第57話「強化人間」


「なんじゃと!!!」


 知らせを聞いた魔王は、叫び声をあげて飛び出していた。

 生体実験棟の奥───閉ざされた手術室は解放されており……。


「クラム───……」


 武装隊員に拘束されている、あの青年がいた。


「魔王………」


 あぁ、

 あの目───。


「『強化人間ブーステッドマン』になってしまったか……」

 ガクリと膝をつく『魔王』に、クラムは静かに微笑ほほえみ───、



「これで……戦えるだろう?」



 ……馬鹿め───!!



「黙れッ……! そいつを拘束しろっ! 許可のあるまで部屋から一歩も出すな!!」


 激昂げっこうする魔王を尻目に、クラムは大人しく引きずられていった。

 その様子を見送りもせず、自動医療器械オートメディック愕然がくぜんと見つめる魔王───。


「馬鹿め……一年、じゃぞ」

 一年しか生きられない宿命を負わせる、その罪悪感。

 『魔王』などと言われているが、彼女は───。



「馬鹿め」


 バカめ!!



 

 ───バカめがぁぁぁぁぁ!!



 ※ ※



 拘束されたものの、その後は変わらぬ扱いを受けているクラム。

 脳の手術を受けたといっても、体調に変化はなかった。


 「強化」といっても、正直なことろ全く実感はなく───、


「…………本当にこれで戦えるのか?」


 漠然とした不安を感じてしまうのが、正直な感想だ。

 自動手術では、術後の洗浄も行われるので、血の汚れすらない。


 ただ爪の中の様な細かいところまでは洗いきれないのか、よくよく見れば、爪が赤く染まっているので、確かに自分の血が流れたことを感じさせられた程度……。


 ただ間違いなく手術は行われたようだ。

 僅かに残る、頭部の縫合あと。


 だが、実感がない。


 もしかして盛大に担がれた・・・・のか? とそう言った思いもある。


 そんな風に悶々もんもんと過ごしていると───。



 ……ガチャ───!



「クラム・エンバニア……」

 ひどく無表情の魔王が部屋に来た。


 ルゥナの表情で、父を知らぬとばかりの、その顔には心がうずくが───。


「待ってたよ」

 余裕を見せるために笑って返す。


「愚か者め……!」

「知ってるよ」


 『勇者』を倒そうとするのだ。

 そんなこと───『魔王』か『愚者』にしかできない。


 だから間違っていない。

 俺は『愚者』さ。


「………」


 魔王は、ピクリと頬を一瞬だけ歪ませるも───、

「ついてこい」

 それだけ言うと、さっさと歩き出した。


 予想通りの展開ではあったが、一瞬だけ……憐憫れんびんの情を見せた魔王に───罪悪感を感じたクラムだった。



 ※ ※



 キュムキュム……。

 ペタペタペタ……。


 魔王の足音に続けて、薄いサンダルの様な靴でクラムは続く、それは、どこか既視感デジャブを感じさせるものだったが──、

「……体の調子はどうじゃ?」

 ムスっとした様子の魔王だけが、前回・・と違っていた。


「すこぶる快調だ」


 しかし、クラムは気づかないふりをして何でもないように返す。

「ふん……! 当然じゃ」

 なら聞くなよと思いつつも、

「どこに行く?」


 ……クルリと振り向いた魔王。


「お主の、望み通りの所じゃ」


 そうか……!


「これで、『勇者』を倒せるんだな───」

 実感の湧かぬまま、クラムはジッと手を見る。


 特に強くなった実感もないし、倒せるというような自信もない。

 表面的には以前と全く変わりはなかった。


自惚うぬぼれるな…! αアルファ個体はそう簡単に倒せる相手ではない」


 αアルファ個体───『勇者』のことか。


「むしろ、倒すのはほぼ不可能じゃ。お主をもってしても……精々互角以上に戦い、一時的に行動不能・・・・・・・・にできるだけじゃ!」


 魔王は不機嫌さを隠しもせずに言う。


「な!? は、話が違うぞ!」

 倒せる力じゃなかったのか?


「それはお主が曲解しておるだけじゃ! αアルファ個体は、現状で倒せる相手ではない!」


 それを聞いて、クラムはドラゴンの炎の中で立ち上がった『勇者』を思い出した。



 まるで悪魔のようで、

 醜悪な魔物のようで、

 腐った神々のようで───…………。



 それでも、だ。



「だが………ぶん殴ることはできるんだろ?」


 倒せないなら……………──倒れるまでぶん殴ってやる!

 槍で突き刺してやる!

 何度でも……何度でも!


 グググと拳を作るクラムを見据える魔王は、

「呆れた男じゃ……」

 そういいつつも、どこか吹っ切れたように寂しげに笑う。


「たしかに、ぶん殴ることも、槍でぶっ刺すこともできるぞ。…………何度でもな」


 やれやれと肩をすくめる魔王は、やはりさっさと歩きだす。

 しかし、その空気は幾分弛緩しかんしている。


「それだけでも、俺には望外のことさ」


 ちらりと、見つめ返されると、魔王のその目にルゥナを感じてドキりとする。


「寿命が……余命あと一年であってもか?」


 ……正直、

「───嘘偽りないことを言えば、気にはなるさ」


 だが、


「どのみち、俺はあそこで死んでいてもおかしくはなかった」

 それが、

「あの戦場で生き延び───『勇者』を倒す力を手に入れることができる。……それが寿命と引き換えなら、俺は何も不満はない」



 本心だ。


 

 長く生きたくないわけじゃぁない。


 でも、

 それには条件がある。


 俺だって、普通に生きたい。


 だが、

 だが、な……。


 だが、なんだ!!



 このまま、地獄で生きるくらいなら──!



 家族と、

 愛する人々と長く、長く生きたかった。



 それが奪われたなら……生きる意味があるのか?



 もしあるとすれば───!


 それは未だ見えぬルゥナと───リズのためにある。



 だから、

 俺の一生は、

 俺の寿命は、


 ───彼女たちに捧げよう。


 『勇者』と、……その女どもをくびり殺してからな───!!!



 そういいつつも、『勇者』以外にはいまだ複雑な感情が渦巻く。

 ルゥナやリズならば問答無用で救い出すが、シャラ、ネリス、ミナ───あの3人に相対したとき……。


 俺は、


 ___るのか?



「ついた」


 クイっと顎でしゃくってみせる『魔王』───。


 なんだ、ここ……?





「戦闘訓練場?」





「そうじゃ。お主、もう強くなったつもりか?」


 甘い甘い……、とのたまう『魔王』。


「そ、そりゃ……。実感はないが」

 すでに強くなったのかと勘違いしていたクラムに冷や水をぶっかける『魔王』。彼女は言う。


「3カ月じゃ……」


 ……え?


「3カ月で訓練を終えろ。それが限界じゃろうし、我々も限界じゃ」


 ───3カ月、か。


 余命1年のクラムからすれば、残る人生の4分の1を消費することになる。


「3……」

「不満か?」


 ……いや、言うまい。


「はっ! 望むところだ」


 ガンと両の拳を突き合わせる。


「『勇者』を『愚者』が倒せるための訓練が3カ月……。随分簡単じゃないか」


 ニヤリと笑う。

 こんな笑いをしたのは久しぶりだ。


 望みは叶う───。

 

 こうも具体的に示されればクラムに言うことなどない。


「もうワシらも引き返せん……。せめて、成果を示してくれよ?」


 『魔王』は複雑そうな顔だが、最後にはあいまいに笑って見せた。



 とてもルゥナのする顔ではなかったが、それでも、クラムには天使ルゥナの如き笑みに見えた。





「任せろ!」


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