第61話「あの『裁判長』を誅せよ」

「上空にドラゴンと───小型竜でしょうか」


 偶然生き残っていた野戦師団の一個大隊は、完全武装の500名をズラリと練兵場に整列させていた。


 その居並ぶ兵の前に、でっぷりと太った男───かつて、クラムに死刑を言い渡した裁判長のブーダス・コーベンが居丈高いたけだかにふんぞり返り、副官らしき女性の尻を撫でながら報告を聞いていた。


「ドラゴンだぁぁ?」


 スっと指さされるそこには、確かに見たこともない巨大な鳥のようなものが浮いている。


 動きは鳥にしては直線的で、どことなく硬さを感じさせた。


「はー? た~だの珍しい鳥じゃろうが?」

 ナーデナデと手つきもいやらしいが、顔もまた厭らしい。


 華やかりし時代は、司法を司る組織で偉イサンをしていたというブーダスも───ついには年貢の収め時、貴族の役目と言わんばかりに徴兵され、渋々しぶしぶながら野戦師団の指揮官に収まっていた。


 しかし、色々金やらコネやらを使って前線勤務を拒否。


 のうのうと王国の後方地域で過ごしていた。


 だが、前回の第二次北伐では、さすがに軍の損害が大きすぎたため、形だけのアホ指揮官とは言え、引っ張り出さなくてはならない現状が王国にあった。


 ゆえに、こんなアホ丸出しの男でも、軍人が払底ふっていし始めた王国では指揮官をできるのだ。


 ───というより、こんな奴ばっかりが後方に残ってしまい、優秀なものはとっくに第2次「北伐」で全滅している。


 ……むべなるかな。


「し、しかし───あっ♡……そ、その、し、師団本部が壊滅した、と、あっ♡」


 赤い顔で息を荒くした副官は、それでも気丈に報告を続ける。


 その間にも───モクモクと立ち昇るキノコ雲と、衝撃は練兵場からも観測できた。

 まるで雨の様に、様々な残骸が降り注いで来る段階になると、さすがにブーダスも重い腰を上げざるを得なかった。


「ち……。どっかのトンマが魔法を誤爆させただけだろうに……大げさな」


 そうだ、この程度の阿呆ブーダス・コーベンに、師団本部の壊滅なんてことが理解できるはずもないのだ。


 副官の女性もそれを分かっていつつも、このクソデブアホ指揮官の命令がなければ軍隊が動かせないので、仕方なく事実のみを話しているのだ。


「……まぁいい。調査くらいはするか───ん?」


 ギョム、ギョム……!


 と、聞きなれない音を立てて──フルプレートアーマーをまとった兵が、単身ブーダス達の前に現れた。


「伝令か? どこの所属だ」


 のっそりと起き上がったブーダスは、相手の格好が見慣れないので、万が一上官であったら不味いかと思い出迎える態勢を───、


 と、その時。


 ──ィィィン……! と、何かがハウリングするような音が響く。


 そして、次の瞬間には、無機質な声が練兵場に響きわたった。



『……てめぇ───見た顔じゃねぇか?』



 あん? と、ブーダスは怪訝けげんそうな顔をする。

 高貴な者の話し方ではないな、と即座に判断し───ならば、貴族ではなくタダの兵士かと、検討を付けた。


「何者だ! 官・所属を言え! ワシを誰だと思っておる! 元王国の最高裁判所の裁判長を勤めたこともある、正当なる王国貴族に名を連ねるブーダス・コーベンであるぞ!」


 忌々いまいましい軍の階級などよりも、前職や貴族を前面に押し出した方がブーダスとしては自尊心を保つことができた。


 なにせ野戦師団の連中ときたら、平民でも普通にブーダスよりも上官になっているのだ。

 場合によっては、平民の上官に敬礼をせねばならない。

 貴族たるブーダスが平民ごときに敬礼をするなど、屈辱の極み。だが、時としてそれをしなければならない場面もある。


 ───それは本当に屈辱だったのだ。


 目の前の異形の兵も、上官である可能性は捨てきれなかった。

 だが、曲がりなりにもブーダスより上級者なら、一人で行動するはずもない。

 そういった見た目の情報から、ブーダスは異形の兵士を只の下っ端だと決めつけた。

 

 そして、それは間違いではなかったのだが……。


 異形の兵士は言う、

『あ゛あ゛? 俺の所属だぁ? ハッ!……元、野戦フィールド師団ディビィジョン───囚人大隊プリズナーバタリオン所属、』


 その言葉にブーダスの頭が一瞬混乱した。


 ───はぁ? 囚人兵だぁぁあ?

 ………………アホかこいつは?


『──────一兵卒クラム・エンバニア』

 と、常人の出すものとは思えぬ大音量。


 だが、生意気だ。


 たかだか───囚人兵がぁぁぁ!!


 すぅぅぅ……、

「───貴族たるワシに、偉そうな口を聞くとは何事かぁぁ!!」


 異形の兵の大音量に負けない声量で返すブーダスだったが、「クラム・エンバニア」その名前を聞いて、記憶にチリリと触れる何かがあった。


 一方、エプソMK-2を纏ったクラムは、モチベェの様子に驚くどころか、バイザー内で暗い笑みを浮かべていた……。


『思い出せないか?───勇者暴行罪で逮捕……初の『勇者特別法』の死刑囚……クラム・エンバニアだ』


 ガタン……!

 と、モチベェが尻もちを付く。


(そ、そうだ……覚えている! お、思い出した!!)


 モチベェは驚愕に目を見開く。

 

『どうだ……思い出したか?』

 と、クラム。


「お、お前……ば、ばばばば、馬鹿な?!」

 あ、ああああ、あの男のはずがない!


 勇者に…………王国上層部にびを売らんがために、近衛兵団長のイッパと手を組んで無理やり押し通した法案。


 そして、改竄かいざんし、握りつぶし、擦り付けた冤罪───勇者暴行罪……その第1号。


 わ、忘れるはずもない───!


 彼の短い司法の場における……初めて下した死刑の判断でもあった。


 多少なりとも、思うところがなかったわけではないが──一度下せばあとはもうなし崩し。


 ……死刑にした人間は数知れず。


 それも、これも、ただひとえに自分の出世を利益のため……。


 彼らは───囚人兵クラム・エンバニアはその肥やしだったはず。


「う、嘘だ……ほ、北伐の軍は全滅───囚人兵に生き残りなんているはずが……!」


 ───ほう……多少知っているようだな?


 と、クラムはあざける視線をバイザー越しに送る。


 おかげで、青ざめた顔が十分に堪能できた。

 そうそう見たい面でもないが、今だけは違う。

 違うんだぜ?


 くくくくく……。

 よぉ、

『───地獄から帰って来たぜ……』


 ジャキン!

 と、大型マシンガンを構えるとぉぉお、



『───お前のような奴に復讐するためになぁっぁぁっぁぁ!!』


 ぎゃはははははははは!!

 この日、この瞬間を待っていた!!!


 何年も、何ヵ月も、何日も!!

 あの日、死刑を宣告されてからなぁぁあ!


 ブーダスが腰を抜かして後ずさる。

 だが、腐っても指揮官。


 ブーダスには多数の手下がいた。


 すなわち───、

「…………こ、殺せ!! こ、殺せぇぇぇぇぇええ!! 斬れ、切れきれキレ! ぶっ殺してしまえ!」


 モチベェの反応も、また早い!


 事態を見守っていた野戦師団の一個大隊はすぐさま反応。練度は低いが、基本教練だけは徹底して叩き込まれたので、動きだけは均質に整っている。


 まだまだ兵としては未熟だし、後方残置組だったこともあり、それなりに人格的、あるいは身体的に問題を抱えているものばかりだった。


 ───そんな奴らだ。


 たった一人ノコノコ現れた愚かな闖入者ちんにゅうしゃなど、グチャグチャにしてやると言わんばかりに、被虐の表情を浮かべてクラムを取り囲んだ。


 ───ヒュゥゥゥ♪


『そうこなくっちゃぁなぁあ!!』







 すぅぅ……、


『───レッツ、ショーーータ~イム!!』

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