間話「おお、死んでしまうとは情けない……」


 王都。


 賑わいを見せる街。


 その繁栄は、善政を敷いたといわれる王によってもたらされたもの。

 そして、魔王の侵攻から人類を救った勇者よ功績によるもの。


 それを信じて疑わない民衆は熱狂し、魔王討伐より凱旋した・・・・した勇者を熱烈に歓迎した。


 「テンガ!!」「テンガさま!」と、勇者に熱狂する国民と、そのテンガを擁する国を治める王を称える国民。


 そのくだんの王が住まう城の後宮では、テンガが女をはべらせて酒を大いにあおっていた。


 ……それは上機嫌というわけでもなく、むしろ不機嫌な様子。


 しばらく前に、長い長い遠征を終えて帰ってきた時には……もっとひどい有り様で荒れていたという。


 いったい何があったというのか?

 遠征帰りの途中では──女を壊さんばかりに貫き、責める……。

 実際、何人かは正気を失うほどにボロボロにされてしまったらしい。


 幸いにも、今、テンガにしな垂れかかり、一緒に酒を飲んでいるシャラとミナは無事だった。


 むしろ、彼女たちを壊さないためにテンガは他の女に苛立ちをぶつけていたとでも言わんばかり。


 実際、テンガのお気に入りになっていたシャラ達は、遠征から無事に帰ることができてホッとしていた。


 軍を滅却せしめたあの破壊の嵐。

 そして、人類連合軍の壊滅。


 ……あのとき何が起こったのか。

 戦場から離れた後方にいたシャラ達には知るべくもなかったが───彼女らには、ただ見たこともない巨大な煙が立ち上り、後方で待機していたハレムまで押し寄せる熱気と、生き物が焼ける匂いが漂ってきたことだけを覚えている。


「ネリス! どうした、げよ」

 

 絡み合った状態で、ネリスに無理難題を言うテンガに、色っぽい声で鳴きながらネリスが震える手でワインをそそぐ。


 ポタポタと零れるそれは、テンガの大腿部を枕に、顔を埋めていたシャラの髪にかかる。


 彼女はそれを鬱陶し気に払った。


粗相そそうね。どうしたのよネリス?」


 ジロっと睨むのはかつての義理の娘……。


 いや、クラムとネリスの婚姻関係は消えていないので、法律上も習慣上もネリスとシャラは、クラムという男を間においていまだ嫁と姑の関係だ。 


 もっとも、そんなかび臭い言葉に置き換えるような清廉せいれんな関係はもはやここにはなく。

 もっと粘ついた、ドロドロとした肉感的なそれがあるのみだったが……。


「なんだぁ、シャラ? ネリスがどうしたって?」


 テンガの問いに答えたのはミナ。

「帰ってきてから……いえ、あの日からちょっとおかしいのよ、この子」


 あの日、という単語にピクリと反応したテンガは、物凄い勢いでワインをミナにぶちまけた。


「クソアマぁぁ! てめぇ、あのことは話題にすんなっつてんだろうが!」


 あああん、ごらぁぁ! と、声だけで殺さんばかりに怒鳴りつける。


 事実ミナは怯え切り、「ひぃゴメンなさい」と言ったきり、体を丸くして震えだした。


「ち……興が冷めた」

 ブンと、空になったグラスを近くにいたメイドに投げつけ……「ぎゃ!」と断末魔の声を上げさせると、意味もなく絶命させてしまった。


 ワインのグラスとはいえ、勇者の膂力で投げつければ、ヒト一人破裂させることなど造作もない。


 その様子を見ていたシャラが、顔を青くしつつも、

「───そ、そう? ゴメンなさい、呼ばれるまで控えているわね」

 ソソクサと立ち上がりミナを促して退室していった。


「テメェもいつまでもまたがってんじゃねぇよ!」


 グイっと、ネリスの髪を掴むと───。



「あの寝所番はもういねぇ……」



 わかってんだろうな? と、ネリスを睨むテンガに、艶やかな声を上げつつ、乱暴にされながらも……離れがたく熱のこもった息を吐く彼女。


 ───すでに、ネリスは肉欲に溺れたかのごとく、正常な思考ができないようだ。


「……けっ。テメェらに飽きるのも時間の問題だぜ」


 ペッ、とネリスの顔に唾を吐きつけると、テンガはネリスを放り捨て、適当に服を掴むと剣を片手に後宮から出ていった。


 その後には、アゥアゥ……と声を上げるネリスがだらしなく体を弛緩させるのみ。


 絶命したメイドの血と、ネリスの汗などの体液が混じり───酷く酸えた匂いの漂う空間には、しばらく誰も踏み込むことはなかった。



 一方のテンガ。


 部屋を出ると後宮から王城へ向かう。

 「どけっ! おらぁぁ!」と、テンガはイラついた気配を隠すこともなく、時折目についたものを感情任せに叩き壊しながら歩いていた。


「クソ……ムカつくぜ」


 「あの日」の事を思い出す。


 それは、一種の恐怖としてテンガの中に刻み込まれてしまった。


 戦闘機。

 ミサイル。

 そして、爆発の渦───。





 …………………………初めて、死んだ。




 いや、今こうして生きているので、本当に死んだのかどうかと言われれば、正直よくわからない。


 だが、思うのだ。


 超至近距離から発射された機関砲とミサイルの直撃は……間違いなく一度、テンガを死に至らしめたと───。


 高熱による息苦しさ、

 肺を焼かせる激痛、

 目が蒸発する鈍痛、


 そして、


 動きを止めた心臓と、

 思考できなくなった脳。



 ───それは間違いなく死だった。



 にも関わらず、暫らくの後に意識ははっきりと覚醒した。

 そこは、間違いなくこの腐った世界の大地で、あの世だとか天国、はたまた地獄の類ではない。

 ましてや、この世界に呼ばれる前の、あの懐かしい世界でもない。


 ならば? ここは?

 この腐った世界から、一歩たりともはみ出すことができなかったなら?


 それは……──つまり、生き返ったということ。



 バカな……!?


 衣服は焼け落ち、大地はガラス結晶化するほどの高熱に包まれており……未だにくすぶっていた。


 これはまさか───「おぉ勇者よ、死んでしまうとは情けない……」というやつか? 


 と思い至るより前に、いつの間にか魔族の大群に包囲されていることに気付いた。


 とは言っても、あの時見たSF映画のような兵士ではなく、ここらでよく見かけるゴブリンだとかオークの兵士───装備はといえば剣に槍といった出で立ちだ。


 とりあえず、焼けずに残っていた宝剣でなぎ倒し、殲滅した頃には周囲の状況がよく見えた。


 まさに、焼け野原……。


 あれほど威勢を誇っていた連合軍は壊滅───というか、全滅していた。


 前線に投入された兵は、囚人兵、近衛兵問わず消え失せ、グズグズの炭化死体とガトリング砲で薙ぎ倒されたミンチがあるだけだった。


 そうして───。


 戦いは終わりを告げた。

 指揮官がいなくなり、軍が壊滅してしまえば、テンガにもどうすればいいのかわからなかった。


 偉そうな将軍もいないため、『勇者』であっても軍のことなど何もわからない彼は、単身で魔王領に挑むでもなく、生き残っていた後方部隊と合流し、戦意を失った彼らとともに撤退し───今に至る。


 凱旋とは恐れいる。


 それにしても、

「───なんだったんだあの戦いは……? それに、戦闘機にガトリング砲……そした、ミサイル」


 あれはまるで近代兵器じゃないか?

 魔王軍ってのは、なんなんだ……?


 ゴブリンやオークの兵士だけじゃない。

 何か得体のしれない者がいやがる。


「くそ! こうなったら王どもをぶっ殺してでも話を聞きだしてやる!」


 ……遠征から帰ってきて以来、時々思い出す死の恐怖と痛みにさいなまれ、当たり散らすように女や兵を殺しまくった。


 それはハレムの女も同様で、辛うじてお気に入りのシャラ達を相手には我慢していたが、それ以外の女はほぼ使い捨てで無茶苦茶にしていた。




 それも、今日までだ。




 あの日の出来事には、裏がある。

 少なくとも、連合軍の上層部は何か知っているに違いない。


 第一次「北伐」とやらが失敗したのも、魔王軍が関係しているのだろう。


 でなければ、勇者である俺が敗北を喫するはずなどない!


 知っていながら、人類の連合軍はテンガを死地へと追いやったのだ。


 だとしてら、

「───ぶっ殺してやるから! 覚悟しとけッ」


 ズンズン! と、足音荒く──殺気立ったテンガに王城の者は道を開ける。

 運悪く気付かなったものや、出合頭であいがしらにすれ違ってしまったものは例外なく殺傷されていた。


 王城と後宮を繋ぐ門は容赦なく破壊。

 守備の兵は全滅。


 かなり数を減らした近衛兵団も、帰還した一部の要員によってなんとか兵力を回復させていたが、練度は以前に比べて致命的に低下していた。


 もっとも、練度云々うんぬんでテンガを止められるはずもなかったが……。


 王の間に近づくテンガを止めようとしていた近衛兵が一刀の元に切り伏せられ、ゴロゴロと死体を晒す。



 バガァァン!!



 そして、乱暴に切り破られた扉の先には……。


 年老いた王が若い女性と乳繰り合っていた。

 だが、テンガの勢いに驚いて玉座から転がり落ちると、

「なななななな、なん?」

「よーよーよー……昼間っからお盛んだな、おー様よぉぉ」


 ズンズンズン、…………ドカ~ン! と侍らせていた女性の頭を蹴飛ばすと───ポーン! とボールのように吹っ飛んでいくそれ。


 ドサリと、力を失った女の体がビクビクと震え、滅茶苦茶に血を吹き出して倒れる。



「ひ、ひぃぃ!! て、て、て、テンガよ! 何をする!」

「「何をする!」…じゃねぇぇぇ!!」


 宝剣で王の股座またぐらを切り裂かんばかりに、その間にどっかりと突きさすと、

「テメェらに聞きたいことがあるんだよ、俺はぁぁぁ!」


 ジロっと、王の痴態を見つつも放置していたらしき周囲の重鎮じゅうちんを睨みつける。


「だれか、だれかあるか! 『勇者』が『勇者』が乱心したぞ!」

 重鎮じゅうちんの一人が駆け出し、兵を呼び出そうとするが、


「うるっせぇぇ!」

 ブンと、王の頭から取り上げた王冠をブン投げてソイツに命中させる。

 「ヒデブ!」とか言ってそいつは絶命……その瞬間、誰も動けなくなる。


「兵が何人来ても意味ねぇこたぁぁ知ってんだろうが!! いいから答えろや!」


 と、脅しに脅して、王たちから魔王軍について詰問していくテンガ。


 彼らのうち何人が事情を知っているかは知らないが、

 答えなければ簡単にこの化け物に命を奪われることだけは理解できた───。









「おぉ、勇者よ───………………」

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