第56話「自動医療機械」

 カンカンカン───と、鉄製の階段を下っていく。

 『えれべーたー』とかいう昇降機は使わないのか、使えないのか、酷く暗い照明の元その部屋はあった。


 施設の中でもかなりはしに作られているらしく、清掃もいまいち行き届いていないようだ。

 この白一色の建物の中において、この部屋だけはむき出しの金属素材が飛び出し、如何いかにも放置されて久しいという雰囲気が漂っていた。


「ここは滅多に使用することがなくてね。──かつてロボトミーが行われていたころは悪臭も酷くて……。だから、こんなはしに作られているんだよ」


 職員はクラムを連れ出すにあたって、武装兵の同行を考えていたらしい。

 だが、シフトがあわないとか何とかで──仕方なく職員自身が武装してクラムを連行していた。


 いや、連行というよりは、同行に近いのだが……。


 なにせ、しばらく待てば武装兵の時間も空くという話だが、職員はかなりせっかち・・・・らしく、「もういい! 自分でやる」と相談先に言葉をぶつけると、あの黒い武装を手に、さっさとクラムを連れ出してしまった。


 もっとも、これは今までクラムが大人しくしていたこともあり、人畜無害の存在と思われているのも大きいことだろう。


 その彼の背中に、黙々とついていくクラムは、やはりどう見ても連行には見えない。


 今クラムが害意を持って職員を突き落とすだけで、つかの間の自由を得ることができる状態なのだ。


 ───もちろんそんなことはしないが。


 黙って追従すること数分。

「う……」

 職員の言う通り、悪臭が立ち込めはじめた。


「換気しているんだがね……」

 そういう職員は、平気そうにドンドン先へ行く。

 この匂いは、囚人大隊にいたときにも散々嗅いだ臭い───死臭だ。


 そして、階段の底へ。


 死臭が溜まりに溜まった、酷い場所だ。

 いや、実際にはそれほど臭いはないのだろうが……なんというか、こうー……瘴気が溜まったような空間で、まさに『魔王』の城といった雰囲気。


「さて、ちょっと待っていてくれ」

 職員は懐から紙の様なものを出すと、扉の横の箱に差し込んだ。




 ピー……ガシャ!




「行くぞ? 中を見ても驚くなよ?」


 意味深なことを呟く職員に、嫌な気配を感じる。その先に待ち受ける不気味な気配を感じとり、体中から汗が吹き出してきた。


 自動開閉するドアの向こうに踏み込むと、あの───物が腐ったような臭いがブワっとあふれでる。

 

 思わず仰け反るクラム。


 そして、自動で電灯する明かりの元に浮かび上がったのは───。


「ひ……!」


 クラムの口から情けない声が出る。


 照明下には、無機質な小さなベッド………いや、拘束台があり、

 その上にはレンコン・・・・の様なたくさんの穴が開いた正面がギラギラと輝いている。


 そして……。


 その周囲には、昆虫の手足の様な金属のそれが生えており、それぞれにノコギリや、小さなナイフや、針の様なものが無数に突き出していた。


 それらの下───床は、茶色に変色しており……元の白い床の面影はないといった有り様。

 

 要は───。

「と、屠殺とさつ場……」

 ゾワリと吹き出す冷汗ひやあせ

「おいおい、滅多なこと言うなよ。まぁ、気持ちはわからんでもないが…」


 十分に洗浄されているらしいが、

 それでも消せないほどに血を吸ったらしい床───そして、それらを行った昆虫のごとき金属の足と道具たち。


自動医療器械オートメディック───機械仕掛けの名医さ」

 そういって、機械の脇を抜けると近くの四角い箱の前に座る職員。


「ん? どうした?……適当に座ってくれ」


 何でもないようにいうと、ここの職員がよくやるように、箱の前でカチャカチャと音を立て始めた。


(……適当に座れって言ってもな)

 困った顔で周囲を見回すクラム。


 座る場所と言えば、職員がいる四角い箱の前の椅子と、拘束台のみ。

 そして、箱の前の椅子は職員が使用中だ。


 ……うーむ。


 拘束台に座る気にもなれずにクラムは、所在無しょざいなげにたたずむ。

 そんなクラムに気づいているのかいないのか、職員はお構いなしに、カチャカチャを続けていた。


「……っと、これでいいかな」

 最後にターンと、箱の前で何かを叩くと、


 ビュイン……!


 と妙な音を立てて、拘束台の後ろの壁に、あの不思議な額が浮かぶ───。


 そして、映像が───!?



(凄いな、どういう仕組みかまったくわからん)



 そして、映像。

 ───…内容は、実に簡素なものだった。



 この拘束台に寝ていれば、自動的にあの機械の手足がクラムを切り刻み、所要の機械なんかを体に埋め込んでいくそうだ。

 不必要なもの・・・・・・を切り取り、必要なものを埋め込んでいく。


 映像の中で切り刻まれているのは、魔王軍でいうところの現地軍───ゴブリンだった。


 彼は眠っているらしいが、生きたまま切り裂かれているのが、いくらゴブリンとは言え、気分のいいものではなかった。


 オマケに、クラムも手術をするなら──ああなるという。


「どうだい? 怖気づくだろう?」

 無表情のまま言う職員の考えが分からなかった。


「あ、あの……。なんでこんなものを見せるんですか?」

 クラムからすれば嫌がらせにしか見えなかった。


「ふむ? なんでといわれてもね。……規則なんだよ『納得インフォームド医療コンセント』というんだがね。手術を行う患者には内容を説明する義務があって───」

 何でもないように言う職員にクラムは毒気を抜かれる。実際、彼からは一切の悪意を感じられない。


「昔は手術にも失敗が多くてね、人間がやるんだから当然なんだけど───手術を受ける側からしたら嫌だろう? 意味もわからず切り刻まれるのは?」


 そうして、映像は進む───、切り刻まれていたゴブリンは、驚くほどきれいに元通りになり………………目を覚ました。



 あれほど、

 あれほど、切り刻まれてなお生き返る。



「と、まぁこんな具合の手術だ。で、これが術後の経過と───」

 職員はベラベラとしゃべり続けるがその内容はほとんど頭に入ってこなかった。


 だが、とても重要なことがあった。


 それが───。


「今の時代、手術の失敗はまずありえない。怖いのは術後の感染症くらいなもので、それすらもほぼ克服している」


 彼の前の四角い箱。

 そこに表示される実行の文字───Y/N


「簡単なものだろ? 全部、機械まかせ──医者という職業はずいぶん前にすたれてしまったよ。で、だ。聞いてるかな?」

「え、えぇ」

「君の納得が得られて───上の許可さえおりれば、あとはこのキーを叩くだけで、手術開始」

 これこれと四角い箱の前のキーを示す職員。

 これも『納得インフォームド医療コンセント』の一環なのだとか。


「あとは麻酔が効いて、眠るだけ、痛みはないし、当然恐怖もね。数時間後に目覚めれば、君は『強化人間ブーステッドマン』だ!」


 はっはっは、すごいだろう!──と、納得医療なのか技術自慢なのかわからないが、クラムはあいまいに笑って返す。


「なぁ……。本当に、それを押せば手術開始なのか?」

「あぁ、あとは機械がやる。我々の出番は、なにもないよ」


 そうか………………。


「で、納得できたかい? やるかい?」

「もちろんだ」


 これで『勇者』を倒せるなら───安いものだ。


「はは、ここまで聞いて恐れないとはね? よし、あとは上の許可さ──」

「すまん!」


 ゴッキン!! と、


 それだけ言うとクラムは、思いっきり当身あてみを職員に食らわせる。

 「ぐぅっ」とうめいて倒れ伏す職員、呻いているが気絶してはいない───だが、


 ガキリと首を絞める。


「かはぁぁ」


 職員にとっての不運、

 クラムにとっての幸運は───


 この忘れられた施設には、カメラのたぐいはなく、警報も手動の物しかなかったことだろう。


 一応───クラムの所在は報告されてはいるが、単独で連行した以上、通報できるものはこの職員しかいなかった。


 そして、

 震える手で武器を取り出そうとする職員だが、見習いとはいえ、鍛冶屋で───この時代の最底辺を生き抜いてきたクラムだ。


 ひ弱な職員がかなうはずもなく、手から滑り落ちる武器の音を最後に職員の意識は闇に飲まれた───。



「……しばらく眠っていてくれ」



 殺すほどの長時間、締め落としてはいない。

 本当にしばらく意識を失うだけに留めている。


 殺す気がないのだから当然だ。

 それよりも───。




「さよなら人間ってとこか───」

 



 映像の中で強化手術を行われたゴブリン。

 彼の目は、ただのゴブリンでないのは明白だった。



 ただし───寿命と引き換えにしてのそれ・・ではあったのだろうが……。

 このゴブリンどうなったのかまでは映像ではわからない。

 ただ、この施設が忘れられたかのごとく放置されているところを見れば、おのずと知れよう。


 だが、クラムに躊躇いはなかった。

 あの力を手にいれる入り口───。


 さぁ───……!


 復讐への第一歩ざまぁだ。

 素晴らしきハレルヤ日々へ祝福をざまぁ───!!





 カチャ…………。





 Y─────────









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