第55話「画策」


 それから、数日間は大きな出来事もなく。

 『魔王』も姿を現さなかった。


 クラムは、白衣を着た職員に何度か小さな部屋で世間話めいた尋問を受けただけで、実質ほとんど放置されていた。


 尋問といっても、苛烈なものではなく、良い香りのする紅茶の様なものを飲みながら、主に『勇者テンガ』に関する情報について聞かれただけだ。


 クラムの知っている情報はそれほど多くはなく、聞かれたことはに入りさいにして、全て答えた。


 情報が少しでも『勇者テンガ』を倒す一助になればとの思いもあったが……。


 それ以上に、役に立つ人間であることをアピールすれば『魔王』の心変わりを促すことができるかもと考えたからだ。


 しかし、そんなうまい話もなく、次第に話す情報もなくなってしまえば、クラムに対する価値もなくなってしまったようだ。

 

 ことさら過酷な目に合うわけではないが、最初に目覚めた部屋からの自由はかなり制限されてしまった。

 決められた区画、決められた情報、そして似たような食事まで続くとなれば───。


 長い牢獄生活を送っていたクラムにも、ようやく状況が読めてきた。 


 おそらく、魔王軍はクラムに対する興味を完全に失っている。

 じきに、なんらかの処分が下されるだろうと……。


 人道を重んずるという、魔王軍。それゆえ、さすがに殺処分がなくとも───そのかわりに、最悪死ぬまで現状のまま放置されるかもしれない。それが一番恐ろしい。


 だが、

 少なくとも、それほど大したものではないとはいえ、クラムは魔王軍の中を見て、しってしまった。


 その魔王軍の内情を見たクラムを、人類側に放逐することはありえないだろう。

(……これは、囚人兵であった時よりも───希望が無くなったかもしれない)

 

 その思いは、クラムを焦燥させるには十分だった。


 何とかしなければと思うも、ただの凡人でしかないクラムにできることなど何もない。

 今できることは魔王と、魔王軍の情報を集めることだけ、


 それも、現状放逐状態のクラムに得られるものは少ないのは否めないが…何もしないよりはましだった。


 幸いにも、言語はほぼ同じものであったため、機会さえあれば情報を読み取ることは可能だった。


 故に、ずいぶん久しぶりに白衣の職員に尋問のために呼ばれた際には、これ幸いと情報収集に励んだ。

 

 職員は、比較的大人しく従順なクラムには油断しているのか、かなり無防備なところを見せることもあった。


 最初の頃は、紺色の鎧を着た武装兵が見張っていたが、最近ではそれも見られなくなった。


 どうもこの組織自体、それほど人が多いわけではないらしい。


 クラムの見立てでは一人で複数の仕事を掛け持ちしているのが見て取れたのだ。

 実際、クラムの尋問をする職員は白衣の男だったが、

 彼は別に尋問専門というわけでもなく、時にはクラムの健康診断のようなこともやっていた。


 それを知った時、天啓てんけいめいたことがクラムの脳裏に浮かんだ。


 すなわち───。

 

 もしかすると、『魔王』とこれらの職員とは、それほど細かい情報のやり取りができていないのでは───と。


 その確信を得るため、クラムは思い切って尋ねてみた。


「あ、あの……?」


 いかにも堅物といった職員だが、別に無口というわけではない。


「なんだい?」


 今も書き物をしつつ、クラムを尋問している。

 内容はクラムのいた町の風物やら、見て感じた『勇者』と軍についてだった。


 『勇者』そのものの情報はすべて吐き出したので、今は別のアプローチから情報を取っているといった感じだ。


「強化手術って知ってますか?」

 ピクリと肩眉をを上げて反応する職員。


「ふむ…知ってるが───」

「その手術。……誰でもできますか?」


 職員の反応を見て、クラムは勢い込む。

 失敗して元々だ。


「?? どうして興味を持つ? 君は、」

「───手術に興味があります!」


 一気に言うクラムに、


「あれがどういうものか、知っているのかい?」


 ……ビンゴ───!


「えぇ、『魔王』様に聞きました、」


 ふむ、と考え込む職員に、


「───『勇者』を倒すために必要なものだと!」

「うーん。間違ってはいないが……」


 ポリポリと頭を掻く職員に、


「俺なら…できます!」


 ピタっと、頭を掻く手を止める職員。


「リスクは聞いているんだろう?」

「えぇ! もちろんです」


 思案顔の職員。


「うむ……。君の処遇は、私に一任されているのだがね」


 さて、どうしたものか、と考え込んでいる。


 好感触か……?

 ならば、ここが勝負所!


 魔王は、エプソの部屋に「部外者」を案内するのは初めてだと言った。

 それを呆気なくクラムに見せたのは、クラムが使うという前提があったからだろう。


 つまりどこかの段階で、それは決定事項になっていたはずだ。


 その部外秘の情報をクラムにあっけなく流したことは、想定内。

 しかし、クラムがエルフではないということは、想定できていなかったはずだ。

 

 最初の前提が崩れたのは、『魔王』としては予想外の事態であったはず。


 クラムの境遇を知り、覚悟を感じたからこそ、魔王は信用した。

 そして、部外者を部内の者に引き入れるつもりがあったからだ。


 だからこそ、簡単に秘密を暴露した。


 それは、『魔王』の独断であった可能性も高く───実際、この職員はクラムの話を頭ごなしに否定していない。


 「強化手術」をして、クラムに「エプソ」を使わせるという話は───まだ生きている可能性があった。


「確かに、君に対する「強化手術ブーストセラピー」の話はあったんだよ。被験者が了承すれば実施する・・・・・・・・・とね」

 ジッとクラムの顔を覗き込む職員。


 ……ここまでは上手くいっている。


「だが、いつの間にか立ち消えになっていたようだから、てっきり君が手術を拒否したものとばかり思っていたのだが?」


「えぇ。そうです。一度断りました」


 これは嘘だ。

 だが、魔王の意向で中止したと悟られてはいけない。


(ここで、下手を打つわけには………)

 選択肢を誤れば、『魔王』の知るところとなり、「強化手術」の禁止は徹底されるだろう。


「……ですが、心変わりしました。───やります」

「……うーむ」

 腕を組んで考え込んでいる職員。


 ……頼む───!

 『魔王』に報告しないでくれ!


「……一度、上に確認しないとな」

 く……!


「だが、その前に概要くらいは話しておこう。……いや、実物を見たほうが早いか?」


 ブツブツと独り言を言いだす職員に、

「俺なら問題ありません!」


 なんとか、食い下がるクラム。


「うむ……。しかしだな───こればっかりはら私の一存では決められん。それに、実際にやる段階で泣き言を言われても、余計な手間がかかる」




 だから、手術の内容を知れと───職員は、そう言った。

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