第52話「エーベルンシュタット」

 魔王軍に拘束されてから、クラムはずっと───この白い殺風景な部屋にいた。


 拘束といっても、無体むたいを働かれるわけでもなく、量は少ないが日々食事が三回に───それに、清潔な寝床とシャワーが与えられていた。


 囚人大隊の生活に比べれば、天と地程の差があるといっていだろう。

 ただ、困ったことと言えば───。



 ガチャ……!



「すっかり良いみたいじゃの~?」

 きっかり3日後、クラムの部屋を訪れた魔王は、開口一番そう言った。


 確かに、体調はいい。


 ───暇なだけだ。


 クラムは手厚く看病されているとはいえ、行動の自由があったわけではない。


 部屋の入り口には例の紺色の鎧を着た兵が見張っていたし、普段は扉も施錠されていた。

 当然、やってくる介護人も単独では来ないし、武装も忘れていないようだ。


 それでも、室内には水の出る仕掛けもあるし、味は薄いが食事も運ばれてきた。

 まさに、至れり尽くせりだ。


 ……それに清潔な便所まである。


 そう便所である。

 ───これがまた、なんというか。

 まぁ………その、なんだ。


 あれ・・が水で流れていったのは、見ていて驚愕だった。


 実は、最初あの仕掛けがわからなかった。


 使い方が分からず、漏らしそうになっているクラムを見て──クスクス笑いながら介護人が教えてくれたときは、死ぬほど恥ずかしかった。


 だって、う〇こをするおけを貸してくれ!

 ───なんて言ったんだもん……だもん。

 ………だもん。


 っていうか、水で流れるとか……!

 つーな、あんな綺麗なトイレ見たことないわ!!


 まったく……!


 思い出しても恥ずかしいが、環境は今まで過ごしたどこよりも……。

 あの───「暖かな家庭」を除けば………ない。

 

 牢獄や囚人大隊を経験しているクラムからすれば、望外の待遇だったといえる。


「お陰様で」


 シレッという、クラム。

 トイレの一件は聞かれたくない。


 だが、

「……トイレは済ませたかの~?」


 く、……こいつ。


 ククク、と口の端で笑う魔王を見て、完全に揶揄からかわれていることを知る。


「田舎者を揶揄からかわないでくれ……」


 プイすとそっぽを向くクラム。

 笑いながらも魔王はそれ以上言わずに、「ついてこい」と一言だけ。 


 クラムも黙ってついていく。


 キュムキュム……。

 ペタペタペタ……。


 魔王の足音に続けて、薄いサンダルの様な靴を渡されたクラムが後に続く。


 同じように白を基調とした建物はどこもかしこも明るく、恐ろしいくらい正確な、水平直角の世界だった。


 いろどりと言えば───。


 紺色の鎧を着た兵。

 黒い薄い服を着た文官らしき者。

 それに、白い服の──医者染みた連中くらいなもの。


 通路の左右には扉がついており、大抵は閉まっているが……なかには、開け放しの部屋もある。


 ちらりと視線をよこすと、同じような服を着た人間が、四角い箱の前で何やらカチャカチャと音を立てて作業をしていた。


 どこもかしこも、恐怖を感じるくらい静かだ。


 ……──かと思えば。



 ギャイーーーン!!

 バチバチバチッ!


 大きめの扉の中では、油で汚れた服を着た男たちが顔に大きなメガネの様なものを乗せて、けたたましい音を立てて動き回っていた。


 クラムに気付いた者が扉を閉めれば、その音が急に間遠かんえんになるのだからすごい……。どんな防音性能だよ!?


「ここは一体……?」

 誰に聞くでもなくポツリと言った言葉は、魔王が拾ってくれた。


 というか、魔王から離れた位置にいて──付かず離れずついてくる紺色の鎧を着た兵を除けば、魔王の他、クラムの傍には誰もいないのだから当然だろう。


「質問があいまいじゃのー?」

「あー、いや、気にしないでくれ」


 多分答えてもらったところで、どうにもならないし……理解できないだろう。


「? まぁええわあた。……ここはワシらの管理する土地での。───お主等風でいうところの「首都」というのかの~?」


 ここが、魔族の中心地!?


「名をエーベルンシュタットと言うておる。ま、都市というよりも研究所といったほうがええかの?」


 研究所……?


「一体何を?」

「言うて理解できるのか?」


 ………………無理です。


「ふふん、そのうち教えてやる、今は黙ってついてこい───おっと、ここじゃ」


 そういうと魔王は一つの扉の前に立つ。

 その左右には兵が立ち、厳重な雰囲気が漂っていた。

 更には、見るからに重厚そのものの扉。


 魔王は気負った様子もなく───扉の……そこに据え付けられた箱の様なものに、近付くと、


「よっと……」


 「手」を当て、

 小さな窓のような所には、「目」を見開いていて覗き込む───。


「開錠要求、時刻1312ヒトサンヒトニィ



 ……ん?



 ええ? 今の独り言?


 てっきりドアの前に立つ兵が開けるものと思っていたが、彼らは微動だにしない。

 視線だけは、クラムを興味深そうに見ている。


『指紋、虹彩、音声確認───……解錠します』

 と、


 どこか無機質な女性の声が響くと、



 ピー……ガチャキン──!


 ゴゥゥゥーーン…………。




 と、

 成り行きを見守っていたクラムの前で、扉がひとりでに開いていく。


 そして、


「ようこそ。エーベルンシュタット兵器廠へ──!」

 スっと足を退き、右手を差し出すように下げる。……まるで貴族を案内する執事のようだ。

 それをお道化どけた動作でやって見せる魔王。


 左右に立つ兵士も苦笑いだ。


「ど、どーも……」


 内心色々驚いているのだが、クラムも殊更ことさら慌てないで、静々と中に入っていく。


 その後ろに魔王が付き、すぐに追い越すとまた先頭に立って歩き始めた。


 背後では、ゴゥゥーーーンと扉が閉まる音が聞こえる。


 まるでドラゴンにでも飲み込まれたかのようで──ちょっと怖い……。


 床の質もかわったらしい。

 それは、かなりの密度があるのか足音はまったく反響しないもの。

 その上、空気も重く───なんだか、狭い空間にいるような閉塞感がある。


「部外者を入れるのは、お主が初めてじゃ」


 楽し気な雰囲気の魔王だが、

 クラムはどう反応してよいのかわからない。



 そして、




 さほど広くない空間を抜けると、それはあった。




 魔王が立ち止まると、クラムの顔を見てニヤリと笑う。

 どうやら、これが魔王の言う、クラムにしか扱えない装備らしいが───。





「鎧?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る