはずだぞ!!」


 そうだ……!


 あの日、

 第二次「北伐」の軍が壊滅した日。

 魔王軍の攻撃によって───!!!


「知らん! 知らんが、空の彼方から雷が降ってきた! そしたら、奴が来たんだよ! あ、あれは魔王の所業だ!」


 空からの雷───……ドラゴン!?


「ドラゴンがいるのか! よもや、奴は魔王軍に降ちたというのか!?」

「知るかぁぁ! いいから医者を呼べぇ!」


 喚くブーダスなど見向きもせずに、「ハァ!」と、馬の手綱を操ると、喚くブーダスなど見向きもしないでイッパは駆ける。


 ドドカ、ドドカ! と、近衛兵団の先頭に躍り出ると───。


 イッパは敢然と、突撃する騎馬集団の前に立ち、騎乗のまま器用に背後を振り返り騎槍を掲げて宣言した。


「───聞け! 我が精鋭たちよ! 前方の敵は魔王軍の先兵だ!……そう、奴は我らの怨敵、北伐軍の仇だ!」


 その声を聴いた近衛兵団がドヨドヨと騒ぐ、


「我らの手で仇を討つ! そして、汚らわしい足で我らが地に降りたことを後悔させてやれるのだ!──いけ、我らが力を示せ!!」


 そう宣言すると、近衛兵団が沸き返る! 


 仇だ! 仇だ!

 イッパ! イッパ! 団長! 団長!

 と───!!


 『勇者』が召喚されるまでは、人類最強の一角だったイッパ。

 久方ぶりに聞く、自分を称える声援に心が躍る。


 彼とて承認欲求はある。

 それゆえに、『勇者』の陰に甘んじる状況は精神的に辛いものであった。


 だから、まるで『勇者』のごとく───一人で戦場に立ち……野戦師団を殲滅したあの男は、まさに勇者のごとき所業!!


 それを倒すのだ!!


 ブーダスが言うことが本当なら「クラム・エンバニア」という───勇者に並ばんとする、あの『勇者の寝所番』を討つことに興奮を隠しきれない。


「行くぞ! 近衛兵団ロイヤルガーズ! …っ突撃ぃぃぃサ・チャァァァジ!!」


 おおおおお!!! と力強く答える兵に、自然と頬が緩む。


 そうだ。

 これだ!


 これが近衛兵団ロイヤルガーズだ!

 最強の兵団!

 ──たった『一人』になど屈するものか!


 ドドドドドオドドドドドドド! と、さらに加速した兵に飲み込まれるように徐々に速度を落として、兵団の中核に戻るイッパ。

 

 この位置が最も指揮に向いているし、生存率も高い。


 先頭で、一番槍も心地よいだろうが、そんな危険なことをする気にもなれない。


 それは若い血気盛んな兵に譲ろう。


 そして、「クラム」を打ち取って……出来れば生け捕りにして、『勇者』と同様に寝所番にしてやろう。


 それはきっと楽しいだろう。


 『勇者』から下賜かしされたあの美しい少女おもちゃの声をクラムに聞かせてやるのだ。


 確か……姪だったはず。

 

 その目の前で甚振いたぶれば、どっちも良い声で鳴くだろう。

 他の少女おもちゃなど比べ物にならないくらいに───!!!


「くくくくくく……」


 ついさっきまで、さんざん甚振いたぶっていた少女のことを思い出し、さらには、今後捕まえるクラムのことを想像すると、笑いが止まらないイッパ。


 注意しなければならないのは、殺してしまわないか──だけだ。




 はあーーーっはっはっは! 




 行け! 新生ネオ近衛兵団ロイヤルガーズ

 我らの力を『魔王』に───……そして、『勇者』に見せつけてやれ!


 突撃する視界の端で、喚いているブーダスがちらりと映った。


 だから───ほん少しだけ思案する。 


 ……そういえば、奴の配下の大隊はどうやって殺された?


 と、僅かに疑問点をもって考えたが、


 ドドドドドドドド!! という激しい馬蹄に思考を塗りつぶされ、上昇する戦闘意欲に飲み込まれいつしか忘れてしまった。




 ※ ※




『大軍だな! こりゃ、やりがいがある!』


 クラムはバイザー内で、ニヤリと口を歪める。

 ドドドド──!! という地響きが徐々に近づきつつあるというのに、まったく危機感はなかった。


 それよりも、


 かつては、逆らうなど思いもよらない……まるで死の象徴のような近衛兵団の容赦のない突撃に、真っ向から反撃できることに喜びすら感じていた。 


 幾度となく、踏み散らされ……死に征く囚人兵たち。


 ───クラムもその一人だった。


 短い槍の一本で対抗できるはずもなく、死体の山に隠れてやり過ごすしかなかった暴力の化身……近衛兵団ロイヤルガーズの重装騎兵。



 それを、真正面からぶん殴れるのだ。

 ……これほど心透くことはそうそうないだろう。



『まずは───』

 バイザー内の支援項目を選択し、支援機を呼び出す。


 すると、


 ──ィィィィィン! とすぐさま答える無人機4機の一個小隊シュバルム


 それに指示を与えて、2機ずつの一個分隊ロッテに分けて近衛兵団を挟むように飛行させる。


 音速を超える速度を出せるソレ等は、あっという間にクラムの上を航過していき───近衛兵団の上空に遷移せんいすると、




『ぶっとばせ』




 気合も気合。

 ……まるでクラムの意思が乗り移ったかのように、無人機の2機編隊ロッテがクロスするように近衛兵団の上空を航過し───……。





 チュバァァァッァァァアアアアアアアアン!!!




 猛烈に爆裂した!!


 それは、ブシュッ!! と、ばかりに一機ずつが、腹に抱えていた空対地ミサイルを発射───都合4発を近衛兵団の密集隊形にぶちこんだのだ!!


 命中、

 炸裂、

 爆発、


 そして、衝撃を与えた。


「はは!! 命中判定─────撃破ッ!」


 まるで地獄の蓋が開いたかのように、真っ赤な炎に包まれて近衛兵団の大多数が一瞬にして炎に飲み込まれる。


 その炎のベールを抜けてくる者はおらず、ほとんどが一瞬で蒸発したようだ。


「いや、壊滅か?」


 目の前の光景に、思わず叫びだしそうになる。




 はっはっはっ!!

 ざま───




 ビービービー!


 バイザー内に警告音。接近警報!?


「…………ったく、すげぇ数だな」


 ミサイルが直撃した先頭集団は確かに壊滅した。

 したが───……近衛兵団は、それ以上に大兵力を抱えていたらしい。


 ドドドドドドドド!!

 ズドドドドドドドド!!


 ……燃え盛る爆心地を避けるように、後詰の兵が突撃を仕掛けてくる。


 この有様ありさまひるまないのは見事みごとなり。


「さーすが近衛兵団ロイヤルガーズ、勇者の私兵モドキなだけはある」


 先頭集団が壊滅したにも関わらず、戦意の衰えない近衛兵は、一心にクラムに向けて突進する。


 なるほど……。

 指揮系統は生きているようだ。


「こりゃやりがいがある!」

 ニィィ──と、人知れず笑う。




 すぅぅぅ……!


「───ラウンドツー! ファィ!」


 激しい闘志をみせるクラム。

 その戦闘訓練とはどの様なものだったのだろうか………………?

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